煙の向こうに揺れる言葉

らぽしな

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プロローグ

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突拍子とっぴょうしもないアクシデントに見舞みまわされる。

こんなドラマのようなことがあるのだろうかと自分の今の現状げんじょうを疑いたくなる。
まだ春という季節になったばかりのこの時期に、すでに薄着で歩けるくらい日差しが暑い。

邪魔だと思いつつ春コートをカバンの取っ手ではさみ持ち上着も脱いで腕に掛けていたほどの天気は、若い人を中心にいろどり豊かに街なかを染めていた。

その中のコーディネートには、休日の夫婦でのお出かけに、手本にしたいものもあった。最近妻と二人で出かけることも減ってしまったので、こういうのを覚えておいて、今度買いに来ようとか考えてしまう。

妻は遠慮えんりょがちだから、僕よりもの妹あたりは着回し上手な妻を見て僕をにらむ。そして妻に似合いそうだと何か良いものを見つけては、プレゼントしているようだが、もったいないからと、妹が関わる集まりの時くらいしかそれらを身に着けない。

ああいうのもよく似合うはずなのに、質素なのだ。妻を好きだが目の保養は大切なのだ。
だからこのあとのがおこったのかもしれない、と今のうちに言い訳しておく。

まあ、そのくらい日差しも気温も気分が良くなる要素ようそが集まっていたのだった。

そんな日だということもあいまって佐々木匡尋まさひろは外回りの帰り道、その手に残る感触をしっかりと認識しながら頭の中で浮足立っていた。

ほんの数分前のことだ。
ここは、いつもは通らない取引先からの帰り道。
だからこのあと天国とそして地獄が待ち受けているなんて想像もしてない。

一駅乗り過ごしてしまい、天気の良さに後押しされて若干じゃっかん遠いが歩いても苦にならない距離だと判断し、出勤時よりはゆっくり目に歩いていた。

のんきに、
(あ、ここ気になる店だ。)
(ここ、こんな感じだったっけ?)
とか考えながら。

偶然グラマラ・・いや、結婚前だったら、目を奪われそうな豊かな体躯を持つうら若き女性が急に目の前で躓いたのだ。

そんなことぐらいなら、まあよくあるシチュエーションだろう、だがそのあとが悪い。

転びそうになったその女性を、転ばないように「咄嗟」に支えたところ、よりにもよってがっしりと、
そのナイスバデ・・・
豊満な・・・
いや、その比喩ひゆはおいといて、バストのところをとっさに支えてしまった。しかも、しっかりと手のひらにその感触が埋まっていくほどに。

理由は、そう、不甲斐ふがいないが「そこ」にほんの少し、いやだいぶ…意識がその場所に行っていたからに他ならない。

春めいた目立つワンピースで歩いてくるその女性が視界に飛び込んできたその瞬間から近づいてくるその女性をおそらくずっと視界のどこかで追っていたのだろう。本能におもむくままだ、仕方ない。まだまだ健全な30代なのだ。

だから、咄嗟とっさに助けようとだした手が…手がそのスポットに行ってしまったのだ。

まあ、百歩譲ってそこまではいい。助けたことには変わりない。

咄嗟の事で危機を回避したので、女性の方も苦笑いはしていたものの、言葉にならないお礼とお詫びをそれぞれ返しその場はそれで終わった。


ラッキーな偶然で終わったはずだったのだ。


そこで、心のなかで

(あ、うちのよりも、ちょっと…。)

と考えてしまったことが悪かったのかもしれない。

(最近ご無沙汰だな…)
とか
(今日とかどうかな…)
とか、とにかく仕事の帰り道だということを忘れて、色んな妄想をしたからかもしれない。

とにかくその時、周りへの注意を怠ってしまっていた。
そう、ここは会社から割りと近い場所だということを。
つまりは誰かしら、近くにいるかも知れないということを。
そして、自分がお昼のことを考えているということは、そういう輩が一人くらいはそのあたりにいるかもということを。
そして何より、見られたくないことに限って見られたあと面倒な人が見てしまうという確率を。

多分無意識にニヤニヤしていたのだ。
浮足立った僕は、一瞬失念していたのだ。

ついてに言えばまさかこのあと、このときに出会った女性に振り回される運命が待っているともその時の僕は思ってもいなかった。

出会いも、シチュエーションもすべて(あいつ)の手のひらの中。
どんな未来を構築されているのかなんて想像すらできていななかった。

ただただ、その時は嬉しさを隠しきれないぼやけた表情のまま、手のひらの中の感触を噛み締めて会社へと歩いていた。

そのニマニマな情けない顔のまま、まずすぐにフラグの1つ目を僕は手に取ってしまった。
見られては嫌な相手の中でも上位にいる、自分のチームの後輩が近くのカフェのオープンテラス席に着くところだったらしい。

しかも、ほぼ一部始終を目の当たりにしていたらし。だからまだ注文もせず、僕がそこに近づいてくるのを今か今かと待ちわびていたようだ。僕以上にニマニマしながら。

その後輩の笑顔と出くわすまでのほんの数歩分の時間。
僕にとってその数秒だけが天国の時間だった。

そしてそんな僕のラッキーなアクシデントの裏で、妻は僕の知らないところである場所にたどり着きその建物の一室で他の男と密会していたなんて知るよしもなかった。

この先、僕ら夫婦に待ち受ける嵐を考えれば、こんな序章はまだまだ痛くもないことなのだが、とりあえず数分間の天国から笑いネタ提供とそれに伴い口止め的な出費に、そんなことを知らない僕は今日の出来事もまたタバコの煙とともに数時間後には忘れてしまっていた。

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