この絵が完成したら

ひづき

文字の大きさ
6 / 6

しおりを挟む



 ───とにかく、盗作された先輩は怒り、高いところで叫びたくなった。

 一番高いところは屋上だ。

 先輩は、叫んだ。屋上で不平不満を。憤りを。

 それでは飽き足らず、屋上を囲う金網をよじ登って、より高いところで叫び直した。

「で。突風が吹いて、うっかり落ちたの」

 下にある木に突っ込んで助かったのだと、ドヤ顔で胸を張る。

「バカじゃん」

「そのくらい頭にきてたのよぉぉぉ」

 ばんばんと点滴の刺さった腕を上下させる。跳ねる点滴ラインに徹時とおじは眉根を寄せた。

「バカと煙は高いところが好きって知ってるか」

「ぐぅ…!」

 否定したくても出来ないらしい。むくれる先輩は、徹時とおじの知る先輩だ。美術室で会っていた頃の面影に安堵する。徹時とおじが今まで会っていた先輩は、屋上から落ちる直前のまま時間が止まっていたのかもしれない。

「先輩って、今いくつ?」

「ん?んーとね…、落ちた時、二年生だったのは覚えてるの」

「目覚めてから確認しえねぇのかよ」

「別に重要じゃないもん」

 そうだろうか。学業とか、卒業とか、気にしないのだろうか。

「学校、どうすんの、これから」

「えー、そんなの考えてなかったぁ」

 この人、大丈夫なのだろうか。恐らく徹時とおじより3歳ほど年上のはずなのに、放っておけない。

 渡し忘れていたまま握っていた見舞いの花束を押し付ける。

「先輩、俺と結婚を前提に付き合ってくれ」

「………は?え?なに、この花束、そんな重い意味合いのヤツなの!?」

 お見舞い用とだけ伝えて、店員が見繕った花束に、そこまでの重要性はない。あったから、渡した。ただそれだけである。

「なんか先輩って、目を離したら、またどっかで生霊になってそうで怖いんだよ!!頼むから俺の目に届く範囲にいてくれ!!次、また高いところで叫ぼうとしたら頭引っぱたいてでもとめるからな!!」

「え、私ってそんななの?認知症の老人レベル?」

「目を離すと奇想天外なことをする幼児レベルだよ!!」

 認知症の老人は、意外と培った常識を忘れていなかったりする。その点、幼児は常識など欠片も知らないので突拍子もないことを仕出かすイメージだ。

 先輩が姿を消したのだと認識した時、徹時とおじの心は高いところから急激落下する時の浮遊感に似た気持ち悪さに見舞われた。あんな無重力は二度と体感したくない。

「それで、結婚って…、おかしくない?」

「あくまでも前提だ、前提。まだ学生だし。知らないところで奇行をされるくらいなら、人生の墓場に道連れにしてやる…!」

「待って、おかしい。1ミリもときめかない」





 ────

 ────────

 目を覚ました徹時とおじは、懐かしい夢を見たなと思った。

 どうやらリビングのソファで横になったまま寝てしまったらしい。

 そんな徹時とおじの顔の上に折り紙で作った謎の物体を乗せて遊ぶ我が子は、妻によく似ていて。先行きが心配で堪らない。

 徹時とおじが体を起こすと、折り紙がバラバラと落ちて、「あー!」と非難がましい声が上がる。

「おはよう、徹時とおじくん。お昼寝終わり?」

 エプロン姿───とだけ言えば家事をする妻のようだが、実際は絵の具だらけのエプロン姿で、DIYをする時に身につけているものである。そもそも、うちの妻は料理が出来ない。

 子供の叫びが聞こえたために様子を覗きに来たのだろう。我が家には妻専用の作業部屋があり、隙を見つけてはそこに籠る。DIYで作った品をネット販売したり、作り方の本を出したり、デザインしたマスキングテープを売り出したりと、妻は妻なりに忙しい。たぶん。趣味のついでに仕事、という状態だ。

