指先で描く恋模様

三神 凜緒

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第二章

先輩を思ふ秋の午後

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夏のような日差しを浴びる教室、雲一つない空で容赦なく頭上を温めていく。
周りを見回せば、グラウンドから帰って来たばかりの男子生徒たちが、机に座り、友達とお喋りしてるのを横目に、ため息を一つ…

「ふふふ……アタイたちから隠れる事もなかったのにな~恥ずかしがり屋なのかな?」

アタイ自身はきっと、自分の事をそんなに好きじゃないんだって思う。
名前の事はきっとただの切っ掛け。工藤先生みたいな色気がある訳じゃないし、樹みたいに自分を変えようと努力してる訳じゃないし、葵みたいに自立してる訳じゃない。

「なんだよ~もう授業なのか~この学校昼休み短くないか~?」
「ホントホント~」

眼を閉じながら、チャイムの鳴る音をペンを回しながら聞いていると、ガラガラと教室の扉が開く音が室内に響き渡る。「席に着け」と皺を寄せたようなしゃがれた声が続くと、生徒たちが一斉に席に着く。まるでよく躾けられた犬のように…(;^ω^)なんてね
普段なら気にもしないような事を気にしながら、思い浮かぶのは氷雨先輩の事。
頭の中では、先ほど甘えてきた猫ちゃんに餌付けをしてる姿を思い浮べてしまう……

「なあに、にやついての~?」
「うんにゃああ!! なな…なんでもないよ~」

いきなり前に座っていた葵に振り向かれて、小さく叫び声をあげてしまう。葵の少し穏やかな、それでいて落ち着いた声色が逆に自分の浮かれ具合が恥ずかしい。
ただ、先輩はもしかしたら猫が好きなんじゃないかなって、これを知ってるのは自分だけかな?ってだけで…どうしてニマニマしちゃうのかな~!! もう~~~!!
まるで小学生みたいにキャキャしてる自分が、まるで小学生みたい~~!!
まさか、先輩の秘密が知れて嬉しいとか…そんな理由ではない…きっと…うん…

「すう~はあ~すう~~~はあ~~~ふう~~」

深呼吸を何度も繰り返し、頭から氷雨先輩を追い払いながら、もうすぐ定年退職する早乙女先生の科学の授業に耳を傾ける。
うん……おじいちゃんの声を聴くと、ドキドキした感情もどんどん落ち着いていくよ。

「月弥君? 目を閉じてどうしたのかね? お昼を食べて眠くなったのかな?」
「あうっ! いいえ! 大丈夫です!」

遠くから小さい声で…だが、よく響くしがれた声に背筋がビクっとする。目を開けば、黒板の前で、厚い眼鏡越しに見える小さな目の鋭い眼差しに、こちらの内心を見透かされてるようで、違う意味でドキドキしてしまう…!
今だけは授業に集中しよう~~うん…!! そうしないと、これは精神的に持たない!

「先輩はネコ好きだったりするのかな~? ああでも、先輩がエサは与えるだけで、そこまで猫が好きじゃないとか…そうなると会話の内容を選ばないといけないよね~うん」

攻略対象の趣味趣向は分析し、攻略しなければ恋は実らない…ここは葵の言う通り、一旦冷静になって攻略するべきだ~ウンウン。
改めて、教科書を開き机に立て、先生から表情を隠すようにつっぷりながら……持っていたペンで教科書に先輩の顔を描きながら…再び目を閉じる…

「ぐふふふっ…もしかしたらこれなら行けるんじゃないだろうか~…」
「うん……これは全然大丈夫じゃないね、とろけた顔だわ……はあ~」
「ヤレヤレ…まあ、これも青春だろうし~放っておくか…」
「センセすごい寛容だ~! さすがです~!」

何か雑音が前から聞こえるし、よくわからない事で教室が盛り上がってるんだけど、アタイの興味は他の所に移っていた。
そもそも猫って何が好きで、どうすれば懐かれるんだろう? 勝手な推測だけどもしも先輩が猫と仲良くなる方法を探してるとかだったら、アタイが教えれれば近づくチャンスかな? 

