努力家主人公が行く!王国最強への道

新田青

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第一章

プロローグ

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 ──どうして勝てないんだ。

 息は荒く、冷や汗が頬を伝う。

 手にしている模擬戦のための剣が、異様に重たく感じている。

 それはきっと目の前に立つ男から発せられるプレッシャーの様なものを感じているからだ。

「どうした? それじゃまた前回と一緒だぞ?」

 目の前にいるルシウスから投げかけられる冷徹で挑発的な声に、思わず奥歯を食いしばる。

 集中しないといけないという感情とは裏腹に、劣等感や悔しさが湧き上がった。

「──来ないならこっちから行くぞ」

「っ!?」

 決して近くはない距離を一瞬で縮め、ルシウスは俺に対して肉薄する。

 鈍い金属音が響き渡り、叩きつけられた剣を防いだ手が痺れる。

「……く、そ」

「少しも成長してないな。お前一体これまで何をしてきたんだ?」

 鍔迫り合いをしながら、近い距離でルシウスの瞳が俺を射抜く。どうして同い年のルシウスと俺で、ここまで力の差があるのだろうか。

 ルシウスの侮蔑と嘲りを含んだ言葉に、俺は一言でも返す余裕すらないというのに。

 剣を交えているのに、焦りからか集中できない。その気の緩みを見抜かれたのか、呆気なく俺の剣は弾かれてしまう。

 そしてガラ空きになった鳩尾にルシウスの膝が容赦なく突き刺さる。

「うえっ……!」

 胃の内容物が逆流する様な苦痛に思わず体を屈めたところで、剣の柄頭によって頭を殴られた。

 その衝撃に目の前の視界が明滅すると同時に、足が言う事を聞かなくなる。

「──っ」

 無様に倒れ込んだ俺の首元にはいつの間にか剣の刀身が添えられていた。

「あ……」

 それはこの試合が終わった事を意味していた。

「勝負あり。アレン。お前は不合格だ」

 この戦闘の審判である騎士が、無慈悲に告げる。

 ──また騎士選抜試験に落ちてしまった。

 騎士選抜試験は、王国の兵士から騎士になるための登竜門だ。ここを突破しない限り、王国の騎士として認められる事はない。

 ショックで動けない俺に、ルシウスはため息混じりに口を開く。

「アレン。騎士にもなれないお前なんかが本当にドラグーンになれるとでも思っていたのか? 自信過剰も程々にしろよ。さっさと諦めて故郷に帰るんだな」

 首に添えられていた剣を何でもない風に退かし、ルシウスは冷たく言い放った。その口元が微かに笑っているのを見て俺は口を開きかけたが、結局は口篭ってしまう。

 本心ではその言葉に反論したかった。だけど出来なかった。ルシウスの言う通りだと思ってしまったからだ。

「くそっ!」

 俺は地面を強く殴りつける。選抜試験を見ていた他の騎士たちは、今の勝負を見て好き勝手に話していた。

「やっぱルシウスの勝ちか」
「アレンだったか? あいつもめげないよな」
「まあでも当然の結果だ。ルシウスは最近入った騎士の中じゃ圧倒的だからな」

 彼らから見たら、俺がルシウスに勝つなんて夢のまた夢みたいな話なのだろう。

 俺自身もルシウスと自分の間に力量の差を感じているのは間違いじゃない。けど、俺だって騎士になるためにこれまで必死に努力してきたのだ。

 その努力が少しも身を結ばなかった事が、ルシウスの言っていた事を認める様で胸をしめつける。

 すでに騎士たちは撤収し、訓練場は静かになっていた。

 まだ動けずに一人項垂れている俺の肩に、誰かの手が触れる。

「……なんだよ」

「そんなに落ち込む事ないでしょ。相手はあのルシウスなんだから仕方ないわよ」

 地面を見ていた視線を持ち上げる。するとそこには同期のクレアがいた。灰色に近い銀色の髪と、緑色の瞳を持つ少女だ。

