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元夫の苦難2
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レティシアが社交デビューをしても全く会えない。
父上との賭けに勝ち義姉上のアドバイスでレティシアをうちの夜会に招待してもらった。
桃色のドレスに身を包んだレティシアは可愛かった。今回はフラン王国の令嬢の参加が少なく外国人ばかりである。
挨拶回りをおえて、レティシアを探すと外国の令息と笑顔で談笑しながら可憐に踊っている。
フラン王国語以外も話せるのか?
思わず凝視しているといつの間にか父上と踊っていた。父上、いつの間に・・・。父は海の皇国語で話しかけている。父上とのダンスが終わりそうなので、近づいてダンスを申し込むと上品な笑みを浮かべて、差し出す手にそっと小さい手を重ねた。
ゆっくりとした音楽に合わせて、体格差のあるレティシアをそっとリードして踊り出すと一瞬だけ不思議そうな顔をしてすぐにまた上品な笑みを浮かべる。
『ビアードではフラン王国語以外も?』
他国の言語で声をかけると、首を傾げて不思議そうな顔をする。すぐに上品な笑みに戻るけど無邪気な顔が可愛くて、時々他国の言語を交えて言葉を交わした。
ダンスの時間がすぐにおわってしまい、パートナーを代わった。レティシア以外と踊るつもりはないのでダンスフロアから離れると、招待客に声を掛けられるので適当に流して対応しているとレティシアがダンスフロアから離れるのを目に入った。目の前の男を追い払い、レティシアを追いかけてグラスを差し出すと笑みを浮かべて受け取る様子に拒まれないことをほっとする。どんなに言葉を交しても上品な笑みしか浮かべてくれない。
突然、チョコケーキを差し出された。断るのも不自然だったので受け取って口に入れる。食べ終わるとレティシアが幸せそうな可愛らしい顔でお菓子を食べている姿に目を奪われる。小さい口で口に入れ目を閉じて口元が緩んでいる初めて見る姿につられて口元が緩む。
「好きなの?」
「失礼しました」
目を大きく開けて、幸せそうな顔が一瞬で上品な顔に変わる。
「抜け出さないか?」
「いえ、許されません」
どんなに言葉をかけてもレティシアの表情は崩せない。
そういえば彼女は自分をシアと呼んでいた。
「シア」
ふんわりと可愛らしい笑みを浮かべた彼女にさらに目を奪われる。
「やめてください。」
何も感情の籠ってない声に我に返ると笑みが嘘のように無表情だった。
「ごめん。」
「失礼します」
上品な笑みを浮かべた彼女は礼をして立ち去りビアードに抱きついて愛らしい笑顔を浮かべていた。俺が見たかった顔はビアードなら簡単に引き出せるのか・・。
その後はレティシアはビアードの傍を離れず近づけなかった。
俺は嫌われているんだろうか・・・。初めての明らかな拒絶はショックだった。
でも親しくない相手に突然愛称で呼ばれたら嫌か・・。自分の考えに余計に気分が落ち込んでいると
部屋に父上が訪ねてきた。
「ビアード嬢が好きなのか?」
初めて特定の令嬢への好意を聞かれた。
否定しても仕方ないよな。彼女以外に何も思わない。
「はい」
「二人が望むなら反対しない。ビアードには家の利がないからリオ次第だ」
「ありがとうございます」
「アドバイスしようか?」
「母上との馴れ初めは聞き飽きたので結構です」
父上から婚約者に選んでもいいと許可が出た。家として申し込めないけど一歩前進。
それでも気分が晴れない俺は父上の母上と結ばれるまでの長い話に付き合う気分は起きなかった。俺には父上の語る母上の魅力はわからない。せっかく会えたのに気の利いた会話ができなかった。令嬢ってどうやったら親しくなれるんだろうか・・。頼りになる義姉上に手紙を書き、しばらくして叱責に溢れる返事がきた。
