10 / 44
9 王宮へ
しおりを挟む
ユークリッドの要望で慧吾はシスイに変身した。ユークリッドはうれしそうにぽんぽんと膝を叩く。シスイはソファに登り、顎をユークリッドの硬い膝に載せた。
その頭をユークリッドが優しく撫でる。
「あのとき聖獣の力を使い果たして消えてしまったのかと思った。待っていたらまた現れるかもしれないと探したよ」
ユークリッドはそこで少し黙ってから口を開いた。
「もしかしたらもう……とも考えた。だが、お前が私を呼ぶ声がする気がして……きっと生きていると……」
耳をふにふにしながら続ける。くすぐったいがじっと我慢だ。
「お前がレッドドラゴンを倒してくれたからみんなの命が助かった。その功績で私は辺境伯に任命されたのだ。私の手柄ではないんだがね。それに辺境伯とは聞こえはいいが、北の辺境の森の開拓だ」
(良かった。みんな助かったんだ。でもユークリッドが大変なときに消えちゃって)
「それで開拓しまくって、領土を広げてついでに独立した。聖獣を隠していたのをイーダン陛下に責められて面倒だったしな」
(ええーーっ! そんな簡単に?)
ユークリッドは淡々と語っているが、シスイは飼い主の行動力と動機に驚いた。
「イーダン陛下はもともとお前をほしがっていたんだ。さすがに騎士団長のものを取り上げるわけにもいかんしな。しかし、聖獣なら陛下のものにすることも可能だった訳だ。くどくどと文句を言われた」
(俺をほしがっていたって、なんで? 会ったこともないのに。噂でも聞いてた? 迷惑だな)
不思議そうなシスイにユークリッドは紫の目を細めた。
「気がついていなかったのか。よく中庭で遊んでもらっていただろう。いや? 遊んでやってたのか」
(マジで!? あのいつも疲れてた文官か! 何やってんの王様!)
「シスイと遊びやすいように軽装だったしな」
だったら王様に貰ったガラクタも収納に入っているはずだ。あの人しつこかったよなとシスイは遠い目になった。聖獣ってバレなくて良かった。
ともかく独立したことはしたが、円満な独立で、仲良くはやっているということだった。
今後のことを話し合うため、シスイは慧吾に戻った。
「シスイ。これからは王宮で過ごしてほしい」
「そうするよ。……でも、冒険者のランクはあげたいんだ。俺の世界、そういうのがなくて憧れなんだよね」
「そうか、だが危ないことはしないでほしい。王宮から通えるように手配する。明日の朝、宿に迎えを寄こすからいっしょに来てほしい」
「わかった。宿は引き払うよ」
話が決まるとユークリッドはコンコンと前方の窓を叩いた。少し進んでやがて馬車が止まる。そして扉が外から開かれ、降りてみれば最初の広場の近くだった。
慧吾は振りむいてユークリッドに手を振った。馬車がまた走りだす。
「ふー、やっと会えて良かった。久しぶりでちょっと緊張したけど。ハンナさんに言わなきゃ」
やすらぎ亭に戻ってから、慧吾は明日友人が迎えに来ることになったから引きあげると告げた。
「そうかい、アンタが美味しそうに食べる姿が見れなくなるのは寂しいね」
「この辺にはまだいますから、また食事に来ますよ」
ハンナもアナもそれには喜んだ。夕食ももちろんもりもり食べて注目を浴び、売上げの協力をしたのだった。
翌朝、慧吾は早く起きて身の回りをキレイに片づけた。ついでに簡単に浄化もしておく。慧吾が来る前より部屋が美しくなったかもしれない。
「…………。まあいいか。チェックアウトして待っていよう」
何時だかわからないのでいちおう早めに待っておくことにした。下に降りて朝食を食べていると、表に馬車が来たようだ。慧吾は立ちあがって表に出てみた。
「あれ、スヴェンさん?」
なぜか冒険者ギルドのスヴェンが降りてきた。
「おはよう、ケイ。早く乗れ」
そしてせかせかと乗せられる。かろうじてハンナに手を振り、すぐに扉を閉められた。
「このローブを頭から被れ」
「えっ、はい」
スヴェンにローブを頭から被せられる。
「どうしてスヴェンさんが?」
「俺もわからん。急に王宮から呼び出されてな。お前を連れてこいと言われたんだ。お前の顔は人に見せるなってな」
スヴェンは慧吾をじろりと見た。
「お前、何をやらかした」
「何って何も。明日迎えをやるからって友だちに言われてましたけど。まさかスヴェンさんが来てくれるなんて思っていませんでした」
「友だちって……まあいい。行けばわかる。着くまで俺は寝てるぞ。徹夜なんだ」
スヴェンは疲れを滲ませ、腕を組んで目をつぶった。
「な、なんかすみません」
慧吾は申し訳なさそうな態度を見せたが、スヴェンが来てくれて正直心強かった。
無言のまま馬車は王宮に入っていく。やがて馬車は止まり、目を開けたスヴェンが先にタラップを降りてから慧吾を降ろした。目の前には近衛が並んでいて、一番前には昨日会ったシャールが立っている。
