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第一章
19 後宮の噂
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物語は、再び小蘭のもとへ戻る。
その後、身を隠す必要がなくなった小蘭は、春明にうまく追い出される形で、元の房へ返された。
皆の先生を独占し、まったりした生活を楽しんでいた小蘭は、追い出されることをとても悔しがったが、「孩子」――あの小さな男の子用の変身グッズはちゃっかりと貰い受けてきた。
もしも蒼龍が試合に負けたら、それを着て遠くまで逃げるつもりだった。
再会したら、うちの婆やは感激のあまり天に召されてしまうんじゃないかしら、と心配していた小蘭だったが……。
「小蘭様、快挙です! まさか皇帝ではなく、皇太子様を虜にするなんて。これで我が国はますます安泰。婆やは嬉しゅうございます……ううっ」
何とも耳の早い彼女は、満面の笑顔で小蘭を迎え、別の意味で涙した。
処刑の話もしたのだが――。
「まあ、いざとなれば、この婆やにお任せを。ざくざく切り伏せてやりますよ」
豪快に笑ってドンと豊かな胸を叩いた。
彼女の楽観主義は、小蘭の比ではなかったようだ。
婆やがそれを知っていた時点で、嫌な予感はしていたが……。
後宮はすでに、蒼龍との噂で持ちきりになっていた。
今も小蘭は、仲間の妃たちから厳しい尋問を受けているところで――。
「で?」
「だから、何度も言ってるじゃない。〝何も無かった〟って」
「嘘ばっかり!」
(……やっぱりこの子たち、完全に話を聞く気ないな)
小蘭はため息をついた。
今は、『授業』のまっ最中。
退屈な授業など全く聴く気のない小蘭は、五重に巻かれた円の端っこで、同じように不真面目な妃ふたりとお喋りに興じていた。
「一晩を二人きりで過ごして、何も無いなんて。しかも閨から拐かされたのよ? さぞや熱い夜だったんでしょう」
「……むしろ寒かったわよ。だって、下衣一枚で厩にいたのよ」
「下衣一枚? やだぁ、それってもう、脱がされたも同然じゃない! ねえ、どんな風に愛を囁かれたの?」
げほげほっ。
あからさまな友人の問いに、小蘭は咽せ返った。
「だから。本当にそういうの、ないんだって! ちょっとは私の身にもなってよ。兵士に追いかけられたり、馬屋で眠ったりして大変だったのよ」
「……」
暫く顔を見合わせていた二人は、小蘭を見るとあっけらかんと笑い出した。
「あはは、難しい話は分からないわ」
と夢見がちな妃たちは、目を見合わせて笑った。
「羨ましい~、美々しい皇太子様がよ。愛する妃を護るために、命懸けで戦うなんて」
小蘭は、小さくため息をついた。
「ねえ……本当に大変なことなんだよ? もし彼が試合に負けたら、私、見せしめみたいに処刑されちゃうんだから」
公衆の見守る中、縄を打たれて引き回されている自分。その中央には、四頭の牛がのっそりと控えて……。ゾッと身震いする小蘭。
しかし、二人の話題はもう別のところに移っていた。
「でも、皇子様にはきっと、私たちもお目にかかれるわ」
「あら、そうなの?」
「うん、だって。小蘭が皇子様の夫人になれば、皇子様は、後宮にお渡りなるじゃない」
「あ、そうか! いや~ん、楽しみ~」
互いに顔を見合せ、にやにやと笑う二人に、小蘭は頭を抱えた。
……本当に恐いのは、別にこの子達の反応が、後宮では普通だということ。
小蘭と蒼龍の禁断の恋の噂話は、退屈に飽き、刺激に飢えた後宮の住人の格好の話題。
玉の輿か、それとも悲劇のヒロインか。
彼女らにとって、今や小蘭は、物語の中の登場人物でしかない。
(もしかしたら、私の最期の日になるかもしれないというのに)
そう、ここに住む人達は、みんな優しくて親切だ。
ただし、美しい見た目の裏側までは、けっして見ようとはしない。
