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第1章
お日様の下で
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「す、すす、宿禰あなた……そんな格好で、どこへ行くつもりなの! ひ、陽毬さんあなたっ」
お庭番から、さっそくご注進があったらしい。よそ行きの羽織を身につけた宿禰様が、私とともに地下を出てきたところに、どこからともなくお義母様が飛んできた。
「ええっと……これは」
母親に何と言ったらいいものか。
言いあぐねている宿禰様の前に、私はすっと割って入った。
「お義母様、ご機嫌よう」
「ひ、陽毬さん。……説明して頂戴。これは一体どういう事?」
額に青筋を立て、普段表情の少ないお顔に、豊かなお怒りを浮かべているお義母様。
私はにっこりと微笑んだ。
「ええ、ちょっとそこまでお散歩へ。一刻ほどで戻ります。宿禰様もついていますから、ご心配には及びませんわ」
「心配って……。私はね、あなたじゃなくて、宿禰のことを言っているのよ? 宿禰の気持ちを考えてもみなさいな。……こんな姿で人前に出て、もし見せ物にでもなったりしたら……」
「母上、僕は――!」
「お義母様」
反発しようとした彼を制し、ずいと前に出た。
それから徐に、うるうると瞳を潤ませ、祈るように指を組んでみせる。
「どうか、お赦し下さいませ。実は……私、一昨日の夜、夢を見たのでございます。宿禰様の病を治すための、ただひとつの方法を」
「な、何ですって?!」
案の定、御義母様は食い付いてきた。
わざとらしく目を伏せる。
「はい、夢枕に立ったのは、長い白髪を垂らした怪しげな祈祷師姿の男でした」
「そ、それで? その男は一体全体何と言っていたの?!」
あたかも見てきたように言うが、本当は宿禰様から聞いたままの話だ。
そんなこととはつゆ知らないお義母様は、半歩前に身を乗り出す。
私は神妙な顔をした。
「ええ……この病を治すためには、天照様の御力に頼るほかないと。これはきっと、正夢に相違ありませんわ」
目を白黒させているお義母様に、周りを囲む使用人たち。
ついでに、宿禰様までがぽかんとしている。
周囲が呆気に取られているうちに、私は速やかに宿禰様の隣に移動した。
その左腕に、腕を絡める。
「ひ、陽毬さん?」
驚く宿禰様を無理やり回れ右させると、私はにっこり微笑んだ。
「というわけでお義母様。私たち、行ってまいりまーす」
「あ、あなたっ……」
「ああ、それから――」
ダメ押しの一言。
「ゆるりと歩いてまいりますから、少し遅くなるかもれません」
「な、な……」
迷信だと切り捨てたい理性と、縋りたい本心の間で、立ち尽くすお義母様。
私たちは、その横をするりと抜けた。
空を見れば、朝には降っていた雨が幸先もよく止んでいる。
雲間に覗く夕焼け空は、まるで私たちの勇気を祝福しているかのよう。
私は、意気揚々と顔を上げると、正門に面した辻へ一歩を踏み出した。
*
「ひひ、ひ、陽毬さん。そ、そろそろ御手を離して下さいませんか?」
「あら?」
大きな権藤の屋敷がすっかり見えなくなった頃。
横を歩いていた宿禰様が、機械のような声を出した。
腕を離し、思わず笑うと、彼はぶつぶつ文句を言った。
「もう、笑わないで下さいよ。……陽毬さんの悪戯は度を超えています。母上にあんな法螺を吹き、皆の前でその……う、腕を組むなんて。あなたにおかしな評判でも立ったらどうするつもりですか」
「構いませんわ……夫婦ですもの」
「ふ、夫婦」
私の言葉に反応して、ぴいんと背筋を張る宿禰様。その様子が可笑しくってたまらない。
私の含み笑いに気づいた宿禰様が、たまらず声を上げた。
