聖獣様は愛しい人の夢を見る

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9 王宮へ

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 ユークリッドの要望で慧吾はシスイに変身した。ユークリッドはうれしそうにぽんぽんと膝を叩く。シスイはソファに登り、顎をユークリッドの硬い膝に載せた。
 その頭をユークリッドが優しく撫でる。

「あのとき聖獣の力を使い果たして消えてしまったのかと思った。待っていたらまた現れるかもしれないと探したよ」

 ユークリッドはそこで少し黙ってから口を開いた。

「もしかしたらもう……とも考えた。だが、お前が私を呼ぶ声がする気がして……きっと生きていると……」

 耳をふにふにしながら続ける。くすぐったいがじっと我慢だ。

「お前がレッドドラゴンを倒してくれたからみんなの命が助かった。その功績で私は辺境伯に任命されたのだ。私の手柄ではないんだがね。それに辺境伯とは聞こえはいいが、北の辺境の森の開拓だ」

(良かった。みんな助かったんだ。でもユークリッドが大変なときに消えちゃって)

「それで開拓しまくって、領土を広げてついでに独立した。聖獣を隠していたのをイーダン陛下に責められて面倒だったしな」

(ええーーっ! そんな簡単に?)

 ユークリッドは淡々と語っているが、シスイは飼い主の行動力と動機に驚いた。

「イーダン陛下はもともとお前をほしがっていたんだ。さすがに騎士団長のものを取り上げるわけにもいかんしな。しかし、聖獣なら陛下のものにすることも可能だった訳だ。くどくどと文句を言われた」

(俺をほしがっていたって、なんで? 会ったこともないのに。噂でも聞いてた? 迷惑だな)

 不思議そうなシスイにユークリッドは紫の目を細めた。

「気がついていなかったのか。よく中庭で遊んでもらっていただろう。いや? 遊んでやってたのか」

(マジで!? あのいつも疲れてた文官か! 何やってんの王様!)

「シスイと遊びやすいように軽装だったしな」

 だったら王様に貰ったガラクタも収納に入っているはずだ。あの人しつこかったよなとシスイは遠い目になった。聖獣ってバレなくて良かった。
 ともかく独立したことはしたが、円満な独立で、仲良くはやっているということだった。


 今後のことを話し合うため、シスイは慧吾に戻った。

「シスイ。これからは王宮で過ごしてほしい」
「そうするよ。……でも、冒険者のランクはあげたいんだ。俺の世界、そういうのがなくて憧れなんだよね」
「そうか、だが危ないことはしないでほしい。王宮から通えるように手配する。明日の朝、宿に迎えを寄こすからいっしょに来てほしい」
「わかった。宿は引き払うよ」

 話が決まるとユークリッドはコンコンと前方の窓を叩いた。少し進んでやがて馬車が止まる。そして扉が外から開かれ、降りてみれば最初の広場の近くだった。
 慧吾は振りむいてユークリッドに手を振った。馬車がまた走りだす。





「ふー、やっと会えて良かった。久しぶりでちょっと緊張したけど。ハンナさんに言わなきゃ」

 やすらぎ亭に戻ってから、慧吾は明日友人が迎えに来ることになったから引きあげると告げた。

「そうかい、アンタが美味しそうに食べる姿が見れなくなるのは寂しいね」
「この辺にはまだいますから、また食事に来ますよ」

 ハンナもアナもそれには喜んだ。夕食ももちろんもりもり食べて注目を浴び、売上げの協力をしたのだった。





 翌朝、慧吾は早く起きて身の回りをキレイに片づけた。ついでに簡単に浄化もしておく。慧吾が来る前より部屋が美しくなったかもしれない。

「…………。まあいいか。チェックアウトして待っていよう」

 何時だかわからないのでいちおう早めに待っておくことにした。下に降りて朝食を食べていると、表に馬車が来たようだ。慧吾は立ちあがって表に出てみた。

「あれ、スヴェンさん?」

 なぜか冒険者ギルドのスヴェンが降りてきた。

「おはよう、ケイ。早く乗れ」

 そしてせかせかと乗せられる。かろうじてハンナに手を振り、すぐに扉を閉められた。

「このローブを頭から被れ」
「えっ、はい」

 スヴェンにローブを頭から被せられる。

「どうしてスヴェンさんが?」
「俺もわからん。急に王宮から呼び出されてな。お前を連れてこいと言われたんだ。お前の顔は人に見せるなってな」

 スヴェンは慧吾をじろりと見た。

「お前、何をやらかした」
「何って何も。明日迎えをやるからって友だちに言われてましたけど。まさかスヴェンさんが来てくれるなんて思っていませんでした」
「友だちって……まあいい。行けばわかる。着くまで俺は寝てるぞ。徹夜なんだ」

 スヴェンは疲れを滲ませ、腕を組んで目をつぶった。

「な、なんかすみません」

 慧吾は申し訳なさそうな態度を見せたが、スヴェンが来てくれて正直心強かった。
 無言のまま馬車は王宮に入っていく。やがて馬車は止まり、目を開けたスヴェンが先にタラップを降りてから慧吾を降ろした。目の前には近衛が並んでいて、一番前には昨日会ったシャールが立っている。


「こんにちは」

 前がよく見えなくて不格好になりながらも、とにかく挨拶をする。

「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」

 シャールは慇懃に礼をし、前を歩いていく。そして重厚なドアの前で止まってからノックをする。すると中から近衛が出てきてドアを開けてくれた。三人が入ったあと近衛は一礼して部屋を出ていった。