「先輩…」

「まだ寝ぼけてる?」

 久しぶりに聞いたと、妻は笑う。

「…わたる、好きだ、愛してる」

 ぶわっと瞬時に妻の顔が赤く染った。

「ど、どうしたの、急に!!」

「いや、一度も言ったことなかったなと思って」

 我が子は、床に散らばった折り紙を拾い集めるのに忙しいらしい。実にマイペースな子で、周囲の状況など全く気にしない。先日の保育園の運動会では他の子が走ってゴールし終わっているのに、一歩も走らず、優雅に歩いてゴールしていた。

「え、死亡フラグ?徹時とおじくん、死ぬの?」

 先輩は、相変わらずだ。徹時とおじの真面目さを潰してくる。

「死んだら誰かさんみたいに化けてでてやる」

「いや、高校の美術室で待たれても、さすがに会いに行けないんですけど…」

 そこじゃない。そうじゃない。

 徹時とおじは深い溜め息をついた。



「俺がお前から目を離すわけないだろ」





 妻の作業部屋にあるイーゼルには、徹時とおじを題材にした絵画が立てかけられている。

 満点の星空を描いた絵で、恐らく永遠に完成しない。





[完]
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。 地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。 水村ゆい、23歳、シングルマザー。 誰にも言えないけど、愛息子の父親は、 今人気絶頂バンドのボーカルなんです。 初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。 待っている… 人生で、一度だけの恋。 【完結】ありがとうございました‼︎

ストーカーはもうしません!

エヌ
恋愛
ス、トー...カー? 自分の行為がストーカーかもしれないと気づき自重する令嬢と無表情無反応されるがままとみせかけたヤンデレ令息のお話。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お役御免の『聖女』の生き様

satomi
恋愛
異世界転生をしたリカ。 異世界転生をした女性というものはその国の王子と婚約するというのがセオリーだな~。と、王子様といえば金髪碧眼の細マッチョな超イケメンで、ジェントルマン!という夢を見て王子と対面することに。 しかしそこにいたのは、かなりブヨブヨ。肌も荒れている王子様。 仕方あるまい。この王子様と結婚することになるのは間違いがないのだから、何としてでも王子に痩せていただこう(健康的に)! と、王子様改造計画を始めるのです。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

身分違いの恋

青の雀
恋愛
美しい月夜の晩に生まれた第1王女ベルーナは、国王と正妃の間に生まれた初めての娘。 権力闘争に巻き込まれ、誘拐されてしまう。 王子だったら、殺されていたところだが、女の子なので、攫ったはいいものの、処理に困って、置き去りにされる。 たまたま通りすがりの冒険者家族に拾われ、そのまま王国から出る。 長じて、ベルーナの容姿は、すっかり美貌と品位に包まれ、一目惚れ冒険者が続出するほどに 養父は功績を讃えられ、男爵の地位になる。 叙勲パーティが王宮で開かれ、ベルーナに王子は一目ぼれするが、周囲は身分違いで猛反対される。

老け顔ですが?何かあります?

宵森みなと
恋愛
可愛くなりたくて、似合わないフリフリの服も着てみた。 でも、鏡に映った自分を見て、そっと諦めた。 ――私はきっと、“普通”じゃいられない。 5歳で10歳に見られ、結婚話は破談続き。 周囲からの心ない言葉に傷つきながらも、少女サラサは“自分の見た目に合う年齢で学園に入学する”という前代未聞の決意をする。 努力と覚悟の末、飛び級で入学したサラサが出会ったのは、年上の優しいクラスメートたちと、ちょっと不器用で真っ直ぐな“初めての気持ち”。 年齢差も、噂も、偏見も――ぜんぶ乗り越えて、この恋はきっと、本物になる。 これは、“老け顔”と笑われた少女が、ほんとうの恋と自分自身を見つけるまでの物語。

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

処理中です...