迷える子羊は悪魔だった。

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迷える子羊は悪魔だった。

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「え、いつ、自分が同性愛者だって自覚したか?」

 夜中のハッテン場で、変なオッサンに絡まれて嫌がっている少年を偶然保護した。俺、溜まってんだけど。相手が欲しいんだけど。でもまぁ、拾っちゃったからには、最後まで面倒見なきゃダメだよねー。前途ある若者を助けるのもオトナの義務だよねー。

 保護現場から少し離れたコンビニの駐車場に2人並んで座り、何であんなところにいたの、どういう場所かわかっているの、などと一応お説教をしておいた。そしたら少年が冒頭の質問をしたわけですよ。いやいや、俺の問いかけへの返事は?無視?無視なの?

 染めたことがないのだろう黒髪に、前髪で隠れた目元。鍛えているようには見えず、どちらかと言えば小柄だ。その小柄さと、体を縮こませる様が“少年”と呼ぶに相応しい幼さを滲ませている。俺のタイプではない。それはさておき、幼さ故に、色々悩んでいるのだろう。

「いつだったかなー」

 俺にも一応悩んだ時期はあったはずだ。ただ、思い出したくなくて、厳重に蓋を閉めてある。開けたくないのに、モヤモヤとした不快感は時折蓋の隙間から這い出し、俺の頭と心を停滞させる。

「思い出したくねーこととか、考えたくねーことって、何で忘れられねーんだろーなー」

 忘れたフリをしても、本当は鮮明に覚えている。胸に広がるのは苦味であり痛みだ。肺が重たい。

「───親戚の女たち数人に逆レイプされて以降、飢えた女が怖くてダメなんだよね。でも溜まるものは溜まるし、人肌も恋しいから男でいいかな?って」

 あの頃、俺は若かった。今も若いけど。そして、あの頃、俺は美少年だった。今も美形だけど。筋肉もついて、今なら、あの日の俺を助けられるだけの力があるのに、なんて、有り得ない想像をしている。

「取り敢えず、男だ、女だって言っても、どっちも人間なんだから熱を分け合うくらい許容範囲だと思うわけですよ。意図した設計と違うって神様は言うかもしれないけど」

 少年は俺の言葉に、何と返答したらいいかわからない、と話の途中から狼狽。

「ごめん、なさい」

「いーよー」

 慰めでも何でもない。単なる事実からくる否定なのだが、少年は気落ちした様子で唇を引き結ぶ。

 質問に答えないという選択肢もあった。嘘をつく、誤魔化すという選択肢もあった。素直に答えることを選んだのは他でもない俺だ。

 それとも、少年は質問したこと自体を後悔しているのだろうか?

「若いねー」

 誰かに名前を呼ばれても、返事をしないという選択肢もある。そして、それを選ぶ権利もある。どうも少年は、そういった暗黙の選択肢というものが見えていないような気がした。

 暗黙の選択肢は至る所に溢れている。子供というのは、それらを知らないことが多い。知っていても、知らないことにする。保護者や教育者が否定する選択肢は見てはいけない、選んではいけないと刷り込まれているからだ。成長するに連れ、それらに疑問を抱くのが思春期で反抗期。

「───学校で、休み時間に恋バナになるんです。まるで、特定の女性に恋をしなくちゃいけないような勢いで話してて、なんか、違うなって…」

 少年の目から大粒の涙が溢れた。その先では少年の握り拳が震えている。

「それだけ、それだけなんだけど───」

 他人から見れば確かに、それだけ、かもしれない。それだけ、といいつつ、異端が排除される傾向の強い学校という空間では表に出せないものだ。少年は保身のために自身の心から一度は目を背けたのだろう。

 感情というのは厄介で。

 目を背けると、拗ねるのだ。それはもう盛大に。しかも、時間が経ってから、目を背けたツケを倍にして苦しめてくる。

 わかる。わかるよ。

 苦しくて足掻いて、ネットで体験談を読んだり、色々調べたんだろう。

「それで、いきなりハッテン場は行動力がぶっ飛んでるねぇ」

 無謀。捨て身すぎる。ほんと危ない。ああいう場所はゲイバーより無法地帯だったりするから、リスクを回避出来る術を得た上で挑まないとダメだ。感染症とか、誘拐とか、無理やりとか、最終的に自分を守れるのは自分だけなのだから。

「ドン底を経験すればハッキリするだろうと」

「ヤケクソだよね、それ」

 一か八か、大変な博打だ。怖い。

「貴方は、どうして助けてくれたんですか?」

 先程より、少年の口調に力が篭っている。滲むのは怒りと不信感。他にどうすれば良かったのかと責めるような視線。

「そりゃ、当時の俺が誰にも助けて貰えなかったからだよ」

 心の奥底に、あの日の自分が膝を抱えて泣いている。怖かった、嫌だった、誰かに助けて欲しかった。何年経っても癒えることはない。忘れることはない。

 少年は、肩の力を抜いた。

「助けてくれて、ありがとうございます」

 ぽろりと、少年は再び大粒の涙を流した。子供らしくない、綺麗で静かな泣き方が、少年がこれまでどのように生きてきたかを表しているかのようだ。





 それから時々相談に乗るようになり。



 時々、一緒に映画を見たり、買い物に行くようになり。



 少年は、青年となり、大学を卒業した。





「アキヒトさんが、バリタチなのは知ってます。それでも僕は貴方を抱きたい」

 就職祝いに何が欲しいか聞いたら、斜め上の返事が来た。祝いになるの、それ?

「いや、10も年上のオッサン相手に何血迷ってんの…?」

 まさか、自分の家のソファで、可愛い弟みたいなコイツに迫られる日が来るなんて、思ってなかったよ!!

「むしろ、ここまで何年も我慢してきた僕を褒めて欲しいくらいです。───僕、知ってるんですよ?アキヒトさん、僕と出会ってから誰とも肉体関係持ってないでしょ」

「あー…、まぁ、必要性を感じなかったから」

 俺が欲しかったのは他人の温もりで。でも女は怖いから男を相手にしていただけだ。コイツと友人のように遊んだりする日々があれば、それだけで満たされて、性的な関係なんて必要なかった。満足していた。

「安心して下さい、無理強いはしません。ただ、僕が貴方に欲情するってことだけは覚えておいて」

 一緒に買い物をしていれば、コイツはすぐ女に逆ナンされる。女から見ても、俺から見ても、いい男に育った。伸びた身長、一見細いのに引き締まった体躯、幼さの消えた凛々しい容貌。コイツなら、男女関係なく、望めば手に入るだろう。

 それが、何。よりによって俺とか、趣味悪くない???

「じゃあ、今日から別の部屋で寝ろ」

 俺の家の方が大学に近いからと行って転がり込むことが多く、半同居状態だった。しかもずっと同じベッドで同衾していた。俺的には大型犬と一緒に眠るようなものだったが、性的な目で見られていると分かった以上危険である。無理だ、無理。

「人肌恋しい、寂しがり屋の貴方が、僕と離れて耐えられますか?」

「無理だから、その辺で男漁ってくる」

「じゃあ、僕もハッテン場行きますね」

「それはダメだ、待て」

 綺麗な顔した男前童貞が、ハイエナの群れに自ら行ったらどんな目に遭うかわかったものではない。下手したら怪しい薬物とか嗅がされて複数人に───!!

 エロ漫画の見すぎだろうとしか言えないほど、俺の頭の中はかなり過激なことになってきた。大きくなっても、俺にとってコイツは、あの日の少年のまま、庇護する対象らしい。ボクシング部に入ってたし、試合も何度か見に行ったから強いのはわかっているはずなのに、どうしても許容できない。

「可愛い可愛い僕を守りたいなら、僕のお願い、聞いてくれますよね、アキヒトさん」

「─────」

 断るという選択肢もある。逃げるという選択肢もある。無難な生贄を探してくるという選択肢だってある。

 選択肢は無数にあるのに、美しい悪魔の微笑みを前にすると、どれもこれも見えなくなっていく。

 本当はわかっているんだ。いつしか俺の方がコイツに依存しているってこと。コイツさえいてくれれば、俺は心安らかに満たされていられるってこと。わかっている以上、最初から拒否権なんて、ただのハリボテに過ぎない。

 ───拡張しないと入らないだろうなぁ。ナニを、とは言わないが。

「ほ、保留で!」

「楽しみにしてますね」

 俺の葛藤も、あらゆる算段も、コイツにはお見通しらしい。



 俺の拾った迷える子羊は、悪魔だった。



[完]




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