英雄の弾丸

葉泉 大和

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3-05 腹の探り合い

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 ***

「長老、連れて来ました」
「ようやく来たか、ディート」

 突如クルム達の前に現れた青年――ディート・ルーケンスに案内された家屋の中に入ると、長老と呼ばれた人物が出迎えてくれた。白く染まった短髪に、この町で一番の権威を持っていることを主張するかのような立派な衣服に身を纏われていることが印象的だった。
 ちなみに、この長老の家に来るまでの間、クルム達とディートの間に会話はなかったため、この時初めてディートの名前を知った。

「長旅ご苦労様でした。大したもてなしも出来ないが、皆様も上がりなされ。この家は私しか住んでいないので、気を遣う必要もございません」

 長老はクルム達に笑みを向けると、身を翻らせて建物の奥へと進んでいった。その歩く様は、年を感じさせないほどに真っ直ぐと毅然だった。ディートは長老に後れを取らないようにその背を追いかけ、クルム達も言葉を挟むことなく家の中へと入った。

 家の中は、長老という立場にしてはごちゃごちゃとしておらず質素だった。中の広さも、一人暮らしにしては少し広いと感じるくらいで、特別に目立つところはない。
 この家に住む長老は、物に固執する人間ではないのだろう。
 そう見立てながら、クルム達が長老とディートの後ろを歩いている時だった。

「さぁ、こちらです。狭くて申し訳ないですが、この部屋で休んでくだされ」

 突然、長老がある一室の扉を開け、クルム達に中に入るよう催促した。長老に案内された部屋は、窓側に机が一つと、その手前に何人もの人数が利用できるような大きさの机があった。窓際の机には丁寧に書類が重ねられており、おそらくこの部屋は長老が人を招く際に使う応接室だということが窺える。

 どこに座るべきか迷うクルム達に、ディートは慣れた様子で椅子を三脚引いた。クルム達はディートの誘導に従って、クルム、リッカ、シンクの順に一列に並ぶように腰を下ろした。
 長老は自分の机の方に行き、ディートはクルムの対面側に回る。

 そして、長老があからさまな意思を持って咳払いを一つすると、

「――では、改めて」

 にっこりと微笑み、会話の火蓋が切って落とされた。

「私はラッツ・ヒルント。このオーヴで長老という立場に居座る者です。……まぁ、そう畏まらずに、気楽にしてください」
「はい。ラッツさんが気を張るのをやめたら、僕もそうさせて頂きます」

 クルムの答え方に、一瞬ラッツは表情を引きつらせた。ディートも、どう行動すべきか図りかねて固まってしまっている。
 その中で、クルムは真剣な表情でラッツのことを見つめていた。クルムの瞳は、ラッツの人となりを見抜いているかのように研ぎ澄まされている。

 やがて、ラッツは自分よりも三回り以上年の若い青年に先手を取られたことを察すると、

「ははは、そう来るか」

 笑い声を漏らしながら、両手を上げた。ラッツの表情は、この敷地の中に足を踏み入れてから目にした中で、一番自然な表情だった。

「なら、お言葉に甘えて、普段通りにさせてもらおうかね。おい、ディート。この人たちにお茶を出してあげなさい」
「はい」

 ラッツの指示を受けたディートは、ラッツに一礼をすると、応接室からそそくさと姿を消した。

「……どうして私が気を張っている――、取り繕っていると分かったんだ?」

 ディートが応接室から離れて暫しの時が流れた後、ラッツは顔の前で手を組みながらクルムに問いかけた。

「いえ、大した理由はありません。ラッツさんがディートさんを迎えた時の態度と僕らに対する態度があまりにも違っていたので。それに、僕たちを案内する時のラッツさんの足取りは、まるで警戒しているようにどこか重く感じられた……なので、ラッツさんは僕に対して気を張っているのではないかと思いました」
「ははは、いけ好かない若者だ。私が若い頃なんて、そんな風に人を観察することなど出来なかったがな」
「僕は人が好きですから」

 間髪入れずに言葉を返すクルムに、ラッツは二の句を継ぐことが出来なかった。真顔でそんな台詞を言われるとは、まったく予想だにしていなかったのだ。

 しかし、ラッツが驚いたのも一瞬で、

「ははは!」

 すぐに家中に響き渡るような声量で、笑い始めた。クルム達は突然のラッツの行動に、どう反応を示していいのか分からない。ラッツは腹まで抱える始末だ。

「……いやはや、失敬。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのでな。君は面白い」

 一しきり笑って落ち着きを取り戻したラッツは、目に浮かぶ涙を拭いながらクルム達に語り掛ける。
 この家の中に入ってからずっと固まっていた空気が、柔らかくなった気がした。

「今一番世間を賑わしている罪人だとは思えない」

 しかし、その空気もラッツが放った一言ですぐに壊されてしまう。再び凍てつく空気。そんな状況の中、誰かの椅子を引いて立ち上がる音が部屋中に響き渡った。その音に一同が視線を移す。
 一番最初に行動を起こしたのはリッカだった。

