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元夫の苦難43後編
「話してみなよ。レティは礼儀正しく優しい子だから聞いてくれるよ。リオがきちんと向き合いたいなら、無視する子じゃないよ」
うちに帰るとレイヤ兄上に明るく言われた。
レイヤ兄上の話すいつも笑顔のレティシアの記憶はない。
それでも俺達は互いに無関心の婚約者には見えなかったらしい。
マールの夜会はいつも一緒に参加し、俺はレティシアを連れて出かける場所をいつも楽しそうに考えていたらしい。
レティシアと一緒の俺はいつも笑っていたか。
レイヤ兄上は嘘をつかないからきっと本当にそう見えていたんだろう。
兄上の言う通り話さないといけない。
レティシアの誤解を解くために話そうとしても全然捕まらない。
俺は彼女を嫌っていない。
不快に思ったことはない。
話すために面会依頼を出しても兄のビアードから全て断られ続けている。
「迷惑だ。女遊びに巻き込むな。レティシアに近づくな。用があるなら俺が受ける」
「近づかないでください。たくさんの令嬢に囲まれて選り取り見取り。マール様が寂しがってるなら慰めてくれる人はたくさんいるでしょう。マール様は寂しいって」
ずっと側にいる令嬢を撒いてもすぐに捕まる。
拒絶の言葉は照れ隠しと捉えられ言葉が通じない。
令嬢達に手を振り、俺の存在を主張するルメラの声にまた集まってきた。
「どうぞ、お楽しみを。私はレティシアと過ごすので」
嫌味な笑みを浮かべて、教師と話すレティシアに抱きつくルメラ。
ビアードがレティシアに渡された書類を取り上げ、仲良く話す姿は羨ましい。
俺はどうしていたんだろう。
ビアードが俺の排除に動くなら、卒業すればほとんど会えないだろう。
兄上やアナの言うように親しく見えていたなら、きちんと関係性は築けていたはずなのに、なんで記憶がないんだよ。
三年一組の教室を訪ね、レティシアに近付こうとすると令嬢達に囲まれた。
「大事な用があるんだ。離して」
「お待ちしますわ。最高級のチョコレートケーキを用意しましたの。よければ」
腕を引き抜いて教室の中に進むとすでにいない。後の扉から出たのか!?
部屋に訪ねれば会えるだろうか。
レティシアの部屋を訪ねると出てきたのはまたルメラだった。
「ストーカーですか?貴族は先触れするんですよね?レティシアにいつも怒られるんですけど、」
「婚約者とはいえ、先触れなく訪問されるのは無礼ではありませんか」
「お嬢様の面会は僕とマナが管理しています。先触れを」
「いつでもいい。面会を」
「確認してからまたご連絡致します。本日はお引き取りください」
中から出てきたロキやアロマの言葉も最もだ。
諦めて引くと後日ビアードから断られた。
面会依頼は全て握り潰されている。何度も待ち伏せしても捕まらない。
「レティシア様とお約束は?取り巻きでは満足しませんの?」
「レティシア様のほうが綺麗だもん。公爵令嬢に相応しくないレティシア様なら、取り巻きになってくれると思うなんて酷い。数が足りないなら呼んであげるよ。マール様がもっと色んな人とお話したいって!!」
大きな声で手を振る令嬢の言葉にまた令嬢達が集まってきた。
「マール様!!」
「誤解だから」
微笑む令嬢に腕を掴まれ解こうとすると指を絡められる。目の前に銀髪が通った。
「私がお慰めするのでご安心を。心は自由ですもの。お嫌いなのに無理なさることありませんわ」
「ごきげんよう。かしこまりました。失礼しますわ」
立ち止まり人形のような無機質な笑顔で微笑み礼をして去っていくレティシア。
「待っ」
「レティシア様!!一緒に行ってもいいですか!?お薦めを教えて下さい」
「構いませんが図書室では静かにしてください」
令嬢を呼び寄せた猫っ毛の令嬢達が俺の声を消してレティシアを取り囲んだ。
声を掛けようとすると必ず邪魔が入る。
レティシアは決して振り返ることなく進んでいく。
嫌ってないのに。
優しく笑う顔が向けられるのも、声を掛ければ振り返ってもらえる関係も羨ましい。
俺は今までどうしてたんだ!?記憶さえ戻れば…。
未知の怪しいものに詳しく、記憶についてのもう一人の手がかりのシオン嬢が学園に訪問する日を調べて待ち伏せした。
シオン嬢は俺が面会依頼を出しても断るのは目に見えている。
授業を休み、門で待っているとシオン嬢が馬車から降りて来た。
声を掛けても視線も向けず通り過ぎるシオン嬢の腕を掴んだ。
「記憶について教えてくれないか。謝礼に血を提供するよ」
「移動しましょう。血を採る間だけなら付き合います」
シオン嬢の研究室に通されると怪しい色の液体の入った瓶が並べられている。
椅子に座らされ、腕を出すと針を刺されて血を抜かれる。
「なんで俺にはレティシアの記憶がないんだ」
「きつけ薬の副作用です。新しく見つかった薬草は量を増やすにつれ依存性の高い媚薬の材料になります。子孫繁栄のために使われるものです。薬草の甘みは思考力を欠如させ、理性を奪い欲望や言葉のままに行動させます。甘みに酔わせながら快楽を与え思考力を奪う媚薬は突然投与をやめると、快楽を求めて興奮します。興奮する体に鎮静魔法や睡眠魔法がかけられ急激な刺激の連続に脳が休むことを選びました。子供を作るために合わない魔力であっても互いに魔力を染め合うことに夢中になれる夢のような薬。大量に媚薬を飲ませたのに清い関係で発狂するなんて初めての症例です。脳が休んでいるので丁度きつけ薬があり薦めました。治癒魔法は脳には作用しません。脳に直接衝撃を与えて正気に戻す時に実験では大事な記憶が失われる症例がいくつかありました。貴方ならきっとレティシアの記憶を失うと予想してました。どう見ても貴方が一番大事にするのは彼女でしたから」
素っ気なく話される言葉。
媚薬を飲まされ、おかしくなった?
