指先で描く恋模様

三神 凜緒

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女性たちの戦い

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紅葉というのは、人に哀愁と冬の気配を感じさせる。赤くなる頬を温めようと掌に白い息を吹きかけ、顔を覆う。視界は赤い手袋の色に染まり、その小さなぬくもりにホッと一息を吐いているのを感じる。
秋の寒さに、自分がどこか知らない場所で一人きりのような錯覚を覚え、小さく震えていると、そっと頭に感じる誰かの手のぬくもりを覚えた。
その手の持ち主の顔を見返す勇気がなく、手で覆ったままの顔を伏せ、更に赤くなった頬を隠す…

「山の天気は変わりやすいって言うけど…お昼になるとちょっと雲が増えてきたかな?」
「そうだな…樹。それで……歌は出来たのか?」
「うううっ…まだ全然~~~(*_*;)」

いや、実は何個か作成はしてるんだけど、さっきの工藤先生の歌を見て…もうちょっと…改善せねばならぬと感じたのだ! 理由は言えぬが…感じたのだ‼

「気づいたら何か、喫茶店や休憩所で休んでる生徒がちらほらといる~」
「そりゃ、運動部の学校だからな~そこまで真剣ではないだろう」

山の中を自由に散策する…とは言っても、それも数時間もすればいくつかのグループに変わる。
歩き回る事を止めて、何となくの歌を作成し空いた時間でスマホを弄るグループに、歌を考えながらストレッチやらジョギングする運動部、真剣に考えながら、自然を眺め思考に耽る少数の運動部の生徒たち。
何時まで経っても、完成せずに諦めて休憩所で座り込みながら駄弁ってる生徒も混じってるかな?

「ここって…山の中でも色々な設備もあるけど~皆独自に休憩所を見つけてる…」
「それもあるが、きっと今回の企画で一番のプレッシャーなのは先生達なんだろうな~その証拠に休憩してる先生は一人もいない」
「そういえばそうだね…? 何でだろう……」
「そりゃ~下手な歌を作ると、生徒たちにバカにされるからだろう…その点、工藤先生は安定してるけどな」
「ああっ~確かに…体育担当の先生でも下手だったら、バカにされそう…」

いやな話だな~とは思うけど、人生経験がボク達より豊富なのだから~って思われそう…
その辺り、あの校長先生はどうフォローしてるのか気になるけど…もうお昼なのか~
お昼という事は…ご飯の時間か~~~あれ? 何かすごく大事な事を忘れてるような…

「そういえば、樹は何かご飯を作ってきたんだよな? どんなのを作ってくれたんだ」
「嗚呼っ!! そうだった…」

凄く大事な物をずっと肩のバックに入っているのを忘れていた…
これが実は、昨日から材料を切って用意していて、今朝方…が調理を…したピリ辛のスープと、炭水化物も必要だろうと手軽に食べれるサンドイッチも入れてあったんだ。

「えっと…どこか食べれる場所はあるかな……?」
「それなら、この休憩所の向こうに人気の少ない小さな小屋があるらしいぞ? 何でも野鳥を観察する為のエサ箱もあるから、鳥を観察しながら食べれるとか…?」
「すごいね…何かすごく楽しみ~♪」
「いや~~そうなるかな……?」

そんな夢みたいな展開あるの?って感じで目をキラキラさせていたら、東谷君は何かすごく渋~い顔で、口元を引き攣らせていた。

「どうしたの?」
「俺の家でさ、最近町内の雀の数が少ないと思って、エサをやり始めたのさ。すると三日もすれば集まる集まる…大体一週間もすれば70羽はいたかな~?」
「それって~~町内中のスズメが来ていない?」
「多分な~それはそれで有り難かったのだが…問題はもっと別にあってな…」
「………? 糞でも沢山落ちてたの?」
「いや…それも良いんだが、大量の雀がエサ箱に首を突っ込むんで、そのさまがまるで佃煮の様だったな~って…家の母が言ってたわ」
「ぶはっ!?」

野鳥観察と言うと、もっとファンシーというか、美しい物が観れるって思うんだけど、現実は違うのかな~?
などと言いながら、他の皆が休憩している小屋を通り過ぎ、小さな小道に入り。しばらく歩いていると、四方をガラスに覆われた華奢だけど、小奇麗な小屋が森の奥にあった。
動物観察小屋ってもっと汚いイメージがあったんだけど、ここだけは妙に掃除が行き届いていて、周りに落ち葉も少なく、まるで新築のような雰囲気だ。

「もっと鳥の糞とかで汚れてると思ったんだが…誰かが掃除しているのか?」
「ああ…それはここの修行僧の人たちね。精神鍛錬の一環で他の施設もお坊さん達が掃除しているみたいよ?」
「へえ~そうなんですか~へえ~~………」

軽く聞き慣れた声が後ろから聞こえる…気配も足音もなく近づいたその声の持ち主の顔を確認するよりも前に、一瞬思考が停止してるのを感じた。
何かが可笑しい…可笑しいとは思うんだけど、その可笑しい部分が分からない。
もしかして、何か夢でも見ているのだろうか? と感じる程だ。ただ一瞬、さっき工藤先生が東谷君に何か耳打ちしていたな~とか思い出すんだけど、それがどう繋がるのか…

「工藤先生~、やっぱり先生もここに来たんですね。お昼を食べる良い場所を教えて頂きありがとうございます♪」
「イイのイイの~♪ ここは普段誰も来ないらしいんだけど、一人じゃ寂しくてね~良かったら三人でどうかなって~うふふ…あら…? 樹さんは…何で固まってるのかしら?」
「さあ……どうしてでしょうか…あははは……」

何でここに彼女がいるんだ…! いや、東谷君の性格からいって、彼女の親切心?を無下に出来る性格じゃないってのは想像できるけど…出来るけど!!
――――出来れば、ボクだけを優先して欲しかった!!

「ここを紹介してくれたのは、工藤先生だったんですね~、何か向こうでは鳥の鳴き声も聴こえますし、すごく素敵な場所ですね~」
「やや棒読み加減になって、目が死んでるわね……大丈夫?」
「そうですね…大丈夫か?」
「うん~大丈夫…大丈夫…(きっと工藤先生は、仲の良い生徒にお気に入りの場所を教えてるだけだ…と念じる)」

引き攣った笑みを浮かべながら、それでも内心がバレないように足取り軽く小屋へ足を向ける。バレたらきっと、女として負けな気がする!

小屋の中に入ると、2組の薄い木のテーブルに、背もたれのあるイスが四つずつ置かれており、自販機は…ホットのコーヒーやお茶をメインにしたラインナップが並び、さすがに暖房まではないこの小屋にはありがたく感じる。
どこから電気が通ってるんだろ? 自販機の他には何故か、公衆電話もあるし、管理に手抜きを感じない…

「先生お弁当を作ったんだけど~二人とも食べるかな~って多めに作っちゃったんだ~♪ ふふふ~」
「そうなんですか~へえ~~」

やっぱり先生もお弁当持参しているのか! 目的はあれか…東谷君の胃袋を掴む為か!
やはり男を落とす場合はまずは胃袋からか…皆同じ事を考えているのか…!
あれ…? でも可笑しいな~ さっき先生は東谷君にじゃなくて、二人にって言わなかったか!?

「あの…もしかして、ボクの分もあるんですか?」
「そう言わなかった?」
「そうなんですか? 一体どんな料理を作ったんですか?」
「かやくゴハンを使ったおにぎりよ? 手軽にゴハンとおかずを一緒に食べれるから」
「お弁当にかやくゴハン? 夏場だと腐りそうだけど、秋なら丁度良いのかな?」
「この季節なら何でも腐るまでは時間がかかるよ」

三人でテーブルを囲い、ボクはサンドイッチとスープの入った魔法瓶を。先生はアルミホイルにくるんだおにぎりを数個出してきた。
サンドイッチも

「美味しそうですね~♪ キノコにニンジンにレンコンに、鳥肉に…色々と混ざっているんですね」
「そうなのよ~特にニンジンやレンコンは免疫上げるって言うし、寒い季節には丁度良いかなって~」

ボクの持ってるお弁当は二人分だったんだけど、これからサンドイッチもスープも三人で分けれるかも知れない…ちょっとシチュエーションは頂けないが…! 致し方ない!
本当はスープを先に出して、口に水気を含ませるのが良いらしいけど、まずは敵の戦力分析を優先したく、先生のおにぎりを一つ掴み、ちゃんと「いただきます」をしてから、一口。

「美味しい…!! うおぉぉ…!!」

かやくゴハンの最大のメリットは肉と野菜の旨味が一つになり、最大級の味へと進化することだ! だがこれは熱の通りにくいレンコンなどから全部、しっかりと熱を通しており、山道で疲れてる人間の為に味は薄めで、食べやすい! 水筒の水を消費せずとも、しっかりと食べきる事が出来る…! 冷たくても美味しいままの家庭の味をしっかりと出してきている! これは…これは…強敵だ~~~!!

「それで八合ほど炊いて作ったんだけど~食べれる?」
「…………」
「…………」

一合って確か…二膳位じゃなかったかな? まあ、東谷君はこれでもサッカー部員。普通の人よりも基礎代謝が多く、食べる量も多いからな~って…うん?
――――――――
――――
これはボケか…盛大なボケなのか…? 漫才師みたいに突っ込んでいけば良いのか?
夢か幻か、工藤先生のリュックの紐をほどけば中に、銀色の丸い物体が大量に見えるんだけど……
――――アレハナンダロウナ~~コレヲサンニンデ、ショウカスルノカナ?