***
社交デビューをしてもレティシアとは全然会えない。
彼女の参加する社交は義姉上でさえ読めないらしい。一度だけサイラスの家の夜会に顔を出したそうだが、時々顔を出してもレティシアの姿はない。サイラスの家もビアード公爵家宛に招待状を送るので、誰が参加するかはわからないらしい。そしてサイラスもレティシアの参加する夜会はわからないと言っていた。ビアード領の訓練に顔を出しても、会うことはなく気づくと彼女の学園入学の日を迎えていた。義姉上の生徒会に入れろという助言に従い役員にしたのに距離は全く近づかない。
「ビアード嬢、手伝おうか?」
「お気遣いありがとうございます。私の仕事ですのでお構いなく。失礼しますね。カトリーヌ様!!」
生徒会ではいつもビアードかレート嬢と一緒だった。声を掛けようとするといつの間にか姿が見えなくなることもよくあった。
挨拶するだけでそれ以上の会話はほとんどない。
嫌われているのかと落ち込んでいると、時々、リオと呼ばれて無防備な顔を向けられる。
俺をリオと呼ぶ時の彼女の仕草は可愛くてたまらないのに普段はマール様と呼ばれ、親しみのかけらもない礼儀正しい態度を向けられる。用事を見つけて彼女の教室に通っても全然距離が近づかない。他の生徒会役員には懐いているのに、何が駄目なんだろうか・・・・。家格なのか・・・。生徒会でレティシアがあからさまに距離を置くのは俺とクロード殿下だけだ。敵対派閥の侯爵令嬢にさえ親しみのこもった笑みを向けているのに。
彼女のことが全くわからず、レティシアと親しそうに話すクラスメイトが俺が向けられたい笑顔を独占しているのが妬ましくてたまらなかった。サイラスに宥められて、良い友達を目指すことを決めた。
***
茶会が近づきレティシアはほとんど生徒会に顔を出さない。顔が見たくて、初めて茶会の見学に足を運んだ。
何度かリール嬢との練習の後の虚ろな目のレティシアに会ったがフルートを演奏している姿を見るのは初めてだった。ターナー伯爵家で聴いた音色よりも洗練され、耳心地が良くずっと聴いていても不快にならない音だった。隣のビアードのバイオリンの音は荒いがリール嬢の美しい音色に乗せられ集中して単独で聴こうとさえしなければ三人の音が合わさり美しい音色として響いている。繊細さのカケラもないビアードの音とは正反対の柔らかい音色を奏でるレティシアが愛らしい笑みを浮かべて、ビアードを見つめる姿さえ可愛らしい。囁く男の声に辺りを見ると俺と同じで可憐な彼女を見るために来た男達も多かった。
「本当に弾いてるな。まさかビアード兄妹でかよ」
「これが終わったら暴れにくるかな。黙って並べば確かに目の保養だよな。エイベルはレティシアが美人とはわかっていないが」
「レティシアも鑑賞用にはいいのに。」
「黙って静かにしていれば美人だからな。兄妹喧嘩で魔法合戦広げてる姿は想像つかないよな」
「マール様、良ければお茶でも」
「演奏聴きたいから」
「まぁ、でしたら」
気付くと令嬢達に囲まれたが、適当に流してレティシアの演奏に耳を傾けていると音が揺らいだ。
フルートの演奏をやめ、水魔法を使って足元の魔石を壊している。フラフラと立ち上がり上品な笑みを浮かべてまた演奏を再開していた。演出にしては妙だ。
茶会が終わるとレティシアはビアードに抱き上げられていた。
「マール様、このあとよければ」
囲んでいる令嬢達を引き離している間に二人はいなくなった。廊下を走るグレイ嬢を見かけて、追いかけると保健室にレティシアとビアードがいた。
レティシアの腫れ上がった足に目を見張る。この足でずっと演奏してたのか!?
