煙の向こうに揺れる言葉

らぽしな

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エピソード13-6

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店に着いてからも、最近はカートを押したがる汐音が足早にならないように抑えるのに夢中で夫の表情を見る余裕もなく、申し訳なく思っている私は妻としてふるまえているのだろうか。

そうしているうちにいつの間にか私たちから離れて、夫は一服してきたらしい。
かすかにでも夫だとわかる毎日ただよわせるメンソールの香りを強めて戻ってきた。

夫の手には、いくつか商品が握られていた。
「あっちにお酒のコーナーがあったから。とりあえず、ワインとビール。それと、ちょっとおつまみ。」
といって、選んできたぞとばかりにカゴにいれる。

中に、割れやすい卵とかつぶれやすい果物のカットされた物とか入っていてもお構いなく。
ほんの少し、イラッとしてしまう行為。
いや、仕方がない、買い物なんて普段しない人にとっては、何ともない事なのだ。

そこに、気が付くか気が付かないか…。

夫との横並びから少し解消されたのを見計らって、カゴの中身の物の位置を変える。
こんなことに気をまわしているのは、すれ違う羨ましいくらいキラキラした家族から見たら、さもしく見えているのだろうか。

そして来客があるというのに、アルコールの事まで頭になかった私は、妻失格なのではないだろうか…。

でも、逃げる手段に『離婚』という二文字に至れないそんな弱い女なのだ。
またしても、『普通』という言葉の迷宮に迷い込んでいた。

そんな事を考えていると汐音が、お菓子のコーナーで駄々をこね始めた。
今日はこれからお客さんが来るから、お菓子はいらないといったのが気に入らないようだった。

どうせ明日以降も毎日どこかの店に寄ることになるし、お菓子の代わりにデザートとして果物とかを多めに用意していて、お菓子の出番なんてないのだから。

少し泣いていても、子どもがいる家庭の割とある光景だから、そもそもスーパーだから多少迷惑と思っていても誰も見咎めたりはしない。

だけどこんなことでも夫は少しオロオロとしてしまっている。
夫や義妹が幼いとき、こんなシーンはなかったのだろうか。
そう思うと、また妻失格なのかもという気持ちが心の中で広がっていく。


匡尋は、正直どうしていいかわからずにいた。
子どもがわがままを言う場面、他人の子ならどこかで散々見てきたはずなのに、いざ自分の子となると同接していいのか急にわからなくなってしまったのだ。

妻は流石に慣れているのか、カートを脇に寄せ汐音に何か言い聞かせている。
大人しくなるなら、お菓子くらい買えばいいのにと思ったが普段一緒に買物へと来ていないので、もしかしたら自分の知らないルールがあるかもと思うと、口に出せない。

ただ、なんとなく周りの目がきになるので、どうにか収集できないかと考えたが何も思い浮かばない。
せっかく合流したが、いたたまれなくなってまた僕は喫煙所へと逃げ出した。

なんとなく義務を果たすべく付いてきたが、いざ出かけると夫婦として親子としての買い物だというのに、つくづく自分の不甲斐なさが悔やまれる。

ここに来るまでにご近所さんと思われる人とすれ違ったことを思い出す。
千草と汐音は当たり前にあいさつを交わしていた。
僕の知らない顔見知りの人たち。
そんな人から見て、僕はいったいどんな存在なのだろうか。

夫として写っているのか。
少し距離があるから赤の他人に見えているのか。
もしかすると千草たちへ危害を加えてしまう変質者にまで見えてないだろうか。
そんな事にまで思いが巡ったら、居た堪れなくなり、ついまたタバコを吸いに逃げてしまったのだった。

どこの家でも一緒なのだろうかと問いかける。答えはない。
一緒でいいのだろうか。
このまま一緒にタバコに逃げて
逃げて
逃げて。
いつの間にか煙の向こうに何か大事なものを見失ってしまうのではないのだろうか。

そこまで考えてたら、僅かな理性が手を差し伸べてくれた気がした。

合流する前に酒売り場があり、この恥ずかしさで少し紅潮してしまった赤ら顔を隠してしまいたくて、つい赤ワインを手に取っていた。もちろんビールも忘れてはいない。
途中で逃げてしまった気まずさに、ちょっと重いものだと失念してぞんざいに物を扱ってしまった。
僕に気を使ってか千草は僕に見えないようしてに入れ直されてしまった。

慌てて「ごめん。」と、そう言ったときには既に千草の意識は汐音に移っていた。
以前はその眼差しは僕だけのものだったのに、汐音にうらやましささえ覚えてしまった僕は、夫として失格なのだろう。でも本当は、まだ心の何処かで妻の視線を独り占めしていたいのに、実際二人きりになると何もできない。
でも、離婚なんていうのは考えていない。
僕には、彼女が必要で…必要で…。

普通の夫たちも、同じ様にタバコに逃げていたあの人達もきっとうまくやっているのだろうと羨ましくおもいながら、さっきとは違う面子の喫煙所でタバコに逃げていた。

また売り場に戻ると、お菓子売り場に二人の姿はなく、探すとレジに並んでいた。
もう汐音は泣いていないので、何か納得したのだろう。

あれだけお菓子売り場でごねていたのに、今度はソフトクリーム食べたいと汐音がまたわがままを言っていた。
たしか、入り口付近にソフトクリームを売っていたお店があったように思い出した。

「うん、お店の人にお金を払って、そのあと袋に入れるのを待っててくれたらね。」
と言い聞かせると、汐音は黙って千草の隣で一連の作業を見ていた。
どうやらお菓子ではなく、ソフトクリームで妥協案をとったようだ。

そういえば僕が子どもの頃も、普通に母親にお菓子だってソフトクリームも強請ねだってたっけ。
なんとなく、その頃の母の顔を思い出した。一緒に買物をしているときはそういえばいつも怖い顔をしていた気がする。
そこまで思い出して
(あ、そうか叱ってもいいのか…。)
と思い出した。今度、母にアドバイスをもらおう。

ゴネるポイントは同じでも、今と昔の子供は随分と違う気がする。
そんな今昔物語を思う自分を改めて(僕も、年をとったな…)と思ってしまった。
さらに年齢を重ね、この先もこの家族で一緒にいられるのだろうか。
僕だけが疎外感を感じながら、ずっと過ごすのだろうか。

[ただ普通の家庭を築きたいだけなのに。]

普通や平凡って何なのだろう。
結婚した時は最低限の平凡な家庭を手に入れたと思っていたのに、いざ手に入れてみたら平凡じゃないのかもしれない。

平凡ってなんだろう。
神様がいるとしたらどうして平等に運命を分け与えてくれないのだろうか…。

哲学じみたところに求める答は、僕には一生見いだせないように思えた。

汐音がソフトクリームに心を奪われている間、やっぱり僕はどこかその輪に入れずに、俯瞰的に二人の姿を眺めていた。

売り場ではあんなに揉めていたのに、帰り道汐音は晴れやかな顔をしていて妻もなんだか安らいで見える。
なんだかんだと荷物を持つことを取り付けたが、会話はそれだけでどこか疎外感を感じてしまう。

住み慣れた部屋に戻ってもなお、その続きを考えてしまえば、ど壺にはまって、根暗な気持ちにまみれていくだけだとわかっていても、帰ればまたいつもの定位置でタバコをふかしながら、哲学者の真似事をしている。

だからあの二人が来るまで、ここから動きたくないという衝動にかられて、居間に戻るタイミングを逃していた。

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