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同じ会社で長年働き続けている兄と異なり、築島は脱サラして企業した。このカフェはオマケのようなもので、本業はウェブデザイナーだ。カフェで接客しながらカウンター内でPC仕事をしている。本人が言うには刺激がないとアイデアが尽きるからカフェ経営は必要な副業なのだとか。
ただカフェが忙し過ぎて本業が疎かになっても本末転倒。だから助けて欲しいと。大学卒業後、就職先が決まらずお祈りメールに埋もれていた直也は築島さんに拾われたのである。それがどこまで建前だったのかは分からないが、直也は救われた。築島さんと再会できただけでも奇跡だと思ったのに、まさか彼が自分を覚えていて、しかも必要としてくれるなんて。都合の良い夢か何かなのではと未だに疑ってしまう。
朝8時半。カフェの閉店時間だ。築島さんが入り口の看板を裏返し、鍵を締め、レジを締める。その間に直也は二人分の朝食を作る。これから寝ることを考慮して胃に優しい中華粥もどきを作ることが多い。少し悩んで、今日も同じで良いかと手を動かす。
「なぁ、ナオ」
「どうしました?もうすぐ出来ますよ」
カウンターに腰掛けた築島さんが頬杖をついて見つめてくる。どうしたのだろうと首を傾げて応えた。
「ナオが両刀だなんて初耳なんだけど」
急に何をと問い掛けたが、思い出すとそんな会話を客とした記憶がある。聞かれていたらしい。別に隠していたつもりはないが公にすることでもない。別に後ろめたさを覚えるようなことでもないはずだ。それともまさか男もイケると知って警戒されただろうか。初恋は叶わないものだと知っている。何より築島さんと色恋沙汰で揉めたくはない。
「ンなの、築島さんには関係ないじゃん」
ぐるぐる考えた挙句に出て来たのは、まるで反抗期の子供が保護者に向かって言うようなセリフだった。己の幼稚さに頭を抱えたくなるが何とか踏ん張って配膳を済ませ、築島さんの隣に座る。椅子を一つ空けて座るのはいつものこと。特に意味はない。意味を見出してはいけないし、理由も考えてはいけないのである。
「へぇ…、関係ない、ね」
そう呟いた築島は直也を振り返ることなく、朝食に手を付け始めた。それを横目で一瞥してから、怒らせただろうかとハラハラしつつ、両手を合わせてイタダキマスと呟く。胡椒が足りないのか、食事に向き合う心が足りないのか、いつもより味気なく感じる中華粥もどきを啜る。
いつもなら食後に店の2階にある築島さんの生活スペースで仮眠をとってから帰宅するが、今日はそんな気分にならない。一気に煽るように食べ終え、ゴチソウサマを唱える。
「ナオ、お前いい加減諦めてココに住めよ」
「…いま、そんな話してました?」
寝に帰るだけのアパートだ、家賃が勿体無いだろうと築島さんは言う。前からずっと言われてきた同居の勧誘。だが、今は前と意味が異なってくる。直也の恋愛対象に同性も入ると知ってもまだ勧誘される意味を思い知らされて悲しい。
「ナオ」
呼ばれて顔を上げると、胸倉を捕まれた。そのまま口を塞がれた。これは夢かも知れない。初恋相手との初キスが中華粥もどきの味だなんて情緒がなさ過ぎて嫌だ、夢であって欲しい。
「築島さん、」
「お前が男もイケると知ってたら、もっと早くに襲ってたのに」
時間を無駄にしたと築島さんは忌々しく呟く。
「築島さん、」
「嫌なら俺を殺すつもりで殴れ」
「築島さ───」
□ □ □ □ □
先輩に恋をした。初恋だった。新品のランドセルが重くて仕方なかった頃の話である。後に先輩の奥さんとなる人は既に先輩の隣にいた。入る隙なんてなかったし、先輩の奥さんのことも好きだったから別に良かった。二人と一緒にいられる時間が一番好きだった。
先輩に弟が出来たと聞かされた時、喜びでキラキラと輝くように笑う先輩を前に不快感を覚えた。胸の中がもやもやする気持ち悪さ。それを嫉妬と呼ぶのだと知ったのは随分後になってから。先輩の弟とやらに自分の居場所を盗られる、そんな予感がした。
「これ、弟の直也」
遊びに行った先で見せられた赤ん坊。小さくて、ぷくぷくしている。頬を触ろうと手を伸ばしたら指を掴まれた。振り解けないことはないけど躊躇われる。赤ん坊は満足げに目を細めて指を離そうとしない。
「築島を気に入ったんだな、ナオは見る目がある」
先輩もまた満足げに頷くばかりで助けてくれない。
大人になってから再会した直也はまだ子供だった。その子供が身に覚えのある熱量で見つめてくる。初恋なのだろう、穢れのない眩しさがそこにあり、自分に向けられていることがむず痒かった。今まで何人かと交際してきたし、中には身体だけの関係もあった。自分にはもう純粋さなんて欠片も残っていない。そう考えると目の前の子供が憎らしくさえ思えた。
先輩の転勤を機に、直也と会う機会も失われた。
成人した直也を偶然見つけた時、名前を呼ばれて大きく目を見開いた彼が嬉しそうに破顔した瞬間、彼の目にはあの穢れのない熱量があった。
───築島さん!
呼ぶ声の中に幼い頃と変わらない歓喜が混ざっていて。
この瞬間、初恋と同じ甘酸っぱさが全身に広がって心臓が震えた。
築島 雅人は二度目の初恋を体感した。二度目って、それはもう初でも何でもないだろうとは自分でも思う。ただそこにある恋の質は初恋と呼ぶに相応しい口の内側が痒くなるような苦しさと溺れたくなる甘さがある。
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