他人に興味のない彼女から見ても、俺にとって大事な存在は婚約者だったのか…。
サラリと言われるにしても怖い作用の薬。
「なぜそんな薬を」
「レティシアが望んだからです。正気を失った貴方には誰の声も届かなかった。彼女に迷いはなかった。忘れられるレティシアが望み、貴方の家族も正気に戻ることを望んだので手を貸しました」
溢した言葉に返されるのは淡々とした感情のない言葉。
婚約者から自分の存在が消えるのに迷いもなく?
自分が忘れられることに何も思わなかったのか?レティシアにとって俺はなんだったんだろうか…。
「恨むなら殺していいって言ってましたよ」
ますます訳がわからない。
殺意も怒りもわかない。
あんな華奢で美しい少女を殺すなんてできない。
「そんなことしない。失った記憶は戻せないのか?」
「さらに強い脳への刺激ですから激痛で正気を失うかもしれません」
真っ赤な唇が弧を描き妖艶に笑う姿は魔女のようだ。
それでも知りたい。
初めて会った時以外は、人形のような笑みしかしない少女が、俺の前でどんな顔をしていたのか。美しく笑った顔も、うるんでいた瞳も見間違えじゃないなら、何もないとは思えない。
すぐに立ち去り歩みを止めないレティシアは、振り返ってくれてたんだろうか。
「構わない」
血の採取が終わり、渡された瓶の中には赤黒い液体。
ブクブクと泡がたち、毒薬だろうか…。
瓶の蓋を開けるとキツイ匂いに躊躇うと、「いらないなら返して下さい」と手を出される。
目を閉じて息を止め一気に口に含むと苦さと熱さが広がり吐き出したくなるのを必死でこらえて飲み込む。
体が熱いのに震えが止まらない。
頭に激痛が走り鈍器で殴られるような激痛はどんどん酷くなり全身に広がっていく。座っていることさえできず、頭がおかしくなりそうだ。
体が震え、歪む視界に目を閉じる。銀の瞳を潤ませた小さい少女が浮かんだ。
襲ってくる激痛の合間に銀髪の少女の呆れた顔。笑顔や泣いてる顔、人形のような顔じゃないものが。
「帰ってきてください。リオって呼んであげます。ちゃんと一緒の時間も作ります。私が好きなら傍にいてください。バカ」
泣いてる少女を抱きしめたい。
全身の痛みで息が苦しくなってきた。
意識を失えばまた忘れそうだった。
俺はレティシアを守るって決めたのに。
側にいるって言ったのに。
体の感覚がおかしくなり体の力が抜けてきた。
消したくない。
何一つ――――――――――。
「マール様、起きてください」
目を開けると、銀の何かが目に入る。
よく見ると短い銀髪が顔を隠しているけど、まさか倒れているのは。
「レティシア!?」
髪が短くなり腕からは血が流れ、抱き上げると顔が真っ青で呼吸も浅い。何度名前を呼びかけても反応はない。
「飲ませてください」
「何をした!?」
「この部屋で無理矢理治癒魔法をかけました。髪と血を媒介にするとは思いつきませんでした。魔力切れです。回復薬をどうぞ。すぐに目覚めますよ」
真っ青な顔を見て、笑っているシオン嬢から透明な液体の入った瓶を受け取る。
口に含むと無味だったので、ゆっくりとレティシアの口に流し込み飲み込むのを確認する。
段々顔色が良くなり、瞼が震えてゆっくりと上がり、銀の瞳と目が合う。
大きく開いた瞳が潤んでいく。
「バカ。なんて無茶を。セリアの被験者になるなんて」
ポロポロと涙を流すレティシアに勢いよく抱きつかれた。
「死んじゃうかと思いました。どうして」
子供のように泣いているレティシアの頭を撫でる。
声を上げて、しがみついて俺の所為で泣いてるのが不謹慎でも嬉しくてたまらない。
ようやく振り向いてくれるようになった愛しい少女。始まるはずだった関係は望んだものとは正反対になった。
「どうしても思い出したかった」
「記憶なんか」
「他はどうでもいいけど、君のことだけは別。傍にいるよ。約束する。ただいま」
「バカ。お帰りなさい。もう二度とごめんです」
レティシアの涙を指で拭っても止まらない。
嗚咽も止まらず、泣いているレティシアに謝る。泣かせたくないのに、ポロポロと流れ落ちる涙さえ愛しくてたまらない。
「二人の世界は後にしてくれる?レティシア、説明がほしいわ」
聞こえる声に現実を思い出す。
空気を読んで欲しかったが、期待するだけ無駄か。
レティシアの手が俺から離れた。
袖で涙を拭い、眉を釣り上げてシオン嬢を睨んでいる。
涙を拭いても瞳が潤んでるせいか、全然迫力がない。