治癒魔法をかけて、ベッドから出ようとするのをビアードに止められ無理矢理ベッドに倒された。ビアード、乱暴すぎないか!?非難の視線を向けるとレティシアと目が合ってふんわり笑いかけられる。
「リオ、ステラ、私は大丈夫です。安心してください」
聞いたことのない優しい声で言葉を掛けられ、目を閉じた彼女を見つめているとビアードに腕を掴まれ強引に追い出された。無関係だから付添いするなと言われると悔しくても従うしかない。
仕方なく生徒会室で仕事をすると茶会の話題で緊迫した空気が流れている。
しばらくして近づくなとうるさいビアードが殿下に報告に来ていたので生徒会室を抜け出し保健室に行く。ベッドでレティシアがぐっすりと眠っていた。彼女の寝顔を見るのはあの時以来か。ゆっくりと目を開けたレティシアの手が頬に添えられた。
「リオ、大丈夫です。どこにも行きません。シアにはリオ兄様だけです。だから安心してください」
聞いたことのない甘い声色とふんわりとした笑顔に見惚れて、体が熱くなる。再び目を閉じた彼女は目覚めたらいつもの態度に戻るのだろうか。どうすれば彼女の特別になれるんだろうか。
力なく落ちた手を拾い上げベッドに戻そうとすると俺の手を握ってるレティシアに口元が緩む。眠っていて良かったかもしれない。俺は赤面してだらしなく、人に見られたらまずい顔をしているだろう。
しばらくして体の熱も速い鼓動も落ち着いた。
ぐっすり眠る彼女と握られた小さい手を見て、足の傷を思い出す。絶対に痛かったよな・・。
俺には怒る権利はない。でも、いいよな。
ビアードに手を貸すことを決めた。どんな理由でもレティシアを傷つけたなら報復する。抜けのないように断罪の準備を進めよう。人の気配がしたので、名残惜しいけど手を解いて保健室を出る。すれ違ったのはレティシアの友人だった。
***
学園でのレティシアの様子を見ながら気付いたことがある。彼女は危ない。
茶会の時も思ったけど、他人には優しいのに自分への扱いが軽い。他人が叩かれたら怒るのに、自分が傷つけられても何も言わない。明らかなレティシアへの悪意は流し、暴力行為は次からは気をつけろと忠告するだけ。ビアード公爵令嬢ならいくらでも相手を黙らせるだけの力を持つ。レティシアと同家格の令嬢達はほとんど味方につけているので、彼女に悪意を抱くのは家格の低い者ばかり。兄のビアードも干渉せずに、レティシアが許すから立場のわかっていない生徒の悪意がさら膨れ上がる。特にレート嬢に逆らえず、パドマ嬢のお気に入りから外れた令嬢は二人のお気に入りのレティシアに向ける視線は冷たい。令嬢達は明らかに目に余るものか、取り巻きや同派閥の愚かな行為以外は止めに入らない。レート嬢はレティシアは自身で対処できるから動くつもりはなく、下手に動けば矜持を傷つけると不干渉を決め込んでいる。同派閥でも令嬢達のやり取りに男、特に無関係の俺が口を出すなと諫められたのでその後は口には出さない。
「え?」
「気をつけろよ」
「フィル、ありがとうございます。大丈夫ですわ。気にしないでくださいってもういらっしゃいませんね。」
「すぐ吹きとばされるよな」
「華麗に着地をしたいですが、淑女には許されません。いつもありがとうございます。ステラはきちんと気をつけてくださいよ」
「ステラに忠告する前に、」
「フィル、最近お兄様みたいにうるさいですよ。気をつけないと」
階段を駆け下りる生徒がレティシアにぶつかり、ふらついた体をレティシアの友人が支えていた。レティシアは気にせず怒る様子もなく笑っている。
ぶつかった生徒は捕まえるか。不注意でも後輩突き飛ばして謝罪もせずに逃げるのは許されない行為。たまには俺も真面目に取り締まるか。
