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しおりを挟む───とにかく、盗作された先輩は怒り、高いところで叫びたくなった。
一番高いところは屋上だ。
先輩は、叫んだ。屋上で不平不満を。憤りを。
それでは飽き足らず、屋上を囲う金網をよじ登って、より高いところで叫び直した。
「で。突風が吹いて、うっかり落ちたの」
下にある木に突っ込んで助かったのだと、ドヤ顔で胸を張る。
「バカじゃん」
「そのくらい頭にきてたのよぉぉぉ」
ばんばんと点滴の刺さった腕を上下させる。跳ねる点滴ラインに徹時は眉根を寄せた。
「バカと煙は高いところが好きって知ってるか」
「ぐぅ…!」
否定したくても出来ないらしい。むくれる先輩は、徹時の知る先輩だ。美術室で会っていた頃の面影に安堵する。徹時が今まで会っていた先輩は、屋上から落ちる直前のまま時間が止まっていたのかもしれない。
「先輩って、今いくつ?」
「ん?んーとね…、落ちた時、二年生だったのは覚えてるの」
「目覚めてから確認しえねぇのかよ」
「別に重要じゃないもん」
そうだろうか。学業とか、卒業とか、気にしないのだろうか。
「学校、どうすんの、これから」
「えー、そんなの考えてなかったぁ」
この人、大丈夫なのだろうか。恐らく徹時より3歳ほど年上のはずなのに、放っておけない。
渡し忘れていたまま握っていた見舞いの花束を押し付ける。
「先輩、俺と結婚を前提に付き合ってくれ」
「………は?え?なに、この花束、そんな重い意味合いのヤツなの!?」
お見舞い用とだけ伝えて、店員が見繕った花束に、そこまでの重要性はない。あったから、渡した。ただそれだけである。
「なんか先輩って、目を離したら、またどっかで生霊になってそうで怖いんだよ!!頼むから俺の目に届く範囲にいてくれ!!次、また高いところで叫ぼうとしたら頭引っぱたいてでもとめるからな!!」
「え、私ってそんななの?認知症の老人レベル?」
「目を離すと奇想天外なことをする幼児レベルだよ!!」
認知症の老人は、意外と培った常識を忘れていなかったりする。その点、幼児は常識など欠片も知らないので突拍子もないことを仕出かすイメージだ。
先輩が姿を消したのだと認識した時、徹時の心は高いところから急激落下する時の浮遊感に似た気持ち悪さに見舞われた。あんな無重力は二度と体感したくない。
「それで、結婚って…、おかしくない?」
「あくまでも前提だ、前提。まだ学生だし。知らないところで奇行をされるくらいなら、人生の墓場に道連れにしてやる…!」
「待って、おかしい。1ミリもときめかない」
────
────────
目を覚ました徹時は、懐かしい夢を見たなと思った。
どうやらリビングのソファで横になったまま寝てしまったらしい。
そんな徹時の顔の上に折り紙で作った謎の物体を乗せて遊ぶ我が子は、妻によく似ていて。先行きが心配で堪らない。
徹時が体を起こすと、折り紙がバラバラと落ちて、「あー!」と非難がましい声が上がる。
「おはよう、徹時くん。お昼寝終わり?」
エプロン姿───とだけ言えば家事をする妻のようだが、実際は絵の具だらけのエプロン姿で、DIYをする時に身につけているものである。そもそも、うちの妻は料理が出来ない。
子供の叫びが聞こえたために様子を覗きに来たのだろう。我が家には妻専用の作業部屋があり、隙を見つけてはそこに籠る。DIYで作った品をネット販売したり、作り方の本を出したり、デザインしたマスキングテープを売り出したりと、妻は妻なりに忙しい。たぶん。趣味のついでに仕事、という状態だ。
「先輩…」
「まだ寝ぼけてる?」
久しぶりに聞いたと、妻は笑う。
「…和、好きだ、愛してる」
ぶわっと瞬時に妻の顔が赤く染った。
「ど、どうしたの、急に!!」
「いや、一度も言ったことなかったなと思って」
我が子は、床に散らばった折り紙を拾い集めるのに忙しいらしい。実にマイペースな子で、周囲の状況など全く気にしない。先日の保育園の運動会では他の子が走ってゴールし終わっているのに、一歩も走らず、優雅に歩いてゴールしていた。
「え、死亡フラグ?徹時くん、死ぬの?」
先輩は、相変わらずだ。徹時の真面目さを潰してくる。
「死んだら誰かさんみたいに化けてでてやる」
「いや、高校の美術室で待たれても、さすがに会いに行けないんですけど…」
そこじゃない。そうじゃない。
徹時は深い溜め息をついた。
「俺がお前から目を離すわけないだろ」
妻の作業部屋にあるイーゼルには、徹時を題材にした絵画が立てかけられている。
満点の星空を描いた絵で、恐らく永遠に完成しない。
[完]
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