 彼女もルシウスと同じく、前回の騎士選抜で合格した人物だ。

 同じ兵舎で同じ訓練を受け、同じ食事を摂り、同じ様に学んできた。なのに、なぜルシウスとクレアは騎士になれて、俺はなれないのだろうか。

 そんな劣等感から、俺は肩に触れていたクレアの手を払いのける。

「いっ……た。ちょっと。慰めてあげようと思ったのにその態度はなに?」

「慰めなんていらないんだよ! 頼むから放っておいてくれ」

 俺の言葉にクレアは大袈裟にため息をつく。

「試験に落ちたからって八つ当たりしないでよ。それにさっきも言ったけど、今回は運が悪かっただけだよ。ルシウスに勝てる騎士なんてなかなか見当たらないくらいなんだし、アレンが気にする必要はないわよ」

 クレアの言っている言葉は真実だ。ルシウスは兵士として一緒に仕事をしてる時から並外れた実力を持っていた。

 いつも冷静で、容姿や体格にも優れていて、けど、俺は彼に追いつきたい気持ちでずっと努力してきた。だから、勝てなくても、もう少しいい勝負ができると思っていたのだ。

 だが、それが思い上がりだと、今回の件で理解させられた。

 その失意と情けなさからだろうか。俺はクレアに対して衝動的に口を開いてしまった。

「お前も、俺がドラグーンになんてなれないと思ってるんだろ?」

 ルシウスに散々言われた事だ。

 この国で一番の精鋭であり、数えられる程しかいない騎士の最上級位。ドラグーンはこの国の英雄であり、誰からも尊敬を集める存在だ。

 俺は幼い日に、一人のドラグーンに助けてもらった事がある。

 その時の光景は今でも脳裏に焼き付いていて、だからこそたとえ最難関の地位だとしても、俺はドラグーンになることが夢だった。

 騎士団の中でも最上位の優れた者だけが選ばれるドラグーンだが、幼い日の憧れを胸に、これまで必死に努力してきたのだ。

「……もしかしてルシウスに何か言われたの? そんなのいつもの事でしょ?」

「いつもの事……?」

 確かに兵士だった時からルシウスには度々言われてきた。ルシウスは冷徹で言葉を選ばない性格なのはわかっている。

 けど、それを何でもない風に語るクレアに腹が立って、気づいた時には大声をあげていた。

「いつもの事だと? だから気にするなって言いたいのかよ。俺がドラグーンになりたいって思うのと、お前らになんの関係があるんだよ? どうして、突っかかってくるんだよ!? 放っておけばいいだろ!?」

「落ち着いてよ。別に私は──」

「お前もルシウスも同じだ。俺を馬鹿にして、優越感にでも浸ってるんだろ? わかってる。お前らは俺の事が嫌いなんだよなっ!」

 クレアに怒りをぶつけたからって、何も楽になるわけではない事はわかっていた。けど、転がり出した岩のように、負の感情が溢れて仕方なかった。

「ち、違う。私はそんな事」

「──もういい。お前らが俺の事を嫌いで、下に見てようが、小馬鹿にしようが勝手にしろよ! 俺だって……お前らが大嫌いだっ……!」

 一息に言い切ると、訓練場を静寂が包んだ。

 言った後でしまった、と後悔したがもう後の祭りだった。

 俯いたままの俺の耳に、微かに鼻を啜る様な音が聞こえた。

「え?」

 思わず顔を上げると、ぶるぶると震え、口元を引き結ぶクレアの顔が目に入った。

「あ……なんで? これはちがっ」

 彼女は困惑した様に目元を抑える。

 その顔に何かを言う前に、彼女はこぼれ落ちた涙を乱暴に掻いて言葉を続けた。

「──アレンの馬鹿。もう知らない」

 それだけ言って去っていくクレアの背中を見ながら、俺は慌てて引き留めようとした。

 だが、その感情とは裏腹に足は止まり、手は伸ばしたままで虚空を彷徨う。

「くそっ……!」

 強く握り込んだ手のひらと、思わず漏れた悪態。

 俺は誰もいなくなった訓練場で、一人苛立ちを込める様に剣を地面に打ちつけた。
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