1 / 5
1話
しおりを挟む
幼い頃に引き寄せられ、共に育った婚約者?
───だめよ。愛らしい恋人が出来たら裏切るんだから。
七つの頃に両親が死んで、二人で支え合いながら生きてきた弟?
───だめよ。所詮は男。家族より、仕事や女を取るんだから。
ずっとずっと尽くしてきた、祖国?
───もってのほかだわ。もはや裏切りとすら感じられない。特に王権制なんてクソ喰らえ、よ。
15歳の少女、レラジエは手に持った麻袋をカラカラと揺らした。ガタゴトと、乗り心地はあまり良くない馬車の中。
ぼんやりとした表情。最早そこに、かの王太子の婚約者ですらあった、バートンウッド公爵家の令嬢の面影はなかった。
黒い髪は不吉の証。赤い瞳は不吉の証。それでもレラジエが王太子ウォルターの婚約者と定められたのは、単にその血筋故だった。
父は前王朝の王子だった。祖父は暴君では無かったけど、愚君であった。愚かな君主に付き従うものはいない。父にもまた、『愚かな君主の息子』という肩書きをないものとする程の実力もカリスマもなかった。
やがて祖父は密かに暗殺された。新しく今の王朝ができた。しかし現在の国王は貧民街からのし上がってきた、いわゆる成り上がり。国民が許しても貴族達が許さない。表立って行動することはないだろうが、虎視眈々と王座を狙っていた。
そこで国王は、前王朝の血を汲み取ることを考えた。現在の王妃も高位貴族の娘であったが、やはり王族の血というワードは強い。
そうして、父は公爵という王族とほとんど変わらない爵位の代わり、娘が生まれればそれを差し出す約束を結んだのであった。
それが覆されることなど、普通はない。
いくら王太子ウォルターが愛に狂おうと、彼は王太子たる賢しさを持っていたはずである。どんなに本命であろうとも、愛人が精々だっただろう。
しかし、王太子の恋人。ミライアは、レラジエと同じ前王朝の系譜だった。祖父と侍女の間にできた、隠し子の更に子供。つまりは、レラジエのいとこだったのだ。
それでも、きっとウォルターは悩んだのであろう。
人としての良心の呵責、生まれて初めての熱烈な愛。
そして、黒髪赤目の不吉パレードなレラジエと、金の髪に青い目の天使のようなミライア。
国民や貴族に愛され、己の後押しとなるような妻。将来子供が生まれたとして、不吉を背負うという、王族として致命的なことが起きないような妻。
ひいては国のためにもなるのは、どちらか。
───どうあっても、天秤がレラジエに傾くことはなかった。
弟は、デュークはどう思っていたのだろう。
自らの姉が謂れのない罪を背負い、それどころか母の不貞でできた血筋までも偽物だと断じられた時。いいや、それどころか、母の不貞の証人として立った時。
姉のレラジエどころか、己の母まで貶めて。
ウォルターのために。それが国のためになるからと。
最後にレラジエを追い出す時、大金を持たせて、行き先に送る馬車を用意した分だけの情はあったと喜ぶべきだろうか。
まさか。それはデュークのするべき最低限のことである。喜ぶなんてあり得ない。
レラジエが本気で喜ぶことがあったとしたら、それはデュークが祖父と同じ愚かな人間であった時だけだろう。国の未来なんて考えないで、情だけで物事を判断して、『何があっても姉さんは僕が守ります』と言ってくれた時だけ。
つまり、レラジエが喜ぶことは絶対にないのだ。
カラカラと馬車の中につけられたベルを鳴らした。
止めろ、という意味だ。
やがて馬車が完全に止まると、レラジエは御者の手を借りることすらなく馬車から飛び降りた。
ジーンと足が痛む。けれどそれをない表情の下に隠して、言葉もなく歩き出した。
御者はばかみたいな、泣きそうな顔でレラジエを見送った。
声をかけることはなかった。別れを惜しむこともしなかった。
だって、これから本当の意味で一人になるレラジエにとって、それがどれほどの慰めになるだろうか。
むしろ追い詰めるだけだろう。この国に、不吉を持った人間に自分から近づくような人間はいない。
御者はレラジエを小さな頃から知っているけど、そもそも殆どの人は、人柄すら見ようとしない。怯えて、自らの視界を閉ざすのだ。
御者はやっぱり泣きそうな顔を隠すように俯きながら、また馬車を動かした。
中には誰もいない。
いつも馬車から降りる時、平民の御者に「ありがとう」と笑ってくれる心優しいお嬢様は、もう居ないのだ。
───だめよ。愛らしい恋人が出来たら裏切るんだから。
七つの頃に両親が死んで、二人で支え合いながら生きてきた弟?
───だめよ。所詮は男。家族より、仕事や女を取るんだから。
ずっとずっと尽くしてきた、祖国?
───もってのほかだわ。もはや裏切りとすら感じられない。特に王権制なんてクソ喰らえ、よ。
15歳の少女、レラジエは手に持った麻袋をカラカラと揺らした。ガタゴトと、乗り心地はあまり良くない馬車の中。
ぼんやりとした表情。最早そこに、かの王太子の婚約者ですらあった、バートンウッド公爵家の令嬢の面影はなかった。
黒い髪は不吉の証。赤い瞳は不吉の証。それでもレラジエが王太子ウォルターの婚約者と定められたのは、単にその血筋故だった。
父は前王朝の王子だった。祖父は暴君では無かったけど、愚君であった。愚かな君主に付き従うものはいない。父にもまた、『愚かな君主の息子』という肩書きをないものとする程の実力もカリスマもなかった。
やがて祖父は密かに暗殺された。新しく今の王朝ができた。しかし現在の国王は貧民街からのし上がってきた、いわゆる成り上がり。国民が許しても貴族達が許さない。表立って行動することはないだろうが、虎視眈々と王座を狙っていた。
そこで国王は、前王朝の血を汲み取ることを考えた。現在の王妃も高位貴族の娘であったが、やはり王族の血というワードは強い。
そうして、父は公爵という王族とほとんど変わらない爵位の代わり、娘が生まれればそれを差し出す約束を結んだのであった。
それが覆されることなど、普通はない。
いくら王太子ウォルターが愛に狂おうと、彼は王太子たる賢しさを持っていたはずである。どんなに本命であろうとも、愛人が精々だっただろう。
しかし、王太子の恋人。ミライアは、レラジエと同じ前王朝の系譜だった。祖父と侍女の間にできた、隠し子の更に子供。つまりは、レラジエのいとこだったのだ。
それでも、きっとウォルターは悩んだのであろう。
人としての良心の呵責、生まれて初めての熱烈な愛。
そして、黒髪赤目の不吉パレードなレラジエと、金の髪に青い目の天使のようなミライア。
国民や貴族に愛され、己の後押しとなるような妻。将来子供が生まれたとして、不吉を背負うという、王族として致命的なことが起きないような妻。
ひいては国のためにもなるのは、どちらか。
───どうあっても、天秤がレラジエに傾くことはなかった。
弟は、デュークはどう思っていたのだろう。
自らの姉が謂れのない罪を背負い、それどころか母の不貞でできた血筋までも偽物だと断じられた時。いいや、それどころか、母の不貞の証人として立った時。
姉のレラジエどころか、己の母まで貶めて。
ウォルターのために。それが国のためになるからと。
最後にレラジエを追い出す時、大金を持たせて、行き先に送る馬車を用意した分だけの情はあったと喜ぶべきだろうか。
まさか。それはデュークのするべき最低限のことである。喜ぶなんてあり得ない。
レラジエが本気で喜ぶことがあったとしたら、それはデュークが祖父と同じ愚かな人間であった時だけだろう。国の未来なんて考えないで、情だけで物事を判断して、『何があっても姉さんは僕が守ります』と言ってくれた時だけ。
つまり、レラジエが喜ぶことは絶対にないのだ。
カラカラと馬車の中につけられたベルを鳴らした。
止めろ、という意味だ。
やがて馬車が完全に止まると、レラジエは御者の手を借りることすらなく馬車から飛び降りた。
ジーンと足が痛む。けれどそれをない表情の下に隠して、言葉もなく歩き出した。
御者はばかみたいな、泣きそうな顔でレラジエを見送った。
声をかけることはなかった。別れを惜しむこともしなかった。
だって、これから本当の意味で一人になるレラジエにとって、それがどれほどの慰めになるだろうか。
むしろ追い詰めるだけだろう。この国に、不吉を持った人間に自分から近づくような人間はいない。
御者はレラジエを小さな頃から知っているけど、そもそも殆どの人は、人柄すら見ようとしない。怯えて、自らの視界を閉ざすのだ。
御者はやっぱり泣きそうな顔を隠すように俯きながら、また馬車を動かした。
中には誰もいない。
いつも馬車から降りる時、平民の御者に「ありがとう」と笑ってくれる心優しいお嬢様は、もう居ないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
「きみ」を愛する王太子殿下、婚約者のわたくしは邪魔者として潔く退場しますわ
間瀬
恋愛
わたくしの愛おしい婚約者には、一つだけ欠点があるのです。
どうやら彼、『きみ』が大好きすぎるそうですの。
わたくしとのデートでも、そのことばかり話すのですわ。
美辞麗句を並べ立てて。
もしや、卵の黄身のことでして?
そう存じ上げておりましたけど……どうやら、違うようですわね。
わたくしの愛は、永遠に報われないのですわ。
それならば、いっそ――愛し合うお二人を結びつけて差し上げましょう。
そして、わたくしはどこかでひっそりと暮らそうかと存じますわ。
※この作品はフィクションです。
優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる