指先で描く恋模様

三神 凜緒

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生徒の一日 その夜

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いつだって指先に宿るのは強い意志。夢にも恋にも、相手に届かせた時、触れる温もりが心を満たす。
そっと描くは、秋に吐く吐息。やがて来る冬に向けて、徐々に色を帯びさせて…何度霧散しても、途切れる事なく吐き続ける。
人は人に、猫は猫に、秋山の紅葉のように頬を染め、豊穣の海を駆けるように、はやる気持ちのままステップを一つ、二つ…リズムよく刻む。

「東谷君…喜んでくれるかな~? ふふふ……」

アスファルトに灯る黄色い街灯の明かり。夜道を歩き慣れてない者には眩しく、そして儚く映る。
その光に一瞬だけホっとした時…明かりが明滅した時、一瞬言葉に詰まる。
まるで幻影を追いかけるように光に指を伸ばす。その手は空を切り、たたらを踏む。

「ふうぅ……うううぅ…何をやってるんだろう…ボク……」

明滅しただけで、変わらず夜道を照らす。その様子にほっと一息…
東谷君は部活が遅くなってる時こんな夜道を、ずっと歩いているんだよね…きっと。
彼の家はすぐ近く…だから、一緒に行こうか? と言ってくれた美桜たちを置いて、スープの入った魔法瓶を胸に抱きながら、彼の家の前に……
彼の家はどこにでもある新築の小さな家。灰色の壁に茶色の屋根。そして、赤と黒のレンガの塀が、暗い中でもその家を守ってるように見える…そんな感じがある。

「す~~はあ~~すぅ~~はあ~~よっしっ! いくぞっ!!」
「どこにいくんだ? 一体……」
「うわたっ…!! そっ…その声は…東谷君!?」 

てっきり家の中にいるかと思ったら…丁度学校帰りだったみたい~
肩にパンパンに詰まった学生カバンに、ユニフォームを入れたカバン…それにビニール袋? このロゴは…薬局のモノかな? もしかして……

「どこか、部活で怪我でもしたの?」
「いや…そうじゃないんだけどね…あははは……」

何かを隠しているよな…変な笑い声。ボクがビニール袋に注目しているのに気付いたのか、そっと袋を背中に隠そうとする。

「うん? 何で薬を隠してるの?」
「おい…こら…見るなよ~~」
「見せてよ~~~♪ どれどれ……あれ…胃腸薬?」

何故にこんなものが…ここに? 東谷君が胃腸弱いなんて話一度も聞いた事なんだけどな~あれ…あれあれ? そういえば…東谷君…午後から何か調子悪いな~って見てて思った。
最初はその…保健室の出来事で気まずくて、恥ずかしがってるだけなのかなって思ったんだけど…もしかして…

「そういえばだけど…授業で作ったスープ…気づいたら無くなっていて、二人が捨てたのかな~って思っていたんだけど……あれ…飲んだの?」
「えっ…っと…その…なっ…なんの事かな? あはははっ…」
「東谷君~~~(*^-^*)」

辛すぎてるもの食べて胃痛でも起こしたのかな? ボクもさすがにあれは食べないでイイよって彼に言ったんだけど~ そっか、そっか~♪

「あれ…ボクが一瞬で卒倒するぐらい辛かったのに……食べてくれたんだ~♪」
「何を言ってるんだ~? お前は~~! もう~~むぅ…」

慌てたのを隠すように、ちょっとだけ恥ずかしそうに怒った姿。ちっとも怖くないその表情にドキドキする。
結局食べたか、食べてないか、教えてくれなかったけど…きっとそれでいい…
彼が大事にしているモノはきっと、女性には分からないけど、大事な見栄? なんだろうな~って分かるから…ボクの中にある男性としての気持ちが理解してる。
そんな気持ちでニヤニヤしながら見ていると…東谷君もこちらの持ち物に気づいたみたい。
何かを察したような、困った顔で後ろ頭をポリポリと掻きながら…

「樹こそ…その魔法瓶はどうしたんだ? もしかして…また作ったのか」
「えっと…その…も―――」

『もしかして、迷惑だったかな?』 という言葉をぐっと堪えて、深呼吸を一つ。
――――魔法瓶を握る指先が緊張で震える…彼に不審に思われない内に息を整えてから…

「うん…東谷君……これ……食べてくれるかな? 今回はその……唐辛子も入れなかったし、美味しく出来たと思うんだ…だからね…あの…」

どうしてなんだろう? 今朝は簡単に料理食べてねと言えたのに…今は言うのが躊躇われる。工藤先生に負けたくない…って思いでここまで来たけど…どう考えても、好意の押し売りで劇物をまた食べさせてるだけに見えちゃう…でも…食べて欲しい…!

「そうか~また作ったのか~嬉しいな~ふふふ…」
「ほっ…ほんとぅ!?」

絶対に嫌がられる…例え飲んでくれたとしてもきっと同情からだよね~東谷君優しいし、きっと飲んでくれるかな~って期待はあるけど…出来れば喜んで欲しい…! とか我が儘な事を考えていたら…アッサリと…それも心底嬉しそうに笑ってるっ!?

「どっ…どうして?」
「う~ん、料理ってさ、俺も何回か作った事あるけど、とにかく手間暇がかかって大変だったんだよ。だけど、樹のスープには凄い手間暇をかけて作ってるが分かって。
味は確かにイイ事に越した事はないけど…その手間の量を考えると、純粋に嬉しかったんだよな…それじゃ…変かな?」
「と……東谷く~~~ん♪」

あうあうあうぅ…確かに必死に時間をかけて包丁握って細かく刻んだり、味付けも途中は葵の言う通り必死に細かく調整していたけど…そんなところもちゃんと理解してくれるなんて…何か…すごく嬉しい…♪

「その魔法瓶…貰っていいのか?」
「うんっ♪ どうぞ~~~~(*^-^*)」

先程までの落ち込み具合がウソのように、ニヤつく口元を緩めないように引き締めながら、ルンルンとスキップしながら魔法瓶を手渡す。
魔法瓶はほんのりと熱く、持っていると湯たんぽのように暖かい。まるでボクの気持ちそのもの…なんて…恥ずかしくて言えない…
しっかりと彼の手に握らせると、近付く彼の顔…その眼差しを間近で見ると…ちょっとだけ頬を染める…

「そっ……それじゃあねっ!」
「あっ…おいっ!」

これ以上一緒にいたら、きっとだらしない顔を見せてしまう…
恥ずかしくて、それじゃ普通の友達じゃないよね…と、彼が制止するのも聞かず、家まで全速力で走りだす。
自宅の扉に着くのもすぐだった…ただ、運動不足の身体が大量の酸素を求めている。
走りすぎたからか…身体が…鼓動が…落ち着いてくれない…どうしてなんだろう?

「もう~~ボクの馬鹿ッ! あれじゃ東谷君に変に思われるじゃないっ!」

振り向けば彼は…追ってはこなかったみたい…ちょっと寂しいような…ホっとしたような…うううぅ…いつになったらボク…東谷君と正面から向かい会えるのかな?
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