大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる

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第1章

病の正体

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 昼食の後、宿禰様は珍しく背筋を正して私に向き直られた。
 
「陽毬さん。あなたには、そろそろ話さなくてはならないと思っていました」
 その声は、変わらず穏やかであったが、どこか硬く張り詰めている。
「僕の――この〝病〟についてです。聞いていただけますか?」
 
「はい、勿論です」

 一も二もなく答えた私に、彼は小さく息をついた。
 その日の午後、宿禰様は来客を全て断わられ、私のために時間を作って下さった。

 広い和室に紫檀の机がひとつ。それを挟んで正座した。
 ランプ明かりの揺れる中、宿禰様はしばし視線を伏せておられる。
 
「僕は……あなたに話すのを、ずっと迷っていました」

 つぶらな瞳が、畳の目を追う。

「何故ならばそれは、荒唐無稽で、とうてい信じがたい。正気を疑われても、仕方の無い話だからです」
 私は、膝の上でそっと拳を握りしめた。
 
「大丈夫です。私、あなた様がどんな方か……少しは存じていますから」
 私は、すっと前を向いた。
 何を聞かされても驚くまい――小さな胸に、そっと決意を秘めていた。
 
「……ありがとう、その言葉がどれほど救いになるか」

 少し間を置いて、彼は静かに語り出した。

「それでも、決心が要りました。さっきの母の振る舞いを見て、ようやく腹を括ったのです」
 彼の視線が、私を向いた。
 
「あなたは、僕のこの容貌は、本当に病だと思いますか?」
 切実な、逃げ場のない問いだった。
 私は言葉を選びながら、けれど誠実であろうと心を決めて答えた。
 
「……見たことのないものでしたし、今でもその驚きは変わりません」

 一拍置く。

「ただ……私には寧ろ、病というよりは、まじないや幻術、物の怪に憑かれているようにも見えます」
 彼はうなるように声を上げると、天上を仰ぎ見た。
 
「なるほど……やはりあなたは聡明な方だ」
 
 彼の視線が、天井の巨大なマツの梁に向く。哀しいかな、そこにあるのは空でない。升目のように木材で区切られた暗い天井。
 彼は、淡々と言葉を紡ぎ出した。

 *

 そうです。陽毬さんの仰る通り、これは病などではありません。いわば天刑――権藤家の飽くなき欲望と引き換えに、僕に罰を与えたのです。
 
 僕がこの姿になったのは、五年ほど前のこと。その頃はまだ、帝国大学で学ぶ一介の学生でした。

 当時から父は実業家でしたが、商いは鳴かず飛ばす。商いに損はなくとも、『鴻鵠の志』が口癖の、並外れた野心を持つ父からすれば、到底満足できぬものでした。
 
 一方、母は旧姓を巽巳たつみといって、没落華族の出身です。
 気位が高く、決して人を寄せ付けない――そんな母が、農民出身でありながら、容姿みためが良くて自信に溢れた父を見初め、この家族が始まりました。
 
 何とかして成功を得、世に認められたい。
 権藤の家を盛り立て、あわよくば辰巳家も復興させたい。

 ふたりの希望おもいは、年を経るごとに高じ――やがて彼らを占いや呪い、そして新興宗教といった怪しげなものに傾倒させてゆきました。

 下宿先から実家に戻るたび、雑誌の切り抜きや怪しげな護符が増えているのに、当時は真剣に悩んでいました。
 
 *
 
 宿禰様は、そこで私をまっすぐに見つめた。
 
「その日。僕は父と母に呼び出され、実家へ戻っていました」
 いよいよ、宿禰様が蛙のお姿になってしまったその原因が明かされるのだ。
 私はごくりと唾を飲み込むと、負けじと彼をまっすぐ見た。

 *

「家族が揃って祈祷を受けなくては効果がない、だから頼む」
 父から懇願され、僕はその祈祷に立ち会いました。
 
 伸びきった散切り頭に顔を隠し、白装束に裸足という、見るからに怪しい恰好の祈祷師でした。
 首には翠色の大きな数珠をかけています。
 
 ついでに言うと、当時ここは今のような新しい屋敷ではありません。古びてあちこちにガタのきた、日本家屋だったのです。
 
 男はその奥まった一室に、父、僕、母の順に並ばせ、お札のついた縄で囲いました。床の間の前には祭壇が設けられ、中央には護摩の火が焚かれています。
 
 祈祷師は、首にかけていた数珠をひとつずつ僕らに手渡すと、まじないを共に唱えるよう指示します。
 
 そうして、手に持ったヒサカキの枝を激しく振り、ロープの周りを回りながらながらまじないを唱え出しました。
 
 おそらく彼の助言に従って、商売が上手くいったことがあるのでしょう。ふたりは相当、この祈祷師に心酔しているようでした。
 
 ――見るからに怪しい。
 僕は思いましたが、父と母から強く言われ、仕方なく呪いを唱えるふりをして、ただ時が過ぎるのを待っていたのです。
 
 しかし――
 次の朝を迎えても、祈祷は一向に終わらない。父母を見れば、変わらず祭壇を拝んでいます。
 早く終わってほしいと願うあまり、気付けば僕も、熱心に祭壇を拝んでいました。
 
 手足が冷たく、指先が震えて――今になって思えば、正気とは言えない状態でした。
 
 何故かその時、真面目にやればこの茶番ぎしきを終えられ、退屈や空腹、体の痛みといった苦痛から思い込んでしまったのです。
 
 いつしか、僕の意識は白濁し――。

 *

「……宿禰様?」
 お話の途中、ふと、宿禰様が動きを止めた。
 覗き込んで声をかけると、まるで今血が通ったみたいにぱちぱちと目をしばたかせる。

「あ、ああ、すみません。ついボーっとしてしまって」
 彼は、さっと正座を整える。
 
 これまでを、穏やかな落ち着きの中、淡々と語る宿禰様。
 けれど、膝に置かれた指先が小さく震えているのが分かって――それだけで私の胸は、きゅっと痛くなるのだった。
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