「こんにちは」
前がよく見えなくて不格好になりながらも、とにかく挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
シャールは慇懃に礼をし、前を歩いていく。そして重厚なドアの前で止まってからノックをする。すると中から近衛が出てきてドアを開けてくれた。三人が入ったあと近衛は一礼して部屋を出ていった。
部屋の奥までシャールについていくと、ユークリッドがそこに立っていた。大股でぐんぐん近寄ってきて慧吾をローブの上からぎゅっとした。慧吾は暴れた。そばにいたスヴェンは驚きで目を瞠っている。
「落ちつけ」
シャールが間に入り、ユークリッドを引き剥がす。ユークリッドは不満げにシャールを睨んだ。
「取らないから。顔も見ない。威嚇するな」
ユークリッドを軽くいなし、シャールは二人に座るよう促してどこかへ消えた。慧吾とスヴェンはソファに腰かける。ユークリッドは慧吾の隣に座る。
「ゆ、ゆーくりっど……? そんなに見ないでよ」
スヴェンは慌ててほかのソファに移った。もはやドン引きである。
「人の姿も優し気でかわいらしい。シスイのときの元気な様子もかわいらしいが」
結局何でもいいようだ。慧吾が困っているとシャールがお茶を持ってきた。
「ユークリッド、ちょっと離れろ。子離れできない母親みたいになってるぞ」
「い、いえ大丈夫です」
お茶を勧められて慧吾とスヴェンはありがたく頂いた。焼き菓子も美味しい。それも目を細めてただじーっと見ていたユークリッドだったが、シャールに促されて話を始めた。
「スヴェン、急に呼んですまなかった。シスイを連れてきて貰いたかったのだ。この子がギルドに登録した折に世話になったらしいな。礼を言う」
「滅相もございません」
「シスイ、この者は王都の冒険者ギルドのギルド長だ。Sランクでもある」
「ええっ!?」
慧吾はスヴェンがそんなにすごい人とは思っていなくて、口をぽかんと開けた。異世界、冒険者、Sランク! 感動である。
「――――なお、今この部屋の中で、一番高位で一番強くて一番かわいいのはシスイ、お前だ」
「まって、なんか変なの混ざってるから。俺めちゃくちゃ平凡だから!」
慧吾が抗議をしていると、スヴェンが呆気に取られた様子で聞いてきた。
「それはどういう……?」
「シスイ、姿を変えて見せておくれ」
慧吾は戸惑ったがユークリッドが言うならと人化を解いた。淡い光が収まると――――
――――そこには真っ白いもふもふの犬が座っていた。中型犬くらいの大きさだ。
スヴェンと、わかっていたはずのシャールまでもが驚愕で固まったまま口をパクパクさせている。
「これは犬ではないぞ。聖獣シスイだ」
ユークリッドは得意げだ。シスイはソファに寝そべる形でユークリッドの膝に頭を乗せる。ユークリッドは同じ紫色の目を伏せてシスイの頭を撫でた。そしてその目で二人を見た。
「私は聖獣の加護を受けている。シスイに護られているのだ。だからできるだけそばに置くし、シスイの望みも叶えたい」
「シ、シスイってケイの苗字じゃなくて、シスイ様だったのか……」
と、ようやく話せるようになったスヴェン。
「必死に探しても見つからないはずだよな。人型になってたんだから」
シャールも嘆息した。
「うむ。しかもギルドの依頼を受けて地下にいたのだ。……スヴェン」
スヴェンはユークリッドの前に跪いた。
「シスイは王宮で暮らす。しかし、自由に過ごしてもらいたいのだ。今までどおり市井にも下りる。ギルドにも顔を出すはずだ。人型のシスイの顔はお前しか知らぬ。漏らさぬよう心せよ」
(わがまま言ってすみません)
シスイはぺこりと頭を下げた。
「仰せのとおりに」
今後に向けての協議のあとでスヴェンが帰ってからもユークリッドはそのまま動かない。しかし午前の謁見の時間がきてしまった。近衛隊長のシズラーが迎えに来る。背が高く、金髪の髪を後ろでひとつにまとめた、王子様のような品とオーラのある美しい男性だ。
「陛下、お迎えに上がりました」
「今日はやらない」
「ダメです。治水のことでマナス男爵が領地から出てきております。三日かけて来ております」
シャールに叱られ、しぶしぶユークリッドは謁見に行った。
ユークリッドが仕事に行ったので、その間にシスイは滞在する部屋に案内してもらうことになった。
前のように一緒の部屋で過ごしたいが、ユークリッドは実は結婚したそうだ。残念だが夫婦の寝室はさすがに遠慮したい。
かと言って、下手な部屋だとシスイはドアの開け閉めが自分でできないため、防犯上の問題がある。どうするのかなと思いながらついていくと――――
――――ペットが通れるドア、ペット用ドアがあらわれた!
