英雄の弾丸

葉泉 大和

文字の大きさ
70 / 154

3-03 オーヴでの初仕事

しおりを挟む
 ***

 ただでさえ人通りの少ないオーヴ、その路地裏は更に人の気配はなくなり、閑散としていた。まだ昼だというのに仄暗く、誰が悪事を働こうとも分からない状況だ。

 そんな路地裏を密かに通り抜けようとする人物が、一人――否、二人いた。体格のいい一人の男と、その男に背負われている小さな女の子だ。
 男は背中にいる女の子に目を向けた。女の子は疲れているからか、寝息も立てないほどにぐっすりと眠っている。その様子に男は笑みを向けると、警戒するように周りを見て、暗い路地裏の中へと溶け込もうとした。

「その子、あなたの妹さん……という訳ではないですよね」

 しかし、そうなる直前、男の背後から誰かの声が聞こえた。男は反射的に振り返る。
 目の前には、マントを羽織った男――クルムがいた。クルムを知らない男にとって、クルムの黄色い双眸には底知れぬ力が籠っているように見え、その威圧から容易に動くことが出来なかった。優しい声音、細い線をした体なのに、どこか油断ならない。

 男は息を呑むと、ようやく口を開き、

「……は、はぁ? こ、こいつは正真正銘、俺の妹だが?」
「では、その子の名前は何というのですか?」
「……っ」

 クルムの鋭い質問に、男は言葉を詰まらせた。とっさに嘘でも吐けばよかったのだが、クルムの前では何でも見透かされているような気がして、自分でも驚くほど頭が回らなかった。

「本当にこの子の兄だというならば、こんな薄暗い路地裏を通らずに、堂々と大通りを通ればいいのではないでしょうか?」

 そんな男の焦りを知ってか知らずか、クルムは変わらずに落ち着いた態度で話し続ける。

「な、なんだ、お前!?」

 さすがにこのままの状態を続けてはまずいと感じた男は、声を荒げながら、クルムに問いかけた。

「僕は何でも屋をしながら旅をしている、クルム・アーレントです」
「そ、そんなこと聞いてんじゃねぇよ!」

 的外れな回答に怒りの沸点を超えた男は、幼い女の子を背負いながら器用に攻撃を仕掛けてきた。しかし、男の右ストレートは難なくクルムに受け止められる。

「なっ!?」

 予想外の反撃に、男は驚きの声を上げた。その男の声にも、クルムは反応を示さないでいる。

「その子を連れて、どこに行こうとしているのですか?」

 先ほどまでと変わらない柔らかな口調で、クルムは問いかけた。しかし、その一方で、男の拳を握るクルムの手がだんだんと強くなっていく。それに連動して、男の表情は苦痛へと歪み始めた。
 このまま終わらせるわけにはいかない男は、反抗の意志も込めてクルムを睨みつけた。クルムと男の視線が重なる。
 意志を砕くような鋭い瞳が男に向けられていた。その眼に男はひるんでしまった。

 そして、

「返答次第では――」

 クルムが言葉を紡いだ瞬間、男は身の危険を確信した。仲間がいない状況で相手をしても敵わない相手だと男は悟ってしまったのだ。

「ッ! て、てめぇ、覚えてろよ……」

 背負っている女の子を器用に背中から下ろし、自由になった左手でクルムの右手を弾くと、男は痛む右手を擦りながら暗い路地裏へと姿を消した。

 クルムは男が去っていった路地裏を見つめると、一度だけ溜め息を吐き、

「……すみません。こういう手はあまり使うべきではなかったのですが――」

 眠っている女の子――否、男によって眠らされた女の子の頭を優しく撫でてから、女の子を背負う。

「さて、シンクにどう説明をしましょうか……」

 クルムは頭を悩ませながら、路地裏から大通りへと出て行った。

 ***

 シンクは知らない町で一人頬杖を突きながら、大通りを歩く人々の姿を見つめていた。オーヴの町を歩く人の数は、今までシンクが訪れた二つの町よりもあからさまに少ない。それに、歩く人たちの表情もどこか浮かなく、何か困苦に陥っているのは明らかだった。

