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しおりを挟む「ルヴェは〝出来損ない〟じゃないよ」
狭い馬車の中で手を握られ、ルヴェは動揺する。アルフゼットの手は温かくて、優しい。意外とその表面は硬い。
「…あ、あの、僕はご主人様の奴隷になるんですよね?」
よく分からないとジェルヴェは首を傾げた。
「だから、それは方便だってば。君は僕の〝弟〟として、僕を〝兄〟と呼んでくれたら嬉しい」
ほうべんって何だろう。何を言われているか分からない自分はやはり出来損ないなのだろうとジェルヴェは考える。実の兄達ですら、人目がないところで兄と呼ぶことは許されなかった。外部の人間の目があるところで仕方なく兄と呼べば、後になって虫唾が走る、おぞましいと散々罵られたものである。
「それは…、貴方様が気分を害するかもしれません」
ご主人様という呼ばれ方が嫌なのだなと解釈したジェルヴェは言葉を選びつつ、何とか兄呼びを回避しようと答える。アルフゼットにまで虫けらを見るような目で睨まれたくは無いというのが本音だ。
「うーん、ルヴェって、従順なふりをした頑固…」
だからこそ彼らは余計に面白くなかったのだろう、とアルフゼットは呟いた。
実家より倍の規模はあるだろう屋敷を前にジェルヴェは口を半開きにして目を見開いていた。そんなジェルヴェの手を握ってアルフゼットは離してくれない。
「将来的にジェルヴェを僕の秘書官にするつもりだ。彼の基礎教育は僕が行うが、いづれ皆にも協力を仰ぐことになるだろう」
そんな話をアルフゼットが執事らしき人物にしている。見慣れない人達に囲まれて萎縮したジェルヴェはアルフゼットの背中に隠れて相手を盗み見るのが精一杯だ。挨拶をしなくては、と思うと声が出なくなってしまう。背中に目でもついているのか、すかさず「また過呼吸になったら困るから今日は諦めなさい」とアルフゼットに諭されて。
気づけばアルフゼットと共にご飯を食べ、アルフレゼットと共に入浴し、アルフゼットに抱き締められて眠りについていた。
「あの、僕のお仕事は…」
「1人で食事をするのが嫌な僕に付き合って食卓に相席することと、僕の安眠の為に抱き枕になること。もう少しルヴェの身体が育つまでは、ね」
ソーニスト公爵家に連れてこられた翌日、ジェルヴェは医者から栄養失調による発育不足と言われた。今の待遇には、それが関係しているのだと、ジェルヴェは気づいて俯く。やはり役に立てない出来損ないなのだ、と自身の両手を見つめた。
アルフゼットにはアルフゼットのやるべき事がある。公務だったり、勉学だったり。その間、ジェルヴェはアルフゼットの部屋で留守番である。
ふくよかな優しい笑顔の、少々目の悪い老婦人がジェルヴェに付き添ってくれる。彼女は元々、現公爵の乳母だったそうで。今も乳母という名目で公爵家に席があるのだという。そんな彼女に本を読み聞かせるのがジェルヴェの日課となった。
本の内容は絵本から始まり、公爵家の歴史や、国の成り立ちと少しずつ難易度を上げていき、経済書や異国語など、どんどん難しくなっていく。その上、その内容に対して何を思うかや、どう解釈するかなど、目の悪い乳母は容赦なくジェルヴェに質問してくるのだ。今まで自分の意見など聞かれたことのないジェルヴェはなかなか答えられず、それでも老婦人は急かすことなく、にこにこと微笑みながら根気強くジェルヴェの言葉に耳を傾けてくれた。
生家では使用人達でさえジェルヴェを見ると嫌なものを見たとばかりに顔を顰めていたが、公爵家では誰もそんな反応をしない。可愛いと言われると恥ずかしかったけれど、ジェルヴェが笑うと喜んでくれるので、それが表向きなんかじゃないと思えるようになってからは嬉しくて楽しくて。
公爵も、公爵夫人も、是非養子になって欲しいと言ってくれた。その言葉だけでジェルヴェは嬉しかった。しかし首を縦に振ることはない。
「僕はアルフゼット様にお仕えしたいと思っています」
□□□□□□□□
「アル兄様、お茶にしましょう」
もうすぐ公爵の地位を継ぐアルフゼットの執務室は緊張感に溢れている。アルフゼット自身、神経が張り詰めている自覚があるらしく、極力人の出入りを制限しているのが現状だ。補佐官も、執事も、メイドも、掃除婦も立ち入れない。その執務室を唯一制限なく出入り出来るのがジェルヴェである。
お茶の乗ったカートを中に運び入れ、アルフゼットの好きな紅茶を淹れる。アルフゼットの為に練習を重ね、執事長から合格を頂き、今ではアルフゼットから「ジェルヴェの淹れた茶が飲みたい」と指定されることさえある。
「もうそんな時間か」
「えぇ、そんな時間です」
アルフゼットの時間管理も、予定管理も、書類の整理整頓も、出入りを制限している執務室の清掃もジェルヴェの仕事である。秘書って何だっけとは思うが、アルフゼットの片腕を目指しているジェルヴェは現状に満足しているし、もっと役に立ちたいと願う気持ちも強い。
本当はアルフゼット様と呼びたいのだが、兄と呼ばないと本人が拗ねる。16歳になった今でも尚、彼にとってジェルヴェはまだ不憫な子供なのかもしれない。正直不服だが、そんな彼に救われた身としては文句は言えない。
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