英雄の弾丸

葉泉 大和

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5-12 試作品

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 ***

 パルマが研究室に籠るようになって丸一日が経過しようとした時――、

「出来た! 試作品の完成だよ!」

 疲れをまるで感じさせないような、達成感に満ちた表情で飛び出して来た。パルマの指には弾丸が摘ままれている。

「ほら、クルムくん。手を出してくれたまえ」

 パルマの指示通りにクルムは手のひらを差し出すと、出来立てほやほやの弾丸をクルムの手に置いた。クルムは弾丸をしっかりと目に焼き付けた。見た目は普通の弾丸のように思える。

「……これが対悪魔の武器ですか?」

 まじまじと自分の作った弾丸を見るクルムに、パルマはご満悦なようで、鼻息荒く胸を反らしていた。

「そう! クルムくんも既に知っていると思うけど、悪魔の主な依り代の一つに、罪の思考があるんだ。悪魔人の脳内で、罪の思考が蔓延すると悪魔の力はより一層強くなる。その事実は、悪魔の力を可視化するゴーグルを作った時に確認済みだ。だけど、悪魔を倒すための武器を、どう作っていいかボクには分からなかった。そこで、参考にしたのが、英雄列書だ!」

 パルマは興奮冷めやらぬように、まくし立てて語る。

「英雄列書の中で、シエルを除く過去の英雄達は、悪魔人に対して言葉で説得し冷静さを取り戻すことで、悪魔を退けていた。だから、この弾丸に一時的に脳の興奮を抑える抗悪魔成分を取り入れた。本当はシエルのように光る剣みたいな武器を作れたら良かったのだけど、その技術を世に生み出す腕を、悔しいことにボクは持ち合わせていなかった。だけど、弾丸の中に抗悪魔成分を取り入れることにより、悪魔の動きを制限、もしくは無効化することが可能になった。つまり、ワクチンみたいなものだね。対悪魔のワクチンでもある弾丸を、悪魔人の脳に撃ち込むことで、悪魔の依り代となる思想が消えるようになっている仕組みだ。もちろん、特殊な成分が入った弾丸だとしても、ただ撃てば人の命を奪うだろう。そこは弾丸に細工をし、人の血液と混じると溶け込む仕掛けを作らせてもらった。額に小さな傷を付けてしまうことにはなるが、終の夜のやり方に比べれば、上出来だと言えるはずだ。……ただ残念なことが一つ」

 意気揚々と話していたパルマだったが、急に真剣な表情へと変わった。その表情の変化に、ただ事ならぬ事情を察知したクルムは、「残念なこと……、ですか?」と、真剣な声音で質問をぶつけた。パルマは小さく頷く。

「うん、まだこの弾丸が理論でしか成り立っていないということだ。実験も何も、ボクは一切出来ていない。理論上は、この弾丸を悪魔人に撃てば、悪魔の暴走を止めることが出来るはず。だけど、まだ絶対とは言い切れない」

 それもそのはずだ。パルマは丸一日の間、机に向かって弾丸の開発をしていた。その際、外に出て効果を試していない。

 クルムは手に持っている弾丸を、改めて見つめた。

 パルマは終の夜に作った「バロール」によって、人の命を間接的に奪ってしまったことに、心を痛めていた。もし、この弾丸が上手く機能出来ず、人の命を殺めてしまったら――、パルマは二度と立ち上がれないかもしれない。
 そう思うと、いくら頼る人がいなかったとは言え、パルマに頼むことは誤っていたのではないか。クルムの脳裏に、そのような迷いが浮かんでしまった。

「ま、大丈夫さ! なんて言ったって、これはボクとクルムくんの愛の結晶なんだからね! きっとうまくいくはずだよ! アッハッハ」

 クルムの心情を知ってか知らぬか、パルマは不穏な空気を振り払うように明るい声で笑って言った。クルムはどう言葉を返すのが正解なのか分からず、茶を濁すように曖昧な笑みを浮かべた。

 空気が変わらずに重たいままであることを察したパルマは、高笑いを止めると、頬を掻いた。そして、話題を切り替えるように、町がある方角に顔を向けた。

「――それにしても、なんだか町が騒がしい気がしないかい?」
「分かるんですか?」
「うん。ボク、空気の変化とかに敏感なんだ。なんか普段より森がざわついている気がする……でも、町で祭りとかやる時期ではないしなぁ。それよりも、嫌な感じが纏わりついているというか……」
「……パルマ博士の感覚は正確ですね」

 自身の感覚に基づいて覚束なく話をするパルマに対し、クルムの言い方はハッキリと断言したものだった。思わず、パルマは口から「え?」と疑問符を漏らした。

 町の方向からクルムに視線を戻すと、クルムの瞳は覚悟を決めたように町の方角を見据えていた。

「僕も、エスタさんやペイリスさんと同じく悪魔を認識出来る目を持っています。今、町の方から悪魔の反応を微かに察知しました」
「なんだって!」

 パルマは机に置いてあった「バロール」の試作品を手にすると、そのまま装着した。クルムの言う通り、町の方から一か所だけ悪魔の反応が示されていた。

「どうして突然悪魔人が現れたんだ……? このデムテンは田舎町で諍いもなく、悪魔人になる可能性がある人物はいなかったはずなのに……っ」

 パルマは「バロール」を外すと、頭を抱えた。

 実際、パルマが「バロール」を開発してから十年に差し迫る時が経過しようとしているが、その間で一度も悪魔人の反応を捉えたことがなかった。穏やかな町デムテンに住む人は、皆、この町の空気に当てられて穏やかな人が多かった。悪魔が付け入る隙を持つ人はいないはずだ。

「可能性は、三つあります」

 指を顎に当てて考えていたクルムが、パルマに向けて三本の指を立てた。

「たまたま罪の意識を持った人物が運悪く悪魔に憑かれてしまったか、デムテンとは無関係の悪魔人が現れて町で暴れているか、誰かが僕とパルマ博士を狙って悪魔人を送ったか……」

 クルムの三つの推測を聞き、パルマは否定することなく一つ一つに頷いた。

 人間の心は、いつも絶対ではない。感情に基づいて、右往左往してしまうものだ。だから、今まで普通だった人が、何かの拍子で悪の方向に心が傾いてしまっても仕方がない。
 三番目の推測に関しても、パルマも納得が出来た。仮に、対悪魔の武器を作っていることが知られているとしたら、悪魔達にとって不利になってしまうのだから、クルムとパルマを狙うのは当然の道理だろう。しかし、それは今後も狙われる可能性があるということになる。

 クルムが提示した二番目の推測が当たっていれば、悪魔人が現れたという最悪の状況の中でも最善となり、この事態を一番丸く収めることが可能だろう。

「とにかく事態を収拾するためにも、僕は町の方に行って来ます! パルマ博士は部屋の中で待っていてください!」
「待ってくれ! クルムくん!」

 今にも町に向かって駆け出す直前だったクルムを、パルマは呼び止める。

「まさか、その手の中にある弾丸を使うつもりはないだろうね?」
「……」

 クルムは言葉を発しなかった。しかし、それはもはや無言の肯定だ。クルムはパルマのいないところで、弾丸を撃ち、その性能を実戦にて確かめようとしているのだ。

 ――もし最悪の場合に陥った場合、せめて最悪の瞬間をパルマの目に入れずクルム一人だけが傷付けば良いように、最大限の配慮をして。

 パルマは自分の心臓が、責任から来る緊張によって高鳴っているのを感じた。結果がどうなるかは分からない。自分で作ったものなのに、何とも情けない話だろう。

 だからこそ、クルムに全てを丸投げするのは間違っていることは分かった。

 ゆっくりと大きく息を吐くと、

「クルムくん、ボクも連れて行ってくれ」

 パルマは覚悟を決めて言った。

「な、何を言っているんですか! 危険ですから、パルマ博士はここにいてください!」
「いや、ボクも行く! この結果がどうなろうと最後の行く末を見届けないと、ボクは前に進めない気がするんだ」

 クルムはパルマの申し出を拒否したが、それでもパルマの意志は変わらなかった。眼鏡越しのパルマの瞳は、揺るがなかった。

 このままクルムが何を言っても、パルマは現場まで足を運ぼうとするだろう。それは、悪魔人に襲われているデムテンを守るために一刻をも争っているこの時には、大幅な時間の損失となってしまう。

「――分かりました。そうしたら、一緒に行きましょう。パルマ博士は、絶対に僕が守りますから」
「……ははっ、時と場合によれば、惚れてしまう言葉だね」

 パルマは軽い口調で返事をしたが、クルムは取り合うことなく町に向かうため研究所を出て行った。パルマも「クルムくんは、本当にうぶな子だなぁ」と一言漏らしてから、クルムの後を追った。

 普段運動をし慣れていないパルマの体力に合わせ、クルムは時折パルマに気を遣いながら、急いでデムテンへと向かう。
 走るパルマは、しかめ面を浮かべていた。走り慣れていないこともあるが、心の中にずっと懸念点を抱えていることも要因の一つだった。

「大丈夫ですよ」

 ふと、クルムの声がパルマの耳に届き、パルマは自分の思考から現実へと意識を戻した。真っ直ぐに目的地へと目指すクルムの背中が見えた。

「パルマ博士の弾丸は、絶対に成功させます」

 その言葉がどんな表情で紡がれたのか、クルムの背中しか見えないパルマには分からない。しかし、優しい笑みに、力強い瞳――、人に安らぎを与えるようなクルムの顔が、パルマの頭にありありと浮かんだ。

 自分だって不安を抱えているはずなのに他人を優先させてしまうのが、クルムの最大の特徴だと、たった一週間という短い時間を共にして身に染みて分かっていた。

「……キミの言葉は根拠も何もない、奇跡を信じろという非科学的なものと変わらないよ」

 天才博士と呼ばれたパルマは、今まで奇跡など信じずに、論理に基づいて開発をして来た。

 だけど、今はクルムの言葉を受け入れ、奇跡が起きる可能性も信じてみようと思った。

 すると、パルマの胸の中で疼いていた不安などのモヤモヤとした感情が、どこかへと消えていった。
 少なくとも、もう浮かない表情をすることはなくなった。
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