「えっと~それは…他のクラスメイトにも配るんですか?」
「ううん~? 私の両親ならこれぐらい食べるんだけど…もしかして足りなかった? やっぱり二人とも若いから、もっと欲しいわよね~御免なさい~」
「アッ…コレハマジナパターン…ダ…」

そう言いながら乾いた笑みを浮かべつつも、目の前の状況は変わらず、沢山の美味しそうな香りがする銀の包みが山と積まれ、目の前には悪意も罪の意識もない、女神のようなにこやかな顔をしている工藤先生…
どうすればイイか、隣を見れば、東谷君は視線をあちこちへ飛ばし、逸らすべき話題を探しているようだった! さすがの東谷君もこの量は無理なのか!?

「山鳥ってあまり詳しくないんだけど…! ほら…何か向こうに……」
「餌場の粟やきびがなくなってるのかな~皆いなくなってるね…」
「いや、確かにそうかもしれませんが…もしかしたら一匹くらい!」
「…………無情だ」

もちろん、そんな事がある筈もなく、鳥の影一つ見えない…
思わず視線を逸らし、いっその事、トラブルでも起こって、お昼処じゃなくなれば…とも考えてしまう…んだけど、あの笑顔を前に食べ始めから、食えないとは言えない…
大ボケかまして、洗剤で米を洗ったとかしてくれたら、食べない理由が出来るという物を…味も栄養も、文句なくパーフェクトな分、始末に負えない!

「え~っと…ああ! そうだ…! ボクが作ったスープとサンドイッチも食べてください! 結構自信作なんですよ!?」
「あら、御免なさい~ 手料理を食べて貰えるなんて中々ないから、つい興奮しちゃって~♪」
「いえいえ~あははは……」

すっかり大量のご飯でインパクトを持っていかれてた! そうだ…元々これを二人分作ってあったのだ! 味付けも完璧な筈…ちゃんと味見しながらやっていたもの!
期待半分、不安半分。母が言っていたが、料理中は緊張していて、味覚が鈍るとか言ってた。
それを踏まえながら、少し味が薄くても大丈夫とか思いながら、味付けするんだけど、それでも薄すぎないかと不安になってしまう。

「(最初はやっぱり、東谷君から食べて欲しい…かなあ?)」
「何か言ったか?」
「ううん~何でもないよっ!」

蓋をあけて、中身を持ってきた紙カップに注ぐと、魔法瓶の中身は数時間経ってもアツアツのまま少しだけ冷めた温度、食べごろの温度になっている。
両手でその熱さを感じながら、秋風に思った以上に手がかじかんでいるのを覚える。

「はいっ…えっと…まずは先生からどうぞ!」
「あら? 私からいいの…」
「はい~、やっぱりこういうのは年長者から配るモノだって、お母さんが言っていました」
「そうなの? 悪いわね。それじゃ~~いただきます♪」

ちょっとは躊躇するかなと思ったんだけど、思ったよりも気楽な様子でカップを両手で包みながら、音も立てずに静かに啜り上げ…目を閉じてじっくりと味わう。
その時丁度、虹色の蝶の彫刻を施された指輪を右手の人差し指に付けているのに気づく…

「凄いわね。これ前の調理実習の奴とは少し違う具の内容ね?」
「はいっ…! やっぱり秋だからキノコ汁が良いんじゃないかって、マイタケとエリンギなどをベースに、ソーセージや鶏肉などの動物性タンパク質も入れて、深みも持たせました!」
「そうなのよね~植物だけだと、味わいがなくて、逆もしかり…だから、お肉とかも入れたくなるんだけど、ベジタリアンな人には大豆で作った油揚げとか、豆腐とか入れる苦労がね~~寒い今の状態にはピッタリよね♪」
「はい…確かに母も同じような事を言っていました…工藤先生もかなり料理をなさるんですね?」

凄いな~やっぱりこの人は…かなり家庭的な人だ…作る量は膨大だけど! 何かこうしてると、友達同士で料理談議してる気分だ。
ただ~可笑しいな? 工藤先生からはボクが料理をする事自体をすごく意外そうな? 珍しい物を見るような目で見ている…気がする。

「東谷君も食べて、食べて? 凄く美味しく出来てるから!!」
「そうだな…えっと、確かピリ辛にしているんだよな?」
「そうそうっ!!」
「えっ?……ピリ辛……?」

工藤先生が飲んで美味しいって言ってるんだし、きっと美味しいよね…きっと…!!

「東谷君、ちょっと待っ――」
「それじゃ、いただきます~ん…うん? …………ウウウッ!? カラ…!?」
「あっ…やっぱり?」
「―――いけど、美味しい? 何だこれは……」
「そんなに辛かったの? おかしいな~あれ?」

顔も辛さのせいか赤くなり、舌もヒリヒリしているようだけど、前回にはなかった野菜や肉のうまみを感じ、ビックリしている表情。
それに比べて、平気な顔で美味しそうにスープを啜っている工藤先生が化け物?に見える。

「確かに辛いけど、これなら許容範囲だよ。美味しい、美味しい♪」

何か褒められてるんだけど、何か消化出来ない不満も残る…。首を傾げる状態。
一体何があったのか…ちょっと過去を回想してみよう…


(注)『…』や『♪』に何故か変換されるようになって、理由が分からず表記が安定しませんが、ご了承ください。




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