友情は恋に含まれますか?

春待ち木陰

文字の大きさ
1 / 5

01/04

しおりを挟む
   
 高校一年生、十五歳。笹野佳樹(ささの・よしき)はゴリゴリの異性愛者であった。

 しかし。親父の時代――20年前から30年前ならいざしらず、いまどき「同性は恋愛対象外」だなんて考えは「身長170㎝以下の男には人権がない」とか「Aカップは人権ない。Bでギリ。Cから一般的」と同じレベルの非道徳的な思想だった。

 とは言え。思うのは自由ってヤツで。佳樹はそのような危うい考えを持ちながらも人前では一切、口にも態度にも出さない事でそれ関係の揉め事とは縁遠い毎日を平穏無事に過ごしてきた。

 十年後か二十年後か分からないがきっと将来も「好きになった相手がたまたま女性だった」などと言いながら異性と結婚をするのだろう。

 漠然とそんなふうに考えていたのだが……。

「笹野の事、好きなんだけど。俺と付き合ってくれない?」

 試練は唐突にやってきた。

   

 朝の通学路。周囲には他に誰も居なかった。

 一緒に登校する約束はしていないのにここのところよく会うなあとは思っていた友達の牛尾理央(うしお・りお)に「笹野の事、好きなんだけど。俺と付き合ってくれない?」と佳樹は恋愛的交際を申し込まれてしまった。何でだ。

「あー……と」

 佳樹は言葉に詰まってしまう。

 牛尾理央は佳樹と同じ高校に通う友達で、クラスでも一番か二番か三番目には仲が良かった。

 入学からまだ四ヶ月程度の付き合いだが理央は「うっそーん。ドッキリでした」てキャラじゃない。この告白を誰かに強要されているような顔もしていない。

 本気の本気で理央は佳樹に愛の告白をしていた。

 その想いの熱さは佳樹にもちゃんと伝わっていた。

「悪いけど。同性は恋愛対象外なんで」なんて冗談でも口にする事は出来ない。

 ましてやそれが本心ならば尚の事はばかられる。

 真剣に想いを伝えてくれた相手に「チビは無理」だとか「貧乳は去れ」とか言えるほど佳樹は外道キャラでも真性の外道でもなかった。

 笹野佳樹は柔道で高校に入学したマッチョなスポーツマンだ。

 出来る限り穏便に、そして完全にお断りしなければと混乱中の頭を更に回転させた結果、佳樹の口から出た告白の返答は、

「少し……考えさせてくれ」

 であった。

   

「おっけー。待ってるから」

 そう言い残して理央は走り去っていった。

 一人残されてしまった佳樹は、理央の後ろ姿を見送りながら「ああ……」と早くも後悔し始めていた。

 悪手だった。佳樹は文字通り頭を抱える。

「待ってる」と言った後、理央はへへへとばかりにはにかんでいた。

 理央に無駄な期待を抱かせてしまったかもしれない。

 完全異性愛者を自負する佳樹は同性の牛尾理央と恋人関係になるつもりは1ミリも無いのに。その場ですぐに断るべきだったのに。

 とっさの事だったとは言え、ただただ問題を先送りしてしまった。

 その場をしのいでしまった。

 不用意な発言だった。

 悪いけれども同性である理央とのお付き合いは出来ない。佳樹にとってそれは決定事項であって、あとはどのように断れば角が立たないだろうかという話だったのに。

「最悪だ……」

 気を持たせるような言い方になってしまっていただろうか。佳樹の「少し……考えさせてくれ」に対して「おっけー。待ってるから」と言った理央の顔は明るかった。

 無理に明るく振る舞っているようには見えなかった。

「……どうすんだ。何て言って断わりゃ良いんだ……」

   

 牛尾理央は良い奴だった。

「いいひと」か「わるいひと」かは見る側の主観によるみたいな事を発行部数1億部以上の超人気漫画でも描かれていたが、牛尾理央は佳樹にとって「良い奴」だった。

 佳樹は頭を悩ませる。

「……嫌な奴だったら良かったんだが」

 理央からの交際の申し込みを断るにあたってはどうにかして「同性だから」以外の理由を絞り出さないといけない。

 しかし。これがなかなか思い付かない。見付からない。

「……『なんとなく』で断るわけにもいかねえよな。そんな断り方をしたら異性愛者だって疑われる。そんで。疑われたら最後、きっと俺が異性愛者だって事はバレる」

 その性癖を口や態度に出さないようにはしていた佳樹だったが別にその事を上手に隠せていたわけではなかった。単に黙っていただけだ。

 友達やら先輩やら先生やらといった周囲の人間の誰の頭にも「笹野佳樹は異性愛者かもしれない」だなんて考えが無かっただけだ。そんな目で見ていなかったから気が付かなかっただけであって、改めてそんな目で見てみれば「やっぱり」と納得されてしまうに違いない。