***
ビアードが心配する理由が最近はよくわかった。1年生なのに無礼な生徒を取り締まる数は生徒会で一番多かった。最近は笛の音を鳴らすことを覚えた彼女はよく吹いていた。お淑やかな外見に反して考えるよりも先に行動する性格とは知らなかった。他の令嬢達は荒事には必ず救援を呼ぶがレティシアだけは違った。駆けつけると相手を取り押さえている数はすでに片手の数を超えていた。毎月の検挙率はレティシアがトップで次点はかなりの数の差をつけ兄のビアードである。
「エイベル、レティシアは引きが強すぎないか?」
「申しわけありません。」
「いや、いいよ。王宮に顔を出さないのは?」
「緊張しすぎて寝込みます。不甲斐ない妹で申しわけありません」
ノックが聞こえレティシアが入室してきた。レティシアの友人が気絶した男子生徒を背負っている姿に役員の視線が集まる。
「レティシア、報告を」
「平民を脅しており、忠告すると手をあげたので、やむなく。魔法は使ってません。気絶しているだけですわ。」
「そうか。御苦労だった。」
クロード殿下に報告をおえたレティシアがビアードを物欲しげに見つめている。
「褒めないからな」
「え?」
「笛を吹け!!」
「1対1でしたよ」
「武力行使するなら笛を吹け」
「負けませんよ。わかりました。」
生徒会室でレティシアがビアードに怒られる風景はよくあり、誰も気にしない。
「せっかく体術で」
「うまく決まったのは実践で初めてだろう?見てて気持ち良かったよ」
「本当ですか?」
「本当、本当、昔のへっぽこが嘘みたい」
しょんぼりしていたレティシアの顔が嬉しそうに笑う。彼女の無防備な表情を向けられることが羨ましくてたまらない。どうすれば距離が近づくんだろう・・。
***
義姉上からレティシアがうちの茶会に参加すると聞いたので待っていた。
ビアード公爵家の馬車が見えたので迎えに行き降りてきたレティシアに手を差し出すと上品な笑みを浮かべて手を重ねてくれた。お茶会まで時間があるので庭園を案内した。共に歩けるなんて夢みたいだ。入学してから初めてこんなに話せたかもしれない。庭園の花を見ながらゆっくりとサロンに案内していると、レティシアが手を離して駆けだした。足、速すぎないか・・。
消えた背中を慌てて追いかけると照れた様子で父上に手紙を渡していた。見たことがない光景だった。愉快そうに見つめる父から取り返したけど、父が好きなのかとは聞けなかった。
レティシアが茶会に参加している間に課題をした。レティシアが父上に惚れているとは認めたくない。資料を探しに書庫に向かっているとレティシアが父の執務室から出てきたので嫌な予感がして父の部屋を訪ねると愉快な顔をしていた。
「父上、母上に顔向けできないことはしてませんよね」
「していない。リオ、外交の実地をそろそろはじめるか?」
兄上達は学生時代から父上の指導で実践をつんでいたが俺はそこまでやる気はない。
「成人してからでお願いします」
「そうか。海の皇国の視察にビアード嬢を同行させようと」
父上の言葉に驚いた。
「行きます」
「海の皇国語は覚えたのか?」
「覚えます。ご指導よろしくおねがいします」
笑う父上に乗せられた自覚はあるけどレティシアと過ごせるなら断る理由はない。
学園でも全く彼女に近づけない。
「まだ内密だから他言するなよ」
「わかりました。彼女を同行させるのはどうしてですか?」
「国のためだ。」
理由は教えてもらえないらしい。海の皇国語を覚えるために書庫に向かうか。海の皇国語に夢中になり課題を忘れて母上に怒られたのは盲点だった。
父上との賭けに勝ち義姉上のアドバイスでレティシアをうちの夜会に招待してもらった。
桃色のドレスに身を包んだレティシアは可愛かった。今回はフラン王国の令嬢の参加が少なく外国人ばかりである。
挨拶回りをおえて、レティシアを探すと外国の令息と笑顔で談笑しながら可憐に踊っている。
フラン王国語以外も話せるのか?