「覚えてません。リオを被験者にしたことはセリアでも許しません」
俺の存在を忘れて喧嘩する二人を見ながら、頭の整理がついてきた。
ビアード領のためには天才と名高いシオン伯爵令嬢との関わりは必要だ。
ビアード第一のレティシアが、俺のためにムキになってるのに顔が緩みそうになる。
落ち着かせようとも全く聞いてくれない。
シオン嬢と喧嘩をやめないレティシアの体が崩れた。
俺の胸に倒れ込んだ力が抜けている体を支えると規則正しい寝息が聞こえた。
魔力ではなく体力がつきたのか。
「レティシアはおもしろいわ」
「被験者にはさせない」
「私が預かりますよ」
「預けられるか」
「情緒を不安定にする作用があるので、お二人でお楽しみを」
あの薬はやはり副作用があったのか。
それでも顔色も良く腕の傷は綺麗に消えているから効果は絶大か。
シオン嬢が液を拭きかけると制服の血の汚れが落ち破れた生地も修復されている。
ブツブツと呟き白衣を着たシオン嬢は放っておいて、俺の部屋に行くか。怪しい研究室にいたくないし、保健室だと授業に戻れと追い出される。
俺は付き添えないしシスコン達に邪魔されるのも目に見えている。
俺の部屋の椅子に座ってぐっすり眠るレティシアを抱きしめる。
これまでの生活を振り返れば、ビアードから婚約破棄の申し出がくるのは当然か。
せっかく築いた信頼が地に落ちた。
土下座したら許してもらえるだろうか。他の女に目が眩んだなんて許されないよな。
薬の所為でも迂闊に飲んだ俺にレティシアの隣にいる資格はないと責められるか。
酷い言葉を言って傷つけた。
「リオ、」
呼ばれる声に顔を覗くと瞳が潤んでいる。レティシアの頭を撫でるとポタポタとまた涙がこぼれる。
「死んじゃうかと」
命に危険はなかった。レティシアにとってはそう見えない光景だったのか。言い訳するのはやめよう。レティシアの瞳から流れる涙を指で拭う。
「心配かけてごめん」
「もう絶対にやめて。セリアの薬は危険」
約束はできない。必要ならたぶんまた飲む。
「俺はレティシアを思い出したかったから。君のいない人生なんて興味もわかない」
「令嬢に囲まれて楽しそうでしたわ」
こんなに愛しく思うのはレティシアだけだ。楽しかった記憶なんて何一つない。俺の世界から消えようとしていたレティシア。
「不快でたまらなかった。空虚でつまらなかった。なんで、離れようとしたんだよ」
「それが一番自然かなって」
逆なら絶対に俺は側にいる。思い出は消えてもそこから始める。何度も自己紹介して追いかけて、でもレティシアが選んだのは…。
「俺がいなくて、清々した?」
「リオの意思で生きてくれるだけ充分でした。拗ねないでください。私は貴方が好きですわ」
潤んだ瞳を細めてふんわり笑うレティシアに思考が止まった。ゆっくりと顔が近付き唇が重なる。初めての俺への口づけに体が熱くなる。
唇を放した彼女に甘さのこもった瞳で見つめられ、微笑む顔に口づけると背中に回る腕の力が強くなる。
甘えるように名前を呼ばれ触れるだけでは抑えられず、甘い唇を舐めると微笑むレティシアの唇が緩んだ。
さらに甘さを求めると絡み合い濡れる音と吐息に体が熱くなる。
俺の口づけにこたえるレティシアの濃厚な甘さを堪能していると、ゾクリと体が震え顔を上げ周りを見渡しても気配はない。
レティシアを押し倒していることにようやく気づいた。
「これ以上は理性が」
「リオの好きにして」
潤んだ瞳に見つめられ、とろけるような笑みに吸い寄せられて口づける。
ほんのり染まっている頬とは正反対の無防備な白い肌に唇を這わせた。
甘い声に誘われるまま服に手をかけると、背中に氷のように冷たい水がかかる。
俺の下にいるレティシアは濡れていない。俺だけ全身が水浸しになっている。
「レティ、魔法をかけてもいい?」
「ディーネ?うん。好きにしてください」
俺とレティシアの間に青い瞳の猫がいる。
「リオ、なんで、濡れてるんですか?」
不思議そうな顔で見つめるレティシアの瞳に一切の甘さもない。
体を起こして魔法で全身を乾かした。
「なんで、猫が」
「内緒にしてください。私の友達のディーネです」
俺の下で猫を抱きしめるレティシアは可愛いけどさっきまでの雰囲気は…。
押し倒していたレティシアの上から降りた。
婚姻前に手を出すのはビアード公爵から禁止されているから良かったのか。
火照った体も戻ってきた。
冷水のおかげか?
なんで俺だけ濡れたんだろう。青い瞳の猫の声が聞こえるのは、
「話してなかったか?」
「リオ、疲れてますね。ゆっくり休んで下さい。そろそろ授業に戻らないといけません」
ふわりと笑う顔は出会った時から俺に向けて欲しくてたまらなかった顔。
今なら許してくれるだろうか。
「シアって呼んでいい?」
「こだわりますね。構いませんわ。私は失礼します」
初めての了承に顔が緩む。
立ち上がったレティシアの腕を摑む。
このまま教室には戻せないし離れたくない。
「髪、整えるよ。そのままだと、」
無造作に切られた髪を整えたいと言うとコクンと頷いた。
椅子に座らせてレティシアの髪にハサミをいれる。
腰まであった美しい髪は肩よりも短い。
「すぐに伸びますよ。リオのせいではありません」
髪を整えおわると、レティシアの無防備な首に視線が吸い寄せられる。
後ろから抱きしめ顔を埋めると笑う声が聞こえる。
今日のレティシアは格別に可愛い。
記憶が戻って良かった。
この可愛いレティシアが俺のいない学園生活を送るのは…。
「俺と一緒に卒業してくれないか。早く婚姻したい」
「リオがお父様に勝てたらです」
楽しそうに笑う姿が可愛いく否定されないのも嬉しすぎる。
「ビアードから婚約破棄の書類が。土下座すれば許してもらえるかな」
「リオの腕の見せ所ですね。私と婚姻したいなら頑張ってください」
「シアはどっちの味方だよ」
「中立です」
俺の味方はしてくれないのか。
でも中立は彼女にとって最大の譲歩か。
いつもならお父様の意思に従いますって言ってあっさり婚約破棄を受け入れるよな。
「冷たい。俺のこと好き?」
「はい」
顔が緩んでニヤけそうになる。
「リオ兄様、大好きです。結婚してください」
レティシアがふざけているのはわかる。可愛い。このまま攫っていいだろうか…。
「シア、国外逃亡しよう。小さな教会で式をあげて二人っきりで生活を。苦労はさせない。幸せにするよ」
「冗談です。落ち着いてくださいませ」
「冗談なのか…」
「私はビアード公爵令嬢ですから」
こんなにずっと笑っているのは初めてだ。レティシアの首に口づけるとビクっとして、くすぐったそうにまた笑った。
ハメをはずさないように振り向いたレティシアに軽く口づけると甘える姿が可愛くてたまらない。
背中から抱きしめたまま、短くなった髪に触れる。
この綺麗な髪に触れられなくなるのは寂しい。髪に口づけると耳が真っ赤に染まっている。
フラン王国の女性は美しい髪を持つと有名だが長髪の決まりはないしカツラなんてもったいない。レティシアの髪に毎日俺の色を飾るのを想像すると口元が緩む。俺好みに毎日結うのもいいよな。毎朝、レティシアの顔を見られたら、それだけで一日が幸せな気がする。
今は腕の中にいるレティシアとの二人の世界を堪能しよう。
シオン嬢の薬の副作用で甘えているのかもしれない。もしも同じことが起こっても何度も同じ薬を飲むって言ったら怒るよな。
レティシアが記憶を大事にする気持ちがよくわかった。できれば、記憶の失った俺の前からいなくならずに傍にいて欲しかったけど。記憶を失ってもまた恋する自信はある。腕の中の魅力的な愛しい存在に惹かれないわけがない。
泣いてる君からもらった言葉に歓喜したと言ったら怒らせるかな。
「シア、ずっと傍にいてくれる?」
「お父様の許しがあり、リオが望むなら」
ふんわり笑う顔につられて笑う。昔、欲しくて堪らなかった顔が向けられている幸せを噛みしめる。俺はこんなに華奢で優しいレティシアに酷いことを言ったんだよな。
「傷つけてごめん」
「リオ様はなにも」
ようやく様がとれたのに。呼び方を戻したレティシアの言葉を遮る。俺だってカーソンやエドワード達のように呼ばれたい。
「リオ」
「リオは何も悪くありません。気にしないでください」
「もう絶対に傷つけないから。約束する」
「私は大丈夫なので自分のことを心配してください」
子供を見るような顔をして頭を撫でられるのは複雑。
「拗ねないでください」
笑って頬に口づけられ顔が赤くなっているだろう。腕の中で無防備に甘える姿にだらしない顔をするのを隠すのはやめた。今は幸せを噛みしめるのに専念しよう。記憶が戻って良かった。
後日、俺からの贈り物を全て捨てたことを謝罪されるのはこの時の俺は知らなかった。
レティシアが俺への気持ちを全て捨てる前に記憶が戻って良かった。
もともと女癖の悪い男と誤解を受けていたから、そこだけ信じてもらえたからいいか。
うちに帰るとレイヤ兄上に明るく言われた。
レイヤ兄上の話すいつも笑顔のレティシアの記憶はない。
それでも俺達は互いに無関心の婚約者には見えなかったらしい。
マールの夜会はいつも一緒に参加し、俺はレティシアを連れて出かける場所をいつも楽しそうに考えていたらしい。
レティシアと一緒の俺はいつも笑っていたか。
レイヤ兄上は嘘をつかないからきっと本当にそう見えていたんだろう。
兄上の言う通り話さないといけない。
レティシアの誤解を解くために話そうとしても全然捕まらない。
俺は彼女を嫌っていない。
不快に思ったことはない。
話すために面会依頼を出しても兄のビアードから全て断られ続けている。
「迷惑だ。女遊びに巻き込むな。レティシアに近づくな。用があるなら俺が受ける」
「近づかないでください。たくさんの令嬢に囲まれて選り取り見取り。マール様が寂しがってるなら慰めてくれる人はたくさんいるでしょう。マール様は寂しいって」
ずっと側にいる令嬢を撒いてもすぐに捕まる。
拒絶の言葉は照れ隠しと捉えられ言葉が通じない。
令嬢達に手を振り、俺の存在を主張するルメラの声にまた集まってきた。
「どうぞ、お楽しみを。私はレティシアと過ごすので」
嫌味な笑みを浮かべて、教師と話すレティシアに抱きつくルメラ。
ビアードがレティシアに渡された書類を取り上げ、仲良く話す姿は羨ましい。
俺はどうしていたんだろう。
ビアードが俺の排除に動くなら、卒業すればほとんど会えないだろう。
兄上やアナの言うように親しく見えていたなら、きちんと関係性は築けていたはずなのに、なんで記憶がないんだよ。
三年一組の教室を訪ね、レティシアに近付こうとすると令嬢達に囲まれた。
「大事な用があるんだ。離して」
「お待ちしますわ。最高級のチョコレートケーキを用意しましたの。よければ」
腕を引き抜いて教室の中に進むとすでにいない。後の扉から出たのか!?
部屋に訪ねれば会えるだろうか。
レティシアの部屋を訪ねると出てきたのはまたルメラだった。
「ストーカーですか?貴族は先触れするんですよね?レティシアにいつも怒られるんですけど、」
「婚約者とはいえ、先触れなく訪問されるのは無礼ではありませんか」
「お嬢様の面会は僕とマナが管理しています。先触れを」
「いつでもいい。面会を」
「確認してからまたご連絡致します。本日はお引き取りください」
中から出てきたロキやアロマの言葉も最もだ。
諦めて引くと後日ビアードから断られた。
面会依頼は全て握り潰されている。何度も待ち伏せしても捕まらない。
「レティシア様とお約束は?取り巻きでは満足しませんの?」
「レティシア様のほうが綺麗だもん。公爵令嬢に相応しくないレティシア様なら、取り巻きになってくれると思うなんて酷い。数が足りないなら呼んであげるよ。マール様がもっと色んな人とお話したいって!!」
大きな声で手を振る令嬢の言葉にまた令嬢達が集まってきた。
「マール様!!」
「誤解だから」
微笑む令嬢に腕を掴まれ解こうとすると指を絡められる。目の前に銀髪が通った。
「私がお慰めするのでご安心を。心は自由ですもの。お嫌いなのに無理なさることありませんわ」
「ごきげんよう。かしこまりました。失礼しますわ」
立ち止まり人形のような無機質な笑顔で微笑み礼をして去っていくレティシア。
「待っ」
「レティシア様!!一緒に行ってもいいですか!?お薦めを教えて下さい」
「構いませんが図書室では静かにしてください」
令嬢を呼び寄せた猫っ毛の令嬢達が俺の声を消してレティシアを取り囲んだ。
声を掛けようとすると必ず邪魔が入る。
レティシアは決して振り返ることなく進んでいく。
嫌ってないのに。
優しく笑う顔が向けられるのも、声を掛ければ振り返ってもらえる関係も羨ましい。
俺は今までどうしてたんだ!?記憶さえ戻れば…。
未知の怪しいものに詳しく、記憶についてのもう一人の手がかりのシオン嬢が学園に訪問する日を調べて待ち伏せした。
シオン嬢は俺が面会依頼を出しても断るのは目に見えている。
授業を休み、門で待っているとシオン嬢が馬車から降りて来た。
声を掛けても視線も向けず通り過ぎるシオン嬢の腕を掴んだ。
「記憶について教えてくれないか。謝礼に血を提供するよ」
「移動しましょう。血を採る間だけなら付き合います」
シオン嬢の研究室に通されると怪しい色の液体の入った瓶が並べられている。
椅子に座らされ、腕を出すと針を刺されて血を抜かれる。
「なんで俺にはレティシアの記憶がないんだ」
「きつけ薬の副作用です。新しく見つかった薬草は量を増やすにつれ依存性の高い媚薬の材料になります。子孫繁栄のために使われるものです。薬草の甘みは思考力を欠如させ、理性を奪い欲望や言葉のままに行動させます。甘みに酔わせながら快楽を与え思考力を奪う媚薬は突然投与をやめると、快楽を求めて興奮します。興奮する体に鎮静魔法や睡眠魔法がかけられ急激な刺激の連続に脳が休むことを選びました。子供を作るために合わない魔力であっても互いに魔力を染め合うことに夢中になれる夢のような薬。大量に媚薬を飲ませたのに清い関係で発狂するなんて初めての症例です。脳が休んでいるので丁度きつけ薬があり薦めました。治癒魔法は脳には作用しません。脳に直接衝撃を与えて正気に戻す時に実験では大事な記憶が失われる症例がいくつかありました。貴方ならきっとレティシアの記憶を失うと予想してました。どう見ても貴方が一番大事にするのは彼女でしたから」
素っ気なく話される言葉。
媚薬を飲まされ、おかしくなった?
他人に興味のない彼女から見ても、俺にとって大事な存在は婚約者だったのか…。
サラリと言われるにしても怖い作用の薬。
「なぜそんな薬を」
「レティシアが望んだからです。正気を失った貴方には誰の声も届かなかった。彼女に迷いはなかった。忘れられるレティシアが望み、貴方の家族も正気に戻ることを望んだので手を貸しました」
溢した言葉に返されるのは淡々とした感情のない言葉。
婚約者から自分の存在が消えるのに迷いもなく?
自分が忘れられることに何も思わなかったのか?レティシアにとって俺はなんだったんだろうか…。
「恨むなら殺していいって言ってましたよ」
ますます訳がわからない。
殺意も怒りもわかない。
あんな華奢で美しい少女を殺すなんてできない。
「そんなことしない。失った記憶は戻せないのか?」
「さらに強い脳への刺激ですから激痛で正気を失うかもしれません」
真っ赤な唇が弧を描き妖艶に笑う姿は魔女のようだ。
それでも知りたい。
初めて会った時以外は、人形のような笑みしかしない少女が、俺の前でどんな顔をしていたのか。美しく笑った顔も、うるんでいた瞳も見間違えじゃないなら、何もないとは思えない。
すぐに立ち去り歩みを止めないレティシアは、振り返ってくれてたんだろうか。
「構わない」
血の採取が終わり、渡された瓶の中には赤黒い液体。
ブクブクと泡がたち、毒薬だろうか…。
瓶の蓋を開けるとキツイ匂いに躊躇うと、「いらないなら返して下さい」と手を出される。
目を閉じて息を止め一気に口に含むと苦さと熱さが広がり吐き出したくなるのを必死でこらえて飲み込む。
体が熱いのに震えが止まらない。
頭に激痛が走り鈍器で殴られるような激痛はどんどん酷くなり全身に広がっていく。座っていることさえできず、頭がおかしくなりそうだ。
体が震え、歪む視界に目を閉じる。銀の瞳を潤ませた小さい少女が浮かんだ。
襲ってくる激痛の合間に銀髪の少女の呆れた顔。笑顔や泣いてる顔、人形のような顔じゃないものが。
「帰ってきてください。リオって呼んであげます。ちゃんと一緒の時間も作ります。私が好きなら傍にいてください。バカ」
泣いてる少女を抱きしめたい。
全身の痛みで息が苦しくなってきた。
意識を失えばまた忘れそうだった。
俺はレティシアを守るって決めたのに。
側にいるって言ったのに。
体の感覚がおかしくなり体の力が抜けてきた。
消したくない。
何一つ――――――――――。
「マール様、起きてください」
目を開けると、銀の何かが目に入る。
よく見ると短い銀髪が顔を隠しているけど、まさか倒れているのは。
「レティシア!?」
髪が短くなり腕からは血が流れ、抱き上げると顔が真っ青で呼吸も浅い。何度名前を呼びかけても反応はない。
「飲ませてください」
「何をした!?」
「この部屋で無理矢理治癒魔法をかけました。髪と血を媒介にするとは思いつきませんでした。魔力切れです。回復薬をどうぞ。すぐに目覚めますよ」
真っ青な顔を見て、笑っているシオン嬢から透明な液体の入った瓶を受け取る。
口に含むと無味だったので、ゆっくりとレティシアの口に流し込み飲み込むのを確認する。
段々顔色が良くなり、瞼が震えてゆっくりと上がり、銀の瞳と目が合う。
大きく開いた瞳が潤んでいく。
「バカ。なんて無茶を。セリアの被験者になるなんて」
ポロポロと涙を流すレティシアに勢いよく抱きつかれた。
「死んじゃうかと思いました。どうして」
子供のように泣いているレティシアの頭を撫でる。
声を上げて、しがみついて俺の所為で泣いてるのが不謹慎でも嬉しくてたまらない。
ようやく振り向いてくれるようになった愛しい少女。始まるはずだった関係は望んだものとは正反対になった。
「どうしても思い出したかった」
「記憶なんか」
「他はどうでもいいけど、君のことだけは別。傍にいるよ。約束する。ただいま」
「バカ。お帰りなさい。もう二度とごめんです」
レティシアの涙を指で拭っても止まらない。
嗚咽も止まらず、泣いているレティシアに謝る。泣かせたくないのに、ポロポロと流れ落ちる涙さえ愛しくてたまらない。
「二人の世界は後にしてくれる?レティシア、説明がほしいわ」
聞こえる声に現実を思い出す。
空気を読んで欲しかったが、期待するだけ無駄か。
レティシアの手が俺から離れた。
袖で涙を拭い、眉を釣り上げてシオン嬢を睨んでいる。
涙を拭いても瞳が潤んでるせいか、全然迫力がない。
