休眠Ω、強制覚醒

ひづき

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 梁瀬やなせ 和佐かずさと名乗った男に服を着せられた。彼の服を差し出されて最初は拒否したのだが、青砥あおとが着ていたスーツを見せられて諦めた。お酒と煙草の匂いが漂いヨレヨレで。とても着れる状態ではなかった。そう言えばこの男と居酒屋に行ったのだと、ようやく思い出す。しかしそれ以上は全く思い出せない。気持ち良かったという感想だけが残っている。諦めて彼の服を借りた。腰が痛くて上手く動けずにいると、あっという間に服を着せられ、横抱きで持ち上げられて運び出されるという情けなさ。

 車の助手席に乗せられ、サンドイッチを差し出される。どう見てもコンビニで購入したものではない。更にステンレスボトルに入った麦茶まで。どうしたのかを聞けば作ったという。しかも簡単なものしか作れなくて申し訳ないとまで言われた。いや、いつの間に?そんなことを考えながら有り難く食べる。空腹なんて感じていなかったはずなのに、食べ始めると物足りないとすら思えた。

 連れて行かれた病院は地元でも有名な巨大な私立病院だ。事前に電話予約をとっていたらしく、待つことなく診察室へ通された。妊娠検査の結果は陽性。目を逸らしても陽性。何度瞬きしても陽性。おめでとうございます、と第二の性を専門とするという男性医師が明るく告げた。

 身体が成長し終えた大人になってからΩ性が覚醒することは珍しい事例ではあるが時々あるとのこと。

「大人になっても覚醒しない、休眠状態のΩを覚醒させるのは運命のツガイだけだと言われています。お二人はヒート事故とのことですが…、今後どうするか、よく話し合ってくださいね」

 生むか、堕胎するか。運命で、既にツガイ契約が成されている。青砥あおとは無意識にお腹へ手を当てていた。怖くて隣に座る和佐かずさを見る事ができない。

 初対面の男(しかも恋人の浮気相手)を、ヒート事故に巻き込んでしまった。故意ではないとはいえ、警察に突き出されてもおかしくはない。堕ろせと言われても不思議ではない。

 不安になりかけたが…、そう言えば求婚されたな、と思い出して気持ちを持ち直す。

「可能なら産んで欲しいと思っています。私の初孫になりますからね」

「は…はつまご?」

「あ、言い忘れてました。この人、俺の父親で男性Ωです」

「学会で病院にいないことも多いけど最優先で対応するから連絡してね!定期検診も絶対私が対応するから!予約は直接和佐かずさに言ってくれて良いから!」

 私用らしき電話番号の書かれたメモ紙と仕事用らしき名刺を渡された。思わず和佐かずさを睨む。絶対わざと黙っていただろう、と念を込めると、ニッコリと微笑み返される。周辺から囲い込んで何がなんでも産むと言わせるつもりらしい。はぁと嘆息する。

 Ωとして覚醒したばかり、しかも初産。安定するまで油断ならないから絶対安静と指示される。仕事について問い掛けようとすれば、青砥あおとが言い出すより先に「ストレス厳禁、出勤も電車移動もバス移動も避けてね。少しでも不安を覚えたら吐き出して、少しでも怒りを覚えたら和佐かずさを殴っていいから。君が安心できるなら性交渉はオッケーだけど激しいのはダメだよ」と矢継ぎ早に言われて微笑まれた。

「…歓迎してくださるんですか?どこの馬の骨とも知れぬとか怒らないんですか?」

 それが酷く不思議で、青砥あおとは訝る。

「怒らない怒らない。昔からニコリともしない石像みたいな和佐かずさが笑ってるんだよ?しかも私を頼ってお願いしてくるんだ。最早奇跡でしょ。天変地異かって驚いたけど、さすが運命って思ったよ」

「…父さん、余計なことを吹き込まないで下さい」

「今の所採血結果にも気になるところはないかな。貧血にだけは気をつけてね。必要なら鉄剤処方するから」

 和佐かずさの苦言を無視して医者らしい言葉を告げて「お大事に」と締めた。

 疑問が顔に出ていたらしい。

「あの病院の理事長は伯父で院長が姉です。母は医療関係者ではありません」

 和佐かずさの方から帰りの車の中で話してくれた。

「あと母は女性αです。兄姉弟は父の肚から産まれましたが、俺だけは母の肚から産まれてます」

「そう、なんだ」

 未知の世界過ぎて色々と理解が追い付かない。

 自宅アパートに帰りたかったが、絶対安静と和佐かずさに言われてしまった。引越し業者を入れて荷物を全て運び出すとまで言い出す始末。

「待て待て!展開が早い!早すぎる!」

「解約もうちの弁護士経由でやるから委任状だけ書いてね」

「うち!?うちのって何!?」

 αとかΩとか、妊娠とか。初めて知る世界で目まぐるしい。そこに引越し、弁護士と頭がついていかない。

 慌てていると和佐かずさが優しく笑う。

「絶対安静。全部俺に任せて」

「いやでも…」

「俺の子を産めるのは貴方しかいないんだから大切にさせて欲しい」

 やけに真剣な目で見つめられ、青砥あおとの思考は止まってしまった。

「あ、ハイ───」



 後日、和佐かずさの隙を見て彼女に電話してみたが既にその番号は解約されていたようで機械的な音声が拒絶してくるだけだった。

 和佐かずさが何か手を回したのかもしれない。そんな予感がしたけれど、青砥あおとは何も言えなかった。青砥あおとの左手薬指には和佐かずさから贈られた指輪が輝いているのだ。最早何かを言える立場ではない。

「俺が幸せにしてあげるから心配しないでね」



[完]
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