暗闇の記憶~90年代実録恐怖短編集~

MITT

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第三話「赤いコートの女の子」①

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 平成一桁時代のある冬の出来事。
 
 町田街道から、少しだけ奥まった所にある昭和の面影が色濃く残るボロアパート……旭興荘(きょっこうそう)。
 
 その205号室。
 それが、俺が生まれて初めて一人暮らしすることとなった部屋だった。
 
 仲間内でひとり暮らしなんて始めたのは、俺がはじめて……と言う事で、週末になるなり、引越し祝いと称して、いつもの仲間達が我が家に一斉に押しかけてきたのだった。
 
「それではー! 見延君の一人暮らし生活の始まりに乾杯ーっ!」

 仲間達の声が揃って、めいめいに早速缶ビールなんかを空け始める。

「と言うか、引っ越して、数日しか経ってないのに、もう押しかけてくるとか、君らも容赦ないね。まぁ、引っ越しっても、漫画とか布団、家から持ってきただけなんだがね。言っとくけど、暖房器具はそのこたつがあるだけで、他は何もないぞ」

「寒いのも、こたつがあれば、だいたい解決するよ……。安心したまえ、私らも雑魚寝は慣れたものさ。正直、私も引越し直後に押しかけるのは考えものだと思ったんだ。でも、今日は金曜なんだけど、行き場がなくてさ……まぁ、皆いつも通り勢いでって奴だから、悪気はないんだよ」

 早速ビールを開けて、ほろ酔い加減の灰峰姉さんが俺を宥めにかかる。
 
 もっとも、予め住所や道順についても、説明してあったし、内心は歓迎してるのも事実だったのだけどね。
 
 このアパートの住人は、土日ともなれば午前中に寝るってのが常だから、その時間帯に騒いだりしなければ、問題にもならないだろうから、集まって騒いでも、別に構わないかって思う。
 
「そういや、夕方に分室の前、車で通ったけど……真っ暗だったね」

 当時の俺らのたまり場だった市役所分室と呼ばれる公共施設。
 
 かつては市役所の出張所だったらしいのだけど、当時の時点で、すでに市役所の出張事務員も置かれなくなって、もっぱら市民グループの会合などに使われるような……要するに公民館のような施設だった。
 
 ロビーに若者がたむろしていても、別に誰か文句を言う訳でもなく、気のいい警備員のおじさんも、普段誰も来ないから、ゆっくりしていってくれなんて、言ってくれるようなところだった。
 
 なんとなく、そこに行けば、誰かがいる……誰も居なくても、伝言板に「分室」とだけ書いておけば、誰かが来る……俺らの集合場所みたいになってたのだけど。

 そこもかなり古い建物でそろそろ存続が怪しくなってて、近い内に取り壊される……そんな話も聞いていた。

「うん、あの建物も相当古いからねぇ……。しばらく休館するんだってさ。おかげで、皆、集まる場所に困っててね。これから、チョクチョクお邪魔するかもしれないけど、邪魔なら邪魔って遠慮なく言ってもらっていいよ」

「そう言う殊勝なことを言ってくれる姉さんが一番マトモだよ」

 そう答えると、灰峰姉さんは苦笑する。
 色々、奇妙な言動が目立つのだけど、この人はいたって常識的だった。
 
 他の連中が悪ノリするなか、一人冷静にピシャリとなだめたりする……まぁ、そう言う立場の人物でもある。

「よし、スーファミも映ったぞ! 皆で金出しあって、スーファミとスト2中古で買ってきたんだ。これはここに置いていくから、好きなだけやるといいさ」

 与志水が楽しそうに、告げる。
 当時は、家庭用ゲーム機と言えば、スーファミと言っていいくらいの全盛期だった。
 
 それを皆で、お金を出し合って、置いていってくれるってのは、ありがたい話のように思えるのだけど、ちょっとまてと言いたい。

「いくらしたのさ……と言うか、置きスーファミとか、通う気満々だろ、君ら」

「まぁ、まぁ……。アベニュー、公民館、いよいよ分室まで追い出されて、俺らも行き場がないんスよ。そんな毎日押しかけるとか迷惑な真似はしないから、たまにこうやって集まらせてもらえないっすかね」

 山田久太郎(やまだきゅうたろう)……略して、山久(ヤマキュウ)が申し訳なさそうに告げると、他のメンツも頭を下げる。
 
「まぁ、しょうがないか……。言っとくけど、合鍵とかは貸さないし、押しかけるのも週末くらいにしてくれよ」

「最近、うちらも平日は終電ブッチとかやってないっすよ。けど、一人暮らしとか羨ましいっすなぁ……」

「だねぇ……私は、マイドライヤーと歯ブラシを置いていくよ。そうだ、毛布も持ってこないと!」

 言いながら、トイレの横の洗面台にドライヤーと、携帯歯ブラシセットを置こうとする須磨さん。

「須磨さん、何やってくれてんの? と言うか、住み着く気? 一人で来たら、さすがに襲われても文句言えんよ? 風呂とか使われたら、俺ドキドキモノで、正気でいられる自信ないよ?」

「あっはっは、そんな一人だけで来るわけないじゃない。その三点セットはやっぱ、女子としてのお泊り必需品なんだよ。……小角(おづの)ちゃんもそう思わない?」

「そうだねー。一人暮らししてる友達とかいたら、週末入り浸るに決まってるでしょ……。けど、この部屋いいねぇ……。6畳っても、京間の広い方ので、テーブル置けそうなくらい広い台所と洗面台もあって、トイレも洋式で水洗、お風呂も結構広くてユニットバスじゃない普通のヤツ……。建物はちょっと古いみたいだけど、なんかもう最高だよね。ここって家賃いくら? この広さだと6万くらいしてもおかしくないと思うけど……」

 現役女子高生の小角ちゃんが楽しそうに、そんな事を口にする。
 
 彼女は、皆の妹分って感じの子で、高校一年生……彼女が中学生の頃からの付き合いで、今年になって高校に進学。

 俺らとは、一回り年下……なんだけど、何かと無防備で日常的にパンチラとかやらかしてくれる困った子でもある。
 
「家賃は、三万って言ってたね。ちなみに、この旭興荘って住民のほとんどが、うちの関係者。事実上のうちの社員寮って感じなんだ」

「どうりで、あちこちに新聞屋装備が干してあったり、アパートの前に新聞屋バイクが何台も並んでた訳だ。けど、家賃……そんな安いんだ。三万ってさすがに安すぎじゃないかい? 駅から結構遠いけど、その家賃ならむしろ、私が住みたいくらいだよ」

 灰峰姉さんが聞き返してくる……確かに、須磨さんなんかと、駅前の不動産屋なんかの張り紙見て、家賃相場の調査をしたことがあった。
 
 当時の町田市内のワンルームは、概ね四-六万位が相場で、三万となると境川より向こう……つまり、神奈川県に入らないと、そこまで安い物件はありえなかった。

「だよね……この辺、ワンルームの相場って、五万はするよ! 三万って、そりゃ安すぎる……。結構、古い建物みたいだけど、窓は二重窓になってるし、普通、ワンルームって、ユニットバスでキッチンなんかないと思うんだけど。この部屋のキッチン……テーブルとかおけるくらいには広いよね? これって、1DKってヤツだよね……普通これだと六万コースだと思うんだけどなぁ……」

 須磨さんが部屋を見ながら、そんな感想を漏らす。

「……聞いた話だと、ここって市民病院の看護婦寮だったらしいんだ。その関係で昼間、静かに休めるように、二重窓になってるんだとか……。あとエアコンもそこのウィンドファンだけ、構造的にエアコンを設置するとか、考えてないみたいで大掛かりな工事が必要って話。だから、夏場は相当暑いって、前に住んでた奴が言ってた。まぁ、確かにここらの家賃相場からしたら、ここ破格だからね……。従業員の家賃経費が月10万以上浮いて、年間だと100万位節約できてるって、おふくろ様が大喜びだったよ」

 我が家の家業は新聞屋なのだ。
 
 その従業員の大半は、いわゆる新聞奨学生の学生さんで、それに加えて、数人の専業社員……パチンコと競馬が生き甲斐だったり、酔っぱらい運転で配達やってるような不良オヤジ共を雇ってる。
 
 従業員の総数は、折込作りや団地配達やら、集金のパートおばちゃん達も入れると、二〇人を超えて、年商も軽く億単位は行ってる……実は新聞屋ってのは、結構な商売なのだ。
 
 大きな店舗を建てられるような店では、従業員の部屋も確保するものだけど……。
 我が家は、元々小料理屋だったのを改装した小さなお店で、一階が店舗と台所と風呂場、二階が六畳二間の居住スペースという構造で、はっきり言って、くっそ狭かった。
 
 そんな中、歩いて30秒、ほぼ店の裏にその旭興荘と言う昭和レトロなアパートは存在していた。
 
 このアパート、色々いわくつきの物件で、借り手が次々と逃げ出して、空き部屋だらけになっていて、相場ガン無視のディスカウント家賃にしても、やっぱりダメと言う割とどうしょうもない物件だったのだ。
 
 が……神も仏も恐れない超現実主義者の我が両親は、そんな事は知らん……近くて安いとか最強かよって事で、この旭興荘の空き部屋を問答無用で、全部借り上げたのだった。
 
 そんな訳で、全10部屋中の6部屋……住み込みの管理人が居ることや空き部屋がいくつかあることを考慮すると、この旭興荘の住民は、うちの関係者がほとんどだった。
 
 長年205号室に住んでた学生が卒業して店を出ることになり、年度の切り替わりを待たずに、空き部屋が一つ出来たので、俺ら兄弟の誰かが家を出て、住まないかと提案があったのだ。
 
 まぁ、そもそも六畳二間で、男三人兄弟の五人家族……ともなれば、手狭になるのは否めない。
 そして、当時、朝帰りの頻度も高く、店の仕事も頻繁に手伝ってた俺が家を出て、一人暮らしをするという事になったのだった。
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