それが優しさなのか、残酷さなのか――。
小蘭には、分からなかった。
その後、身を隠す必要がなくなった小蘭は、春明にうまく追い出される形で、元の房へ返された。
皆の先生を独占し、まったりした生活を楽しんでいた小蘭は、追い出されることをとても悔しがったが、「孩子」――あの小さな男の子用の変身グッズはちゃっかりと貰い受けてきた。
もしも蒼龍が試合に負けたら、それを着て遠くまで逃げるつもりだった。
再会したら、うちの婆やは感激のあまり天に召されてしまうんじゃないかしら、と心配していた小蘭だったが……。
「小蘭様、快挙です! まさか皇帝ではなく、皇太子様を虜にするなんて。これで我が国はますます安泰。婆やは嬉しゅうございます……ううっ」
何とも耳の早い彼女は、満面の笑顔で小蘭を迎え、別の意味で涙した。
処刑の話もしたのだが――。
「まあ、いざとなれば、この婆やにお任せを。ざくざく切り伏せてやりますよ」
豪快に笑ってドンと豊かな胸を叩いた。
彼女の楽観主義は、小蘭の比ではなかったようだ。
婆やがそれを知っていた時点で、嫌な予感はしていたが……。
後宮はすでに、蒼龍との噂で持ちきりになっていた。
今も小蘭は、仲間の妃たちから厳しい尋問を受けているところで――。
「で?」
「だから、何度も言ってるじゃない。〝何も無かった〟って」
「嘘ばっかり!」
(……やっぱりこの子たち、完全に話を聞く気ないな)
小蘭はため息をついた。
今は、『授業』のまっ最中。
退屈な授業など全く聴く気のない小蘭は、五重に巻かれた円の端っこで、同じように不真面目な妃ふたりとお喋りに興じていた。
「一晩を二人きりで過ごして、何も無いなんて。しかも閨から拐かされたのよ? さぞや熱い夜だったんでしょう」
「……むしろ寒かったわよ。だって、下衣一枚で厩にいたのよ」
「下衣一枚? やだぁ、それってもう、脱がされたも同然じゃない! ねえ、どんな風に愛を囁かれたの?」
げほげほっ。
あからさまな友人の問いに、小蘭は咽せ返った。
「だから。本当にそういうの、ないんだって! ちょっとは私の身にもなってよ。兵士に追いかけられたり、馬屋で眠ったりして大変だったのよ」
「……」
暫く顔を見合わせていた二人は、小蘭を見るとあっけらかんと笑い出した。
「あはは、難しい話は分からないわ」
と夢見がちな妃たちは、目を見合わせて笑った。
「羨ましい~、美々しい皇太子様がよ。愛する妃を護るために、命懸けで戦うなんて」
小蘭は、小さくため息をついた。
「ねえ……本当に大変なことなんだよ? もし彼が試合に負けたら、私、見せしめみたいに処刑されちゃうんだから」
公衆の見守る中、縄を打たれて引き回されている自分。その中央には、四頭の牛がのっそりと控えて……。ゾッと身震いする小蘭。
しかし、二人の話題はもう別のところに移っていた。
「でも、皇子様にはきっと、私たちもお目にかかれるわ」
「あら、そうなの?」
「うん、だって。小蘭が皇子様の夫人になれば、皇子様は、後宮にお渡りなるじゃない」
「あ、そうか! いや~ん、楽しみ~」
互いに顔を見合せ、にやにやと笑う二人に、小蘭は頭を抱えた。
……本当に恐いのは、別にこの子達の反応が、後宮では普通だということ。
小蘭と蒼龍の禁断の恋の噂話は、退屈に飽き、刺激に飢えた後宮の住人の格好の話題。
玉の輿か、それとも悲劇のヒロインか。
彼女らにとって、今や小蘭は、物語の中の登場人物でしかない。
(もしかしたら、私の最期の日になるかもしれないというのに)
そう、ここに住む人達は、みんな優しくて親切だ。
ただし、美しい見た目の裏側までは、けっして見ようとはしない。
それが優しさなのか、残酷さなのか――。
小蘭には、分からなかった。
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