「覚えてません。リオを被験者にしたことはセリアでも許しません」
俺の存在を忘れて喧嘩する二人を見ながら、頭の整理がついてきた。
ビアード領のためには天才と名高いシオン伯爵令嬢との関わりは必要だ。
ビアード第一のレティシアが、俺のためにムキになってるのに顔が緩みそうになる。
落ち着かせようとも全く聞いてくれない。
シオン嬢と喧嘩をやめないレティシアの体が崩れた。
俺の胸に倒れ込んだ力が抜けている体を支えると規則正しい寝息が聞こえた。
魔力ではなく体力がつきたのか。
「レティシアはおもしろいわ」
「被験者にはさせない」
「私が預かりますよ」
「預けられるか」
「情緒を不安定にする作用があるので、お二人でお楽しみを」
あの薬はやはり副作用があったのか。
それでも顔色も良く腕の傷は綺麗に消えているから効果は絶大か。
シオン嬢が液を拭きかけると制服の血の汚れが落ち破れた生地も修復されている。
ブツブツと呟き白衣を着たシオン嬢は放っておいて、俺の部屋に行くか。怪しい研究室にいたくないし、保健室だと授業に戻れと追い出される。
俺は付き添えないしシスコン達に邪魔されるのも目に見えている。
俺の部屋の椅子に座ってぐっすり眠るレティシアを抱きしめる。
これまでの生活を振り返れば、ビアードから婚約破棄の申し出がくるのは当然か。
せっかく築いた信頼が地に落ちた。
土下座したら許してもらえるだろうか。他の女に目が眩んだなんて許されないよな。
薬の所為でも迂闊に飲んだ俺にレティシアの隣にいる資格はないと責められるか。
酷い言葉を言って傷つけた。
「リオ、」
呼ばれる声に顔を覗くと瞳が潤んでいる。レティシアの頭を撫でるとポタポタとまた涙がこぼれる。
「死んじゃうかと」
命に危険はなかった。レティシアにとってはそう見えない光景だったのか。言い訳するのはやめよう。レティシアの瞳から流れる涙を指で拭う。
「心配かけてごめん」
「もう絶対にやめて。セリアの薬は危険」
約束はできない。必要ならたぶんまた飲む。
「俺はレティシアを思い出したかったから。君のいない人生なんて興味もわかない」
「令嬢に囲まれて楽しそうでしたわ」
こんなに愛しく思うのはレティシアだけだ。楽しかった記憶なんて何一つない。俺の世界から消えようとしていたレティシア。
「不快でたまらなかった。空虚でつまらなかった。なんで、離れようとしたんだよ」
「それが一番自然かなって」
逆なら絶対に俺は側にいる。思い出は消えてもそこから始める。何度も自己紹介して追いかけて、でもレティシアが選んだのは…。
「俺がいなくて、清々した?」
「リオの意思で生きてくれるだけ充分でした。拗ねないでください。私は貴方が好きですわ」
潤んだ瞳を細めてふんわり笑うレティシアに思考が止まった。ゆっくりと顔が近付き唇が重なる。初めての俺への口づけに体が熱くなる。
唇を放した彼女に甘さのこもった瞳で見つめられ、微笑む顔に口づけると背中に回る腕の力が強くなる。
甘えるように名前を呼ばれ触れるだけでは抑えられず、甘い唇を舐めると微笑むレティシアの唇が緩んだ。
さらに甘さを求めると絡み合い濡れる音と吐息に体が熱くなる。
俺の口づけにこたえるレティシアの濃厚な甘さを堪能していると、ゾクリと体が震え顔を上げ周りを見渡しても気配はない。
レティシアを押し倒していることにようやく気づいた。
「これ以上は理性が」
「リオの好きにして」
潤んだ瞳に見つめられ、とろけるような笑みに吸い寄せられて口づける。
ほんのり染まっている頬とは正反対の無防備な白い肌に唇を這わせた。
甘い声に誘われるまま服に手をかけると、背中に氷のように冷たい水がかかる。
俺の下にいるレティシアは濡れていない。俺だけ全身が水浸しになっている。
「レティ、魔法をかけてもいい?」
「ディーネ?うん。好きにしてください」
俺とレティシアの間に青い瞳の猫がいる。
「リオ、なんで、濡れてるんですか?」
不思議そうな顔で見つめるレティシアの瞳に一切の甘さもない。
体を起こして魔法で全身を乾かした。
「なんで、猫が」
「内緒にしてください。私の友達のディーネです」
俺の下で猫を抱きしめるレティシアは可愛いけどさっきまでの雰囲気は…。
押し倒していたレティシアの上から降りた。
婚姻前に手を出すのはビアード公爵から禁止されているから良かったのか。
火照った体も戻ってきた。
冷水のおかげか?
