英雄の弾丸

葉泉 大和

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1-17 心に根差すもの

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 オリエンスの商業区の奥には、一つの大きな建物がある。そこは、商業区に訪れた人々が気兼ねなく情報を交換できるよう、交流所として使われている場所だった。多くの個室があることから、慎重に取引をしたいと思っている人は、そこで行なうことが出来た。だから、オリエンスの交流所は多くの人で賑わっていた。

 しかし、今となってはその機能は失われてしまっている。

 一か月前、カペル・リューグがやって来た際に、この場所を自らの拠点として扱うようになったのだ。
 空いた個室は、カペルを慕う人々が収納される部屋になり、常にカペルの監視下に置かれるようになった。それだけではなく、何も知らずに訪れた商人や旅人を、自らの支配下に置くことさえもあった。
 このカペルの暴挙に文句を申し出ようとする者は誰もいなかった。
 町の人はカペルに心酔して、考えることを放棄し、全てのことを受け入れていれてしまったからだ。そして、余所者はオリエンスの事情を知らないからであり、自分の身可愛さに口を挟むことをしなかった。

 そのためか、カペルの所有物のようになった交流所は、荒れ果てるしかなかった。
 しっかりと管理が行き届いていた交流所も、今は見る影もない。

 クルムはそんな変わり果ててしまった交流所を見上げていた。

「このまま平穏にことが進めば、それでいいのですが……。きっとそんな簡単にはいきませんよね」

 入口の前まで来ているにも関わらず、クルムのことを歓迎する者は誰一人いなかった。

 争い沙汰になることを望んでいないクルムにとっては好都合だった。このまま何事もなく、カペルの元まで辿り着き、問題なくカペルの野望を止めることが出来たら、それがベストだ。
 だが、そんな淡い希望は、すぐに捨てた。
 入口の前にいるクルムは、扉の向こうから溢れている不穏な空気を感じ取っていた。だから、きっとその希望は叶わないだろう。

 クルムは扉に触れた。何が起こっても対応できるようにと、神経を最大限に張り巡らせながら。
 扉をゆっくりと開ける。
 すると、古い作りだからか、金具が軋む音が響いた。

 最初にクルムを待ち構えていたのは、大きなエントランスだった。世界政府のオリエンス支部の拠点に比べれば小さくはあったが、それでも立派な大きさだった。吹き抜けている天井に、壁には光が入るようにと多くの窓が設置されている。
 エントランスの先には、闇と同化している通路があった。その先には個室があって、更に奥には、上層へと通じる階段もあるはずだ。

 恐らく上にいるであろうカペルを目指して、クルムは交流所の中を突き進んだ。
 カッカッとクルムの歩く足音が、エントランス全体に響き渡る。クルムはその足音の大きさを心配したが、今のところ何事も起こる様子はなかった。
 クルムが真ん中まで歩き進むと――、入り口の扉が大きく音を立てて閉まった。クルムは警戒を払いながら、扉の方に体を振り向ける。
 しかし、扉の方を暫く見続けたが、誰かが入ってくる様子も、何かが起こる様子もなかった。
 クルムはホッと胸を撫で下ろし、扉への警戒心を拭おうとした時だった。

「ほぅ。やはり、ここに来たか」

 エントランスに知らない声が響く。いや、一度だけ聞いた覚えのある声だ。
 クルムは体を扉の方から、再び通路の方へと向け、全神経を先の見えない通路へと巡らせた。
 クルムの足音とは違った足音がエントランスに響き、近づいている。それに伴い、徐々に闇の中から輪郭が浮かび上がって来た。

「何でも屋が来ると予期していたとは……、さすがはシエル様。あの方の言うことは絶対だ」
「……一度、会いましたね。よろしければ、名前を聞いても?」

 クルムは見覚えのある人影にそう問う。暗闇の中から出てきた男に、光が照らされ、完全に姿が露わになった。

「私は、シエル様の右腕――ハワードと申します。以後、お見知りおきを」

 ハワードは紳士的な振る舞いをしながら、クルムの問いに答えた。

「僕はクルム・アーレントです。知っての通り、しがない何でも屋をやっています」

 ハワードの紳士的な振る舞いにつられて、クルムは会釈をするように頭を下げた。
 クルムの名前を聞くと、ハワードは口から小さく笑いを漏らす。クルムはその言動が理解出来なくて、その意図を問うために口を開こうとした。

「はははっ!」

 しかし、それよりも早く、ハワードは口を開けて隠す気が一切ない笑い声をあげた。
 クルムはハワードの行動が理解出来ないままだ。

「いったい、何が面白いんですか?」
「いやいや、失敬」

 ハワードは含みのある笑みを浮かべている。予想通りの未来を迎えた人だけが見せられる、そんな笑みだった。

「何でも屋というのは、どうも聞き分けの良い人種ではないようだ。わざわざ忠告してあげたというのに、何故この場所に来た?」

 ハワードは顎に触れながら、クルムに質問をぶつける。
 その表情からは余裕が感じ取れる。夕べにハワードがクルムを押した倒したことが、その余裕に繋がっているのだろう。

「――」

 クルムは目を瞑って、黙った。
 その姿を見て、ハワードの笑みは更に深くなる。
 ハワードはクルムが震えながら命乞いをすることだろうと推測していたのだ。何にも力のないクルムに、ただ泣き縋り、ただ許しを請うことを望んでいた。

「約束したから、です」

 しかし、クルムの答えは、ハワードの予想したものとは違っていた。
 ハワードが見たかったクルムの震え慄く姿はそこになく、立ち振る舞い、言葉――実際に目の前にいるクルムの全ては堂々としていた。
 さらにクルムは言葉を紡ぐ。

「必ず届けると約束したんです。だから、黙ってオリエンスから離れるわけにはいきません」

 前を向きながら、クルムは話した。
 クルムとハワードの視線が絡む。ハワードはクルムの目から揺れない意思を垣間見た。一瞬たじろいでしまったのか、ハワードは自然と一歩後ずさりをしていた。
 ハワードは自らそのことに気付くと、緊張を解くために、「ハッ」とわざと笑った。だが、それは先ほどの笑い声とは違う、言った本人だけが聞こえる、吐き捨てるような笑い方だった。

 そして、ハワードは再び気を引き締め、余裕のある表情を浮かべる。

「――それで、ここに入り込んだのか。頼まれたら断れない、なんと可哀想な性だ。だが、この場所に足を踏み入れた時点で、お前の目的は達成できないのだがな……」
「それは、どういう?」
「お前が知ることではない」

 クルムの質問を冷徹に撥ね退けると、ハワードはクルムとの開いた距離を一気に詰め寄せた。そして、距離を詰め寄せたかと思うと、クルムの喉元に触れるように手を伸ばす。
 その自然で変哲のないような一連のハワードの動きを見ていたクルムだったが、危険を察知し、咄嗟の回避手段としてその場で後転をする。
 綺麗な弧を描きながら、ハワードに詰められた距離を少し開いた。

 距離を取ったクルムはハワードを見つめる。いつの間にか、ハワードの手には短刀が握り締められていた。

「よく見破った、とでも言っておこう。私は見ての通り短刀を愛用しているのだが、この短刀は特殊なところに収納されていてね」

 そう言うと、ハワードは右腕を、自分の顔の前まで持ってきた。そして、ハワードは見せびらかすように服袖を捲る。
 そこから、二本の鉄筋がレールのように平行に並んでいるのが見えた。

「私の意志によって、このレールに収納された短刀が射出されるようになっている。まぁ、一度限りの不意打ちに近いものだ」
「そんなに話してもいいんですか? その仕組みについては、一切気付いていなかったのに」
「ああ、構わない。この私にさえ尻もちをつかれる非力な奴には、負けるつもりもないからな」

 ハワードの顔の前にあるナイフが、クルムの姿を映し捉える。ハワードは口から笑い声を漏らすと、服の袖を元の位置に戻した。
 ハワードがレールを袖の中に戻すところを見ると、クルムは一度深呼吸をして一拍置き、そして――、

「……一つ、聞きたいことがあります」

 たった二人しかいない静かなエントランスに、クルムの声が響いた。
 ハワードの返事はない。だが、短刀を持つ手が少し下がったのをクルムは見逃さなかった。

「では――」

 クルムはそれを無言の肯定として受けとり、質問をぶつけることにした。

「――他の人は、どこにいるんですか?」

 ハワードと対峙してから、かなりの時間が経っているはずだ。――ハワードが援軍を呼び、クルムのことを一網打尽に出来るくらいには。

 しかし、いつまでもクルムとハワードの二人きりでこの場所を過ごす、ということは不可解なことだった。
 そして、どこか余裕のあるハワードに対しても違和感を覚えていた。
 勿論、一回だけ青ざめる表情を見せた瞬間もあったが、それ以外は基本余裕があるのだ。それは、クルムに対して優越感を抱いているという言葉だけでは足りないほどだった。

 まるでハワードがわざと時間を掛けている――、そんな嫌な感覚だ。
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