 そんな人たちの往来を長時間見つめていても、シンクが待ち望む人の姿は一向に見えなかった。リッカが世界政府の支部に行き、クルムがトイレに行ってから、一体どれくらいの時間が経っただろうか。
 シンクの体感的には、あまりにも長い時間が経っている気がする。

「……暇だな。ちょっとくらいオーヴの町でも歩き回るか」

 行きたい場所なんてシンクにはどこにもなかったのだが、暇を持て余すよりは歩いていた方がいいだろう。

 そう思い、シンクが立ち上がった時だった。一人の人物が、シンクの方に近づいて来るのが見えた。その人物の輪郭は、シンクが今まで見続けて、慣れ親しんだものだ。

 シンクは自分でも頬が緩むのを感じながら、件の人物の元へと走っていき、

「クルム! だいぶ遅かったな――って、誰?」
「お手洗いに行く途中で、この子が迷子になっているのを見かけたので連れて来たんです。それで歩いている内に、疲れて眠ってしまったみたいで」

 クルムは背負っている女の子を起こさないように、小さな声量で言葉を紡ぐ。シンクはクルムの説明に納得したように頷いた。困っている人を見たら放っておけない性格は、いかにもクルムらしい性格だ。

 そして、クルムが次の取ろうとする行動も、シンクには手に取るように読めた。

「ってことは、オーヴでの初仕事は、そいつの母親を探すこと――」
「ディアナ!?」
「って、あら」

 言った直後に初仕事が終わってしまい、シンクは肩透かしを食らったような気分になる。

 そんなシンクとは裏腹に、クルムは動じることなく声の持ち主の方へと向いた。シンクもクルムに続いて、そちらに視線を移動させる。

 声の持ち主を見ると、そこにはクルムに背負われている女の子――ディアナを心配そうに見ている女性がいた。その顔には汗が滴っており、ディアナがいなくなってからずっと探していたことが窺える。
 そのディアナは、クルムの背中で安らかに寝息を立てている。

 大切な愛娘が無事だったことに対して、女性は胸を撫で下ろすと、

「よかった。ありがとうございま――ッ!?」

 クルムに近づこうとしたところで、その足を止めた。ディアナの母親の表情が、安堵から一転、恐怖と怒りが入り混じったような表情へと変わる。

「大丈夫ですよ、眠っているだけですから」

 クルムはそんな母親を宥めるように優しい声音で言うと、背負っていたディアナを母親に渡した。

 母親はクルムの腕からディアナを強引に受け取ると、

「……あなたが何かしたんじゃ」

 ディアナを守るように抱きながら、クルムを睨みつけた。

 その瞳は娘を見つけてくれた恩人に向けるものではなく、犯人に対して向けられる敵意の籠った瞳だった。

「クルムがそんなことするわけねーだろ!」

 そのことを敏感に感じ取ったシンクは、ディアナの母親に食い掛るように声を上げた。

「……そんな言葉、信じられない」

 しかし、シンクの言葉を母親は全く受け入れようとしなかった。むしろ、まだ子供であるシンクに対しても、クルムと同じような視線を隠すことなくぶつけて来る。
 その視線に、シンクは二の句を継ぐことが出来なかった。

 誰も言葉を交わさない膠着状態に陥った状況で、

「この子は路地裏のところで、誰かに連れ去られるところでした。きっと怖い思いをたくさんしてしまったでしょうから……、目を覚ましたら傍にいてあげてくださいね」

 クルムは母親とその腕に眠るディアナに、安心させるように語り掛けた。そのクルムの対応は、今まで敵意を向けられていた相手に出来るようなものではなかった。
 それでも、クルムは変わることのない態度で接し続ける。

「――ふんっ。あなたに言われなくても、そうするつもりよ」

 母親は罰の悪くなったような顔を浮かべると、ディアナの存在を確かめるように一度強く抱きしめてから、クルムに礼を言うこともなく背を向けて走り去っていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

縁の切れ目が金の切れ目です!

あんど もあ
ファンタジー
「みすぼらしいお前とは婚約破棄だ!」 「じゃあ、貸してたお金を返してくださいね」 質素倹約がモットーのアナベルは、浪費家の婚約者に婚約破棄されてしまう。だがそれは想定内で……。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

処理中です...