23 / 25
第4章 終わりと始まり
第22話 哀悼
しおりを挟む
三国同盟一周年の記念式典は二日延期となった。開催自体を中止しようという意見も出たが、僕もミヒャーレ国王も無事であったこと、またこの機会を逃せば三人が一堂に会する機会はもう当分無いであろうことを考えると、我々の関係性を他国に示すためにも行う必要があると結論付けられた。
カーロ国内でも、襲撃した吸血鬼化した村人がカーロの国境付近に住んでいた村の住人達だったことが分かり、吸血鬼を国内に容易に侵入させたことに対する国の管理体制が問われる事態となった。
イェルクや騎士達の亡骸は棺に入れられ都に運ばれた。合同の葬儀がヤーコブ、アシュレイの元で行われたそうだ。イェルクの葬儀は、僕が帰還して執り行われることになった。
一人で式典に参加することになった僕に、アシュレイを呼ぼうとアリが言ってくれたが、この混乱した状況で国にとって重要な人物が席を空けるわけにはいかない。
僕はイェルクと別れ際、彼がアシュレイから貰ったペンダントを借りた。首から下げているそれをアリに見せて、「一人じゃない」と微笑んだ。そのペンダントを持っていると内側から力が湧いてくるようで、不思議だった。
カーロの国王は盛大に僕等を歓迎してくれ、また先の襲撃事件について深く陳謝した。今後国境砦の防衛の強化と入港する全ての船舶に対して船員の人数や貨物について申告を必須とするよう法律を改正することを約束した。
会談の後行われた三国同盟成立一周年記念式典は、大きな問題も起こらず無事終了し、翌日大勢の民衆に見送られ首都を後にした。
ミヒャーレ国王はカーロ国王が安全とを配慮し、国王の軍船で帰還することになり、僕らは再び同じ道を辿った。
国境砦を越えたところで、思わぬ人物が待っていた。頭から足の先まで闇を融かしたように真っ黒な男の姿に、馬車を止めた。
「アシュ、どうして――」
駆け寄るとアシュレイはそのまま僕を抱き締めて頭を撫でた。温もりに包まれて、今まで堪えていたものが溢れそうになる。
「城へ帰ろう。これ以上、イェルクを一人にしてやるな」
冷たい棺の中で、僕の帰りを待っている。そう思うと胸が詰まった。声を発したら、泣き出してしまいそうで黙って頷く。
「我々の事はお気になさらず。予定通りに帰城致します」
僕らを見ていたヴァルテリがそう言ったのに、礼を言う余裕もなく、ただ無理に笑顔を作ってみせた。
アシュレイの背後で羽音がして、僕を抱き締めたまま空中に飛び立ち、踏みしめていた地面があっという間に遠退く。そして僕を落ちないように抱え直すと、黙ったまま飛び去った。
初めてアシュレイと空を飛んだ日、あんなに綺麗で素晴らしいと思った空も、カーロに着くまでの間感動していた景色も、今は何の感動もなかった。
城に着いてすぐに、イェルクのところへ行った。北方民族の布の掛かった棺に入れられていた。彼がよく庭で愛でていた真っ白の薔薇に囲まれて、変わらぬ笑顔を浮かべて横たわっている。僕はその額に口付けをして、微笑んだ。涙は、出なかった。
翌日葬儀が執り行われ、皆イェルクとの永遠の別れの時を過ごした。城の者達も、このために来てくれたアリとロビン、そして彼のことをよく心配していたラッセも、彼の死を深く悼んだ。
そして彼は、王族の墓と少し離れたところにある僕の母の墓の隣に埋葬された。貴族でも家族関係にもない事に関して疑問視する声もあったが、僕への忠誠を称えたいということで許しを得た。
本当はそれだけではない。彼の、イェルクの秘めた想いのことをどことなく分かっていたからだ。来世では、どうか愛する者と歩めるように、と願って。
葬儀も終わり、アシュレイと自室に戻った、瞬間、全身の力が抜けたかのように足元から崩れ落ちた。アシュレイが、僕の肩を強く抱き寄せる。
「……っう……イェルク……」
堰を切ったように涙が溢れ、零れ落ちた。王としてすべきことが終わったと思った瞬間、押し殺していた悲しみが紛らわしていた痛みを思い起こさせた。
「……私は、イェルクの代わりにはなれない」
僕を抱き締めるアシュレイの顔を見上げると、苦しそうに顔を歪ませて金の瞳を揺らしていた。
「ただ、お前の心に空いたその穴を、私が代わりに埋められはしないか」
アシュレイが優しく僕の涙を指で掬い取る。
そうだ、僕は独りじゃない。喜びも悲しみも分かち合って、寄り添い歩いて行ける人がすぐ傍に居る。イェルクがずっと僕を支えてくれていた分、アシュレイと共に支え合っていくんだ。
「……ありがとう」
胸を締め付けていた痛みが和らぎ、じわりと温かくなる。まだ涙で歪む視界の中、アシュレイの顔を見上げて微笑むと、優しく額に口付けて包み込むように抱いてくれた。僕は、波立った心が落ち着くまでの間、アシュレイの温かな胸に顔を埋めていた。
カーロ国内でも、襲撃した吸血鬼化した村人がカーロの国境付近に住んでいた村の住人達だったことが分かり、吸血鬼を国内に容易に侵入させたことに対する国の管理体制が問われる事態となった。
イェルクや騎士達の亡骸は棺に入れられ都に運ばれた。合同の葬儀がヤーコブ、アシュレイの元で行われたそうだ。イェルクの葬儀は、僕が帰還して執り行われることになった。
一人で式典に参加することになった僕に、アシュレイを呼ぼうとアリが言ってくれたが、この混乱した状況で国にとって重要な人物が席を空けるわけにはいかない。
僕はイェルクと別れ際、彼がアシュレイから貰ったペンダントを借りた。首から下げているそれをアリに見せて、「一人じゃない」と微笑んだ。そのペンダントを持っていると内側から力が湧いてくるようで、不思議だった。
カーロの国王は盛大に僕等を歓迎してくれ、また先の襲撃事件について深く陳謝した。今後国境砦の防衛の強化と入港する全ての船舶に対して船員の人数や貨物について申告を必須とするよう法律を改正することを約束した。
会談の後行われた三国同盟成立一周年記念式典は、大きな問題も起こらず無事終了し、翌日大勢の民衆に見送られ首都を後にした。
ミヒャーレ国王はカーロ国王が安全とを配慮し、国王の軍船で帰還することになり、僕らは再び同じ道を辿った。
国境砦を越えたところで、思わぬ人物が待っていた。頭から足の先まで闇を融かしたように真っ黒な男の姿に、馬車を止めた。
「アシュ、どうして――」
駆け寄るとアシュレイはそのまま僕を抱き締めて頭を撫でた。温もりに包まれて、今まで堪えていたものが溢れそうになる。
「城へ帰ろう。これ以上、イェルクを一人にしてやるな」
冷たい棺の中で、僕の帰りを待っている。そう思うと胸が詰まった。声を発したら、泣き出してしまいそうで黙って頷く。
「我々の事はお気になさらず。予定通りに帰城致します」
僕らを見ていたヴァルテリがそう言ったのに、礼を言う余裕もなく、ただ無理に笑顔を作ってみせた。
アシュレイの背後で羽音がして、僕を抱き締めたまま空中に飛び立ち、踏みしめていた地面があっという間に遠退く。そして僕を落ちないように抱え直すと、黙ったまま飛び去った。
初めてアシュレイと空を飛んだ日、あんなに綺麗で素晴らしいと思った空も、カーロに着くまでの間感動していた景色も、今は何の感動もなかった。
城に着いてすぐに、イェルクのところへ行った。北方民族の布の掛かった棺に入れられていた。彼がよく庭で愛でていた真っ白の薔薇に囲まれて、変わらぬ笑顔を浮かべて横たわっている。僕はその額に口付けをして、微笑んだ。涙は、出なかった。
翌日葬儀が執り行われ、皆イェルクとの永遠の別れの時を過ごした。城の者達も、このために来てくれたアリとロビン、そして彼のことをよく心配していたラッセも、彼の死を深く悼んだ。
そして彼は、王族の墓と少し離れたところにある僕の母の墓の隣に埋葬された。貴族でも家族関係にもない事に関して疑問視する声もあったが、僕への忠誠を称えたいということで許しを得た。
本当はそれだけではない。彼の、イェルクの秘めた想いのことをどことなく分かっていたからだ。来世では、どうか愛する者と歩めるように、と願って。
葬儀も終わり、アシュレイと自室に戻った、瞬間、全身の力が抜けたかのように足元から崩れ落ちた。アシュレイが、僕の肩を強く抱き寄せる。
「……っう……イェルク……」
堰を切ったように涙が溢れ、零れ落ちた。王としてすべきことが終わったと思った瞬間、押し殺していた悲しみが紛らわしていた痛みを思い起こさせた。
「……私は、イェルクの代わりにはなれない」
僕を抱き締めるアシュレイの顔を見上げると、苦しそうに顔を歪ませて金の瞳を揺らしていた。
「ただ、お前の心に空いたその穴を、私が代わりに埋められはしないか」
アシュレイが優しく僕の涙を指で掬い取る。
そうだ、僕は独りじゃない。喜びも悲しみも分かち合って、寄り添い歩いて行ける人がすぐ傍に居る。イェルクがずっと僕を支えてくれていた分、アシュレイと共に支え合っていくんだ。
「……ありがとう」
胸を締め付けていた痛みが和らぎ、じわりと温かくなる。まだ涙で歪む視界の中、アシュレイの顔を見上げて微笑むと、優しく額に口付けて包み込むように抱いてくれた。僕は、波立った心が落ち着くまでの間、アシュレイの温かな胸に顔を埋めていた。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる