暗闇の記憶~90年代実録恐怖短編集~

MITT

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第五話「海の手」①

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 まず、最初に断っておくが、これからする話は概ね実話だ。
 ただし、いくらかの虚構も入り混じっている。

 どこまでが事実でどこからか虚構かは、敢えて告げない。

 これは、ひとつのお約束のようなものだ。

 今日は……そうだなぁ……。
 海にまつわる怖い話をしようか。

 ほんの身近なすぐ隣にある非日常の世界に、今宵もご一緒しようじゃないか。

 それでは、ほんの少し昔、90年代の頃の昔話をするとしよう。
 

「いやぁ、見延君! 海だね! 海っ!」

 我が姉貴分の灰峰姉さんが夜の海を見ながら、やたら、高いテンションではしゃいでいる。

「……二人で海行こうって、誘われたから、少し期待してたけど……。姉さんには、心底ガッカリだよ……」

 思わず吐き捨てるようにつぶやく。
 と言うか、コレくらい言わせて欲しい……切にっ!

「さっきから君は、何を言ってるんだい? 海といえば、普通「釣り」じゃあないのかい? と言うか、よく見たら、海パンにサマーパーカーにスポサンとか……なんだか、まるで海で泳ぐつもりみたいな格好だね……。いつものオリーブ色のカーゴパンツとフィッシングベストは、どうしたんだい?」

 ……そうじゃなくてさと、ツッコミを入れたいっ!

 健全な若い女子が海といえば、釣りに決まってるとか、オッサンみたいな事を言う時点で、色々間違ってる気がするんだ。
 
 尚、そう言う灰峰姉さんは、ハイレグビキニ……何てことはなく、いつも通り安定の黒のデニムパンツに黒いデニムジャケット姿だった。

 夏場だろうが、年中被ってる黒いワークキャップのせいで、もはや色気はゼロだし、とにかく黒くて暑苦しい!
 
 そして、誇らしげに背負った長い筒には、磯竿と呼ばれる海釣り専用の釣り竿が入っている。

 ご丁寧にクーラーバックまで背負ってて、もはや釣り好きなオッサンにしか見えないっ!

「そのつもりでしたー。海に行くにしては、やけに早い……前日のうちから迎えに来いって言ってたから、変だと思ったけどさ……。それに荷物もどうみても、釣り竿とクーラーボックス……嫌な予感はしてたんだ」

 ……日付が変わったばかりの真夜中の大磯港。
 
 大磯と言えばロングビーチっ!

 ……焼ける砂浜に、海の家……粉っぽいカレーに、不味いラーメンに、合着原色シロップのかき氷!
 
 ココナツオイルの匂いが香って、水着姿の女の子が当たり前のように闊歩する……。

 今も昔もそのへんは、何一つ変わってない……。
 
 真夏の土曜の夜に、唐突に携帯に電話かけてきて、大磯に行かないかと誘われて……。
 
 女子と二人で海と言うシチェーションに、一人で勝手に舞い上がって、速攻で当時の愛車S13シルビアで、姉さんを迎えに行って、夜中の129号をひた走って、軽く50km近い距離を走破して、大磯までやって来たんだが……。
 
 てっきり朝までファミレスかどっかで、暇つぶしするのかと思ったら、ロングビーチではなく、隣の漁港へと案内され、先のやりとりに至る……。
 
 せっかく、夏の海で、灰峰姉さんの水着姿を拝めると思ったのに……期待した俺が馬鹿だった。
 
「ん……何か、期待させてたかな? なんだか、随分、露骨にガッカリしてるみたいだけど……」

「ああ……その……。海って言うから夏だし、てっきり、泳ぎに来たのかと……」

「はははっ、すまないけど、私は水着なんて持ってきてないんだ……。そもそも、洒落た水着なんて、持ってないからね。海で泳ぐとか、高校時代に友人に誘われて江ノ島で泳いで以来、まるで縁がない……。これでも泳ぎはなかなかに、達者なんだけどね」

 ちなみに、以前、仲間達と海に行ったときも、姉さんは泳ぎに来た他の子達をよそに、一人磯で釣りに勤しんでた。

 要するに、前科あり……けど、そう言う人なんだから、仕方がない。
 女子力低いのにも程があるだろ。
 
 この調子だと、水着も高校時代のスク水しか持ってないとか、そんなんだろうな。
 それはそれで、見てみたい気もするけど、ハタチ超えがスク水とか……流石にそれはどうかと思う。

「いや……姉さんはそう言う人だった。俺が間違ってた……。海釣りか……前々から行こうとは誘われてたっけ……。まぁ、タックルなら、トランクに一式入ってるから、ルアー釣りくらいなら出来るかな。てか、俺……海釣りとか全然、解んないよ。いかんせん、海にはほとんど縁がなかったからね」

 そう、俺は海には、縁がなかった。

 出自は、岡山……瀬戸内海に面したどっちかと言うと山国だ。
 瀬戸内海なんて、対岸の四国が見えるほどで、あれは海と繋がってるデカい河だ。

 魚といえば、鮎にハエ、ナマズにギギとかそんなんだ。
 
 育ちも東京……。
 それも山に面した八王子、町田とどっちにせよ海なんか無い。

 海に行くともなれば、むしろ、湘南が近いのだけど、神奈川を縦断することになるので、車で軽く一時間以上かかる……。
 仲間達と泳ぎに行ったことは何度かあるけど、一人で海釣りに行くとか考えたことも無かった。

「そこは、それ……私がバッチリ教えるさ! ちなみに、本命はイナダだよ。なんでも、今の時期、堤防の先端からメタルジグぶん投げて、鬼巻きすると釣れるんだって、釣りたてのイナダの刺し身とか最高だよ? それにこう言うところなら、ヘチに沿って、落とし込み釣りすれば、カサゴとか底物が釣れる……いやぁ! つりニュース読んでたら、どうしても海に行きたくなってね! もう、週末が楽しみでならなかったんだ」

 もはや、素人には何言ってんのか解んないような専門用語の嵐なんだが。
 今の俺は、すんなりと理解できる。
 
 ……ちょっとうっかりで、相模湖でブラックバスをゲットして、調子に乗って、ダイクマで1980円の安物ベイトルアー釣りセットを見かけたからって、衝動買いして、使い方を教えて……なんてやったのが運の尽きだった。
 
 それから、車持ってる釣り仲間ゲットって感じで、灰峰姉さんの猛烈な釣りプッシュが始まった。
 
 まぁ、1980円タックルはモノの見事に、ゴミ認定されて、灰峰姉さん選定の一式一万円くらいの初心者向けタックルを揃えさせられて、あちこち連れて行かされた。

 もっとも、俺自身、ソロ釣行を何度かやるくらいには、順調にハマり、灰峰姉さんと相模湖、津久井湖あたりで、夜釣りとかボート釣りとかやっていた。

 奥多摩湖や管理釣り場なんかも行ったし、道具もかなり揃っている。
 
 いつもの仲間内で、ここまでガッツリ釣りにハマったヤツもおらず、様々な事情でかつての仲間達とも疎遠になる中、灰峰姉さんとの付き合いだけは、こんな形で続いていたのだった。
 
 ……おかげで、釣り用語や魚の名前もすっかり、よく解るようになった。
 
 イナダは……ブリのちっちゃいヤツだ。
 ちっちゃいって言っても、1kg超えの物を指すので、一匹でも釣れたら、刺身の盛り合わせ分くらいにはなる。
 
 メタルジグってのは、遠投して、しゃくり上げながら、早巻きする事でヒラヒラとヒラを打ちながら、素早く泳ぐ魚をイミテートした金属の塊のようなルアーで、陸の釣りではあまり出番はない。

 どちらかと言うと、海釣り用のルアーだ。 
 
 ともかく、釣りの話について、詳細に語るとそれだけで、ちょっとした読み物が出来てしまうほど、奥深い世界なので、程々にしておく。
 
 カサゴは……赤くて、ゴツい顔した魚で高級魚。
 前に、回転寿司でそんなレクチャーをされたから、覚えてる。
 
 落とし込み釣りってのは、竿を持って、ヘチ……堤防ギリギリを垂直にルアーや餌を落として、海の底の方に居る根魚と呼ばれる魚を狙う釣りだ。
 
 ワームと呼ばれる柔らかい素材で出来たルアーに、鉛の重りと釣り針が一体化したようなジグヘッドと呼ばれるフックを突き刺して、ロッドを操ることで、スイミングとか、バーチカルフォーリングと称する水底でピョコピョコ跳ねる魚のような動きを演出する。
 
 なお、ワームもハードルアーも夜釣り用の夜光素材のものを持ってる……何とも用意周到な話だった。
 
「うん、道具は……なんだ、バッチリ揃ってるじゃないか。こんなのどこで使うつもりだったの? こんな小さな夜光ジグヘッドとか、バス用じゃないでしょ……むしろ、海でメバルとか狙うヤツだね。もしかして、密かに海釣りデビュー企んでた?」

「あー、うん。上州屋で衝動買いして、今まで出番なかったんだ……メバルタックルは上州屋でも宣伝してたね。ニフティの釣りフォーラムでも最近、ルアーで狙う人が増えてきてるって話だったよ」

 この頃、俺は上州屋の常連だった。
 週イチペースで、通ってたら、それはもう立派な常連だと言える。

 リールももう何台も持ってるし、ロッドも色々持ってるし、ルアーなんてもう無数に持っていた。

「なるほどね……なんだ、誘うまでもなく、そのつもりだったんじゃないか。さすが、我が愛弟子……まさに、以心伝心ってヤツだ。なぁに、夜明けまで待てば、そこの釣具屋も開くだろうし、そうなったら、アミブロックと仕掛け買って、餌釣りでもやろうじゃないか。うんうん、ひとまず、道具はこれで十分だよ……じゃあ! レッツゴー! 行ってみようか!」

 お師匠様のお墨付きが出た。
 装備については、問題は無さそうだった。
 
 ちなみに、この頃の俺は、津久井湖をホームレイクとしていて、バスはむしろそっちのけで、夏場、道志川で釣れるハスと言う魚を専門に狙うという外道ルアー釣り師として、当時流行り始めていたパソコン通信の釣りフォーラムでは、ちょっとした有名人になっていた。

 そして、テンカラと言う毛鉤釣りにもハマってて、オイカワとか釣ったりもしていた。
 
 もっとも、パソコンの普及とそれに伴うパソコン通信やインターネットの流行りと共に、顔も知らない仲間達が出来ていくのと引き換えに、かつての仲間達とは疎遠になってしまったのだから、何とも皮肉な話だった。
 
「……うわっ、なんだこれ! こ、こりゃ……参ったなぁ……」

 夜の漁港に入るなり、灰峰姉さんが素っ頓狂な声を上げる。

 夏休みシーズンの週末で、ビーチで花火やってたり、暴走族やらが騒いでたりするんじゃないかと思ってたのだけど、漁港も浜辺も一切の人気がなかった。
 
 大磯とも言えば、都内や横浜からもほど近くて、釣りのメッカでもあって、この時期、夜釣りとかやってる人もいそうなものだけど、その日は誰も居ない様子だった。
 
「……貸し切りって感じだね。堤防の突端ってあっちかな? 西の方は工事やってて、なんだかがんじがらめに鎖張られて、封鎖されてたけど、こっちは大丈夫みたい……。でも、その様子だと、大丈夫じゃない?」

 この漁港は沖の方と、漁船なんかを停泊させる港側……二重に堤防があるような構造になっていた。
 
 本命は一番西側の外縁部の堤防だと言う話だったんだけど、そっちは工事中の上に、かなり厳重な立入禁止状態になっており、どう見ても入っちゃ駄目な感じだった。
 
 東のビーチ側の堤防は、特に制限もないので突端まで、行こうと思えばいけるように見えた。

 沖合にある堤防の突端にも、遠目ながらも、釣り人らしき人影も見えて、釣りをやっても問題無さそうに見えた。
 
「ああ、その……これは……ちょっと。ごめん、日が悪い……んだろうな」

 灰峰姉さんがビーチ側の様子を見ながら、嫌そうな顔をして、何とも言いにくい感じで呟いてる。
 
 灰峰姉さんは、人に見えないモノが見え、人ならざるものの声が聞こえる所謂、霊感持ちだ。

 俺は、色々あって、その手の霊の存在については確信していたけど、ハッキリと人ならざるものを見たことは無かった。

 いずれにせよ、長年の付き合いで、姉さんが何が言いたいか何となく解る。
 この分だと、浜辺に死者の群れが居るとか、そんな調子なのかもしれない。

 この風のない生臭い空気と澱んだ雰囲気……以前にも体験してる。

 この様子だと、どうも、今夜の大磯は、大いに問題があるようだった。
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