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3)目覚めた人形姫 ─ ラウエリア/宰相視点
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しおりを挟む「ラウエリア姫様から、国王陛下を支えるために何が出来るかという相談を受けました。何も出来ないかもしれないから陛下を糠喜びさせたくないと、侍女にも秘密だと仰っておりました」
嘘ではない。全てでもない。ラーファは淡々と答える。王がラウエリア姫とのことについて尋ねてくるのは想定の範囲内なので驚くことでもなかった。
「ふん、秘密にすると約束したのか?その割に簡単に喋るな?」
「忠誠の順序を見誤ったりは致しません、我が王」
今はまだ、と内心呟く。
「ならばいい」
答えに満足したのか、王は立ち上がり、隣室へと向かう。色欲に溺れに行くのだろう。
「ラウエリア姫様は陛下のことを第一に考えております。ご自愛下さい」
「余計なお世話だ」
「出過ぎた真似をお許し下さい」
妾達の甘えるような声に迎えられ、王は扉を閉めた。パタン、という音に、ラーファはほくそ笑んだ。そのまま、王が座るべき椅子に腰掛けて執務に取り掛かる。
ラーファは、国王が長年口にしてきた精力剤に、最近ある成分を追加した。毒物ではなく、一般的な滋養薬として広く知られる物なので、発見されたところで問題はない。精力剤と同時に摂取すると、心臓への負担が過剰にかかることなど大半の人は知らないのだ。そもそも精力剤が国王くらいしか口に出来ない異国からの高級輸入品なので無理もない。
恐らく、ラウエリア姫は王の不調に気づいただろう。時折、彼女が幸せそうに目を細めて、ラーファを一瞥している。あの目は、あの視線は危険だ。本当に自分が心から愛して貰えるかもしれないという期待を抱かせる。
「見つけた、マグラニール子爵」
静かに開けた入り口のドアから、ひょっこりと顔を覗かせたラウエリア姫は無邪気な子供のように笑う。ラーファは眉を顰めた。ノックの音を聴き逃しただろうかと内心焦っているが、それを悟られないよう、冷静さを装うために、表情を険しくする。
そもそも、ここは国王の執務室。ドアの前には警備兵がいるはず───、いや、彼らがラウエリア姫に逆らえるはずもない。そこまで思い至って、深い深い溜め息を吐く。
「マナーを何処に置き忘れたのですか、レディ」
「王妃様のお腹の中に。───覗いて座っているのが国王陛下なら、知らんぷりするつもりだったの。ごめんなさい」
ラーファは隣接する仮眠室へと続くドアを一瞥した。つられてラウエリア姫もそちらを見遣る。入室の際、鍵が閉まる音が聞こえたので小一時間は出て来ないだろう。ラウエリア姫もすぐに出てくることはないと確信を得たのか、哀れなほど慌てる護衛を廊下に置き去りにして執務室に入室してきた。音を立てないようにドアを閉め、ラウエリア姫は改めて隣室へのドアを睨む。
「…汚らわしいわ」
あんな男が父親だなんて。
ラウエリア姫の、珍しく辛辣な呟き。聞かなかったことにしないと余計なことを口走りそうだ。そのくらい、今の己は信用ならないとラーファは自覚している。
「私が王の椅子に座っていることについては何も仰らないのですか?」
王の執務室で、王の椅子に座っている。普通なら反逆だと追求される行為だ。しかし、宰相であるラーファが実務を担っていることは公然の秘密であり、王も容認しているので誰も文句を言わない。とはいえ、ラウエリア姫は知らないはずだと、ラーファは問いかけた。
ラウエリア姫は、可愛らしく小首を傾げて、甘く甘く微笑む。
「その机も椅子も、悪趣味。マグラニール子爵───ラーファ様に似合わないわ。真っ先に買い替えるべきね」
選んだ本人は使う機会が基本的にないため、見た目重視でゴテゴテとした装飾がついている。ラウエリア姫の意図はどうであれ、確かに実用には向かない。
「名前で呼ぶことを許可した覚えはありませんが」
「あら。失礼しました。なにせノックすら忘れる不作法者なので何卒ご容赦下さいね?ラーファ様」
くすくすと、鈴を転がすように、心底楽しそうに笑う姫を前に、ラーファは脱力した。
「私も命は惜しいのですよ、ラウエリア姫様。新しい机と椅子を、他ならぬ貴女様が選ぶ日が来るまで我慢なさって下さい」
慕っているという告白に対して、ラーファは未だ返事をしていない。煮え切らない意気地無しと罵られても仕方ない。そのように覚悟していたのに、ラウエリア姫はラーファに向かって恥じらいを含む笑みを向けた。
「───はい。その日が楽しみです」
罠だと、わかっていても。ラーファは最早抗えない。
「英雄と呼ばれた兵士の故郷跡地で野宿した形跡が見つかったそうです。廃村として届けられていた為、物資供給の観点から捜索が後回しになったという報告があり、既に数週間が経過しているだろうとのことでした。また、その野宿跡がアウローラ姫様のものであるという確証は全くありません」
ラウエリアは一言もラーファにアウローラの事など問い掛けていない。それなのに、何故その情報を渡してくるのか。ラウエリアは一瞬だけ戸惑い、ス、と表情を消す。
「だから、何?あの人達のことなんて興味ないわ」
どうやら、ラウエリア姫は全面的にラーファを信用したわけではないらしい。不快だと表情で示してくる。
「念の為の情報共有ですよ」
誤魔化しに付き合いながら、廊下にて苦しげに姉を呼ぶラウエリアの声を思い出し、ラーファは拳を握り締めた。
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