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番外編
番外編 幸運という名の犬⑤
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数日後、陛下直々の書状が届き、内容は抑制効果試験への協力依頼だった。実を摂取後に城の警備員と共に塀の中に入り、その後は城内で過ごしながら、開発された抑制剤の試験と経過観察を繰り返すというもの。
僕はすぐに勅命に従い、迎えの荷車で城へ招かれた。ひと月ぶりに見た陛下は、少し疲れているようではあったが、僕の来訪を喜んでいるように見えた。
城には平常時に発情期のΩが近づかないように注意が払われることになり、僕は部屋からほとんど出られなかった。
しかし、陛下ともロポとも対話することができた。陛下はこの研究の結果、抑制効果が確認されたら、以前のように従者として働いて欲しいと僕に仰ってくださった。
だから、僕はどうか成功して欲しいと祈りながら、真摯に研究に取り組んだ。
発情期のΩと囲い越しに対面して変化があるかの試験を何度か行ったが、平常時とほぼ変わりないことが確認された。「ほぼ」というのは僕が誘引ではなく、Ωの発情期を初めて目にしたことによる動揺が見られたからなのだが……
その後抑制剤として、実から有効な成分を抽出したものが開発されることになったが、ひとまず実を一日一粒摂取することで効果があることが確認されたため、僕は正式に部屋から出て、陛下の従者として働くことが決まった。
「陛下、再びお仕えできること、深く感謝申し上げます」
胸に手を添えて頭を下げると、書面に目を通していた陛下は空になったカップを持った。
「……ちょうど紅茶を飲みたい気分だった。淹れてきてくれ」
「はい、畏まりました」
カップを下げて、厨房に向かうとΩだろう羊族の者達が働いていた。
「湯は沸いているだろうか。陛下が紅茶を淹れて欲しいと」
僕を見て一瞬萎縮したようだったが、話し掛けると近くにいた若い女性が、「ティーセットと茶葉はこちらです」と食器棚を示して、ケトルを手渡してくれた。
「ありがとう」
「……王妃様が貴方のお話をよくしてくださっていました。もし会ったらとても良い方だから、仲良くして欲しいと」
「ロ……王妃が」
つい癖で名前で呼びそうになった。しかし、ロポが僕の話をしてくれていたのは、αである僕が働きやすいように彼が気を遣ってくれた……とは思わないが、ロポが分け隔てなく城の者たちに接する性格で、自然と僕のことを口にしてくれていたからこそ、今の彼女の親切がある。それはロポに感謝しなければならないだろう。
紅茶を淹れて、陛下の書斎にお持ちすると、中から楽しげな声がしてドアを開けた。
「失礼致し──」
「スウード! 部屋から出て来れたんだ!」
とロポが走り寄ってきて、あわやティーセットを載せたトレイをひっくり返すところだった。
「良い匂い! あとで俺にも淹れて!」
「ああ、分かった」
陛下に紅茶を出した後、ロポが話がしたいと言うので仕事をしている陛下に遠慮しながら話した。
城での生活がほとんどで、食べ物の何が美味しかったとか使用人の誰々がどうしたとかいう話だった。
「あっ、そうだ! 泳いでスウードに会いに行った日にアルに子作りしようってちゃんと言ったよ! そしたらそれから子作りしてくれるようになって、昨日もした!」
ちょうど紅茶を口に含んでいた陛下が、噴き出し、書類に紅茶が飛び散る。
「だ、大丈夫ですか!」
慌てて持っていたナプキンで口元と、書類を拭った。しかし、こんなに動揺する陛下を見るのは初めてだ。
「ロポ、そういう話は夫婦や恋人との間でするものなんだ……! 他人に聞かせるものじゃない!」
「そっかあ、ごめんアル。スウードが相談に乗ってくれたからつい言っちゃった」
顔を熱くしている僕を陛下が何かお思いの様子で見上げる。このままでは助言をしたことがバレてしまう。
「……何の話だ?」
「そ、そろそろロポの分の紅茶を淹れてきます!」
半分逃げるように書斎を後にした。あれ以上あの場に居たら追及は免れなかっただろう。
