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09「『お姫様END』はハッピーエンド?」
しおりを挟む不機嫌そうに現れたかと思えば、上機嫌で去っていった我が国の第二王子の背中を十分に見送ってから、
「……相変わらず気分屋な方ね」
テルマはふうと息を吐いた。その隣で、
「とても良い方でしたねっ」
クラウディウスが小さくはしゃいでいた。
「……クラウディウスにはそう感じられたのね」
「はいっ」
呆れ気味な表情を見せた姉に対して妹は「だって」と答える。
「今の方はお姉さまの婚約者さんなんですよね? 良い方に決まっています」
「…………」とテルマは言葉を失ってしまった。
「……お姉さま?」
「とりあえず。歩きながら話しましょうか。小さな声で」
テルマの提案に「はいっ」と大きな声を上げてしまってから、
「あ……はい」
とクラウディウスは改めて小さな声で返事した。
「クラウディウスは今の方をわたくしの婚約者だと言ったけれど。それを知ったのはいつの事かしら?」
「はい。今です。さきほどの会話をお聞きしていて知りました。お姉さまがご自分でおっしゃっていたので」
「……クラウディウスは先程の方がどなたなのか分かっていらっしゃらない?」
王子を話題にしている為か「妹」に対するものとしてはいささか、テルマの口調は丁寧にかしこまり過ぎてしまっていたかもしれない。周囲の人間からは聡明だ何だともてはやされてはいても始まりは「八歳ながら」――というよりも「八歳にしては」であった。多くの人間にとって「第一印象」となったであろう、第二王子の婚約者となった当時の「聡明な子供」というイメージだけが一人歩きをしてしまっているが、実際のテルマェイチ・アムレートは決して完璧では無い十五歳の少女だった。
「ええと。お姉さまの婚約者でお名前がオヒール・デンカさまだという事しか」
「ぶふ――ッ」とテルマは笑いを噛み殺す。隣を歩くクラウディウスが不思議そうな目を向けてきていた。
「オヒールではなくてオフィール様です」
「あ。ご、ごめんなさい。わたし、お姉さまの婚約者の方に失礼な事を」
首を縮めて小さくなろうとしていたクラウディウスにテルマは畳み掛ける。
「それと。デンカは家名ではなくて『殿下』です。そうね……『先生』のようなものと言えば分かりやすいかしら。その言葉だけで相手を呼ぶ事もありますが基本的には高貴なお方のお名前にお付けする敬称です」
「高貴なお方……ですか?」
「オフィール殿下はこの国の第二王子でいらっしゃいます」
「え――ッ!?」
目と目と口を大きく開けてクラウディウスは驚いていた。テルマはくすりと笑ってしまった。
「お、王子様だったんですか……?」
クラウディウスの性格からして「わたし……王子様に失礼な事はしていなかったでしょうか……?」と目に涙を溜めて怯えるかと思いきや、
「すごいっ!」
クラウディウスはぱっと大きな笑顔を咲かせた。
「え……?」とテルマは呆気にとられる。クラウディウスは少しも気にせずというか気が付いてもいない様子で喋り進める。
「お姉さまは結婚してお姫様になるんですね。すごいです。さすがはお姉さまです」
まるで自分の事のようにはしゃいでいたクラウディウスだったが、まさか、それが本当に「自分の事」だとは思いもしていないだろう。テルマは困り顔で微笑んだ。
「……クラウディウスはお姫様になりたいの?」
「ふえ? わたし自身がですか?」
彼女に「YES」と言われたら……テルマはどうするべきなのだろうか。
テルマは今、アムレート公爵家――延いては自分の身分や今後の生活の為、クラウディウスの「聖女」になれるほど大きな魔力を隠そう、隠させようとしていた。
でも本人が望むなら……彼女の性別を変える方法か、もしくは男性でも「聖女」となれる道を探すべきなのだろうか。
いや、男性のままでは「お姫様」にはなれないからやはり前者の一択か。
他国には性別を変える秘術があるとかロウセンも言っていた。
難しいだろうが不可能ではないのかもしれない――。
テルマの覚悟は決まりかけていたが、
「いえいえいえいえ。わたしにはムリですよ。出来ません。なれません。イヤです」
予想外の強さでクラウディウスには拒否されてしまった。
……何だろう。テルマは不思議に思う。クラウディウスの言葉を聞いて、瞬間的にほっとしてしまったという事実よりもだ、ほっとしてしまった自分に対して嫌悪感の類いをまるで覚えなかったという事に驚いてしまう。
清廉潔白とまでは言わないもののテルマは自分が汚れた心を持っているとは思っていなかった。だがしかし。自己保身の思いに都合の良い言い訳を貰えたような瞬間にほっとしておいて罪悪感も何も覚えないなんて……。
一周回って。テルマは今更ながら改めて自己嫌悪に陥ってしまう。
「お姉さま……? 大丈夫ですか? やっぱりまだ体調が……」
テルマの様子を敏感に察したクラウディウスが心配をしてくれた。
「……え? いえ……大丈夫よ」とテルマは笑顔を作る。
「ええと。それはオフィール様とは結婚したくないからかしら?」
どうにか気を取り直そうとしたせいかテルマは余計な事を言ってしまった。
「え?」
「クラウディウスがお姫様になりたくない理由よ」
「あ、はい。いえ。あの。今の『はい』はただのお返事で。その」
クラウディウスは口ごもる。本心はさておき「姉の婚約者」を悪くも言えず、かと言って良くも言いづらいといったところだろうか。……そういった気が遣えるクラウディウスにテルマは「第二王子殿下の婚約者」の座を譲る事になるのか。
不敬の極みとなるので口に出しては言えない表現だったが「姉の婚約者」を奪ってしまったと知ったとき、クラウディウスはどう思うのだろう。初めからそうなる事は決まっていたのだと言って納得をしてもらえるだろうか。……哀しませたくはないとテルマは思った。
「単純に」とクラウディウスが言い直す。
「わたしにお姫様はムリだと思います。お姫様はかわいいです。素敵です。だから。わたしは、えっと……荷が重い? です」
そして最後にぽつりと「似合わないですし」と付け加えた。
「そんな事は無いと思うわよ」
テルマは言った。嘘ではない。本当にそう思ったのだ。
「クラウディウスは可愛いわ。お姫様も似合うと思うのだけれど」
「え……へへへへ」とクラウディウスは驚きながら照れ笑った。ほら、可愛らしい。
「でも。やっぱり。お姫様はお姉さまの方がお似合いだとわたしは思います」
クラウディウスは声を弾ませた。無垢で無邪気な笑顔が向けられる。
「……そうかしら? ありがとう」
穏やかな笑顔で応えながらも……何故だろうか。今頃になって、ちくりとわずかにテルマの胸が痛んだ。
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