「も、もう! 10も歳の離れた男を揶揄わないでくださいっ。全く、なんて小悪魔だ」
私はくすっとまた笑った。
「ええ、何とでも仰ってください。これが本当の私ですから、宿禰様にもちゃあんと慣れていただきます。それに……さっき夢のお話だって、あながち法螺ではございませんよ?」
「ええっ? で、では。さっきの夢は本当に……」
「……えへっ」
「もう、陽毬さん。あなたって人は……!」
あははっ。
顔を見合わせ笑った時には、宿禰様から、いつの間にか照らいが消えていた。
ようやく力の抜けた宿禰様は、ふと辺りの景色によそ見した。
「風を……感じられます」
「ええ」
彼から一歩離れ、夕映えのあたりの景色に目をやる。
日が沈む前のこの時間、最後の用事を済まそうと、大人たちが、忙しなく行き交う。
その足の間を縫うように、遊び足りない子ども達が棒っきれを片手に駆けてゆく。
皆、自分たちのことに夢中で、私たちの様子を見つめるものなどない。
子どもたちの笑い声が遠くで弾むと、いつの間にやら胸の奥は、静かになった。
「懐かしいな……。この辺りは、昔とちっとも変わらない」
往来を、愛おしそうに眺める横顔。
こうして並んで立ってみると、宿禰様はかなりのっぽだ。私よりも頭ひとつ抜き出ている。
首を伸ばす様にして、その横顔を見つめていたところ、お面のお顔が私を見下ろした。
「陽毬さん、左の辻を曲がって少し行くと、ここら辺り一帯のお宮さんがあるんです。そこまで足を伸ばしても?」
声が、ほんの少し弾んでいた。
何やら、足取りまで軽くなったように見える。
「ええもちろん。夢のお告げのとおり、天照様にお参りいたしましょう」
「では、行きましょう。こちらです」
彼は自然に私の手を取ると、どこか浮き浮きとして、先頭を切って歩き出した。
一瞬、指先がこわばったのは、私だけの秘密。
(あら?)
ふと、その指から伝わる鼓動が、二つあるように感じて、私は前を行く背中を見た。
けれど、そこにあるのは、いつもと同じ、広く頼りがいのある背中だけだった。
お庭番から、さっそくご注進があったらしい。よそ行きの羽織を身につけた宿禰様が、私とともに地下を出てきたところに、どこからともなくお義母様が飛んできた。
「ええっと……これは」
母親に何と言ったらいいものか。
言いあぐねている宿禰様の前に、私はすっと割って入った。
「お義母様、ご機嫌よう」
「ひ、陽毬さん。……説明して頂戴。これは一体どういう事?」
額に青筋を立て、普段表情の少ないお顔に、豊かなお怒りを浮かべているお義母様。
私はにっこりと微笑んだ。
「ええ、ちょっとそこまでお散歩へ。一刻ほどで戻ります。宿禰様もついていますから、ご心配には及びませんわ」
「心配って……。私はね、あなたじゃなくて、宿禰のことを言っているのよ? 宿禰の気持ちを考えてもみなさいな。……こんな姿で人前に出て、もし見せ物にでもなったりしたら……」
「母上、僕は――!」
「お義母様」
反発しようとした彼を制し、ずいと前に出た。
それから徐に、うるうると瞳を潤ませ、祈るように指を組んでみせる。
「どうか、お赦し下さいませ。実は……私、一昨日の夜、夢を見たのでございます。宿禰様の病を治すための、ただひとつの方法を」
「な、何ですって?!」
案の定、御義母様は食い付いてきた。
わざとらしく目を伏せる。
「はい、夢枕に立ったのは、長い白髪を垂らした怪しげな祈祷師姿の男でした」
「そ、それで? その男は一体全体何と言っていたの?!」
あたかも見てきたように言うが、本当は宿禰様から聞いたままの話だ。
そんなこととはつゆ知らないお義母様は、半歩前に身を乗り出す。
私は神妙な顔をした。
「ええ……この病を治すためには、天照様の御力に頼るほかないと。これはきっと、正夢に相違ありませんわ」
