普通の恋の話

春待ち木陰

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第10話(2/6)

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「何か、緊張してる?」

 見慣れた物が一つも無いようなホテルの一室で、奈月が薄い笑みを浮かべていた。

「当たり前じゃないですか」と栄一は答える。奈月は、

「君は同性愛者?」

 質問というよりは確認をするように言った。栄一は「違います」と首を振った。

「だったら平気でしょ」

 奈月はほっとしたみたいに微笑んだ。

「落ち着きなよ。私、あー、俺は男なんだから」

 栄一の緊張が伝わってしまっていただけなのかもしれないが、奈月も奈月で多少は緊張をしていたのかもしれないと思うと、変な話だが栄一の緊張は少しだけほぐれてしまった。

「それで。早速ですが話とは。何やら鈴木に関係しているみたいですが」

「あー。うん」と奈月は栄一から視線を外す。

「その前にさ、この間は悪かったね」

「この間?」

「藏重君に八つ当たりしちゃって」

 奈月は決まり悪そうに謝ってくれた。

 先日の喫茶店奥での出来事を言っているのだろう。あの日、栄一は店を出るなり、奈月に捕まって、従業員用の部屋に押し込められると何故か素肌を見せ付けられた。意味が分からな過ぎて栄一は、混乱を通り越し、思考が停止するにまで至らされた。最初から最後まで奈月は苛立っていたようだった。悪い意味で興奮をしていたように思う。

「ああ。はい。いいえ」

 意味が分かって、謝罪を受け入れて、許す。許すといっては偉そうかもしれないが栄一としては「気にしなくても良いですよ」といった思いだった。

「あんな迷惑を掛けちゃった藏重君を更に頼るのもどうかとは思うんだけどね」

 奈月は言い難そうに話し始める。

「あー。鈴木君から聞いてるかもしれないけど、私、あー、俺、ええと、奈月がね、鈴木君に愛の告白をされまして」

「はい。聞いてます」

「お断りさせて頂きまして」

「はい。それも聞いてます」

「それから何日も過ぎた昨日、また鈴木君からメッセージを頂きまして」

「はい」

「奈月が男でも構わないとか諦められないとか俺が幸せにしてみせるとか」

「ああ。はい」

 鈴木とそんな話をしたのが昨日だった。思い立ったが吉日とは言うが鈴木はその日の内にメッセージを送っていたのか。流石の行動力だ。フットワークが軽過ぎる。

「あれ?」と栄一は不意に気が付いてしまった。

「でも。連絡先は交換していたんですね」

「え。ああ。まあ。不可抗力というか。流れ的に断れない感じで」

 それは一体どういった流れだったのだろうか。栄一には皆目見当がつかなかった。鈴木のコミュ力、恐るべしだ。

 栄一の勝手な印象ながらガードの固そうな奈月に連絡先を教えてもらえたというのなら、もしかするとそれが、しつこく食い下がっている鈴木の根拠や自信や勘違いの源にはなっているのかもしれない。

「実は脈アリだったりしま」

「しません」

 栄一が抱いた小さな疑念は即答も即答で否定された。

「鈴木は本気で貴方を好きなようですけれども」

 栄一の言葉に、奈月は大きく苦笑した。

「だから何? て感じですね」

「貴方の性別が男でも構わないと」

「それって」と奈月は息を吐いた。いや、栄一の目には奈月がわざと大仰に溜め息のようなものを吐いてみせたようにも見えてしまった。

「口説き文句のつもりなんですかね」

 栄一はふむと一拍、考えてから、

「口説かれた気持ちにはなりませんでしたか?」

 真っ直ぐに聞いてみた。奈月は、

「ならなかったねえ」

 と今度は幾らか柔らかめの苦笑いを浮かべる。

「ああ。誤解の無いように言うと『今回は』とか『私の場合は』とか言わなくちゃあいけないのかな」

 奈月は「面倒臭いね」と小さく呟いた。

 それに対して栄一が何か言ったりや、したりするよりも早く、

「だってねえ」

 と奈月はまるで挑むみたいに栄一の顔をぐっと強く見た。

「ブスだけど君が好き、馬鹿だけど君が好き、デブだけど君が好き、運動神経ゼロだけど、チビだけど、臭いけど、ハゲだけど。みたいな。そんな言われ方してもキュンとは来ないかなあ。まあ、個人的にね」

「『同性だけど』っていうのをブスとか馬鹿とかデブとかと並べてはイケマセンかもしれないけどさ。個人的にはだよ」と奈月はまた面倒臭そうに付け足した。

「愛の告白っていうよりは、何だろうね、脅迫とかされてるみたいな感じというか、追い詰められてる感じ? 気分的にはさ。『そんなお前みたいなのを好きになるのは俺だけだぞ』っていうような圧迫感があるんだよね」


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