黒の慟哭

ひづき

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【13】まさかの口論

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 王妃として壇上の椅子に腰掛けるセイシェルは、隣に座る国王…ではなく、更にその横に座る側妃グレナーテを覗き見た。

 グレナーテも同じく王越しにセイシェルを覗き見た。

 ───あなた、何か仕組んだ?

 そうグレナーテが目で問いかけてくる。セイシェルは小さく首を横に振った。グレナーテは、それもそうかと納得したらしい。訝るも、小さく頷いてみせた。

 ホールの隅、満面の笑顔でダンスを申し込むカイエル第二王子と、申し込まれたリデュール伯爵令嬢に会場中の視線が集中している。2人の妃はそちらを再び見た。

 ダンスの申し出を断っても、リデュールのくせに王族に恥をかかせて生意気だと叩かれるだろう。

 ダンスの申し出を受け入れても、リデュールのくせに弁えないなんて生意気だと叩かれるだろう。

 あの黒髪の少女を守りたいなら、人目につくような接触をするべきではなかった。愚息の行動に、グレナーテは溜め息をつく。ここは、横暴な母親として、この目出度い場を壊しても最終的には許される自分が彼女を断罪することで周囲が過剰に反応しないよう諌めるしかないだろう。そのように考え、悪役になることを選び、立ち上がろうとしたグレナーテを遮ったのは国王であり、夫でもあるルグナスだ。

 バリケードのように行く手を阻むルグナスの手に、グレナーテは苛立ち、綺麗すぎる横顔を睨みつける。息子の臣籍降下宣言以降、グレナーテは夫に期待することをやめた。やめなければ、夫によく似た息子を直視出来なかった。息子がもう泣き喚くだけの、誰かに機嫌をとってもらわなくてはいけないような幼子ではないのだと認めて、自分がこれからどうしたいのかを知るために。

 取り敢えず、夫相手に猫を被ったり演じることをやめた結果、初めてグレナーテに睨まれたルグナスは「ひッ」と小さく情けない悲鳴を上げた。そんな2人のやりとりにセイシェルがクスクスと笑い出す。



 そうこうしている間にもセカンドダンスは戸惑いを滲ませた微妙な空気の中、始まった。少女たちは皆デビュタント。パートナーは婚約者だったり、中には父親と踊る少女もいる。2人ともデビュタントだと、共倒れになりそうなぎこちなさがある。誰も彼もが初めての舞台に緊張し、必死だ。

 カイエルもデビュタントなのだが、それにしては実に楽しそうに踊る。

 そんなパートナーにつられて、黒髪の少女も楽しそうにくるくる踊る。

 これがデビュタントで良かったのかもしれない、そう思い至ったグレナーテは密かに安堵した。場数を踏むと、踊りながら気に食わない女を邪魔して誤魔化して牽制するのは当たり前。優雅に上品に、パートナーには悟られないように、陰険な戦いを繰り広げるのが女というもの。これがデビュタントでなかったら、黒髪の少女は周囲からターゲットにされて散々な目に遭っただろう。

 ───あんなに、無邪気に、心の底から楽しんで踊ったことなどあっただろうか。

 そう考え込んでしまう程、2人が互いに恋をしていることは誰の目にも明らか。





 壇上からシューゼルと共に会場を見ていたソフィアは、自身の実父に目を向ける。ホールでユイアと楽しげに踊るカイエルを、射殺しそうなほどの鋭さで睨みつけているソレイユ公爵がいた。その隣で公爵夫人は唖然としている。

 少し離れたところに、ユイアの両親であるリデュール伯爵夫妻もいた。残念ながらソフィアから伯爵夫妻の表情まではわからない。

 続けて隣を見る。シューゼルが、弟であるカイエルを見つめて幸せそうに微笑んでいる。というか、だらしなく弛んだ顔でにこにこしている。ソフィアの視線に気づくとシューゼルは少しだけ表情を引き締めた。

「ありがとう。ソフィアのお陰だ」

 恐らく、カイエルの笑顔が見れたことに対する感謝だろう。名前に嬢をつけるのも、丁寧な口調もやめたようだ。ソフィアはといえば、残念ながら相手が王族なのでそれに倣う訳にはいかない。

「あら、何のことでしょう?───入場時の案内に手違いがあったのでしょうね。ロベルト兄様は私の従姉妹としかパーティに出席したことがありませんから、無理もありませんわ」

「そうだね、無理もないよね。せっかくの目出度い席なんだ、誰も処罰されないよう各所に根回ししておくよ」

 どうせ誰が案内したかなどバレないだろうけど、連帯責任と称して関係ない者まで減給されたりしたら哀れだ。シューゼルに任せておけば大丈夫だろうと結論づけ、ソフィアは頷く。

