タチバナ

ルン

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 ナオトを含む一学年の魔法使いたちは、デミュナイア学園の広大な校庭、そのさらに端のほうに集められていた。

 白線の引かれたグラウンドでは、汗にまみれた生徒たちが何列にも連なり、息を切らしながら長々とランニングを続けている。

掛け声、足音、荒い呼吸が混じり合い、昼下がりの校庭には独特の熱気がこもっていた。

 ――ただし、その光景を眺めているだけの一団がいる。

 それがナオトたち、“魔法使い組”だった。

 今は授業中。科目は基礎体力。

 本来であれば全員が同じように走り込まされるはずの時間だが、魔法使いである彼らには例外的に肉体訓練が免除されている。そのため、こうして校庭の隅で立たされ、見学を命じられていた。

 この授業はB~Dクラス合同。
 担当教師は、ナオトのクラス担任でもあるアオイ先生だった。

「この機会にさ、一学年魔法使い組の自己紹介でもしようよ」

 そう切り出したのは、一年Cクラスのキヨミヤ・ケイタロウだった。
 人懐っこい笑みを浮かべ、場の中心に一歩踏み出す。

「僕の名前はキヨミヤ・ケイタロウ。1ーCクラスだ」

 それを合図にしたかのように、その場にいた魔法を使える生徒たちが順に名乗り始める。

「同じくCクラスのセンドウです。センドウ・ショウタ」

「Dクラスのマキマ・アカネ」

「シオ・ブライト」

「1ーB、アサクラ・コトハ」

 そして最後に――

「1ーB、タチバナ・ナオト」

 ナオトが名乗った瞬間、空気がわずかに静まり返った。
 誰かが息を止めたような、そんな一拍の沈黙。

「……うん、ありがとう」

 沈黙を破ったのは、ケイタロウだった。

「一年では、魔法が使えるのは僕たちだけだ。クラスは違うけど、僕は君たちを同志だと思ってる。だから、学園内で何か困ったことがあったら、遠慮なく僕を頼ってくれ。そして僕も、君たちを頼りたい」

 真っ直ぐすぎる言葉に、数人が思わず苦笑する。

「うわー。なんか随分と熱いやつだねー」

「仕方ありません。それがケイタロウの唯一の取り柄です」

「唯一は余計だ。ショウタ」

 軽口が飛び、場の空気は一気に和んだ。
 ケイタロウ自身も肩をすくめて笑い、深刻になりかけた雰囲気を冗談で吹き飛ばす。

「そうそう、言い忘れてたけど」

 ふと思い出したように、コトハが口を挟む。

「うちのクラス、もう一人魔法が使える子、いるわよ」

「え? 今日休みなの?」

「普通に登校してるわよ。そして――」

 コトハは視線を前方へ向け、ランニング中の生徒たちの群れを指差した。

「今、あたしらの目の前で走ってる」

 その先にいたのは、必死に息を整えながら走るイヌイ・サラの姿だった。

「えー、魔法使いなのに走るって……どんだけドM……」

「僕ら、ああいう肉体運動系は免除されてるのに。すごいな、彼女……」

「根が真面目なのよねー。あの子は」

 その言葉に、ケイタロウが拳を握る。

「……よし! 僕も彼女に負けてられない! 今から走ってくる!」

「え、ちょ――」

 コトハが制止する間もなく、ケイタロウは勢いよくグラウンドへ飛び出していった。

「マジ……?私たち、いつからこんなドM集団になってたの……」

「ケイタロウはドMじゃないですよ。ちょっとアホなだけです」

「いや、それフォローになってる?」

 そんなやり取りをしていると、ランニングを終えたサラが、今にも倒れそうな足取りでこちらへやってくる。

「うへー……コトハちゃん……やっと終わったー……」

「はいはい。よく頑張りました」

 コトハはそう言って、サラの額にそっと手をかざす。
 次の瞬間、ふわりと柔らかな風が生まれ、サラの火照った顔を撫でるように通り抜けた。

「わー……気持ちいいーー……ってダメだよ!コトハちゃん、学園内で魔法使用禁止って、先日言われたばっかりだよ!」

「バレないわよ、これくらい。それに、もしバレても“たまたまここだけ風が吹きました”でごまかせるでしょ」

「そんなピンポイントで自然の風は吹かないよ!」

「ああ。まったくだな」

 低く落ち着いた声が、二人の間に割り込む。

「自然の風というのは、もっと広範囲に吹くものだ」

 気づけば、アオイ先生がすぐ目の前に立っていた。

「えっ……アオイ先生!?」

 その場の空気が一瞬で凍りつく。
 魔法の無断使用を見られたと理解した瞬間、全員の表情が強張った。

「お前ら、既に聞いているとは思うが……学園内での無断の魔法使用は厳禁だ」

 声は穏やか。しかし、その視線は氷のように冷たい。

「ご、ごめんなーーー!」

 空気に耐えきれず、サラが叫ぶ。

「……ま、ほどほどにしろ」

 次の瞬間、アオイ先生はふっと笑った。

「え……?」

「魔法使いにとって、魔法が使えない環境はそれだけでストレスだ。それくらい、私にもわかっているつもりだ」

「……ありがとうございます」

「ただし、度を越した行為は見逃せない。これでも一応、教師だからな」

「は、はい!」

 そう言い残し、アオイ先生は再びランニング中の生徒たちの監督へ戻っていった。

「……あんたたちの先生、結構いい先生ね」

「……そうね。ちょっと意外だったわ」

 コトハはそう呟きながら、学園二日目――魔術大戦に関わるナオトへの、あの時のアオイ先生の態度を思い出していた。

「意外? 何が?」

 コトハは一瞬だけナオトに視線を向ける。
 だが当の本人は、特に気にした様子もなく校庭を眺めていた。

「……なんでもないわ。やっぱり」

 それから数十分後。
 校庭を走っていた生徒たちが全員走り終えたのを確認し、アオイ先生が再び彼らの前に立つ。

「よし、お前ら――出番だ」
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