思わず凝視しているといつの間にか父上と踊っていた。父上、いつの間に・・・。父は海の皇国語で話しかけている。父上とのダンスが終わりそうなので、近づいてダンスを申し込むと上品な笑みを浮かべて、差し出す手にそっと小さい手を重ねた。
ゆっくりとした音楽に合わせて、体格差のあるレティシアをそっとリードして踊り出すと一瞬だけ不思議そうな顔をしてすぐにまた上品な笑みを浮かべる。
『ビアードではフラン王国語以外も?』
他国の言語で声をかけると、首を傾げて不思議そうな顔をする。すぐに上品な笑みに戻るけど無邪気な顔が可愛くて、時々他国の言語を交えて言葉を交わした。
ダンスの時間がすぐにおわってしまい、パートナーを代わった。レティシア以外と踊るつもりはないのでダンスフロアから離れると、招待客に声を掛けられるので適当に流して対応しているとレティシアがダンスフロアから離れるのを目に入った。目の前の男を追い払い、レティシアを追いかけてグラスを差し出すと笑みを浮かべて受け取る様子に拒まれないことをほっとする。どんなに言葉を交しても上品な笑みしか浮かべてくれない。
突然、チョコケーキを差し出された。断るのも不自然だったので受け取って口に入れる。食べ終わるとレティシアが幸せそうな可愛らしい顔でお菓子を食べている姿に目を奪われる。小さい口で口に入れ目を閉じて口元が緩んでいる初めて見る姿につられて口元が緩む。
「好きなの?」
「失礼しました」
目を大きく開けて、幸せそうな顔が一瞬で上品な顔に変わる。
「抜け出さないか?」
「いえ、許されません」
どんなに言葉をかけてもレティシアの表情は崩せない。
そういえば彼女は自分をシアと呼んでいた。
「シア」
ふんわりと可愛らしい笑みを浮かべた彼女にさらに目を奪われる。
「やめてください。」
何も感情の籠ってない声に我に返ると笑みが嘘のように無表情だった。
「ごめん。」
「失礼します」
上品な笑みを浮かべた彼女は礼をして立ち去りビアードに抱きついて愛らしい笑顔を浮かべていた。俺が見たかった顔はビアードなら簡単に引き出せるのか・・。
その後はレティシアはビアードの傍を離れず近づけなかった。
俺は嫌われているんだろうか・・・。初めての明らかな拒絶はショックだった。
でも親しくない相手に突然愛称で呼ばれたら嫌か・・。自分の考えに余計に気分が落ち込んでいると
部屋に父上が訪ねてきた。
「ビアード嬢が好きなのか?」
初めて特定の令嬢への好意を聞かれた。
否定しても仕方ないよな。彼女以外に何も思わない。
「はい」
「二人が望むなら反対しない。ビアードには家の利がないからリオ次第だ」
「ありがとうございます」
「アドバイスしようか?」
「母上との馴れ初めは聞き飽きたので結構です」
父上から婚約者に選んでもいいと許可が出た。家として申し込めないけど一歩前進。
それでも気分が晴れない俺は父上の母上と結ばれるまでの長い話に付き合う気分は起きなかった。俺には父上の語る母上の魅力はわからない。せっかく会えたのに気の利いた会話ができなかった。令嬢ってどうやったら親しくなれるんだろうか・・。頼りになる義姉上に手紙を書き、しばらくして叱責に溢れる返事がきた。
***
社交デビューをしてもレティシアとは全然会えない。
彼女の参加する社交は義姉上でさえ読めないらしい。一度だけサイラスの家の夜会に顔を出したそうだが、時々顔を出してもレティシアの姿はない。サイラスの家もビアード公爵家宛に招待状を送るので、誰が参加するかはわからないらしい。そしてサイラスもレティシアの参加する夜会はわからないと言っていた。ビアード領の訓練に顔を出しても、会うことはなく気づくと彼女の学園入学の日を迎えていた。義姉上の生徒会に入れろという助言に従い役員にしたのに距離は全く近づかない。
「ビアード嬢、手伝おうか?」
「お気遣いありがとうございます。私の仕事ですのでお構いなく。失礼しますね。カトリーヌ様!!」
生徒会ではいつもビアードかレート嬢と一緒だった。声を掛けようとするといつの間にか姿が見えなくなることもよくあった。
挨拶するだけでそれ以上の会話はほとんどない。
