【全33話/10万文字】絶対完璧ヒロインと巻き込まれヒーロー

春待ち木陰

文字の大きさ
2 / 33

02/33

しおりを挟む
   
「どうでもいい」とすらも大輔は思わない。本当に何も思えない。

 皆に見られていた長崎知世が、

「あー……」

 と小さく呟いた。皆は口を閉じて耳を澄まして知世の次の言葉を待った。

「絶対に宮下君だと思ったんだけどなあ。宮下君には悪い事しちゃったなあ……」

 決まり悪いといった顔でぼそりと吐露した知世に、

「え……?」

「長崎さん……?」

「ウソ……」

 クラスの皆がざわざわとささやき始めた。

 完璧なはずだった長崎知世の人間味を初めて見たのだ。

 皆の中にあった「常識」にヒビが入った瞬間だった。

 そして、ひび割れた信頼は簡単に崩壊してしまう。

「長崎さん、宮下君に謝ってきた方が……」

 これまでだったらありえない。一人の女子生徒が長崎知世に対してやんわりとだが否定的な意見を述べた。すると、

「そうだよ。謝った方が良いって」

「宮下君が可哀想」

「早く行きなよ、長崎さん。早く。宮下の事を追い掛けろって」

 せきを切ったかのように知世は断罪され始める。

「あー……」とまた知世が呟いた。

 が今度はクラスの誰も口を閉じなかった。耳も澄まさなかった。

「……むずかしいなあ。一歩でも踏み外したら真っ逆さまかあ」

 知世のその言葉を耳に入れた人間は果たして教室内に何人居ただろうか。

 少なくとも一人、

(…………。)

 真田大輔には聞こえていたが――ぐにゃり。

 唐突に大輔の視界が歪んだ。

 気が付けば音も止んでいる。

(ああ……。また来たか……。)

 視界の中に居たクラスメートたちの動きも止まっていた。

 大輔も動けない。

 全てが停止した「一枚の絵」がぐにゃりぐにゃりとねじれてたわむ。

 まぶたを閉じる事も出来ない大輔は世界が潰されていくさまを眺め続ける。

 感覚は無いが自分の体も脳みそも、ぐにゃりぐにゃりとされている事が「分かる」のだ。

(気持ちが悪い……。)

 吐き気を催さないタイプの気持ちの悪さだ。

 自分の頭がおかしくされていっている事が良く分かる。

 自分の頭がおかしくなっていっている事が良く分かる。

 何度、体験しても全く慣れる事はなかった。

 何とも形容し難い感覚だった。

 従って、医者にも親にも先生にも友達にも誰にも正確には訴える事が出来ない感覚だった。この気持ちの悪さは相手が同じ体験でもしていない限り誰にも伝わらない。

「――ホだなあ」

 声が聞こえた。

 大輔は「ふぅ……」と息を吐いて「すぅ……」と息を吸い込む。

 止まっていた呼吸が正常に戻っている。

 大輔の目には歪みなど無い景色が映っていた。

「よく探したの?」

「実は家に置いてきたとかじゃなくて? 本当に持ってきてはいたわけ?」

「いつまでは確実にあった?」

「今日歩いたルートをもう一回歩いてみよう。途中で落としたか置き忘れてるかも」

 世界は立ち止まる事なく動き続けている。

「先生にはもう話した? 拾った人が職員室に届けてる可能性もあるよ」

「先生に言って校内放送で『拾ったら届けてください』とか言ってもらうか?」

「それは……どうなん? 同じクラスの俺らはまだしも他学年のヒトらにそんなこと言ったら宝探しが始まっちゃわねえ? 20万も入ってたらゼッタイ抜かれるだろ」

 そしてそれらは全て聞き覚えのある言葉だった。

(……今回は10分から15分程度か。)