「お任せします」

「…それにしても、カイエルはここ数日顔色が悪かったけど、今日は別人のように生き生きしているね」

 滲むのは安堵。

「恐らく、ユイアと一緒にいるからでしょう」

「本当にカイエルは心から彼女を好いているんだろう」

 愛の力か、なんて、夢見る乙女のようなことを呟くシューゼルに、違いますとソフィアは首を横に振った。

「ユイアでなくてもリデュール一族の者が傍にいればカイエル殿下は生き長らえると思いますよ」

「え?」

 周囲を見渡し、皆がダンスに注目していることを確認したソフィアは、シューゼルに顔を近づけ、扇で口元を隠す。

「陛下のご兄弟は皆早世されているのに、何故ガルグス大公はあの年齢まで生き長らえることができたのだと思います?」

「─────」

 シューゼルの脳裏に父の声が蘇る。



『───カイエルが動き出している以上、私たちにできることは何もない。あの子は何も知らない、知らないからこそ強い』



 何も知らないということは先入観がないということ。先入観がないからこそ、カイエルはユイアに恋をしたのかもしれない。リデュール一族への偏見が根付いていれば恋なんてしなかったかもしれない。

 意図しないと表情を表に出せないソフィアの瞳が、楽しげに煌めいている。





 曲が終わる。

 あとは歓談しつつ、踊りたい者が踊るだけ。ユイアは一曲だけ踊ったら退場するよう、母や叔母から散々言われていたため、カイエルの手から抜け出そうとする。離したがらないカイエルと無言のまま視線を合わせた。

 その時だ。

「2人ともデビュタントおめでとう」

 周囲の戸惑いも囁きも掻き分け、そう声をかけてきた人物に、ユイアもカイエルも硬直した。驚きは一瞬、すぐに2人並んでマナー通りのお辞儀をする。同じように硬直していた周囲も慌てて頭を下げる。

「お祝いのお言葉を頂き恐縮です、グレナーテ妃殿下」

「まぁ!貴方は私の息子なのだから、そんなに畏まる必要はないでしょう?」

 ふふふ、とグレナーテ妃は妖艶に微笑んだ。

 大胆に露出したデコルテ、体のラインがはっきりわかる型のドレス。正妃を昼とするなら、グレナーテ妃は夜だ。ベールまで被り極端に肌の露出を避ける正妃と対をなす者だと、明確に主張している。その姿はいつだって暴力的なまでに美しく、周囲に畏怖を抱かせる。

 張り詰めた緊張感の中、ユイアは小さく息を呑んだ。グレナーテ妃の視線が、ユイアを定めたのだと、はっきりわかってしまったから。

「身の程を弁えない貴女はリデュール一族の者ね?」

 ソレイユ公爵が動こうとするのを、グレナーテ妃は一瞥することで抑え込む。たかが側妃、されど側妃。その威圧感に呑まれた会場など手のひらの上でしかない。

 ユイアを庇うために踏み出そうとするカイエルは、ユイアに服の裾を掴まれて制された。

「ユイア・リデュールと申します。お会い出来て光栄です」

 改めてお辞儀をし直しつつ、ユイアはしっかりとグレナーテ妃を見つめた。不思議とグレナーテ妃から嫌悪や敵意というものが感じられなかったので、意図を探るべく、グレナーテ妃の表情の変化を見つめる。

「宜しい。ユイア・リデュールといったわね?貴女───



 うちの息子と結婚しなさい」



「何を言い出すのですか!!!!!」

 何を言われるのかとドキドキしていたユイアも、呆気にとられたカイエルも何も言えなかった。憤慨し、声を張り上げたのはソレイユ公爵である。

「そんなに声を張り上げてみっともないわよ、ソレイユ公爵」

 憤怒の表情を浮かべるソレイユ公爵に、初めて見るその激情に、公爵夫人もユイアの両親も目を見張る。当のユイアは混乱のあまり頭がついていかなかった。

「妃殿下!リデュールを王族の妃に迎えるなど正気ですか!!」

「愚息は臣籍降下しますから問題ないでしょう?それに、彼女の両親が怒るならまだしも、貴方が怒るのはおかしくありませんか、ソレイユ公爵」

「我が一族はリデュール伯爵家の後見です!伯爵家に不利益があれば他でもない私が動くのは当然でしょう!」

「不利益?そんなもの、あるのかしら?」

 グレナーテ妃の細く美しい手が、未だ混乱しているユイアの腕を掴み、引き寄せる。

「この娘が愚息に嫁げば、王族と親戚関係となるリデュール一族を誹謗中傷することは王族を貶めることと同じことになります。リデュールが真にこの国に根ざしたのだと示す絶好のチャンスではありませんか!本当にリデュールを守りたいなら何故民の悪口雑言から守ろうとなさらないのですか!」

 グレナーテ妃の口から語られる言葉に、周囲の人々はまるで長い夢から覚めたかのような表情でソレイユ公爵に視線を移した。いつも穏やかに微笑んでいる物腰の柔らかな印象の公爵が、無我夢中で怒りを纏い怒鳴る姿は別人のよう。それを認めた者たちは戸惑い、互いに顔を見合わせた。

「っ、一人の少女の人生を棒に振ってまで守ったところで、誰の心も救われまい!」

「はァ?公爵の目は節穴なの?あのダンスを見て何でそんなことが言えるのよ」

 グレナーテ妃は遠慮も何もなく、全力で怪訝な表情をして、バカなの?とまで言いつつ、ユイアを盾にするように両肩を掴んで前に立たせる。ユイアは助けを求めてカイエルを見たが、カイエルは開いた口が塞がらない様子で未だ動き出せずにいる。いや、動こうにも、どうしたらいいかわからない、というのが正しいのだろう。

「その辺にしておきなさい」

 誰にも動きを悟られないまま、グレナーテ妃の隣に立った国王が静かに告げた。

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