舞台装置は壊れました。

ひづき

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「貴重な紙がくしゃくしゃじゃないですか、もう!」

 第二王子の発言を妨げようとする第一王子は、第二王子に顔面を鷲掴みにされたり、殴りかかってアッサリ躱されたりと、1人でドタバタしている。しかも言語にならない喚きが大変騒がしい。

 そんな兄弟喧嘩をよそに、聖女ミリアは手元の紙くずを懸命に広げ、シワをのばし始めた。

 当事者のはずなのに、置いてけぼりにされているセイレーンは、疲労感から頭を抱える。これはどこまでも茶番だ。

「証拠に嘘偽りがないなら、聖女様が魔法を使ったところで不都合はないでしょう?むしろ強固な裏付けとなる。何が不服なのです?」

「これ以上、聖女ミリアを煩わせるんじゃない!彼女の心の傷を広げたいのか!!」

 必死に聖女を慮ってますアピールも虚しく、肝心の聖女はあくまで手元の紙に向かって喜び、顔を綻ばせる。新しく出会えた知識が、魔法が、嬉しくて仕方ないのだと傍目にもよくわかる。それほどまでに彼女の瞳は好奇心で輝いていた。心の傷とやらがあるか否か、残念ながら傍目にはその影すら感じられない。

「この『真実の囁き』って魔法、初めて知りました。強制的に真実を語らせるなんて、なんだか怖いですね」

「存在すると都合の悪いどこかの誰かさんが、聖女指名の前にそのページだけ破りとったみたいなんだよ。許せないよねぇ」

「許せません。貴重な書物になんという真似をするのでしょう!」

 聖女は憤慨した。───布の塊が憤慨したところで怖くはない。威厳もない。いい加減、一度着替えてきてくれないだろうか。

「と、とにかく!私はセイレーンと婚約破棄するぞ!そして新たな婚約を成立させるのだ!」

 慌てて第一王子が冒頭の話題に引き戻す、その不自然さに疑いが向けられるのは必須。しかし、ここで騒がれるのは得策ではない。セイレーンは歪みそうになる口元を何とか引き締めて、一歩前に出る。

「殿下、当事者だけ場所を変えませんか?これでは舞踏会が進まず、集まった方々に申し訳ありませんわ」

「今日の主役である私が退室したら舞踏会などやる意味ないだろう!」

 第一王子の誕生祝いは看板だけで中身は単なる社交だ。むしろ本人などいない方が情報収集が進むに違いない。王族である殿下が壇上で言葉を発している以上、参加者は退席も情報収集も雑談もできないのだから。とはいえ、何を言っても無駄らしい。

「でしたら、論点を整理致しましょう。このままでは単なる言い争いでしかなく、時間の無駄ですわ」

「ふむ、確かにな。まさかお前が“私の”時間の尊さを理解していたとは驚きだがな」

 誰も貴方の時間など心配していない、そう言い返したいのをぐっと堪える。───我慢、我慢よ、セイレーン!

「では、論点その1、第一王子殿下とわたくしの婚約破棄。その2、聖女ミリア様へのイジメの犯人は誰か。その3、国宝である聖女の教本を破った犯人は誰か。その4、第一王子殿下の新たな婚約について。以上の4点で宜しいでしょうか?」

「論点も何も、犯人は全てお前だろう!」

 第一王子が喚くのを無視し、聖女ミリアと第二王子は顔を見合わせて頷き合っていた。

「問題ないようですので、まず、論点その1から」

「無視するな!!」

「無視など致しません。殿下の発言がなければ先に進めませんから。───例え、私がミリア様を虐げた人間であってもなくても、婚約は破談といつことで宜しいですね?」

 少し早口になったことを不審に思われないだろうか。一刻も早く予定通り破棄するのが先決だと、今まで眠っていたかのように静かだった心が焦り始めている。

「当然だ!火のないところに煙は立たない!お前以外に有り得ないのだから当然婚約破棄だ!───ふん、ありもしない可能性にかけてまで自分が選ばれるとでも思ったか、この恥知らずめ」

 いいえ、選ばれても困ります。と、内心即答する。もちろん声には出さない。今は結論を出すのが先だ。

「この場にいらっしゃる全ての方が証人です。わたくし、セイレーン・クレノアと、第一王子は、今後、どのような真相が出たとしても婚約を破棄致します!」

 人生で常に実父のあやつり人形や、王妃のサンドバッグ、第一王子のための踏み台といった脇役でしかなったセイレーンが、まるで自身が主役であるかのように堂々と、高らかに宣言をする。その様に、第一王子は眉を顰めた。

 台本は、書き換えることが出来るのだと、セイレーンは気づいていた。だから、書き換えることにした。舞台装置でしかないはずのセイレーンでも、舞台に登場している以上、そこでなら動けるのだ。この機会を待っていた。

 わたくしの人生の主役は、わたくしだ。

 もう、奪わせない。

 全て、セイレーンにとっての予定調和。

 セイレーンの宣言に異論を唱える者はおらず、やや躊躇いがちの拍手が起こる。面白くないと、第一王子が足で床を叩きつける音で拍手は呆気なく鳴りやんだ。


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