(便利だけど、わざわざ用意してたの!?)
しかもユークリッドの執務室にほど近い場所で、中は豪華な客室になっていた。
「わっふー」
シスイは案内してくれたシャールを見あげた。
「お気に召しましたか? この部屋のドアはシスイ様の魔力を流しますと、シスイ様しか開けることができないようになっております」
これで人型になっていても慌てなくていいし、ペット用ドアの施錠の心配もいらない訳だ。
「……名乗るのが遅くなりました、私は宰相のシャール・キリオスと申します。ユークリッド陛下とは幼なじみでして、こちらにいっしょについて参りました」
そこでシャールはシスイに向かって跪いた。
「ユークリッド陛下を救っていただき感謝いたします」
シスイは慌てて人化した。
「頭を上げてください」
しかしシャールはしばらくの間頭を下げつづけ、改めてシスイに向きなおった。
「昼食後、シスイ様をみなへ紹介いたします。それまではゆっくりおくつろぎください。ではこれで」
「はい、ありがとうございました」
シャールはああは言ったがいちおう聖獣になっておいた。それから毛布が敷かれたソファに寝そべり少し眠った。
その頭をユークリッドが優しく撫でる。
「あのとき聖獣の力を使い果たして消えてしまったのかと思った。待っていたらまた現れるかもしれないと探したよ」
ユークリッドはそこで少し黙ってから口を開いた。
「もしかしたらもう……とも考えた。だが、お前が私を呼ぶ声がする気がして……きっと生きていると……」
耳をふにふにしながら続ける。くすぐったいがじっと我慢だ。
「お前がレッドドラゴンを倒してくれたからみんなの命が助かった。その功績で私は辺境伯に任命されたのだ。私の手柄ではないんだがね。それに辺境伯とは聞こえはいいが、北の辺境の森の開拓だ」
(良かった。みんな助かったんだ。でもユークリッドが大変なときに消えちゃって)
「それで開拓しまくって、領土を広げてついでに独立した。聖獣を隠していたのをイーダン陛下に責められて面倒だったしな」
(ええーーっ! そんな簡単に?)
ユークリッドは淡々と語っているが、シスイは飼い主の行動力と動機に驚いた。
「イーダン陛下はもともとお前をほしがっていたんだ。さすがに騎士団長のものを取り上げるわけにもいかんしな。しかし、聖獣なら陛下のものにすることも可能だった訳だ。くどくどと文句を言われた」
(俺をほしがっていたって、なんで? 会ったこともないのに。噂でも聞いてた? 迷惑だな)
不思議そうなシスイにユークリッドは紫の目を細めた。
「気がついていなかったのか。よく中庭で遊んでもらっていただろう。いや? 遊んでやってたのか」
(マジで!? あのいつも疲れてた文官か! 何やってんの王様!)
「シスイと遊びやすいように軽装だったしな」
だったら王様に貰ったガラクタも収納に入っているはずだ。あの人しつこかったよなとシスイは遠い目になった。聖獣ってバレなくて良かった。
ともかく独立したことはしたが、円満な独立で、仲良くはやっているということだった。
今後のことを話し合うため、シスイは慧吾に戻った。
「シスイ。これからは王宮で過ごしてほしい」
「そうするよ。……でも、冒険者のランクはあげたいんだ。俺の世界、そういうのがなくて憧れなんだよね」
「そうか、だが危ないことはしないでほしい。王宮から通えるように手配する。明日の朝、宿に迎えを寄こすからいっしょに来てほしい」
「わかった。宿は引き払うよ」
話が決まるとユークリッドはコンコンと前方の窓を叩いた。少し進んでやがて馬車が止まる。そして扉が外から開かれ、降りてみれば最初の広場の近くだった。
慧吾は振りむいてユークリッドに手を振った。馬車がまた走りだす。
「ふー、やっと会えて良かった。久しぶりでちょっと緊張したけど。ハンナさんに言わなきゃ」
やすらぎ亭に戻ってから、慧吾は明日友人が迎えに来ることになったから引きあげると告げた。
「そうかい、アンタが美味しそうに食べる姿が見れなくなるのは寂しいね」
「この辺にはまだいますから、また食事に来ますよ」
ハンナもアナもそれには喜んだ。夕食ももちろんもりもり食べて注目を浴び、売上げの協力をしたのだった。
翌朝、慧吾は早く起きて身の回りをキレイに片づけた。ついでに簡単に浄化もしておく。慧吾が来る前より部屋が美しくなったかもしれない。
「…………。まあいいか。チェックアウトして待っていよう」
何時だかわからないのでいちおう早めに待っておくことにした。下に降りて朝食を食べていると、表に馬車が来たようだ。慧吾は立ちあがって表に出てみた。
「あれ、スヴェンさん?」
なぜか冒険者ギルドのスヴェンが降りてきた。
「おはよう、ケイ。早く乗れ」
そしてせかせかと乗せられる。かろうじてハンナに手を振り、すぐに扉を閉められた。
「このローブを頭から被れ」
「えっ、はい」
スヴェンにローブを頭から被せられる。
「どうしてスヴェンさんが?」
「俺もわからん。急に王宮から呼び出されてな。お前を連れてこいと言われたんだ。お前の顔は人に見せるなってな」
スヴェンは慧吾をじろりと見た。
「お前、何をやらかした」
「何って何も。明日迎えをやるからって友だちに言われてましたけど。まさかスヴェンさんが来てくれるなんて思っていませんでした」
「友だちって……まあいい。行けばわかる。着くまで俺は寝てるぞ。徹夜なんだ」
スヴェンは疲れを滲ませ、腕を組んで目をつぶった。
「な、なんかすみません」
慧吾は申し訳なさそうな態度を見せたが、スヴェンが来てくれて正直心強かった。
無言のまま馬車は王宮に入っていく。やがて馬車は止まり、目を開けたスヴェンが先にタラップを降りてから慧吾を降ろした。目の前には近衛が並んでいて、一番前には昨日会ったシャールが立っている。
「こんにちは」
前がよく見えなくて不格好になりながらも、とにかく挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
シャールは慇懃に礼をし、前を歩いていく。そして重厚なドアの前で止まってからノックをする。すると中から近衛が出てきてドアを開けてくれた。三人が入ったあと近衛は一礼して部屋を出ていった。
部屋の奥までシャールについていくと、ユークリッドがそこに立っていた。大股でぐんぐん近寄ってきて慧吾をローブの上からぎゅっとした。慧吾は暴れた。そばにいたスヴェンは驚きで目を瞠っている。
「落ちつけ」
シャールが間に入り、ユークリッドを引き剥がす。ユークリッドは不満げにシャールを睨んだ。
「取らないから。顔も見ない。威嚇するな」
ユークリッドを軽くいなし、シャールは二人に座るよう促してどこかへ消えた。慧吾とスヴェンはソファに腰かける。ユークリッドは慧吾の隣に座る。
「ゆ、ゆーくりっど……? そんなに見ないでよ」
スヴェンは慌ててほかのソファに移った。もはやドン引きである。
「人の姿も優し気でかわいらしい。シスイのときの元気な様子もかわいらしいが」
結局何でもいいようだ。慧吾が困っているとシャールがお茶を持ってきた。
「ユークリッド、ちょっと離れろ。子離れできない母親みたいになってるぞ」
「い、いえ大丈夫です」
お茶を勧められて慧吾とスヴェンはありがたく頂いた。焼き菓子も美味しい。それも目を細めてただじーっと見ていたユークリッドだったが、シャールに促されて話を始めた。
「スヴェン、急に呼んですまなかった。シスイを連れてきて貰いたかったのだ。この子がギルドに登録した折に世話になったらしいな。礼を言う」
「滅相もございません」
「シスイ、この者は王都の冒険者ギルドのギルド長だ。Sランクでもある」