嫌われているのかと落ち込んでいると、時々、リオと呼ばれて無防備な顔を向けられる。
俺をリオと呼ぶ時の彼女の仕草は可愛くてたまらないのに普段はマール様と呼ばれ、親しみのかけらもない礼儀正しい態度を向けられる。用事を見つけて彼女の教室に通っても全然距離が近づかない。他の生徒会役員には懐いているのに、何が駄目なんだろうか・・・・。家格なのか・・・。生徒会でレティシアがあからさまに距離を置くのは俺とクロード殿下だけだ。敵対派閥の侯爵令嬢にさえ親しみのこもった笑みを向けているのに。
彼女のことが全くわからず、レティシアと親しそうに話すクラスメイトが俺が向けられたい笑顔を独占しているのが妬ましくてたまらなかった。サイラスに宥められて、良い友達を目指すことを決めた。
***
茶会が近づきレティシアはほとんど生徒会に顔を出さない。顔が見たくて、初めて茶会の見学に足を運んだ。
何度かリール嬢との練習の後の虚ろな目のレティシアに会ったがフルートを演奏している姿を見るのは初めてだった。ターナー伯爵家で聴いた音色よりも洗練され、耳心地が良くずっと聴いていても不快にならない音だった。隣のビアードのバイオリンの音は荒いがリール嬢の美しい音色に乗せられ集中して単独で聴こうとさえしなければ三人の音が合わさり美しい音色として響いている。繊細さのカケラもないビアードの音とは正反対の柔らかい音色を奏でるレティシアが愛らしい笑みを浮かべて、ビアードを見つめる姿さえ可愛らしい。囁く男の声に辺りを見ると俺と同じで可憐な彼女を見るために来た男達も多かった。
「本当に弾いてるな。まさかビアード兄妹でかよ」
「これが終わったら暴れにくるかな。黙って並べば確かに目の保養だよな。エイベルはレティシアが美人とはわかっていないが」
「レティシアも鑑賞用にはいいのに。」
「黙って静かにしていれば美人だからな。兄妹喧嘩で魔法合戦広げてる姿は想像つかないよな」
「マール様、良ければお茶でも」
「演奏聴きたいから」
「まぁ、でしたら」
気付くと令嬢達に囲まれたが、適当に流してレティシアの演奏に耳を傾けていると音が揺らいだ。
フルートの演奏をやめ、水魔法を使って足元の魔石を壊している。フラフラと立ち上がり上品な笑みを浮かべてまた演奏を再開していた。演出にしては妙だ。
茶会が終わるとレティシアはビアードに抱き上げられていた。
「マール様、このあとよければ」
囲んでいる令嬢達を引き離している間に二人はいなくなった。廊下を走るグレイ嬢を見かけて、追いかけると保健室にレティシアとビアードがいた。
レティシアの腫れ上がった足に目を見張る。この足でずっと演奏してたのか!?
治癒魔法をかけて、ベッドから出ようとするのをビアードに止められ無理矢理ベッドに倒された。ビアード、乱暴すぎないか!?非難の視線を向けるとレティシアと目が合ってふんわり笑いかけられる。
「リオ、ステラ、私は大丈夫です。安心してください」
聞いたことのない優しい声で言葉を掛けられ、目を閉じた彼女を見つめているとビアードに腕を掴まれ強引に追い出された。無関係だから付添いするなと言われると悔しくても従うしかない。
仕方なく生徒会室で仕事をすると茶会の話題で緊迫した空気が流れている。
しばらくして近づくなとうるさいビアードが殿下に報告に来ていたので生徒会室を抜け出し保健室に行く。ベッドでレティシアがぐっすりと眠っていた。彼女の寝顔を見るのはあの時以来か。ゆっくりと目を開けたレティシアの手が頬に添えられた。
「リオ、大丈夫です。どこにも行きません。シアにはリオ兄様だけです。だから安心してください」
聞いたことのない甘い声色とふんわりとした笑顔に見惚れて、体が熱くなる。再び目を閉じた彼女は目覚めたらいつもの態度に戻るのだろうか。どうすれば彼女の特別になれるんだろうか。
力なく落ちた手を拾い上げベッドに戻そうとすると俺の手を握ってるレティシアに口元が緩む。眠っていて良かったかもしれない。俺は赤面してだらしなく、人に見られたらまずい顔をしているだろう。
しばらくして体の熱も速い鼓動も落ち着いた。
ぐっすり眠る彼女と握られた小さい手を見て、足の傷を思い出す。絶対に痛かったよな・・。