 立ち上がったリッカは机の上で拳を握り締めながら、

「……やはりクルムのことを知っていたのですね」

 絞り出すように声を出した。震えるリッカの様子を、クルムとシンクは心配そうに見つめている。
 その一方で、ラッツは全く動じることなく、リッカににこりと微笑みかけた。ラッツの顔の皺が、より深く刻み込まれる。

「愚問だな。ここはヴェルルに近い町……、先日の事件について耳に入らない訳がないだろう」

 そして、ラッツが口を開くとその表情は一転、まるでリッカを嘲笑うかのように鋭い眼差しをあてつける。そのラッツの眼光を受け、リッカはたじろいでしまった。

 そんなリッカに追い打ちをかけるように、ラッツは机の上に置かれている一枚の紙に手を伸ばし、

「罪人クルム・アーレント。彼は今回ヴェルルで行なわれた巡回において、全国民が待ち望んでいたペテル・コンヴィクトによる英雄の演説を妨害した。それは英雄の権威を貶める行為として、あまりにも罪深い。また以前から、彼は自らを英雄視させる団体を立ち上げていた。よって、シエル教団は世界政府と共同して、クルム・アーレントを極めて危険な罪人とみなすこととする。それにより、また彼に掛けられる賞金も大きく膨れ上がる見込みとなる」

 ラッツから発せられた言葉はすべて、リッカがオーヴ支部で確認したものだった。ヴェルルでの巡回以降に発行された、アドウェナ社の新聞記事だ。自分の目で見た受け入れがたい情報を、他人の口から聞くというものは、また捉え方も変わってくる。

「これが、この町の――否、このグリーネ大国に住む人々が彼に恐怖心を抱く理由だ」
「っ」

 長老という立場で言葉を紡いでくるラッツに、リッカは言葉を呑んだ。
 やはりクルム・アーレントという人間を見る世間の目は、ヴェルルでの巡回以降、明らかに変わってしまったことを実感せざるを得なかった。

 しかし、ラッツの言葉を受けても、当の本人であるクルムは眉一つ動かすことはなかった。

 全く影響を受けないクルムを見て、ラッツは肩をすくめると、

「まぁ、今日はそんな話をしようと我が家に招いたわけではない。……丁度、ディートもお茶を持って来てくれたことだ。本題は茶を啜ってからにしようではないか」
「このお茶を信用して飲めると……?」
「――強制はせん。好きにするといい」

 疑うリッカをおいて、応接室に戻ってきたディートが各々の前にコップを置き始めた。ラッツは目の前にコップが置かれると同時、お茶を口に入れた。ラッツはお茶が好きなのか、お茶を飲む表情は和んでいるように見えた。

 リッカは目の前の湯気立つコップを見ながら、考えを張り巡らせていた。

 ――このお茶に毒が盛られていない可能性がないだろうか。

 もしラッツが罪人クルム・アーレントを始末したいと考えているならば、このお茶に毒か睡眠薬を盛ってくるだろう。
 しかし、やり方がいかにも浅慮で使い古されたものだ。そんな古典的で後が付きやすい手段を取ってくるだろうか。だが、その万が一の可能性を否定させない気迫が、先ほどのラッツからは感じられた。

「じいさん、このお茶うめぇな!」

 しかし、そんな腹の探り合いはシンクの呑気な一言によって水泡に帰した。

 リッカはすぐに隣に座っているシンクに、

「シンク! あんた、この状況でよく飲めるわね」
「俺だけじゃねーって。ほら」

 シンクはリッカの背後を指さした。その指につられて、リッカは後ろを振り返ると、クルムも呑気にお茶を飲んでいるところだった。

「リッカさんも飲んでみてください。このお茶、美味しいですよ」
「クルム! なんで……っ」

 まったりとお茶を勧めるクルムに、リッカは唖然としていた。一番毒を盛られるリスクがあるのはクルムだ。その可能性は本人が一番よく知っているはずなのに、どうして正体の分からないものを口に含むことが出来るのか。

「せっかく用意して頂いたのですから、飲まなければ失礼かと思って……」

 クルムらしい理由だが、それはリッカを納得させるまでの理由にはならない。

 続けてリッカはクルムに訝しむ視線を当てていると、

「それに僕たちがラッツさんのことを信用しないと、ラッツさんも僕らのことを信じて話をすることが出来ませんから」
「……っ」

 クルムはお茶を飲みながらはっきりと言った。

 そう言われたら、リッカとしては何も言えなくなってしまう。事実、ラッツはクルムのことを感心したような表情で見つめていた。
 リッカは若干投げやりに腰を下ろすと、目の前にあるお茶を口に入れた。お茶は熱かったが、確かに味は美味しかった。

 ラッツは全員がお茶を飲んだことを確認すると、

「さて、一息入れたところで、ここに君達を招待した本題に入るとしようかね」

 勿体ぶったような口調で話を始めた。
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