英雄の弾丸

葉泉 大和

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3-09 異能の力

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 ***

 己、という存在を自覚してから、生きることに喜びを見い出せなかった。かといって、死ぬことに意義も見い出せない。
 だから、ただ己の生にだけ執着する獣の如く、暗い世界でなりふり構わず他の命を奪い続けていた。
 この先に何があるか分からないが、湧き上がる本能に忠実に従う。
 生きる気なんてないくせに相手の命を傷付け、死ぬ気なんてないくせに自分の命を傷付けていく。
 次第に心が壊死していくのが分かった。体は生きているはずなのに、地に足がついていない感覚が襲う。空虚、空虚、空虚。修復が不可能だと思うほど心に穴が開いていく。
 そんな屍のような生を生きていた時、待ち望んでいた光が差し込んで――。


「行くぜ、アーレントォォ!」

 クルムの前三メートルほどの距離でオレオルは急にブレーキを掛けると、スピードに乗ったまま武器である槍を左腰の方に構えた。槍の石突が見えるだけで、その切っ先はオレオルの体に隠されて目視することは出来ない。
 クルムも銃を構え、オレオルの技に対抗出来るように注意を払う。

 しかし、オレオルがニヤリと口を歪めたことで、クルムは自分の判断に誤りがあったことを悟った。

「遅ェ! 必殺・真閃!」

 オレオルはそう叫ぶと、まるで剣士が居合切りを放つように、目にも留まらぬ速さで槍を鋭く振るう。

 槍の切っ先が横薙ぎにクルムの胴を襲いに来た。このままオレオルの「真閃」に当たれば、クルムの胴体が真っ二つになることは間違いないだろう。

 上に跳ぶか、下にしゃがむか、左右に身を転がすか――、クルムの中に様々な選択肢が生まれる中、

「っ」

 敢えてクルムは前へと走ると、軽やかに槍の柄に触れ、高く飛んだ。

 刹那でもタイミングを間違えると、自分の身が危うまれる賭けのような挑戦だったが、クルムは見事躱すことに成功した。

「ちィッ!」

 オレオルは舌打ちを鳴らし、空を見上げた。クルムが空にいる。先ほどオレオルが跳躍したよりも、その高さは僅かに上だ。

「だがなァ! 空中だと身動きは取れねェだろ! 格好の獲物だぜ!」

 槍を投げてクルムを打ち落とす算段なのだろう――、オレオルが空に向けて槍を構えた。その時、突如、一発の銃声が空から降り注がれた。見ると、クルムが銃の反動を利用して、空中を移動しているところだった。

 オレオルは再び舌打ちをする。今ここで槍を投げても、きっとクルムには届かない。むしろ、武器を手放すことにより余計にクルムに隙を与えてしまうことになる。オレオルは力強く槍を握りしめながら、再び空に銃声が響くのを耳にした。

 何発か銃声が響いた後、クルムは空から姿を消し、岩場の中へと身を隠した。

「姿を晦ましやがったか……」

 荒地に広がる岩場を見つめながら、オレオルは小さく呟いた。

 そして、オレオルは深く息を吸うと、

「おい! お前らの連れがこの俺に恐れをなして逃げやがったぞ!」

 クルムを煽る様に、リッカとシンクに向けて言葉を放った。

 しかし、そんな言葉を真に受けるリッカとシンクではない。二人は全く動じることなく、むしろオレオルを睨みつけている。

 あのクルムが尻尾を巻いて逃げることなどあり得ないことだ。
 きっと今頃は、岩の裏で時間を稼ぎ、誰も傷つかないでこの場を切り抜ける作戦を考えていることだろう。

「はッ、どうやらアーレントを信頼しているようだな。……だが、このままじゃ埒が明かねェ」

 オレオルは首を鳴らすと、溜め息交じりに呟いた。

 そして、まるで最終手段だと言いたいように、ゆっくりと漆黒の左目へと手を持っていき、

「身を潜めれば居場所が分からない――……、本気でそう考えてるのか? アーレント」

 冷たい声がすっかり夜になった荒地に響いた。

 無論、身を潜めるクルムからは言葉は返って来ない。わざわざ声を出して、自分の場所を相手に伝える人間がどこにいるだろうか。幸い、このバルット荒地一帯には岩が多くあるのだ。この中でクルムというたった一人の人間を探し当てるのは容易ではないだろう。

「だとしたら――」

 言葉を区切るオレオルから異様な空気が発せられた。否、異様な空気がオレオルの左目に集っていく。
 リッカとシンクは息を呑んでオレオルの動向を見ることしか出来なかった。この先何が起こるのか、二人には予想することも叶わない。ただ嫌な予感がすることだけは間違いなかった。

 そんな二人の予感を助長するように、オレオルは左手を下ろし、漆黒の目を露わにすると、

「――今の俺の敵じゃねェ」

 言葉を放った瞬間、オレオルの左目から一筋のか細い赤の光が顕現した。

 その光は曲線を描きながら、様々な障害を越えて伸びていく。まるで血に飢えた蛇が獲物を強かに探すように艶めかしく進んでいき――、一つの岩に辿り着いた。
 そして、導かれるように、光が当てられた岩へとオレオルの顔が向きを変える。

 その仕草に、岩場から盗み見ていたクルムは目を開き、驚きの表情を見せた。

「言っただろ? 全部見えてるって」

 まるで本当にすべてを見通しているかのように、オレオルは言葉を紡ぐ。しかし、そう言うオレオルの表情は、相当無理をしているのか、苦痛に歪んでいた。顔には汗も滴っている。

 それでも、オレオルは全てを振り払って、まさに獲物を前にした狼のように歯を剝き出しにすると、

「必殺・崩牙葬鋼戟ィ!」

 体がねじ切れると思わせるほど限界まで体を捻り、その勢い、槍を投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた槍はあまりの速さからか、風を、空気を無音で貫いていく。そして、クルムが身を潜めている岩まで達すると、頑丈な岩を物ともせずに、まるで砂を崩すように軽々しく貫通した。頑丈であるはずの岩を貫いても尚、槍の推進力は留まることを知らず、更に一個、二個、三個の岩を貫き、ようやく四個目の岩で槍はその勢いを止めた。

 しかし、この槍の軌道は常人の目には捉えることが出来ない。実際、オレオルが投擲した瞬間を見ていたリッカとシンクにも槍の行方がどうなったのか分かっていなかった。

 それでも槍の軌跡を説明出来る確かな証拠は――、

「ッ!」

 時間差を伴って、岩が次々と崩れ落ちたのだ。岩が崩れることで、あちこちから砂塵が舞い、視界が悪くなる。それが、オレオルの放った技「崩牙葬鋼戟」の軌跡であることは確かだった。
 そして、その砂塵の中に一人分の人影が立ち尽くしていた。

「クルムッ!」

 リッカは思わずその人影の名を呼んだ。クルムの名前を呼ぶ声が震える。

 砂塵に紛れるクルムは左肩を抑えていたのだ。
 先ほどオレオルが放った技「崩牙葬鋼戟」により、クルムの左肩は負傷していた。出血が止まらず、見るのも憚れるほどの生々しい傷だ。

 しかし、これでもまだマシな傷だった。「崩牙葬鋼戟」は音を立てずにクルムの心臓を抉り取ろうと迫っていた。直前までクルムがオレオルがどのように攻撃を仕掛けたのか分からなかった。
 ならば、どうして反応出来たのか――、それは槍が岩を貫通する瞬間の音を、クルムは耳にしたからだ。些細な音を頼りに反射的に体を動かして、なんとか直撃だけは避けた。だが、直撃を免れただけで切っ先に掠めてしまった結果、左肩の一部が抉られてしまった。

 クルムは声を上げず、右手で損傷した左肩を抑えている。けれども、体を労わる時間など、オレオルが与える訳がない。

 オレオルはゆっくりと歩き始めると、

「はっ、どうよ。そろそろ負けを認める気になったか?」

 余裕の表情を浮かべるオレオルに対し、クルムは小さく首を横に振った。

 そして、クルムは一度だけ目を瞑り、再び開くと、

「事情が変わりました。――あなたには悪魔がいます」

 オレオルに向けて衝撃的な一言を、確信を伴ったように断言したのだった。
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