俺には怒る権利はない。でも、いいよな。
ビアードに手を貸すことを決めた。どんな理由でもレティシアを傷つけたなら報復する。抜けのないように断罪の準備を進めよう。人の気配がしたので、名残惜しいけど手を解いて保健室を出る。すれ違ったのはレティシアの友人だった。
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「え?」
「気をつけろよ」
「フィル、ありがとうございます。大丈夫ですわ。気にしないでくださいってもういらっしゃいませんね。」
「すぐ吹きとばされるよな」
「華麗に着地をしたいですが、淑女には許されません。いつもありがとうございます。ステラはきちんと気をつけてくださいよ」
「ステラに忠告する前に、」
「フィル、最近お兄様みたいにうるさいですよ。気をつけないと」
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「エイベル、レティシアは引きが強すぎないか?」
「申しわけありません。」
「いや、いいよ。王宮に顔を出さないのは?」
「緊張しすぎて寝込みます。不甲斐ない妹で申しわけありません」
ノックが聞こえレティシアが入室してきた。レティシアの友人が気絶した男子生徒を背負っている姿に役員の視線が集まる。
「レティシア、報告を」
「平民を脅しており、忠告すると手をあげたので、やむなく。魔法は使ってません。気絶しているだけですわ。」
「そうか。御苦労だった。」
クロード殿下に報告をおえたレティシアがビアードを物欲しげに見つめている。
「褒めないからな」
「え?」
「笛を吹け!!」
「1対1でしたよ」
「武力行使するなら笛を吹け」
「負けませんよ。わかりました。」
生徒会室でレティシアがビアードに怒られる風景はよくあり、誰も気にしない。
「せっかく体術で」
「うまく決まったのは実践で初めてだろう?見てて気持ち良かったよ」
「本当ですか?」
「本当、本当、昔のへっぽこが嘘みたい」
しょんぼりしていたレティシアの顔が嬉しそうに笑う。彼女の無防備な表情を向けられることが羨ましくてたまらない。どうすれば距離が近づくんだろう・・。
***
義姉上からレティシアがうちの茶会に参加すると聞いたので待っていた。
ビアード公爵家の馬車が見えたので迎えに行き降りてきたレティシアに手を差し出すと上品な笑みを浮かべて手を重ねてくれた。お茶会まで時間があるので庭園を案内した。共に歩けるなんて夢みたいだ。入学してから初めてこんなに話せたかもしれない。庭園の花を見ながらゆっくりとサロンに案内していると、レティシアが手を離して駆けだした。足、速すぎないか・・。
消えた背中を慌てて追いかけると照れた様子で父上に手紙を渡していた。見たことがない光景だった。愉快そうに見つめる父から取り返したけど、父が好きなのかとは聞けなかった。
レティシアが茶会に参加している間に課題をした。レティシアが父上に惚れているとは認めたくない。資料を探しに書庫に向かっているとレティシアが父の執務室から出てきたので嫌な予感がして父の部屋を訪ねると愉快な顔をしていた。
「父上、母上に顔向けできないことはしてませんよね」
「していない。リオ、外交の実地をそろそろはじめるか?」
兄上達は学生時代から父上の指導で実践をつんでいたが俺はそこまでやる気はない。
「成人してからでお願いします」
「そうか。海の皇国の視察にビアード嬢を同行させようと」
父上の言葉に驚いた。
「行きます」
「海の皇国語は覚えたのか?」
「覚えます。ご指導よろしくおねがいします」
笑う父上に乗せられた自覚はあるけどレティシアと過ごせるなら断る理由はない。
学園でも全く彼女に近づけない。
「まだ内密だから他言するなよ」
「わかりました。彼女を同行させるのはどうしてですか?」
「国のためだ。」
理由は教えてもらえないらしい。海の皇国語を覚えるために書庫に向かうか。海の皇国語に夢中になり課題を忘れて母上に怒られたのは盲点だった。
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