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1-29 背負った宿命
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カペルの剣は止まらなく、クルムは攻撃を仕掛ける隙がなかった。
やがて、カペルは剣を振りながら、余裕の笑みを浮かべる。そして、瞬間、カペルは左の親指に力を込めようとし始めた。
――起動装置ッ!
カペルの左手が動くのを見ると、防衛本能か、少年は自らの首にある首輪に触れた。このまま爆発して首が吹っ飛ばされてしまうかと思うと、触れずにはいられなかった。
しかし、カペルが左手を動かす瞬間を見計らって、クルムは反撃を仕掛ける。クルムの足はカペルの腹を目がけていた。カペルはそのことを見切ると、左手の動きを止め、剣を盾にしようとクルムの前に出した。
だが、そこでクルムは足を退き、カペルとの距離を空ける。そのままカペルを蹴ろうとしていたら、剣によってクルムの蹴り出した足は切断されていただろう。
そして、お互いに出方を探り合う膠着状態となった。
「――」
少年とリッカも息を飲んで、二人の行方を見守っていた。
膠着状態が続く中、先に動きを見せたのはカペルだった。クルムとの空いた距離を、カペルは一歩詰め寄った。
「……納得いかねぇな」
カペルは不服そうな声色で、クルムに向かって言った。クルムは何も言い返さず、カペルが言葉の続きを話すのを、ただじっと待っていた。
「お前、本気出してないだろ。なぜ、反撃する力を持っているくせに、俺に攻撃を仕掛けて来ない!?」
カペルは憤るように、そう叫んだ。
確かにカペルの言う通りだった。クルムはカペルの攻撃を避けるだけで、自ら反撃をしたのはたった一度――、カペルが起爆装置を押そうとした時だけしかなかった。しかも、カペルの連撃が続く中、左指の動きを見極めて、その瞬間だけ反撃するというのは、なかなか至難な業である。
カペルの言葉を聞くと、建物の陰で見守っているリッカと少年は顔を見合わせた。お互いに顔を見合わせると、知らないとでも言うかのように、同じタイミングで顔を横に振った。
リッカと少年の目からすると、カペルの猛撃を避け続けるだけでも、クルムはすごいと思っていた。しかし、それでも本気を出していないと言うのなら、クルムが本気を見せない理由が分からないのだ。
「いいえ、僕は全力を出していますよ」
クルムは首を横に振りながら、カペルの言葉を否定した。
その言葉を聞くと、カペルは怒りを顔いっぱいに露わにした。直接クルムと対峙しているカペルだからこそ、クルムの隠された実力を感じ取っているのだろう。それを否定されたとしても、すぐに納得が出来ないのは当然だった。
カペルが声を出そうとした時だった。
「――ただ」
クルムはゆっくりと言葉の続きを話す。
「――相手が誰であれ、どんな状況であろうと、僕は人を傷つけることはしません。そのせいでどんな不利な状況に陥ったとしても、誰もが笑顔でいられるように、命を尽くして僕は僕の信念を押し通します」
その後、誰もがクルムの言葉を理解するのに戸惑った。
クルムの言った言葉の意味――。
それは、つまり力では解決しないという意味だ。現にカペルが相手でも、武力で制圧するということは見せなかった。
クルムがどうしてそこまでするのかは分からないが、断言するということは並々ならぬ覚悟を決めているのだろう。
誰も下手に言葉を発することはなかった。
炎が燃え盛る音だけが聞こえる。
暫くして、言葉の意味をようやく飲み込めたのか、カペルは「ハ、ハ」と笑いながら、壊れた玩具のように一定のリズムで肩を震わせた。
「ハハハ! そこまではっきり言うのなら、一層のこと清々しい!」
そして、カペルはクルムの言葉がツボに入ったのか、思い切り笑った。
クルムはその様子を黙って見続け、リッカと少年は建物の陰で不気味なものを見つめるような目をカペルに向けていた。
カペルはひとしきり笑い終わると、
「甘いこと言ってんじゃねえよ、偽善者が」
低い声で、クルムに向かって吐き捨てた。
「人に手を加えない、だと!? だったら、この現状をどうやって止める! 俺を言葉で説得でもするつもりか!?」