 元来、佳樹は嘘や隠し事が得意な方ではなかった。

「牛尾の嫌なところ……。嫌いなところ……。ムカつくところ……」

 朝からずっと理央の事を考え重ねるもマイナスな部分が何一つ思い浮かばない。

 牛尾理央は良い奴なのだ。むしろ、

「……何でそんな牛尾が俺の事を好きになるんだ。俺の何処を好きになったんだ?」

 と佳樹は吠えたい。分からない。佳樹には何もかも分からない。分からない。

 前の問題の答えも出ていないのに新たな疑問が生まれてきてしまった気がする。

「頭痛え……」

   

 いつも以上に身が入らないまま授業は一限目、二限目、三限目、四限目と過ぎて、あっと言う間に昼休み。

 考えに考えて、悩みに悩んで一つだけ、

「他に好きな人がいる」

 理央からの告白を断る良さげな口実を思い付いたが、

「いや。駄目だな。異性愛者って事を隠す為に嘘で嘘を塗り固めるような事はしない方が良いだろう。てか俺には無理だ。多分。ツッコまれたらすぐにボロが出る」

 佳樹に好きな人は居なかった。

 結局、何の解決案も浮かばないまま無情にも時間だけが経過してしまった。

 大袈裟に言えば一秒でも早く、少なくとも今日中にはしっかりと断りたいと思っていたのに。良い考えが全く浮かばない。

「告ってくれた相手が牛尾でさえなければ。牛尾に相談するような案件なんだがな」

 軽く頭を掻きつつ深めの溜め息を吐いたところで、

「笹野ー。何やってんだ。早く来いよ」

「メシにしようぜー」

 佳樹は友達の上村と高橋に声を掛けられる。

「ん、ああ。悪い。ぼーっとしてた」

 とっさに誤魔化してしまった佳樹だったが、まあ、仕方が無い。

 この程度は別に「嘘」でもないだろう。

 友達だと思っていた相手に告白をされただのその告白は断ろうと思っているだの、実は異性愛者だのといった話は、言い触らすようなものでも簡単に吐露出来るようなものでもなかった。

   

「メシの時間に笹野が『ぼーっと』? 何だよ、どうした、天変地異の前触れか? 午後からは降り注ぐ大槍にご注意くださいか? やべえな。俺、今日は鉄傘、持ってきてねえぞ。……あ。カバンに折りたたみ鉄傘、入ってたかも」

「うるせえな。俺にも『ぼーっと』くらいさせろ。てか『今日は』て何だよ。鉄傘を持ち歩いてる日があるのかよ。折りたたみ鉄傘って何だよ。てか『鉄傘』て何だよ」

「ははは。すげえな。笹野。寝不足なのによくそんなに頭が回るな。んで。昨夜だか今朝だかに何かメジャーとかプレミアで注目の試合なんかあったっけか?」

「何で寝不足の原因がスポーツ観戦の一択なんだよ。てか寝不足じゃねえんだけど。ただ単に、ぼーっとしてただけだから」

 クラスでの佳樹は基本的に四人組だった。佳樹も含めて全員が男だ。

 入学当初、話の流れで駅裏のラーメン屋に入った四人のニンニク臭い付き合いが、それから四ヶ月が過ぎた今もしっかりと増し増しで続いていた。

「スポーツの生中継以外で夜更かし、もしくは早起きをする意味が分からない」

「お前はな」

「腹が減り過ぎてんだけじゃねえの。ジャイアント・笹野だし。燃費、悪いもんな」

「うるせえっての。たまには、ぼーっとくらい誰でもするだろうがよ」

 そして、

「あはは。確かに。天気も良いしな。今日は日当たりの良い笹野の席の方で食う?」

 その四人の中には牛尾理央も居た。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました

水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。 世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。 「見つけた、俺の運命」 敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。 冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。 食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。 その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。 敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。 世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...