指先で描く恋模様

三神 凜緒

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生徒の一日 その3 

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いつもと変わらない午後、いつもと変わらない通学路。思えばここを一人で歩いた事は殆どないような気がする。
きっとそれはとても幸福であり、奇跡なんだと思う。
その奇跡はいつも傍らで微笑んでいて、ボクをドキドキさせてくれる…
スニーカーがアスファルトを軽く蹴り上げる音。揺れる重たげなバックの軋む音。
夕焼けが赤く通学路を染め上げて、彼の顔に深い陰影を浮かばせて、その表情が読み取れない。
きっと、その顔は笑ってくれているんじゃないかなって、いつも勝手に思ってる…
彼から他者の悪口や、恨み言を聞いた事がない。 彼曰く…

「陰口は卑怯者のする事だ。陰口じゃ相手に相手には言い返す機会がないのだから… 相手に文句があるなら直接言うべきだろう?」

ただ優しいだけじゃない。厳しさも持っている。そんな裏表のない人だからこそ、ボクは安心して傍にいられるんだろうな~って、思う。

「おい…樹ちゃんよ~? 何を現実逃避してるねん?」

人がせっかく幸せな回想に浸ったいたのに~ 隣を歩いている美桜に水を差される…

「ちょっとぐらいイイじゃない~( ;∀;) 調理実習とか保健室のドタバタとか……ボクもう死んじゃいたいぐらい恥ずかしいんだから~~~」
「自爆しただけでしょうが! まあ…そんな事も今日までよ…!」
「うううぅ…分かってるよ~特訓するんでしょ?」

今日は東谷君が部活が遅いらしい。普段ならボクはそれでも待っているんだけど…今会うのはちょっと恥ずかしいのと、葵から料理特訓するぞっ! と誘われた事もあって、普段よりも早く帰る事になった…

「陽が沈むのが随分早くなったよね~最近…」
「もう秋も深まってるからね~ ほら…スーパーで買い物して、さっさと樹の家にいくわよ?」
「は~~~い」


――――
「ただいま~~お母さん~美桜たちも来たよ~♪」
「おかえりなさい~」
「おじゃまします~♪」

帰宅すれば母の声が出迎えてくる。一応携帯で友達を連れてくるのを教えていたので、ごく自然と、二人も慣れた様子だ。玄関で靴を脱ぎ、脇に寄せて揃えている。

「二人とも~厨房はこっちだよ~」

居間に着くと、母は闇夜に枝に留まるフクロウの1000のジグソーパズルをしていた。
どうもどのピースも真っ黒で判別がかなりしにくいようだね…
『どのピースかしら?』 とのんびりと首を傾げながら、一つずつはめ込み外すという、行為を繰り返していた。

「お母さん…いつの間に買ったの?」
「今日よ~ちょっと頭の体操にイイと思ってね~♪ 二人ともいらっしゃい~ ゆっくりしていってね~♪」

母の服装も普段のまま、ゆったりとしたシャツに自作の紫色のスカートを着ている。
他所行きの服装じゃないから高い物じゃないけど、綺麗な雰囲気を醸しだしている。

「相変わらずマイペースなお母さんだね~って…葵どうしたの?」
「いや…家は両親とも共働きだからね~ こうして出迎えられる事がないから、ちょっと新鮮でね…」
「ああ…そういえば…そうだったね~」

今のご時世ではさほど珍しくもない共働きの家。家は裕福ではないけど、父親一人で生活していけるぐらいの稼ぎを持っている。
その分、母親は家事全般を仕切っているんだよね~。今は何かジグソーパズルをしながら絹抜けたような声で唸ってるけど、普段はもっと…こう…立派なんだよ…うん…

「そういえば…凛香は帰ってきてる?」
「今日は友達の家で遊んでるみたいだよ?」
「そっか~珍しいね」

三人が集まれがギリギリの容量になる台所の面積。そこに買い込んだ食材を持ち込み、野菜、果物、それに豚肉と鶏肉。値段はどれも安いけど、葵がスーパーで全て目利きしたモノばかりだ…

「葵って野菜ソムリエとか出来そうだよね?」
「そこまでの実力はないわよ~それよりも…イイ? まずは野菜とお肉を切るんだけど~注意点その一! 「野菜とお肉は別の包丁、生板を使うべしっ!」

「そうなの?」
「当たり前でしょう? お肉が生で食べれないのはそこに寄生虫があるからよ? それをお肉切った包丁で野菜を切ったら…寄生虫が移るわよ?」
「ぐへぇ…それは勘弁…」

寄生虫入りのサラダを連想して、美桜が舌を出しながら呻く。ボクもちょっと思ったけど…想像したらダメだね…これは…(;^ω^)
確かに思い出せば、母はいくつかの包丁とまな板を使い分けていたような気がする。