目を白黒させているお義母様に、周りを囲む使用人たち。
ついでに、宿禰様までがぽかんとしている。
周囲が呆気に取られているうちに、私は速やかに宿禰様の隣に移動した。
その左腕に、腕を絡める。
「ひ、陽毬さん?」
驚く宿禰様を無理やり回れ右させると、私はにっこり微笑んだ。
「というわけでお義母様。私たち、行ってまいりまーす」
「あ、あなたっ……」
「ああ、それから――」
ダメ押しの一言。
「ゆるりと歩いてまいりますから、少し遅くなるかもれません」
「な、な……」
迷信だと切り捨てたい理性と、縋りたい本心の間で、立ち尽くすお義母様。
私たちは、その横をするりと抜けた。
空を見れば、朝には降っていた雨が幸先もよく止んでいる。
雲間に覗く夕焼け空は、まるで私たちの勇気を祝福しているかのよう。
私は、意気揚々と顔を上げると、正門に面した辻へ一歩を踏み出した。
*
「ひひ、ひ、陽毬さん。そ、そろそろ御手を離して下さいませんか?」
「あら?」
大きな権藤の屋敷がすっかり見えなくなった頃。
横を歩いていた宿禰様が、機械のような声を出した。
腕を離し、思わず笑うと、彼はぶつぶつ文句を言った。
「もう、笑わないで下さいよ。……陽毬さんの悪戯は度を超えています。母上にあんな法螺を吹き、皆の前でその……う、腕を組むなんて。あなたにおかしな評判でも立ったらどうするつもりですか」
「構いませんわ……夫婦ですもの」
「ふ、夫婦」
私の言葉に反応して、ぴいんと背筋を張る宿禰様。その様子が可笑しくってたまらない。
私の含み笑いに気づいた宿禰様が、たまらず声を上げた。
「も、もう! 10も歳の離れた男を揶揄わないでくださいっ。全く、なんて小悪魔だ」
私はくすっとまた笑った。
「ええ、何とでも仰ってください。これが本当の私ですから、宿禰様にもちゃあんと慣れていただきます。それに……さっき夢のお話だって、あながち法螺ではございませんよ?」
「ええっ? で、では。さっきの夢は本当に……」
「……えへっ」
「もう、陽毬さん。あなたって人は……!」
あははっ。
顔を見合わせ笑った時には、宿禰様から、いつの間にか照らいが消えていた。
ようやく力の抜けた宿禰様は、ふと辺りの景色によそ見した。
「風を……感じられます」
「ええ」
彼から一歩離れ、夕映えのあたりの景色に目をやる。
日が沈む前のこの時間、最後の用事を済まそうと、大人たちが、忙しなく行き交う。
その足の間を縫うように、遊び足りない子ども達が棒っきれを片手に駆けてゆく。
皆、自分たちのことに夢中で、私たちの様子を見つめるものなどない。
子どもたちの笑い声が遠くで弾むと、いつの間にやら胸の奥は、静かになった。
「懐かしいな……。この辺りは、昔とちっとも変わらない」
往来を、愛おしそうに眺める横顔。
こうして並んで立ってみると、宿禰様はかなりのっぽだ。私よりも頭ひとつ抜き出ている。
首を伸ばす様にして、その横顔を見つめていたところ、お面のお顔が私を見下ろした。
「陽毬さん、左の辻を曲がって少し行くと、ここら辺り一帯のお宮さんがあるんです。そこまで足を伸ばしても?」
声が、ほんの少し弾んでいた。
何やら、足取りまで軽くなったように見える。
「ええもちろん。夢のお告げのとおり、天照様にお参りいたしましょう」
「では、行きましょう。こちらです」
彼は自然に私の手を取ると、どこか浮き浮きとして、先頭を切って歩き出した。
一瞬、指先がこわばったのは、私だけの秘密。
(あら?)
ふと、その指から伝わる鼓動が、二つあるように感じて、私は前を行く背中を見た。
けれど、そこにあるのは、いつもと同じ、広く頼りがいのある背中だけだった。
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