カペルの口が言葉を吐く度に、その熱は増し加わっていく。
間に入って話すことは誰にも叶わないほど、カペルは饒舌になった。
「ハッ! そんなことは無理だ、不可能だ! 俺は言葉なんかじゃ止まらない! どんな人間だって、結局は武力で人を治める……英雄と呼ばれたシエル・クヴントだって結局は人を剣で貫いたじゃねぇか! お前も結局は裏切るに決まっている!」
カペルの言葉はまるで実際に体験したかのように実感が籠っていた。言い終わったカペルは、息を荒げている。
そして、カペルは何かを思いついたような表情を見せると、狂ったような笑みを浮かべた。
「……ああ。そうか。そもそもお前は俺を止めるつもりはないのか」
「どういう意味ですか?」
カペルの言葉にクルムは疑問を覚える。カペルの言うことは、クルムにとって全く謂れのない言葉だ。
クルムはカペルの野望を止め、オリエンスの町を救おうとしている。
「ハハハ、とぼけてんじゃねぇよ。俺は思い出したんだ。お前が過去に何をしていたのか、その事実を」
しかし、クルムの言葉に耳を傾けないように、カペルは言葉を続けた。
「クルムって名前はどこかで聞いたことがあったんだ。このシエルの名前を使っていると、色々と過去その名を使っていた人物の名前が自然と耳に入る」
カペルは笑いながら、どこかもったいぶって話していた。
「何が言いたいのですか?」
なかなか話の終着点を見せないカペルにしびれを切らしたクルムは、段階を通り越して結論を求めた。
カペルはそれでも笑い続け、なかなか本題を出そうとはしなかった。
そんな状況の中、リッカと少年は建物の陰から動かずに二人のことを見守っていた。
少年は二人が話す会話の内容に全くついていけなかった。だから、少年が話を振るためにリッカに顔を向けたところ、リッカの顔は青ざめていた。
その表情はまるで知ってはいけないものを知ってしまったかのようである。
リッカは手を口に当てながら、「噓でしょ……まさか……でも……」と思考を止めないように小さく呟いていた。
少年がリッカを案じて、声を掛けようとした時だった。カペルの笑い声が聞こえなくなった。
――何かが、動く。
そう確信した少年とリッカは、この先の言葉を一言も聞き漏らさないようにと、全神経をカペルの口先に傾ける。
「クルム・アーレント……お前は数年前までシエルの名を語って、人々を騙していた」
カペルは確信をもって、そう言い切った。
そのカペルの言葉を聞いて――、
――頭の中で思い描いた悪夢が現実になっていくような感覚を、リッカは感じた。
――頭の中を金槌で叩き込まれるかのような鈍い衝撃が走るのを、少年は感じた。
それぞれの思惑を抱きながら、リッカと少年はクルムの次の行動を黙って見守る。しかし、当事者であるクルムは何も反論を示さずに、ただ俯いているだけだった。
「やっぱり、本当……なんだ……」
何も言わないクルムにしびれを切らしたのか、リッカは一人納得したかのように小さく、本当に言った本人にしか分からないくらいに小さく呟いた。
「やっぱり、って一体何が……?」
だが、降りかかるその小さな声一つさえも聞き逃さなかった少年は、リッカに訊ねた。しかし、少年の問いかけなんて気にも止まらないくらいにリッカは動揺しており、返事は戻って来なかった。
少年は自分だけ蚊帳の外にいるような歯がゆい思いを感じていた。否、正確に言えば、少年はカペルの言うことは分かるのだが、理解したくなかったのだ。
「ハハハ、事態を呑み込めてないような顔をしてるな! だったら、はっきりと言い切ってやるよ! お前は口では真面目なことを言ってはいるが、俺と同じ罪人だ!」
眉一つ動かさないクルムに対し、カペルは勝った気になったのか、先ほどの動揺が嘘みたいに次々と刺々しい言葉を言い放つ。
「クルムが……カペルと同じ……?」
建物の陰に隠れながら、少年は逸る鼓動を抑えられずにいた。
少年はクルムのことを信じていた。
クルムの姿はシエル・クヴントに重なるし、助けを求めた時に助けてくれた。だから、そんなクルムがカペルと同様にシエルの名を語って悪事を働いていたとは考えたくないのだ。
「……」
今まで黙っていたリッカがエインセルを取り出し、何かの操作を始めた。
エインセルの画面には、詳細にまとめられた事件のリストが出てきて、その先に進んでいくと、年代、事件内容、関係者と次々と更に詳しくダオレイスで起こった事件を閲覧することが出来る。
エインセルを操作するリッカの手は震えており、顔は言わずもがなだった。
そして、リッカはある画面に到達すると、静かに少年にエインセルを渡した。
そこには――。
「クルム・アーレント、従う人々に自らをシエルと認識させ、騙した疑いにより罪人と認める……。尚、同罪人は四年前の災厄の解放にも関係しており、その罪人を捕まえる際は生死を問わない……?」
記載されている文章を読んだ少年は、読んでいく内に手が震えていくのを感じていた。それは怒りか、悲しみからか、喪失感からか、不安からか、何から来るものなのか分からなかった。
少年はエインセルの画面に必死に食らいつくように眺めた。しかし、いくら眺めても事実が変わることはなかった。
ゆっくりとエインセルから目を反らし、少年はリッカのことを見つめた。その少年の挙動はまるで縋りつかなければ崩れ落ちてしまうような、弱々しい印象を与える。
リッカは一度目を閉じ、目を開くと、震える少年の紅い瞳を捉え、
「……私も、信じられなかった。でも、彼はきっとその人当たりの良さを利用して、多くの人の心を魅了し、騙してきた……と思う」
リッカの声には力が込められていなく、震えてさえいた。おそらくリッカ自身も、エインセルに記載されている内容に確信を得ていないのだろう。
しかし、今はその内容を覆すに足るものは存在していなかった。
だから、クルムを信じたくても、完全に信じ切ることは出来なかった。
「嘘……だろ。なんか言ってくれよ……」
英雄――もしくは、それに近い存在だと思っていたクルムに、まるでカペルの言葉を全肯定するように黙られると、少年には堪えるものがあった。
耐えるように歯を食いしばりながら、少年はクルムに視線を移す。
その少年の想いが通じたのか、今まで微動にしなかったクルムは息を深く吐いた。その姿には、何度も経験した者にしか出せない落ち着きが交えられていているようだった。
「そうですね……。事実として残ってしまっているので、否定はしません。あの時は、僕がまだまだ足りなくて、信じてついてきた人たちを傷つけてしまった。そういう意味では、あなたと同じかもしれません」
クルムは下を向きながら、懺悔するようにそう言った。今までのクルムからは想像することが出来ない自嘲する意志が、その声には垣間見えた。
カペルはその言葉を聞くと、今まで一番狂った笑みを見せた。その笑みは人間が浮かべてはいけないほど、妖しく禍々しかった。
「なら、ここでお前のことを裁かないとなぁ! この剣で、シエルのように首を斬られるのがお望みか!?」
そう叫ぶと、カペルは剣を大きく振りかぶって、クルムに向かって突っ込んだ。その宣言通り、カペルはクルムの首を狙って、一直線に剣を振った。
「クル――」
少年は無意識的に駆け寄ろうとしたが、リッカに腕を掴まれることによって制止させられる。リッカは今にも泣きそうな表情をしながら、顔を横に振っていた。
リッカと少年には、仮に飛び出したとしても、クルムを助ける手立ては存在しない。
だから、リッカの言おうとしていることは伝わって来た。痛いほどに、少年の胸に届いた。
けれど――。
こうしている間にも、クルムの首元に死の刃が近づいていて――。
「でも! それでも、俺はクルムを……っ!」
「でも、あなたと僕には決定的に違う点が存在します」
少年の叫びを打ち消すように、クルムの言葉が響く。その声量は決して大きいはずではないのに、少年を静かにさせる力が込められていた。
その瞬間、カペルの剣の威力は僅かではあるが確かに弱まった。その僅かな隙を見計らって、自らの首元に迫り来る刃を、クルムは頭一つ分しゃがみ込むことで躱した。
空を斬った剣の勢いに耐えきれず、カペルの体は剣に持っていかれそうになった。しかし、カペルは体が崩れ落ちそうになる前に、剣を再度振り、なんとか地面に突き刺した。
カペルは肩で息をしながら、信じられないものを目の当たりにしているかのような表情で、クルムのことを睨みつけた。
やがて、カペルは剣を振りながら、余裕の笑みを浮かべる。そして、瞬間、カペルは左の親指に力を込めようとし始めた。
――起動装置ッ!
カペルの左手が動くのを見ると、防衛本能か、少年は自らの首にある首輪に触れた。このまま爆発して首が吹っ飛ばされてしまうかと思うと、触れずにはいられなかった。
しかし、カペルが左手を動かす瞬間を見計らって、クルムは反撃を仕掛ける。クルムの足はカペルの腹を目がけていた。カペルはそのことを見切ると、左手の動きを止め、剣を盾にしようとクルムの前に出した。
だが、そこでクルムは足を退き、カペルとの距離を空ける。そのままカペルを蹴ろうとしていたら、剣によってクルムの蹴り出した足は切断されていただろう。
そして、お互いに出方を探り合う膠着状態となった。
「――」
少年とリッカも息を飲んで、二人の行方を見守っていた。
膠着状態が続く中、先に動きを見せたのはカペルだった。クルムとの空いた距離を、カペルは一歩詰め寄った。
「……納得いかねぇな」
カペルは不服そうな声色で、クルムに向かって言った。クルムは何も言い返さず、カペルが言葉の続きを話すのを、ただじっと待っていた。
「お前、本気出してないだろ。なぜ、反撃する力を持っているくせに、俺に攻撃を仕掛けて来ない!?」
カペルは憤るように、そう叫んだ。
確かにカペルの言う通りだった。クルムはカペルの攻撃を避けるだけで、自ら反撃をしたのはたった一度――、カペルが起爆装置を押そうとした時だけしかなかった。しかも、カペルの連撃が続く中、左指の動きを見極めて、その瞬間だけ反撃するというのは、なかなか至難な業である。
カペルの言葉を聞くと、建物の陰で見守っているリッカと少年は顔を見合わせた。お互いに顔を見合わせると、知らないとでも言うかのように、同じタイミングで顔を横に振った。
リッカと少年の目からすると、カペルの猛撃を避け続けるだけでも、クルムはすごいと思っていた。しかし、それでも本気を出していないと言うのなら、クルムが本気を見せない理由が分からないのだ。
「いいえ、僕は全力を出していますよ」
クルムは首を横に振りながら、カペルの言葉を否定した。
その言葉を聞くと、カペルは怒りを顔いっぱいに露わにした。直接クルムと対峙しているカペルだからこそ、クルムの隠された実力を感じ取っているのだろう。それを否定されたとしても、すぐに納得が出来ないのは当然だった。
カペルが声を出そうとした時だった。
「――ただ」
クルムはゆっくりと言葉の続きを話す。
「――相手が誰であれ、どんな状況であろうと、僕は人を傷つけることはしません。そのせいでどんな不利な状況に陥ったとしても、誰もが笑顔でいられるように、命を尽くして僕は僕の信念を押し通します」
その後、誰もがクルムの言葉を理解するのに戸惑った。
クルムの言った言葉の意味――。
それは、つまり力では解決しないという意味だ。現にカペルが相手でも、武力で制圧するということは見せなかった。
クルムがどうしてそこまでするのかは分からないが、断言するということは並々ならぬ覚悟を決めているのだろう。
誰も下手に言葉を発することはなかった。
炎が燃え盛る音だけが聞こえる。
暫くして、言葉の意味をようやく飲み込めたのか、カペルは「ハ、ハ」と笑いながら、壊れた玩具のように一定のリズムで肩を震わせた。
「ハハハ! そこまではっきり言うのなら、一層のこと清々しい!」
そして、カペルはクルムの言葉がツボに入ったのか、思い切り笑った。
クルムはその様子を黙って見続け、リッカと少年は建物の陰で不気味なものを見つめるような目をカペルに向けていた。
カペルはひとしきり笑い終わると、
「甘いこと言ってんじゃねえよ、偽善者が」
低い声で、クルムに向かって吐き捨てた。
「人に手を加えない、だと!? だったら、この現状をどうやって止める! 俺を言葉で説得でもするつもりか!?」
カペルの口が言葉を吐く度に、その熱は増し加わっていく。
間に入って話すことは誰にも叶わないほど、カペルは饒舌になった。
「ハッ! そんなことは無理だ、不可能だ! 俺は言葉なんかじゃ止まらない! どんな人間だって、結局は武力で人を治める……英雄と呼ばれたシエル・クヴントだって結局は人を剣で貫いたじゃねぇか! お前も結局は裏切るに決まっている!」
カペルの言葉はまるで実際に体験したかのように実感が籠っていた。言い終わったカペルは、息を荒げている。
そして、カペルは何かを思いついたような表情を見せると、狂ったような笑みを浮かべた。
「……ああ。そうか。そもそもお前は俺を止めるつもりはないのか」
「どういう意味ですか?」
カペルの言葉にクルムは疑問を覚える。カペルの言うことは、クルムにとって全く謂れのない言葉だ。
クルムはカペルの野望を止め、オリエンスの町を救おうとしている。
「ハハハ、とぼけてんじゃねぇよ。俺は思い出したんだ。お前が過去に何をしていたのか、その事実を」
しかし、クルムの言葉に耳を傾けないように、カペルは言葉を続けた。
「クルムって名前はどこかで聞いたことがあったんだ。このシエルの名前を使っていると、色々と過去その名を使っていた人物の名前が自然と耳に入る」
カペルは笑いながら、どこかもったいぶって話していた。
「何が言いたいのですか?」
なかなか話の終着点を見せないカペルにしびれを切らしたクルムは、段階を通り越して結論を求めた。
カペルはそれでも笑い続け、なかなか本題を出そうとはしなかった。
そんな状況の中、リッカと少年は建物の陰から動かずに二人のことを見守っていた。
少年は二人が話す会話の内容に全くついていけなかった。だから、少年が話を振るためにリッカに顔を向けたところ、リッカの顔は青ざめていた。
その表情はまるで知ってはいけないものを知ってしまったかのようである。
リッカは手を口に当てながら、「噓でしょ……まさか……でも……」と思考を止めないように小さく呟いていた。
少年がリッカを案じて、声を掛けようとした時だった。カペルの笑い声が聞こえなくなった。
――何かが、動く。
そう確信した少年とリッカは、この先の言葉を一言も聞き漏らさないようにと、全神経をカペルの口先に傾ける。
「クルム・アーレント……お前は数年前までシエルの名を語って、人々を騙していた」
カペルは確信をもって、そう言い切った。
そのカペルの言葉を聞いて――、
――頭の中で思い描いた悪夢が現実になっていくような感覚を、リッカは感じた。
――頭の中を金槌で叩き込まれるかのような鈍い衝撃が走るのを、少年は感じた。
それぞれの思惑を抱きながら、リッカと少年はクルムの次の行動を黙って見守る。しかし、当事者であるクルムは何も反論を示さずに、ただ俯いているだけだった。
「やっぱり、本当……なんだ……」
何も言わないクルムにしびれを切らしたのか、リッカは一人納得したかのように小さく、本当に言った本人にしか分からないくらいに小さく呟いた。
「やっぱり、って一体何が……?」
だが、降りかかるその小さな声一つさえも聞き逃さなかった少年は、リッカに訊ねた。しかし、少年の問いかけなんて気にも止まらないくらいにリッカは動揺しており、返事は戻って来なかった。
少年は自分だけ蚊帳の外にいるような歯がゆい思いを感じていた。否、正確に言えば、少年はカペルの言うことは分かるのだが、理解したくなかったのだ。
「ハハハ、事態を呑み込めてないような顔をしてるな! だったら、はっきりと言い切ってやるよ! お前は口では真面目なことを言ってはいるが、俺と同じ罪人だ!」
眉一つ動かさないクルムに対し、カペルは勝った気になったのか、先ほどの動揺が嘘みたいに次々と刺々しい言葉を言い放つ。
「クルムが……カペルと同じ……?」
建物の陰に隠れながら、少年は逸る鼓動を抑えられずにいた。
少年はクルムのことを信じていた。
クルムの姿はシエル・クヴントに重なるし、助けを求めた時に助けてくれた。だから、そんなクルムがカペルと同様にシエルの名を語って悪事を働いていたとは考えたくないのだ。
「……」
今まで黙っていたリッカがエインセルを取り出し、何かの操作を始めた。
エインセルの画面には、詳細にまとめられた事件のリストが出てきて、その先に進んでいくと、年代、事件内容、関係者と次々と更に詳しくダオレイスで起こった事件を閲覧することが出来る。
エインセルを操作するリッカの手は震えており、顔は言わずもがなだった。
そして、リッカはある画面に到達すると、静かに少年にエインセルを渡した。
そこには――。
「クルム・アーレント、従う人々に自らをシエルと認識させ、騙した疑いにより罪人と認める……。尚、同罪人は四年前の災厄の解放にも関係しており、その罪人を捕まえる際は生死を問わない……?」
記載されている文章を読んだ少年は、読んでいく内に手が震えていくのを感じていた。それは怒りか、悲しみからか、喪失感からか、不安からか、何から来るものなのか分からなかった。
少年はエインセルの画面に必死に食らいつくように眺めた。しかし、いくら眺めても事実が変わることはなかった。
ゆっくりとエインセルから目を反らし、少年はリッカのことを見つめた。その少年の挙動はまるで縋りつかなければ崩れ落ちてしまうような、弱々しい印象を与える。
リッカは一度目を閉じ、目を開くと、震える少年の紅い瞳を捉え、
「……私も、信じられなかった。でも、彼はきっとその人当たりの良さを利用して、多くの人の心を魅了し、騙してきた……と思う」
リッカの声には力が込められていなく、震えてさえいた。おそらくリッカ自身も、エインセルに記載されている内容に確信を得ていないのだろう。
しかし、今はその内容を覆すに足るものは存在していなかった。
だから、クルムを信じたくても、完全に信じ切ることは出来なかった。
「嘘……だろ。なんか言ってくれよ……」
英雄――もしくは、それに近い存在だと思っていたクルムに、まるでカペルの言葉を全肯定するように黙られると、少年には堪えるものがあった。
耐えるように歯を食いしばりながら、少年はクルムに視線を移す。
その少年の想いが通じたのか、今まで微動にしなかったクルムは息を深く吐いた。その姿には、何度も経験した者にしか出せない落ち着きが交えられていているようだった。
「そうですね……。事実として残ってしまっているので、否定はしません。あの時は、僕がまだまだ足りなくて、信じてついてきた人たちを傷つけてしまった。そういう意味では、あなたと同じかもしれません」
クルムは下を向きながら、懺悔するようにそう言った。今までのクルムからは想像することが出来ない自嘲する意志が、その声には垣間見えた。
カペルはその言葉を聞くと、今まで一番狂った笑みを見せた。その笑みは人間が浮かべてはいけないほど、妖しく禍々しかった。
「なら、ここでお前のことを裁かないとなぁ! この剣で、シエルのように首を斬られるのがお望みか!?」
そう叫ぶと、カペルは剣を大きく振りかぶって、クルムに向かって突っ込んだ。その宣言通り、カペルはクルムの首を狙って、一直線に剣を振った。
「クル――」
少年は無意識的に駆け寄ろうとしたが、リッカに腕を掴まれることによって制止させられる。リッカは今にも泣きそうな表情をしながら、顔を横に振っていた。
リッカと少年には、仮に飛び出したとしても、クルムを助ける手立ては存在しない。
だから、リッカの言おうとしていることは伝わって来た。痛いほどに、少年の胸に届いた。
けれど――。
こうしている間にも、クルムの首元に死の刃が近づいていて――。
「でも! それでも、俺はクルムを……っ!」
「でも、あなたと僕には決定的に違う点が存在します」
少年の叫びを打ち消すように、クルムの言葉が響く。その声量は決して大きいはずではないのに、少年を静かにさせる力が込められていた。
その瞬間、カペルの剣の威力は僅かではあるが確かに弱まった。その僅かな隙を見計らって、自らの首元に迫り来る刃を、クルムは頭一つ分しゃがみ込むことで躱した。
空を斬った剣の勢いに耐えきれず、カペルの体は剣に持っていかれそうになった。しかし、カペルは体が崩れ落ちそうになる前に、剣を再度振り、なんとか地面に突き刺した。
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