「そうなると~近くにいる猫を飼った事のある人物に色々と教わる必要があるよね~つまり…」

後ろで東谷君のお見舞いの品何が良いかとか、真剣な表情で悩んでる奴に色々と教わる必要があるのか…! 何かニヤついてるかと思えば、急に「工藤先生ならきっと~」とか言いながら、この世の終わりのような表情になったりと…まるで百面相のようだ……
どう見ても、あれはただの変人にしか見えませんな…これは…
ああなったら、もう人として終わりかも知れないな…注意しないと~ウンウン!

…………
…………………
「やれやれ…いきなり人が来るからびっくりした…はあ~何で僕隠れたんだろ…」

揺れる枝に、落ちる木の葉。紅い葉が絨毯のように地面を覆う。皆が皆、チャイムの音に顔を上げ、グラウンドを走り抜ける姿。
僕は普段からあまり運動などはしないんだけど、この木が登りやすい枝の配置で助かった。

野良猫たちにエサやりをしていたら、遠くから見知った後半の姿。反射的に木に登り隠れたのだが…正直何を話してるのあんまり聞こえなかった。
しばらくしてから、彼女たちが立ち去ったのを見送ってから、降りようとしたのだが…中々降りる事が出来ない…いや、物理的に足が届きにくい位置に枝があるのだ。

カァア!! カアアカアアッ!!

さっきから頭の上でカラスの吠える声もするし~ああ~もう~なんでこんな事になった!
とぼいてる間も、時間は無常に過ぎる訳で、気づけば周りに誰もいなくなっていた。
静かな一人きりの世界に、鳴り響くのはカラスの遠吠え?というか、これ威嚇だよね…ずっと周りを旋回してるんだよね。

「はあ~どうするかな…根性だして降りてみるかな……ん?」

諦めて、少しジャンプする感じに飛び降りようと気合いを入れた瞬間であった。背後に何か嫌な気配がすると思った瞬間である…後頭部を強い一撃を襲う。
それが片足を下ろして、飛び降りようとしていた不安定な姿勢の時に直撃したからか、現実感もないまま体が宙に浮き、一瞬の浮遊感の後に、地面に激突した。

「―――アイタッ! ぐうおおっおおぅ!」


地面が落ち葉で埋まっていたから、多少は衝撃を緩和してくれていたのだが、それでもかなり後頭部や、背中に…! 後々冷静になってから原因を探れば、ただ単にカラスにどつかれただけなのだが、その時の自分には考える余裕などなかった。

ジタバタと、しばらく悶絶してたら、何かが俺の鼻を舐めていた。

ニャァァァ~ ニャァァ~

「ああ…お前か…ていうかいつの間に戻って来たんだ?」

僕の事を心配してくれてるのか? という声もかける事出来ずに、声を喉に詰まらせながら…そっと震える手で猫の頭を撫でている。
運動不足なつもりもないのに…こうしてると、筋肉が足りてないのかなと、渇いた笑みが出る。
動くことも出来ずに、見上げれば広がる青い空に、木の葉が風に擦れる音。ものすごく近くでカラスが鳴くような声に…そのカラスを、狙って身を屈めている猫が一匹‥って、おいおい/
……
「お前…猫なのに、カラスでも食うつもりか…そりゃ~子猫の時はカラスに襲われる事もあっただろうが…ああ~どうしようかな…しばらく動けないぞ…」

空を見上げれば青い空が、雲を持ち上げ、引っ張っているかのように伸びきる様子が見える…散り散りになった雲が遥か彼方まで…伸び続けてる様子を目で追っていると…鼻先を枯れ草がくすぐり、思わずくしゃみと共に‥猫がびっくりして離れてしまった。
頭上に鳴り響くチャイムの音…ああ…これは…遅刻確定…そしてお仕置きコースか~

「次の授業は確か…美術の時間だったよな…となると…田中先生か…あのおじいさんなら…きっと優しくしてくれるかな~」

若い頃はかなりのスパルタだったというが…定年間近で…最近性格が丸くなってるとか、他の先生たちが言ってた気がする…うん、きっとそうだ…記憶違いではないはず…
などと悶絶していると…隣にいた猫が…さっきからうるさいカラスに向かって…飛び掛かり……捕まえる事は出来なかったようだが…そのカラスが持っていた何か光る物を地面に落とした…それは鈍く金色に光るもので…

「なんだこれ…随分とボロボロにされているが…ネコの髪留め?」
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