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33/33(終)

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「柳原? どうした。こっちは大事な話の途中――」

「宮下君が落ちた!」

「は……?」

「一階に居た三年生の先輩から画像が送られてきて」

 地面に張り付いていた人形の写真を撮ったのか。自分の家族や友人がしていたら注意するだろう不謹慎な行動だが今はそれどころではなかった。

「宮下? いま落ちてきたのって宮下なのか?」

 大輔は眉間に深いシワを寄せる。

「……俺のせいだ」

「え?」と知世が大輔の顔を見た。

 数時間前、悪ノリしたクラスメートが宮下ワタルを泥棒イジりした。大輔はそれをツッコむ事で茶化した。勿論、宮下ワタルにとって良かれと思ってした事ではあったが宮下ワタルにしてみれば暴言は暴言としてちゃんと認めた後に、悪ノリした二人のクラスメートに謝罪してもらいたかったのかもしれない。その方が気持ちに折り合いも付けられたのかもしれない。事勿れ的に誤魔化した大輔のせいで宮下ワタルの傷は癒やされずに膿んでしまった。傷みが深まった。イジりを真面目に展開すれば傷は広がると愚考した大輔の判断ミスだった。

 だが大輔はそのような思いをわざわざ言葉にして目の前の知世に伝えるような事はしない。

「真田君のせいじゃないわよ」

 長崎知世ならきっと、そう言って慰めてくれようとするだろうから。そんな言葉を大輔は聞きたくなかったのだ。

「宮下が死んだ。俺が殺したようなもんだ。でも」と大輔は考える。

「今、地面にあるヒトガタが宮下なら。さっきのヒトガタはなんだったんだ?」

 さっき落ちてきたのは誰だった? いや。地面に張り付いている人形はひとつだ。その人形が宮下ワタルなら落ちてきたのも宮下ワタルなのだろう。

 逆に言えば。地面に宮下ワタルしか居ないのなら宮下ワタルしか落ちてきていないという事だ。

「宮下が二度、落ちた……? ……違う。そうじゃない。そうじゃなくて。さっきの出来事が全て無くなってるんだ。俺は……夢でも見てたのか?」

 大輔に眠っていた自覚は無かったが「白昼夢」といって目を覚ましたままの状態で見てしまう「夢」もある。

「さっきのも宮下だったんなら。もしかして、あれは予知夢だったのか? くそッ。さっきのを見てすぐに行動してれば宮下を止める事も出来たのか?」

 大輔は奥歯を噛み締める。窓の下をじっと見据える。

「これがまた『夢』なら今度こそ宮下を止めてやるのに」

 大輔が幾ら睨み付けようとも地面の人形は消えたりせず、其処に在り続けた。

「――良かった」

 大輔は耳を疑った。すぐ近くからそのような言葉が聞こえた気がしたのだ。

 バッと大輔はその言葉が聞こえてきた方を強く見た。向けた視線の先には長崎知世の端整な顔があった。

 ……信じられない。

 その言葉自体もそうだがそれを口にしたのが長崎知世だという事が。

 だが確かに聞こえたのだ。

「何か言ったか?」

 知世に向かって大輔が言った。ツッコミではない。ただの抗議だ。

 しかし長崎知世は薄っすらと微笑んだまま「真田君は」と返してきた。

「宮下君の自殺を阻止したい、宮下君を助けたいって思うのね」

「あ? 当たり前だ」

「良かった」

「何が」

「私のリセットに巻き込まれすぎた影響からヒトとの関わりを避けて本ばかり読んでいたせいか言葉遣いが文語調になっちゃったりしてた前の真田君も、いまの明るくて人当たりの良い真田君も、同じ『真田君』なんだなって」

「……何言ってんだ?」と大輔は眉間にシワを寄せる。

「ふふ」と知世が微笑みの色を濃くした。

「同じ顔」

「あ……?」

「なにがあっても真田君は真田君なのね」

「……大丈夫か? 長崎」

 と大輔は一転して知世を心配し始める。考えてみればクラスメートが死んだのだ。恐らくは自殺で、その死の直前――窓の外を落ちていった姿を目撃してしまった。

 気が動転しない方がオカシイ。長崎知世はきっと今、酷く動揺しているのだろう。だから変な言葉を吐き続けているのだ。大輔はそう解釈した。

「落ち着いて。真田君」

「俺は落ち着いてる。長崎の方が」とまで言ったところでまた――ぐにゃり。大輔の視界が歪んだ。

(また立ちくらみかよ。マジか。情けない。本当に俺の方が参ってるのか……?)

「真田君」

 知世に呼ばれて「ああ……何でもない。俺は大丈夫だ」と気を取り直す。

「窓の外を見て」

「また『窓の外』……?」

 知世の発言に戸惑いながらも拒否するまでの理由はなかった大輔は促されるまま、窓の外に目を向けた。

 その下の地面に人形は無く、

「え……?」

 と驚いていた大輔のすぐ目の前を、逆さまになった宮下ワタルが上から下へと通過していった。

「――今ッ!?」と軽く仰け反る。

 ――ドシャッ!

「キャーッ!」「うーわッ!?」「おぉ!?」

「真田君! ヤバい! 宮下君が落ちた!」

 明らかに聞いた事のある悲鳴が次々に届けられる。

 ワケが分からない……。

 さっきのもまた「夢」だったのか? 大輔は「夢」を連続で見続けているのか?