なんで俺だけ濡れたんだろう。青い瞳の猫の声が聞こえるのは、
「話してなかったか?」
「リオ、疲れてますね。ゆっくり休んで下さい。そろそろ授業に戻らないといけません」
ふわりと笑う顔は出会った時から俺に向けて欲しくてたまらなかった顔。
今なら許してくれるだろうか。
「シアって呼んでいい?」
「こだわりますね。構いませんわ。私は失礼します」
初めての了承に顔が緩む。
立ち上がったレティシアの腕を摑む。
このまま教室には戻せないし離れたくない。
「髪、整えるよ。そのままだと、」
無造作に切られた髪を整えたいと言うとコクンと頷いた。
椅子に座らせてレティシアの髪にハサミをいれる。
腰まであった美しい髪は肩よりも短い。
「すぐに伸びますよ。リオのせいではありません」
髪を整えおわると、レティシアの無防備な首に視線が吸い寄せられる。
後ろから抱きしめ顔を埋めると笑う声が聞こえる。
今日のレティシアは格別に可愛い。
記憶が戻って良かった。
この可愛いレティシアが俺のいない学園生活を送るのは…。
「俺と一緒に卒業してくれないか。早く婚姻したい」
「リオがお父様に勝てたらです」
楽しそうに笑う姿が可愛いく否定されないのも嬉しすぎる。
「ビアードから婚約破棄の書類が。土下座すれば許してもらえるかな」
「リオの腕の見せ所ですね。私と婚姻したいなら頑張ってください」
「シアはどっちの味方だよ」
「中立です」
俺の味方はしてくれないのか。
でも中立は彼女にとって最大の譲歩か。
いつもならお父様の意思に従いますって言ってあっさり婚約破棄を受け入れるよな。
「冷たい。俺のこと好き?」
「はい」
顔が緩んでニヤけそうになる。
「リオ兄様、大好きです。結婚してください」
レティシアがふざけているのはわかる。可愛い。このまま攫っていいだろうか…。
「シア、国外逃亡しよう。小さな教会で式をあげて二人っきりで生活を。苦労はさせない。幸せにするよ」
「冗談です。落ち着いてくださいませ」
「冗談なのか…」
「私はビアード公爵令嬢ですから」
こんなにずっと笑っているのは初めてだ。レティシアの首に口づけるとビクっとして、くすぐったそうにまた笑った。
ハメをはずさないように振り向いたレティシアに軽く口づけると甘える姿が可愛くてたまらない。
背中から抱きしめたまま、短くなった髪に触れる。
この綺麗な髪に触れられなくなるのは寂しい。髪に口づけると耳が真っ赤に染まっている。
フラン王国の女性は美しい髪を持つと有名だが長髪の決まりはないしカツラなんてもったいない。レティシアの髪に毎日俺の色を飾るのを想像すると口元が緩む。俺好みに毎日結うのもいいよな。毎朝、レティシアの顔を見られたら、それだけで一日が幸せな気がする。
今は腕の中にいるレティシアとの二人の世界を堪能しよう。
シオン嬢の薬の副作用で甘えているのかもしれない。もしも同じことが起こっても何度も同じ薬を飲むって言ったら怒るよな。
レティシアが記憶を大事にする気持ちがよくわかった。できれば、記憶の失った俺の前からいなくならずに傍にいて欲しかったけど。記憶を失ってもまた恋する自信はある。腕の中の魅力的な愛しい存在に惹かれないわけがない。
泣いてる君からもらった言葉に歓喜したと言ったら怒らせるかな。
「シア、ずっと傍にいてくれる?」
「お父様の許しがあり、リオが望むなら」
ふんわり笑う顔につられて笑う。昔、欲しくて堪らなかった顔が向けられている幸せを噛みしめる。俺はこんなに華奢で優しいレティシアに酷いことを言ったんだよな。
「傷つけてごめん」
「リオ様はなにも」
ようやく様がとれたのに。呼び方を戻したレティシアの言葉を遮る。俺だってカーソンやエドワード達のように呼ばれたい。
「リオ」
「リオは何も悪くありません。気にしないでください」
「もう絶対に傷つけないから。約束する」
「私は大丈夫なので自分のことを心配してください」
子供を見るような顔をして頭を撫でられるのは複雑。
「拗ねないでください」
笑って頬に口づけられ顔が赤くなっているだろう。腕の中で無防備に甘える姿にだらしない顔をするのを隠すのはやめた。今は幸せを噛みしめるのに専念しよう。記憶が戻って良かった。
後日、俺からの贈り物を全て捨てたことを謝罪されるのはこの時の俺は知らなかった。
レティシアが俺への気持ちを全て捨てる前に記憶が戻って良かった。
もともと女癖の悪い男と誤解を受けていたから、そこだけ信じてもらえたからいいか。
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