熟れた果実は夢を見る

ひづき

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 高級すぎるソファに腰を下ろす。どうにも居心地が悪い。綺麗すぎる王子様は目の前で嬉しそうに笑ってみせた。キラキラして眩しい。早く帰りたい。提供された紅茶すら恨めしい。メイドが退室してからオーディス殿下は口を開く。

「ミュライン騎士団長は再婚しないのか?」

 突然プライベートな質問をされてアレンは溜め息を誤魔化すために紅茶に口をつけた。熱くて猫舌の自分にはまだ飲めない為、ポーズだけである。

 貴族にとっての婚姻は政治の一部で仕事で手段だ。しかしアレンの股間は女性に反応しない。それでも過去には妻がいた。妻は女性しか愛せない女性で、夜間警ら中に偶然アレンは彼女達が逢引する姿を目撃した。しかも片方は顔見知り。彼女の親が彼女の嫁入り先を吟味しているというのは有名だったので、これ幸いとアレンは自身の性癖をバラし、彼女と結婚した。結婚一年後、妻の死を偽装し、アレンはそれ以降『亡き妻に操を立てている』というスタンスで結婚話を断っている。ちなみに元妻は身分も名前も捨て、アレンの所有する別荘に住んでいる。恋人の女性と二人で管理人として働いているのだ。

「私の妻は今も彼女ただ一人だけです」

 お決まりのセリフを、紅茶の水面に視線を落とし、神妙な面持ちで口にした。

「妻は、ね。恋人は?」

 しつこいなとアレンは眉を顰めた。

「殿下、流石にその問いは不愉快です」

「僕と付き合わない?」

 軽い調子の質問を馬鹿らしいとアレンは軽く笑った。

「仰言る意味が分かりません」

「カラダだけでいいんだ。心まで欲しいなんて言わないよ。僕に、君の体へ触れる権利をくれないか?」

 質の悪い冗談だと、アレンはますます笑みを深める。

「例え命令であっても無理ですね。殿下は私にとって庇護すべきお方だ。どなたかに脅されましたか?それとも結託して私を騎士団長の地位から引き摺り落とすつもりですか?」

 取ってつけたような笑みが崩れ、一瞬だけオーディス殿下は傷ついたような表情を見せた。だが、すぐにそれも消え失せる。立ち上がったオーディス殿下は静かに、しかし素早くアレンの目の前に来た。身を屈め、ソファに座るアレンを抱き締めてくる。アレンは殿下の動向を慎重に見極めつつ、ティーカップを自身から遠ざけるようにローテーブルの上に置いた。

「僕は貴方が好きなんだ、アレン・ミュライン」

 年長者として若者の目を覚ましてやるべきだろう。そうは思うのだが、聞こえてくるオーディス殿下の心音が異常に早くて面食らってしまった。

 初恋を思い出す。実らないと知りながらも求めて仕方なく、心の置き場に迷うような苦しさ。その経験故に、目の前の青年が本気なのだと知れてしまった。

「───そうだな、条件がある。全て呑めるなら取り敢えずカラダだけ許してやるよ」

 取り繕うことを辞めたと、分かりやすくタメ口で返すと、パッとオーディス殿下は希望に表情を輝かせる。

「条件?」

「ひとつ、国王陛下に俺との性行為に関しての許可を書面で得ること」

「え!?」

「王族の責務に子孫を残すことも含まれるし、王族の婚姻は外交の手段でもあるんだぞ?例えカラダだけとはいえ、男との行為にハマったら今後女を抱けなくなる恐れがある。俺と関係を持っても変わらず責任を果たせると国王を説得できないならナシだ」

 青年が本気であることを憐れむからこそ、アレンも心から国王に忠誠を誓う者として一線を引く。例え関係を持っても、例え想いが通じても。その時が来たら己の心を殺し、国の為に妻を娶って子を残す。それが出来ないような男にアレンは興味がない。

「わ、分かった」

 本当に分かっているのだろうかと不安に思うが、その辺りは国王陛下がこてんぱんに叩きのめすだろう。

「ふたつめ。もし関係を持つとしても、俺が殿下を抱くことはない。殿下が俺を抱くこと。殿下が将来的に女を抱けなくなるリスクを減らす為だ、譲れない」

 ───というのは建前で、単にアレンが抱かれたいだけなのだが。純情な青年は将来的にという念押しに傷ついたようである。可哀想だが王侯貴族に生まれた以上、背負う民の命の重みの分だけ自由なんてない。恋すらままならないのが現実だ。

「…それでも貴方に触れられるなら構わない」

 決意に拳を握る姿に、少しだけ罪悪感が芽生えた。国王が許可するはずがないという確信があったからだ。





 それは翌日のこと。

「大変です、団長!」

 食堂で会議資料を眺めながら味の薄いシチューを頬張っているところに側近が飛び込んで来た。

「あー、どした?」

 血の匂いや怪我の気配はない。故にそう大したことではないと判断したアレンは食べるのを止めない。息を切らした側近はそんな悠長なアレンの姿に焦りを加速させる。

「へ、陛下が!陛下が来てま、いえ、お見えになりました!!」

「はぁ?多忙を極める陛下がこんなとこにわざわざ来るわけないだろ」

「残念ながら、現実だ、騎士団長殿」

 部下を宥めるアレンの言葉を否定したのは、聞き覚えのある、威厳に満ちた声音だ。ようやく書類から視線を離したアレンが側近の方を見遣ると、側近は土色の顔面で冷や汗をかいている。その後ろに、ややラフな服装の、見覚えのある国王陛下が立っていた。

「…陛下、先触れはどうなさいました?」

「今日はプライベートだ、気にするな」

「護衛はどちらに?」

「撒いてきた」

 王族の護衛は第一騎士団の仕事である。騎士団はその業務ごとに大きく五つに分けられており、その全てを統括するのが騎士団長であるアレンだ。護衛対象に撒かれるなど弛んでいると叱るべきなのか、護衛対象が国のトップであるが故に逆らえなかったであろう彼らを慰めるべきなのか。

「第一師団長にすぐ伝令を飛ばせ」

 方向性に迷いつつ、取り敢えずアレンは今すべきことをと指示を出した。

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