 大輔だけが気付いていた。覚えていた。これは二度目の世界だ。

 この世界は10分から15分程度、巻き戻されたのだ。

 二度目の世界。だが誰も二度目とは気が付いていない。一度目を覚えていない。

 だから皆、一度目と全く同じ事をする。

 人間も動物も風の向きも雲の形も日差しの強さも一度目と全く同じだ。

 二度目だなんて夢にも思わず一度目と同じ人間が一度目として動くのだから思考も言動も一度目と同じ事をしてしまう。

 となると迎える結果は勿論、一度目と同じになる。

 でも「未来は変えられない」という話ではない。

 むしろ未来を変える事はとても簡単だった。

 この世界を二度目だと知っている、感じている「一度目の大輔」とは別人の大輔が一度目とは違う事をすれば当然のように違う結果が訪れる。

 ただそうすると二度目の結果が一度目よりも良くなっていようが悪くなっていようがそうなってしまった全責任が大輔に重く伸し掛かる事になる。

「大輔が選んだ」別の未来だという事になる。

 その責任は他の誰にも知られる事はなかったが大輔自身は知っている。

 良かれと思って取った行動が最悪の結果を招いてしまう事だってあるのだ。

 だから――。

「犯人はこの中に居るわ!」

 長崎知世が大きな声を上げた。

 この後「南河君のお財布を盗んだ人物。それは――宮下ワタル君! アナタよ!」と知世が口にする事で宮下ワタルは濡れ衣を着せられて嫌な思いをする。

 間違った事を言った知世も知世でその後、クラスの皆から責められる。

 今ならまだ間に合う。ここで一度目を覚えている大輔が「ちょっと待てよ。南河の尻ポケットに入ってるの財布じゃねえのか?」と口を挟んでやるだけで宮下ワタルも長崎知世も救われるはずだ。

 でも、

「…………」

 大輔は何も言わない。何も言えない。

 宮下ワタルや長崎知世を救うつもりで飛び出しても、結果的に別の誰かをより深く傷付けてしまうかもしれない。そんな「もしかしたら」すらもう考えられない。

 大輔はただただ「何もしない」という事を決めていた。

「南河君のお財布を盗んだ人物。それは――」

 長崎知世が自信満々に指を差した相手は、

「――南河君。アナタ自身よ!」

 であった。

「えッ!?」

 と大輔はその場に居た誰よりも早く、また誰よりも大きく反応してしまった。

 クラスの皆が大輔の方を向いた。

「いまの……真田?」

「……びっくりしたな。二連続で」

「真田君の声、初めて聞いたかも。私」

 こそこそと皆がささやき合う。

 クラスメートとのコミュニケーションなど、これまで全くと言って良いほど取ってこなかったせいだろう、大輔に直接、

「珍しいな。お前がそんなに驚くなんて」

「てか聞いてたのかよ。そんな離れたところで。こういう話には興味が無いと思ってたぜ。こっちに来いよ」

 などと声を掛けてくるような生徒は一人もいなかった。

 皆、一度は見てしまった大輔から目を逸らすように今度は南河利夫の事を見る。

「いや。真田じゃなくても驚くぜ」

「流石は長崎さん……だけど」

「南河自身が犯人て、どういうこと?」

 結局、大輔の不審な挙動は「あの真田大輔が声を上げて驚くくらいの事を長崎知世が仕出かした」という彼女の快挙にすり替えられて、この場は何となく収まった。

「なんだよ。財布を盗んだのが俺自身て……俺の自作自演だって言いたいのかよ」

 20万円と共に怒る気力も無くしていた南河利夫が弱々しく抗議した。

 唇を横に引いて自信満々の長崎知世が答える。

「『盗んだ』って言い方をしたら語弊があるわよね。ごめんなさい」

「じゃあ……」

「ただアナタのお財布を今持っているのはアナタよ」

「……どういう意味だ?」

「今度は言葉通りよ。南河君。穿いてるズボンのポケットに入ってるモノは何?」

「何ってスマホだけど……」とポケットに手を突っ込んだ南河利夫は、

「――あッ!?」

 と驚きの大声を上げた。

「なになに」

「どうした?」

「おい。まさか」

 クラスの皆が注目する中、南河利夫は、

「……ワルイ。財布、あったわ。ケツポケットに入ってた。スマホじゃなかった」

 申し訳なさそうにポケットから取り出した財布を頭上に掲げた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

名称不明なこの感情を表すために必要な2万文字。

春待ち木陰
青春
 高校一年生の女の子である『私』はアルバイト先が同じだった事から同じ高校に通う別のクラスの男の子、杉本と話をするようになった。杉本は『私』の親友である加奈子に惚れているらしい。「協力してくれ」と杉本に言われた『私』は「応援ならしても良い」と答える。加奈子にはもうすでに別の恋人がいたのだ。『私』はそれを知っていながら杉本にはその事を伝えなかった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...