 部屋の奥までシャールについていくと、ユークリッドがそこに立っていた。大股でぐんぐん近寄ってきて慧吾をローブの上からぎゅっとした。慧吾は暴れた。そばにいたスヴェンは驚きで目を瞠っている。

「落ちつけ」

 シャールが間に入り、ユークリッドを引き剥がす。ユークリッドは不満げにシャールを睨んだ。

「取らないから。顔も見ない。威嚇するな」

 ユークリッドを軽くいなし、シャールは二人に座るよう促してどこかへ消えた。慧吾とスヴェンはソファに腰かける。ユークリッドは慧吾の隣に座る。

「ゆ、ゆーくりっど……? そんなに見ないでよ」

 スヴェンは慌ててほかのソファに移った。もはやドン引きである。

「人の姿も優し気でかわいらしい。シスイのときの元気な様子もかわいらしいが」

 結局何でもいいようだ。慧吾が困っているとシャールがお茶を持ってきた。

「ユークリッド、ちょっと離れろ。子離れできない母親みたいになってるぞ」
「い、いえ大丈夫です」

 お茶を勧められて慧吾とスヴェンはありがたく頂いた。焼き菓子も美味しい。それも目を細めてただじーっと見ていたユークリッドだったが、シャールに促されて話を始めた。

「スヴェン、急に呼んですまなかった。シスイを連れてきて貰いたかったのだ。この子がギルドに登録した折に世話になったらしいな。礼を言う」
「滅相もございません」
「シスイ、この者は王都の冒険者ギルドのギルド長だ。Sランクでもある」
「ええっ!?」

 慧吾はスヴェンがそんなにすごい人とは思っていなくて、口をぽかんと開けた。異世界、冒険者、Sランク! 感動である。

「――――なお、今この部屋の中で、一番高位で一番強くて一番かわいいのはシスイ、お前だ」
「まって、なんか変なの混ざってるから。俺めちゃくちゃ平凡だから!」

 慧吾が抗議をしていると、スヴェンが呆気に取られた様子で聞いてきた。

「それはどういう……?」
「シスイ、姿を変えて見せておくれ」

 慧吾は戸惑ったがユークリッドが言うならと人化を解いた。淡い光が収まると――――
 

 ――――そこには真っ白いもふもふの犬が座っていた。中型犬くらいの大きさだ。

 スヴェンと、わかっていたはずのシャールまでもが驚愕で固まったまま口をパクパクさせている。

「これは犬ではないぞ。聖獣シスイだ」

 ユークリッドは得意げだ。シスイはソファに寝そべる形でユークリッドの膝に頭を乗せる。ユークリッドは同じ紫色の目を伏せてシスイの頭を撫でた。そしてその目で二人を見た。

「私は聖獣の加護を受けている。シスイに護られているのだ。だからできるだけそばに置くし、シスイの望みも叶えたい」
「シ、シスイってケイの苗字じゃなくて、シスイ様だったのか……」

 と、ようやく話せるようになったスヴェン。

「必死に探しても見つからないはずだよな。人型になってたんだから」

 シャールも嘆息した。

「うむ。しかもギルドの依頼を受けて地下にいたのだ。……スヴェン」

 スヴェンはユークリッドの前に跪いた。

「シスイは王宮で暮らす。しかし、自由に過ごしてもらいたいのだ。今までどおり市井にも下りる。ギルドにも顔を出すはずだ。人型のシスイの顔はお前しか知らぬ。漏らさぬよう心せよ」

(わがまま言ってすみません)

 シスイはぺこりと頭を下げた。


「仰せのとおりに」





 今後に向けての協議のあとでスヴェンが帰ってからもユークリッドはそのまま動かない。しかし午前の謁見の時間がきてしまった。近衛隊長のシズラーが迎えに来る。背が高く、金髪の髪を後ろでひとつにまとめた、王子様のような品とオーラのある美しい男性だ。

「陛下、お迎えに上がりました」
「今日はやらない」
「ダメです。治水のことでマナス男爵が領地から出てきております。三日かけて来ております」

 シャールに叱られ、しぶしぶユークリッドは謁見に行った。

 ユークリッドが仕事に行ったので、その間にシスイは滞在する部屋に案内してもらうことになった。
 前のように一緒の部屋で過ごしたいが、ユークリッドは実は結婚したそうだ。残念だが夫婦の寝室はさすがに遠慮したい。
 かと言って、下手な部屋だとシスイはドアの開け閉めが自分でできないため、防犯上の問題がある。どうするのかなと思いながらついていくと――――


 ――――ペットが通れるドア、ペット用ドアがあらわれた!


(便利だけど、わざわざ用意してたの!?)

 しかもユークリッドの執務室にほど近い場所で、中は豪華な客室になっていた。

「わっふー」

 シスイは案内してくれたシャールを見あげた。

「お気に召しましたか? この部屋のドアはシスイ様の魔力を流しますと、シスイ様しか開けることができないようになっております」

 これで人型になっていても慌てなくていいし、ペット用ドアの施錠の心配もいらない訳だ。

「……名乗るのが遅くなりました、私は宰相のシャール・キリオスと申します。ユークリッド陛下とは幼なじみでして、こちらにいっしょについて参りました」

 そこでシャールはシスイに向かって跪いた。

「ユークリッド陛下を救っていただき感謝いたします」

 シスイは慌てて人化した。

「頭を上げてください」

 しかしシャールはしばらくの間頭を下げつづけ、改めてシスイに向きなおった。

「昼食後、シスイ様をみなへ紹介いたします。それまではゆっくりおくつろぎください。ではこれで」
「はい、ありがとうございました」

 シャールはああは言ったがいちおう聖獣になっておいた。それから毛布が敷かれたソファに寝そべり少し眠った。
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