「ええっ!?」
慧吾はスヴェンがそんなにすごい人とは思っていなくて、口をぽかんと開けた。異世界、冒険者、Sランク! 感動である。
「――――なお、今この部屋の中で、一番高位で一番強くて一番かわいいのはシスイ、お前だ」
「まって、なんか変なの混ざってるから。俺めちゃくちゃ平凡だから!」
慧吾が抗議をしていると、スヴェンが呆気に取られた様子で聞いてきた。
「それはどういう……?」
「シスイ、姿を変えて見せておくれ」
慧吾は戸惑ったがユークリッドが言うならと人化を解いた。淡い光が収まると――――
――――そこには真っ白いもふもふの犬が座っていた。中型犬くらいの大きさだ。
スヴェンと、わかっていたはずのシャールまでもが驚愕で固まったまま口をパクパクさせている。
「これは犬ではないぞ。聖獣シスイだ」
ユークリッドは得意げだ。シスイはソファに寝そべる形でユークリッドの膝に頭を乗せる。ユークリッドは同じ紫色の目を伏せてシスイの頭を撫でた。そしてその目で二人を見た。
「私は聖獣の加護を受けている。シスイに護られているのだ。だからできるだけそばに置くし、シスイの望みも叶えたい」
「シ、シスイってケイの苗字じゃなくて、シスイ様だったのか……」
と、ようやく話せるようになったスヴェン。
「必死に探しても見つからないはずだよな。人型になってたんだから」
シャールも嘆息した。
「うむ。しかもギルドの依頼を受けて地下にいたのだ。……スヴェン」
スヴェンはユークリッドの前に跪いた。
「シスイは王宮で暮らす。しかし、自由に過ごしてもらいたいのだ。今までどおり市井にも下りる。ギルドにも顔を出すはずだ。人型のシスイの顔はお前しか知らぬ。漏らさぬよう心せよ」
(わがまま言ってすみません)
シスイはぺこりと頭を下げた。
「仰せのとおりに」
今後に向けての協議のあとでスヴェンが帰ってからもユークリッドはそのまま動かない。しかし午前の謁見の時間がきてしまった。近衛隊長のシズラーが迎えに来る。背が高く、金髪の髪を後ろでひとつにまとめた、王子様のような品とオーラのある美しい男性だ。
「陛下、お迎えに上がりました」
「今日はやらない」
「ダメです。治水のことでマナス男爵が領地から出てきております。三日かけて来ております」
シャールに叱られ、しぶしぶユークリッドは謁見に行った。
ユークリッドが仕事に行ったので、その間にシスイは滞在する部屋に案内してもらうことになった。
前のように一緒の部屋で過ごしたいが、ユークリッドは実は結婚したそうだ。残念だが夫婦の寝室はさすがに遠慮したい。
かと言って、下手な部屋だとシスイはドアの開け閉めが自分でできないため、防犯上の問題がある。どうするのかなと思いながらついていくと――――
――――ペットが通れるドア、ペット用ドアがあらわれた!
(便利だけど、わざわざ用意してたの!?)
しかもユークリッドの執務室にほど近い場所で、中は豪華な客室になっていた。
「わっふー」
シスイは案内してくれたシャールを見あげた。
「お気に召しましたか? この部屋のドアはシスイ様の魔力を流しますと、シスイ様しか開けることができないようになっております」
これで人型になっていても慌てなくていいし、ペット用ドアの施錠の心配もいらない訳だ。
「……名乗るのが遅くなりました、私は宰相のシャール・キリオスと申します。ユークリッド陛下とは幼なじみでして、こちらにいっしょについて参りました」
そこでシャールはシスイに向かって跪いた。
「ユークリッド陛下を救っていただき感謝いたします」
シスイは慌てて人化した。
「頭を上げてください」
しかしシャールはしばらくの間頭を下げつづけ、改めてシスイに向きなおった。
「昼食後、シスイ様をみなへ紹介いたします。それまではゆっくりおくつろぎください。ではこれで」
「はい、ありがとうございました」
シャールはああは言ったがいちおう聖獣になっておいた。それから毛布が敷かれたソファに寝そべり少し眠った。
0
あなたにおすすめの小説
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
キモおじさんの正体は…
クラッベ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生し、ヒロインとなったナディア。
彼女はゲーム通りにいかない悪役令嬢のビビアンに濡れ衣を着せ、断罪イベントの発生を成功させる。
その後の悪役令嬢の末路は、ゲーム通りでは気持ち悪いおっさんに売られていくのを知っているナディアは、ざまぁみろと心の中で嘲笑っていた。
だけどこの時、この幸せが終わりを迎えることになるとは、ナディアは思っても見なかったのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる