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しおりを挟む「助けて、ユリアス」
大きな眼を涙で潤ませて見つめてくるお嬢様に、ユリアスは言葉を詰まらせた。
ユリアスはケニエル伯爵家で従僕として働いている。元は流民の子だったらしく、物心ついた時から伯爵家にいた。表向きは従僕だが、伯爵家専属の暗殺者として教育を受けているユリアスは、これまでに何度か伯爵家に仇なす人間を始末してきた。失敗すれば死ぬのは自分であり、ユリアスには生きるために必要なことだった。生まれ継いだ異国の血故か、18歳になっても15~16歳程に見間違えられるユリアスは警戒されにくく重宝された。
ユリアスが生き延びる為に重要なことはもう一つ。ケニエル伯爵家のご令嬢、エミレーユ様だ。伯爵は彼女を溺愛している。その愛娘が傷つくようなことになれば容赦なくユリアスは始末されるだろう。
事件の始まりは、王子の花嫁選びに、そのエミレーユお嬢様も指名されたことだった。他の候補者たちと数ヶ月城で生活し、王子の花嫁を選ぶ。王子は25歳と、お嬢様より10歳も上で。政略結婚では珍しくないとはいえ、お嬢様は難色を示した。他の候補者は公爵家など高位の方々ばかりなのも不安を煽る。しかし、王命なので断るという選択肢はない。
そこで親バカな伯爵と、箱入り娘のお嬢様は、ユリアスに一緒に行くよう命じたのだ。滞在する場所は王子のための後宮となる予定の離宮であり、男子禁制である。バレれば即殺される。伯爵家も無事では済まない。
王命でなくても断るという選択肢を持たないユリアスは侍女に扮してお嬢様に同行することになった。
牽制し合う令嬢と、それぞれの侍女たち。笑顔の裏で繰り広げられる容赦ない意味深な舌戦の応酬。そこはまさしく戦場だった。
お嬢様は最初から戦意などなかった為、早々に物言わぬ彫刻、壁の花と化していた。最初の挨拶以外王子と言葉を交わすこともなく、淡々と。後は落選宣告さえされれば家に帰れる。───なんだ、意外と楽勝じゃないか。
そんな油断が生まれた頃だった。
「ど、どうしましょう、ユリアス」
割り当てられている王宮の部屋にあるクローゼット(伯爵家にあるユリアスの自室より倍以上広い)に連れ込まれたユリアスは、動揺するお嬢様を前に顔を引き攣らせた。続きを聞きたくない。聞かない訳にもいかない。
「何があったのです?」
「殿下の閨に呼ばれてしまったの…!」
「……………………えぇっ!?」
貴族の結婚には処女性が重要視される。後妻ならば経産婦か否かの方が重要なのだが、それはともかく。結婚後初夜を迎えて初めて処女を失うのが貴族社会では当たり前なのだが、例外もあるのだ。王族だけは結婚を考えている相手───つまり妃候補者相手に限り、婚前でも処女を奪うことが出来る。むしろ、王族によって処女を奪われた娘は、妃の候補者まで上り詰めた優秀な女性であるとして、婚家に歓迎される風潮がある。
いくら優秀でも結婚後身体の相性が悪くて没交渉では困る故の配慮なのだとか。
「助けて、ユリアス」
恐いの、と。縋られたユリアスは天を仰いだ。いくら童顔でも、女装していても、ユリアスは男である。従僕で、暗殺者で、しかも処女ではない。任務上必要なことだと教育されたし、性行為をしながら殺すこともしてきた。
「わかり、ました」
いくら言い訳を並べても結局は何とかしなくては、どのみちユリアスの命はないのである。
お嬢様の身代わりに、ひらひらのネグリジェを身に纏い、大きなストールを頭からすっぽり被って顔と身体を隠した姿でユリアスは王子殿下の寝室に立ち入った。室内は薄暗く、甘い香りがする。巨大なベッドの中央に座り、上掛けを脚にかけた状態で本を読んでいる青年が目に入った。
「───来たか」
浮つきなど少しも感じられない涼やかな声に、ユリアスは口を開かず平伏する。
「閨の作法は聞いて来ただろう?始めろ」
「……………」
そんなもん、知るかッ!と、ユリアスは悪態をつく。聞いたのはお嬢様であり、ユリアスではない。別に気にする必要もないだろうと、ユリアスは寝台後方から上掛けに潜り込み、四つん這いで中を進む。もぞもぞと、王子の長い脚を跨ぎ、ストールを被ったままの頭を外に出すと、目の前には王子の股間がある。
「何を、」
戸惑う声など無視して、ユリアスは指先まで令嬢に見えるよう、丁寧な手つきで王子の下肢を覆う衣類を寛げる。萎えたままでもそれなりに長さのある陰茎を、丁寧に両手で持ち上げるように取り出して、ちゅ、と唇を寄せた。びくん、と王子の身体が跳ねる。
本来の作法のやらをユリアスは知らないので、違っていることで不敬だと咎められたらどうしようかと思ったが、今のところ好きにさせるつもりらしい。
入浴したばかりのようで、嫌な匂いなどはしない。これなら単なる肉塊として、指を舐めるのと同じように舐められそうだと安堵の息を吐く。その息にすらピクピクと震えるのだから健気なものである。
「くそ…、こんな…!」
ちゅ、ちゅ、と。陰茎に繰り返し、バードキスの雨を降らせると、少しずつ手の上で王子の欲望が育ってきた。ふふ、と、娼婦のように艶っぽく笑い、鈴口へと舌を這わせる。
「………ッ」
チロチロと舌先で可愛がってやれば、王子は声なき声で小さく呻き、ユリアスの両肩を掴んだ。引き離される前に、と、ヂュッと先端を吸ってやれば、王子の両手はユリアスを押し退けることもできず、ただそこにあるだけとなる。
年上とは思えないチョロさだが、下手に子種を撒く訳にはいかないという王族の立場を思えば致し方ないのかもしれない。
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