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ぇ、あ、う………と、母音しか口に出せずに彼女たちは固まってしまった。私はあくまで微笑んでいるのに何故逃げようとするのか。既に何組かに逃げられた後なので、私は廊下の角で話していたグループの前に退路を塞ぐように立ちはだかっている。
………私って公爵令嬢よね?悪魔や鬼じゃないのに、何でそんなに怖がられるのよ!!ていうか権力に媚び売る取り巻きが一人もいないのは何なの!?公爵家って、地位高いよね!?
「是非、教えて頂けると嬉しいわ」
元妹の書いた小説では出て来なかったから、誰が気絶した悪役令嬢を運んだのか知らない。お礼くらい言うべきだろう。
「じ、事務員で一番若い男性の方です。恐らく平民かと…」
「ありがとう」
必要な情報が得られたので用はないと踵を返す。
背後から彼女たちの震える声が聞こえた。
───平民如きが令嬢の身体に触れるなど、緊急事態とは言え堪えられない屈辱ですもの。あの事務員の方は両腕を切り落とされるかもしれませんわ───
そんな恐ろしいことはしません!!と声を大にして反論したいが、ますます怖がらせるだけだろう。
事務室を覗くと、中にはちょうど作業着姿の男性がいた。やや痩身の、男性だ。長く黒い前髪で顔を隠しているため、目元はわからない。だが、鼻から下の容貌は整っている。
「何か御用ですか?」
私に気づき、目の前まで歩み出た男性を仰ぎ見る。………作業着あるんだ。確かに生徒に制服があったり、ところどころ世界観が日本っぽい。似非中世ヨーロッパというか。
「貴方が入学式の日に私を運んで下さった方ですか?」
「───そうですよ。不敬罪でも課しにいらしたんですか?」
だから、何でそうなるのか。頭痛を覚えつつ、私は彼から一歩離れた。
「先日のお礼を述べに来ました。助けて頂き、誠にありがとうございます」
深々と頭を下げ、改めて彼を見ると、相手は口を半開きにして固まっていた。
そんなに驚くことなのか。私にはイマイチわからない。
「お礼…?」
「当然でしょう。貴方以外、婚約者ですら倒れた私を運ぼうとはしなかったのですよ?危うく目覚めるまで地面に転がって無様を曝し続けるところでしたわ。無体を働こうとする輩に襲われることもありませんでしたし、感謝しております」
「……………残虐性で知られるオーディス家の娘が?感謝?」
「ざんぎゃく?何ですか、それ」
「オーディス家といえば、我が国の猛毒と呼ばれる一族だろう。暗殺が得意で、拷問が趣味の、悪魔より悪魔らしい悪魔。それが令嬢のお父上のはずだが?」
「え、私のお父様が!?」
今世の父を思い浮かべる。止めなければ毎日でも花やぬいぐるみ、宝石などを貢いでくる、娘にデレデレのパパだ。妻にもデレデレで。息子にもデレデレで。行ってらっしゃいのキスを家族全員に要求するものだから、思春期の息子(今世の弟)に物凄く嫌がられている。毎朝息子に逃げられ、落ち込んで泣いては母に仕事にいけと叱られて家を追い出されている変人だ。
「───悪魔って、家族を溺愛するものなんですか?」
「─────溺愛、されているんですか?」
「されてますね。昨日も一日一回は家族をハグしないと死ぬ病気なんだと騒いで思春期の弟を追いかけ回し、拒絶されて号泣してました。私も面倒なんで基本的に放置するのですが、昨日は捕まって『パパ、愛してる♡大好き♡』って言うまで離して貰えませんでした」
想像がつかないらしい。事務員さんは頭を抱えてしまった。
「えぇと、ご令嬢、それは他人に知られないようにした方が良いと思います。オーディス公爵の弱点として令嬢が狙われかねません。王に仇なす者は情け容赦なく一族皆殺しにする冷徹なオーディス公爵は、恐らく自身の家族にも興味無いだろうと世間が思い込んでいるから貴女は無事なのですよ」
中途半端な悪のイメージではなく、突き抜けた悪のイメージを保つことで公爵は家族を守っている。そういうことらしい。その余波で私もまた公爵同様の残忍な人間だと思い込まれているために怯えられ、避けられていると。
「わかりました。助言、ありがとうございます」
「───良いんですか?鵜呑みにしてしまって。少しは疑った方がいいのでは?」
男の口元が笑う。相変わらず目元は見えないのに、私の心拍数は跳ね上がる。
よし、決めた。
女は度胸だ。
「事務員さん、私と結婚して下さい」
「は…?」
面食らう彼をよそに、私はグイッと身を乗り出し、距離を縮める。
「貴方は父の弱点を知ってしまった。噂される姿など娘の私には見せない父ですが、もしそれもまた別の顔なら、貴方を生かしてはおけぬと父は判断するやもしれません。ですが、身内となれば…、しかも私がベタ惚れだったら、流石に躊躇うと思います。私に嫌われたくないあまり、貴方に手出し出来ないかと」
「───それ、貴女にメリットはあるんですか?」
「恩人を助けられるだけでなく、クズな婚約者を捨てて、しかも理想の男性をゲットできます!」
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