指先で描く恋模様

三神 凜緒

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帰宅 その二

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食欲の秋、読書の秋、笑いの秋…秋には様々な言葉を繋げられるのは何故か…
無粋な雲が風で払われ、秋の澄んだ空気が名月を醸し出し、湖にその姿を揺らす。
それを肴に酒を酌み交わし、これから来る寒気を吹き飛ばすように笑い合う。
萩の餅に手を伸ばし、酒の辛みと甘みを上書きする。人生の苦みと甘みを感じるように。
長き夜の帳に、蝋燭の火をたよりに、一人本の世界に身を置くのは、心が秋風に吹かれ、心細くならないように…もっとも…
ボクの場合は、秋の夕暮れの寒さを、東谷君と漫才で温めるのであるが! (*^^*)


『皆さん、どうもどうも~漫才師のエイヤでございます~』
『どうどうどう…先程まで動画サイトを見ながら惰眠を貪っていたアインでございます』
『って、何じゃその挨拶はっ!』
『何を怒っとりますの、エイヤさん?』
『当たり前やろっ!? 本番前なんだから、もっと気持ちを作ってビシッっとせなアカンやろっ!』
『今時それで笑いなんて取れまっかいな! アッシはま・じ・め・に! 動画を視聴してくださってる皆様と心を一つにする為に! あえて! あえて、今の皆さまと同じように動画に噛り付いて観とったんや! 寝てるエイヤさんの隣で…』
『えええっ!! そんなまさか…ある訳ないやろ!!』
『何を格好つけとるんや? バラさんでも、皆知っとる! エイヤさんの頭の後ろに寝癖がしっかり残ってるわい!』
『うそっ!! ちゃんと本番前に梳かしたのに…』
『はい、今のはウソです~~♪』
バシッ!
『ええ加減にせえよ!!』
バシッ
『無駄に格好つけようとするエイヤさんが悪いんやろ? はっはっはっは』


――――
――――――――
「この二人、新人さんかな? 掴み部分にかなり力を入れてるね? !(^^)!」
身を乗り出しながら、こちらの肩をバシバシと叩きながら喜んでいる凛香。
初めて見る二人だが、動画配信ならではの掴み方を感じる…ちょっと新鮮~
「どっちがボケかツッコミか分からない所に、次の展開の予想がしにくいドキドキタイプじゃないのかな? (‘ω’)ノ」
ボケとツッコミの役割を決めるのではなく、話の流れでその役割をコロコロと切り替えるタイプの二人のようだ…
「ネタに入る時は、どんな動画を観ていたかに繋げて、掴みから自然な流れになってるね~( ゚Д゚)」
名前は何かいい加減な、掛け声みたいな名前だけど、そこに独自性を出してるのかな?
それとも、単純に勢いで決めたのかな? ( 一一)~? 謎だ~
「うんうん、掴み部分とネタの境目が分からない感じが引き込まれるね~(*^-^*)」


夕飯までの一時間、ボクと妹の凛香はパソコンの前で並んで噛り付き、動画を視聴していた。
これの売りはなんと言ってもリアルタイムで、視聴者のコメントが二人の後ろの大画面に流れる事だろう~。どれだけコメントが溢れても文字で画面が埋まるのではなく、ネタに入りながらも、コメントに反応してネタを即興で変える。
視聴者のコメントは主に、ツッコミや合いの手に限定されているという徹底っぷり…
かなり難易度の高い漫才をしている…ほんとよくやるよね…

「即興ネタのコツって何だろうね?」

漫才を観ているとは思えない真面目な顔で、凛香は訊ねてきた。
この子、漫才はすごく好きなのだが爆笑した後はいつも真面目な顔になっていた。
『自分ならこうするかな?』 とか 『自分ならもっとこう~』 などとよく呟いている。

「…恐らく、楽しむ事だと思うなあ~」
「楽しむ事?」
「人間緊張していたり、辛かったら頭の回転が悪くなるからね~。でも、ドキドキワクワクしていれば、色んな発想が出てくるんだよ?」

あくまで東谷君の前にいた自分を考えての実体験である…!
――――とは恥ずかしくて妹には言えない…!!( ;∀;)
目線を外し、窓の外を見ればそこには綺麗な月が…ああ、雲一つないな~
ボクの気持ちもこれぐらいスッキリしているのに、彼の前に立つとすぐに曇っちゃう…

「どうすれば楽しくなるのかな?」
「またまた難しい事を…そうねえ~これはとある小説書いてる人の話では…」
「うんうん」

月の本来の大きさは地球の六分の一だという、だが、ここからなら指先一つで隠せる。
人の気持ちも同じなのかな? 近くになればなるほど、簡単に隠せない大きさになる。
いつか東谷君に近づけば、自然とバレるのかな? そうなってくれたら…嬉しい?

「う~ん 他人にウケようだなんて思わない事かな? (‘ω’)ノ」
「ええ! そうなの??」
「つまりは~~」
『二人とも~~~ゴハンよ~~~~』

続きを言おうとしたら、下から母の声が響く。ああ…動画を観てる間にもう一時間も経っちゃったんだ…と時間の流れの早さにびっくりする…
今日はどんなご飯が待っているのかな~♪ 母は料理は上手だが時々手抜きをしてくれるから、結構毎回ドキドキだったりする~
そもそも、毎回手の込んだ料理だと、疲れないか心配だから、今ぐらいで丁度良いかなって思う…今度、料理を教えて貰って、東谷君に食べて貰おうかな? そんな機会があれば~だけど…ね♪(*’▽’)

「「は~~~~い」」

二人で笑みを交わしながら、凛香に先に行かせながら、PCの電撃を切り、グッっと背伸びを一つ。ああ…ずっとこのままの時間が続くのかな? もっと東谷君に近づきたい…
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