しかし、二人の側にまた居られるのだと実感が湧いてくると、僕が居ていい場所がここに在るのだと喜びを感じる。
僕を側に置いてくれる二人ために、少しでも役に立てるように、一層励みたいと思った。
僕はすぐに勅命に従い、迎えの荷車で城へ招かれた。ひと月ぶりに見た陛下は、少し疲れているようではあったが、僕の来訪を喜んでいるように見えた。
城には平常時に発情期のΩが近づかないように注意が払われることになり、僕は部屋からほとんど出られなかった。
しかし、陛下ともロポとも対話することができた。陛下はこの研究の結果、抑制効果が確認されたら、以前のように従者として働いて欲しいと僕に仰ってくださった。
だから、僕はどうか成功して欲しいと祈りながら、真摯に研究に取り組んだ。
発情期のΩと囲い越しに対面して変化があるかの試験を何度か行ったが、平常時とほぼ変わりないことが確認された。「ほぼ」というのは僕が誘引ではなく、Ωの発情期を初めて目にしたことによる動揺が見られたからなのだが……
その後抑制剤として、実から有効な成分を抽出したものが開発されることになったが、ひとまず実を一日一粒摂取することで効果があることが確認されたため、僕は正式に部屋から出て、陛下の従者として働くことが決まった。
「陛下、再びお仕えできること、深く感謝申し上げます」
胸に手を添えて頭を下げると、書面に目を通していた陛下は空になったカップを持った。
「……ちょうど紅茶を飲みたい気分だった。淹れてきてくれ」
「はい、畏まりました」
カップを下げて、厨房に向かうとΩだろう羊族の者達が働いていた。
「湯は沸いているだろうか。陛下が紅茶を淹れて欲しいと」
僕を見て一瞬萎縮したようだったが、話し掛けると近くにいた若い女性が、「ティーセットと茶葉はこちらです」と食器棚を示して、ケトルを手渡してくれた。
「ありがとう」
「……王妃様が貴方のお話をよくしてくださっていました。もし会ったらとても良い方だから、仲良くして欲しいと」
「ロ……王妃が」
つい癖で名前で呼びそうになった。しかし、ロポが僕の話をしてくれていたのは、αである僕が働きやすいように彼が気を遣ってくれた……とは思わないが、ロポが分け隔てなく城の者たちに接する性格で、自然と僕のことを口にしてくれていたからこそ、今の彼女の親切がある。それはロポに感謝しなければならないだろう。
紅茶を淹れて、陛下の書斎にお持ちすると、中から楽しげな声がしてドアを開けた。
「失礼致し──」
「スウード! 部屋から出て来れたんだ!」
とロポが走り寄ってきて、あわやティーセットを載せたトレイをひっくり返すところだった。
「良い匂い! あとで俺にも淹れて!」
「ああ、分かった」
陛下に紅茶を出した後、ロポが話がしたいと言うので仕事をしている陛下に遠慮しながら話した。
城での生活がほとんどで、食べ物の何が美味しかったとか使用人の誰々がどうしたとかいう話だった。
「あっ、そうだ! 泳いでスウードに会いに行った日にアルに子作りしようってちゃんと言ったよ! そしたらそれから子作りしてくれるようになって、昨日もした!」
ちょうど紅茶を口に含んでいた陛下が、噴き出し、書類に紅茶が飛び散る。
「だ、大丈夫ですか!」
慌てて持っていたナプキンで口元と、書類を拭った。しかし、こんなに動揺する陛下を見るのは初めてだ。
「ロポ、そういう話は夫婦や恋人との間でするものなんだ……! 他人に聞かせるものじゃない!」
「そっかあ、ごめんアル。スウードが相談に乗ってくれたからつい言っちゃった」
顔を熱くしている僕を陛下が何かお思いの様子で見上げる。このままでは助言をしたことがバレてしまう。
「……何の話だ?」
「そ、そろそろロポの分の紅茶を淹れてきます!」
半分逃げるように書斎を後にした。あれ以上あの場に居たら追及は免れなかっただろう。
しかし、二人の側にまた居られるのだと実感が湧いてくると、僕が居ていい場所がここに在るのだと喜びを感じる。
僕を側に置いてくれる二人ために、少しでも役に立てるように、一層励みたいと思った。
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