「おばさん~~、野菜用と生肉用の生板と包丁はどれですか~?」
「それなら、これとこれ…かな?」
「ありがとうございます」
「ううん~♪ 葵ちゃん、樹の事よろしくね~」

ああっ…思えば料理なんて普通は親から教わったりするのかな?
普段母はボクには何も教えない…と云うよりも、求めなければ教えないのかな? 
どんな習い事も、本人のやる気が無かったら意味がないからとかぼやいていた気がする。

「ボクに料理なんて…自信ないな~~」

ただ~今のボクにやる気が満ち満ちているかと言われれば…! 人生で初めての気合の入った料理でズっこけで、かなり意気消沈していたりする…
大きくため息を零しながら、それでも頑張ってくれている二人の為にも頑張ろうと、包丁を手に取ろうとしたら、葵から怒りのオーラが…!?

「こら~~~!! 何を甘っちょろい事を言っとる!? あんた…東谷君取られてもイイの!!」
「はいっ…!! それは困ります!! 頑張りたいと思いますっ!!」
「こりは…まるで鬼軍曹のようだわ…これ…あははは…」

ボクそこまで怒られるような事をしましたか!? と、尋ねられるような雰囲気でもなく、包丁を手に取ると、改めて気合を入れる。
そして、野菜に向かって手を伸ばそうとしたんだけど…そういえば…?

「そもそも何を作るんですか?」
「まずはトラウマを払拭するのが先ね。中華スープを作るわよ!」
「は~~い」

その後の調理工程は午前の実習と同じだが、追加要素として鶏の胸肉をタマネギで浸したモノも中に入れている。胸肉なんてパサパサしてて食べにくいとは思ったんだけど、筋肉に良いというので採用してみた!
そして、もう一つの変更点は美桜からの要望だった…

「今回の味付けだけどさ…唐辛子はナシでお願いしていい?」
「どうして? 美桜って…辛いの苦手だっけ?」
「いや…アタイは良いんだけどさ…これ家に持って帰って弟にも食べて欲しいから…辛いのはまずいのよ…」
「あれ? 弟君は…辛いの苦手だっけ?」
「苦手というか…食べれないのよ…アトピーだから…」
「アトピーの子って辛いの食べれないの?」
「食べれないというか…あれって内臓疾患が原因らしくてね。甘すぎる物、添加物、辛すぎる物、脂っこい物、そういう胃腸に負担を掛ける食べ物は厳禁なのよ…」
「それってつまり…」

現代で食えるものが殆どないんじゃないかな? だって、添加物の入ってない調理済み料理は存在しないし、ケーキとかポテトチップスとか嗜好品も大体アウト…(-_-;)
もしかしなくても、アトピーの人ってすごく生きるのが大変なんじゃないだろうか?

「まあ母さんは弟の世話をしている間に、アトピー専門の衣類店なんていうモノを思いついて成功しているんだから…人生どうなるか分からないわよね~ほんと…」
「売れているの? その店…」

アトピーの薬品なら聞いた事あるけど、衣類店というのは初耳…どんなモノを売っているか料理しながら聞いてみたら…

「一番売れてるのは首元を圧迫しないTシャツとかかな? アトピー患者が最初にひどくなるのが大抵首や脇などの汗を掻く場所からだから、そこが擦れなずに汗ばむ事がないような形状がイイみたい。
あと赤ん坊の肌着のように、縫い目を表にして、肌に直接擦れないようにしてるのがイイ。その表に出ている縫い目もちょっとオシャレにしてる奴とかも高いけど売れる。
使ってる素材はシルクとか熱を取る素材だと高いけど売れるね~。他にはよく引っ掻いて血が付くから、汚れが取れやすい素材とかも売れるよ~」

――――長々と、美桜から語られるアトピーのうんちく…それだけ弟君が大変なんだろうけど…こうして見ると、美桜って弟想いのお姉ちゃんなのかもね~♪

「そうなると~猶更気合を入れて作る必要があるわね! みんなでがんばろう~!」
「おお~~~!」

その後完成した料理は…正直、すごく美味しい訳じゃないけど、ボクと美桜、二人が精いっぱいの努力をして出来たモノだった。
不揃いの形に切られた野菜、熱を通したら小さくなるのを忘れて、小さくなりすぎた肉の塊に、ちょっとだけ甘いみりんの風味を感じる。
最後に風味付けしたゴマ油が少なかったのか、ちょっと物足りないけど、これも美桜の弟君の為…きっとこれがベストなんだろう…!

「それじゃ、ちょっとばかし…東谷君に連絡して、彼の家でリベンジして参ります!」
「うむぅ! 行くのだ、樹訓練兵!」
「ラジャー!」
「美桜って厳しくなるとこうなるのね~メモメモ…」
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