この絵が完成したら

ひづき

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 徹時とおじの入学した高校は、いわゆるマンモス校だ。クラス数も多ければ、生徒数も多いし、教室の数も多い。入学の動機は確か多くの人との関わることで…うんたらかんたら答えた気がする。実際は家から一番近い高校がここだったというだけである。

 進学科、商業科、数理科…などがある中で、徹時とおじは方向性未定の普通科。未定だから普通科に入ったのに、一年のうちから進路希望調査があることにウンザリしていた。

 授業は退屈だ。

 友人たちと遊ぶのも入学から半年も経つと飽きてきた。

 バイトは何をやっても長続きしない。

 女の子と付き合っても長続きしない。

 入部が必須だったため、何となく入った部活は美術部だ。とはいえ、入部手続き以降、一度も顔を出していない。数年前までは熱心な顧問がいたらしいが、その教師が辞職した影響か、今では美術部=幽霊部になっている。

 ───とは言え、退屈を持て余していた徹時とおじは、何となく放課後の美術部に足を運んだ。もしかしたら、と何かを期待して。一方で、どうせつまらないのだろう、と鼻で笑いながら。普通科のある教室棟からは2階にある渡り廊下を通って専門棟に行く必要がある。

 専門棟には調理室や化学実験室、美術室、被服室、視聴覚室、音楽室などがあるけれど、運動部が活発な学校であるため文化部はどこも閑散としているらしく人の気配はない。それどころか少しカビ臭い気さえする。

 どうせ誰もいないのだろうと、美術室の扉を開くと、机や椅子は全て教室の後方に集められ、開けた空間のど真ん中にイーゼルに立てかけられたキャンパスが置かれていた。髪をぞんざいに束ねた女子生徒が、元ネタのわからない鼻歌を口ずさみながら筆を動かしていく。

 徹時とおじはその絵に釘付けになった。一面青い絵だ。青い空。それよりも気になるのは水面に写り込んだ世界の描写だ。水面だとわかるのに、そこにある世界が詳細に分かるのが不思議で引き寄せられる。

「すげぇ…」

「ふぎゃッ!!!!!」

 徹時とおじが思わず感嘆の声を漏らすと、驚いた女子生徒は丸い木製の椅子から転げ落ちた。

「「…………………………」」

 お互いを凝視して、息が止まる。神がかった絵を描く割に、彼女はあまりにも平凡だった。強いて言うなら、セーラー服の胸元を飾るタイが小豆色であることか。それくらいしか特徴がなく、大衆の中から見つけられなさそうだ。

「あの、脅かしてスンマセンした」

「え、日本語おかしくない?」

 目をパチクリさせる女子生徒に、その発言が嫌味などではないのだと知る。

「す・み・ま・せ・ん・で・し・た」

「あ、ハイ。───君、一年生だよね?どうしたの?何か用事?」

 スカートのホコリをパンパンと手で叩き落として立ち上がると、徹時とおじより頭一つ分ほど小柄だった。随分と小さな先輩である。

「暇つぶ───美術部所属なので覗きに」

「あー、んーとね、美術部の活動は毎週木曜日の放課後だけよ。今日は金曜日でしょう?…まぁ、そうじゃなくても人は集まらないみたいだけど」

「部活休み?でも先輩は?」

「私は元・美術部員なの!描きたい時に描きたい物を描くわ!」

 ドヤァと胸を張って威張る。小豆色のタイが誇らしげだ。

「………威張るようなことか?」

「何よぉ!先輩なのよ!敬いなさいよ!」

 騒げば騒ぐほど、まるで小さな子供のようで。徹時とおじは吹き出す。心を埋めていた、原因のわからない飢えのような渇望が和らいでいくのを覚えて心地が良い。

「俺、先輩の絵が好きだ。また見に来てもいい?」

「───アンタ、その笑顔は卑怯だわァ…。迂闊にもちょっとドキドキしちゃったじゃない!」

「俺、幼女はちょっと…」

「誰が幼女だ!!!!!」

 キャンキャンと吠える小型犬を彷彿とされる反応に、ますます楽しくなる。





 徹時とおじが先輩と初めて会ったのは夏の終わりだった。秋が過ぎようとする頃、先輩は新しいキャンバスに鉛筆で下書きを始めた。

「前の絵は完成したの?」

 徹時とおじは先輩の描く様を眺めているだけ。勧められて試しに描いてみたが、描くことが楽しいとは思えなかった。生み出される様を見ている方が楽しいのである。

 筆がキャンパスを走る音を録音し、試しに就寝時に流したら物凄くよく眠れた。どうやら、先輩の描く様にかなり癒されているらしい。最近イライラしなくなったとか、優しくなったとか周りに評価される徹時とおじである。

「あの絵は、たぶん永遠に完成しない」

 いつになく澄み切った眼で、先輩の視線が窓の外を見遣る。魚の鱗のような、さざ波のような、呼び名のわからない白い雲が青い空を縫っている。

「完成しない?」

「あれは、私の初恋を描いた絵なの。一番ドキドキした、一番幸せな時間の絵。もうフラれたから、続かないし、完成もしない。───私、ようやく諦められたの」

 幼女か、と徹時とおじに揶揄され、ちがーう!と吠える、そんないつもの明るい少女はそこにいない。まるで別人のように、静まり切った夜の湖を連想させるような横顔の先輩が目の前にいて、徹時とおじの胸を苦しいほどに締め付けてくる。

 幼女だからフラれたの?と、いつものように茶化したいのに、のどが張り付いて声にならない。

「そりゃ、見る目のない野郎だな」

 口から出てきたのは全く別の言葉だった。



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