 ……違う気がする。

 とてつもない違和感を覚えていた。

 第六感というやつだろうか。

「『夢』じゃない」と大輔の中の「何か」が叫んでいた。

 そうだ。これは――。

「――世界が巻き戻されたのか?」

「真田君の感覚だとやっぱりそうなるのね」

 大輔のタワゴトを受けて、知世は笑うではなく妙な感心をしていた。

「私としては『セットし直す――リセット』なんだけど」

「『リセット』……?」と大輔は知世を見た。知世は「ええ」と事も無げに頷いた。

「ちょっと待て……いや。まさか……長崎がやったのか? 長崎が世界を巻き戻したのか……?」

「そうよ」と知世はまるで誇らしげにあごを上げた。

「そんな馬鹿な事が……でも。確かに宮下は何度も落ちていて……」

 大輔はその事実に唇を噛んだ。

「宮下は……何度、巻き戻されてもそのたびに自殺しちまうくらい決意が固いのか。そんなに傷付いてたんだな……。……ごめんな。宮下……」

「いいえ」と知世が首を振る。

「慰めんな。やめてくれ。長崎。俺が宮下を殺したんだ」

 大輔は顔を背けた。知世の優しい――であろう顔も見たくないし、今の自分の顔も知世には見られたくないと思った。しかし、

「慰めてないわ」

 聞こえてきた知世の言葉、そして声色は決して優しいものではなかった。

 むしろ「優しい」とは反対の「冷たい」印象すら受ける。

「私は真田君の誤った認識を訂正したいだけよ」

 知世の態度には大輔の後悔を突き放すような落ち着きがあった。

 そしてその冷静さは却って頭に血の上っていた大輔の慰めとなっていた。

「誤った認識……? ……俺が何を間違えてるって言うんだ? 俺が宮下を」

「そこじゃないわよ。リセットの話。真田君風に言うなら『世界を巻き戻した』際の話よ。……いい? リセットする前のことを覚えているのは私と真田君だけなの」

「長崎と俺だけ……?」

「そうよ。他のヒトは誰も――だから宮下君は――何も覚えていないから『前回』と同じ言動をとるの。そこには必然も偶然もないから。気まぐれや気の迷いさえもそのまま反復されるの」

 だから「キャーッ!」「うーわッ!?」「おぉ!?」と階下から聞き覚えのある悲鳴が何度も聞こえてきたのか。柳原が「真田君! ヤバい! 宮下君が落ちた!」と新鮮に叫んでいたのか。そして宮下ワタルも……――。

「……宮下は『最初の一回』をただ繰り返してるだけなのか? その『一回目』で自殺しようと決めちまったから。思い直す事も出来ずに……?」

「長崎」と大輔は知世に詰め寄った。

「その『未来』を変える事は出来ないのか? それは決定しちまってる事なのか?」

「いいえ」と知世はまた首を振った。振ってくれた。

「『未来』を変えることはとても簡単よ。『前回』と違う行動をすればいいだけ。それだけで簡単に違う結果を迎えられる」

「だったら」

「でもみんなにはそれが出来ない。『前回』のことを覚えていないから。なにも知らずに気付かずに『前回』と全く同じ行動をしてしまう。みんなには『未来』を変えられない。『未来』を変えることが出来るのは――『前回』とは違う行動をとれるのは『前回』のことを覚えている真田君だけなの」

 大輔はドクン、ドクンと胸の鼓動が強くなるのを感じていた。

「手遅れじゃないのか……? 今からでも宮下の自殺を止める事は出来るのか?」

 我を忘れて知世の肩を掴んだ。大輔の大きな手が知世の細い肩を握り締める。

「長崎は何度でも世界を巻き戻せるのか? その『リセット』にリスクは無いのか? 回数上限とか必須条件とか」

「特に無いわ――と私は認識してる。しいて言えば、当然、私が死んだらリセットもなにもないわね。それでオシマイ。あとは、リセットする前のことを覚えていられる真田君も。死んでしまったらオシマイよ。リセットしても宮下君みたいには生き返れないから。そこはホントに気を付けて。私のリセットを保険だと思ってムチャなんかしたら絶対にダメよ?」

「そうか……うん。そうか。分かった」と大輔は何度も頷いた。

「……宮下君の自殺を止めるのね?」

 じっと大輔の顔を見詰めてくる知世の瞳には期待の色があった。

「ああ」と大輔は深く頷いた。

「それじゃあ……リセットするわよ? そうね……戻るのは終礼も終わって放課後に入った直後くらいがいいかしら」

 そんな細かい調節まで出来るのか。軽く目を見張った大輔だったが今はそれどころではなかった。

「ああ。それで――いや、ちょっと待って。最後にひとつだけ教えてくれ」

「……なにかしら?」

「どうして長崎はそんな事が――世界を巻き戻すなんて事が出来るんだ? どうして俺だけには巻き戻される前の記憶が残ってるんだ?」

 大輔は「……あ。質問がふたつになっちまった」と頭を掻いた。

「それは――」と知世は大輔のボケを完全にスルーして真剣な表情を見せる。

「――私がこの世界のヒロインで。真田君はそんな私のヒーローだからよ」

「……何だそりゃ? 意味が分からん!」

 大輔は叫んだ。

「ふふ」と知世が微笑むと――ぐにゃり。世界は歪み始めた。


(了)
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