英雄の弾丸

葉泉 大和

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6-02 休息、のち

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 ***

 話は一日ほど前――、デムテンに位置するパルマの研究所にて、クルム一行が休息を取るようになってから、一週間ほど経過した夕暮れ時まで遡る。

「約束の一週間も過ぎる頃なので、明日の朝、僕たちは旅に戻ろうかと思います」

 少し早めの夕食を取りながら、クルムが開口一番に言った。

 クルムの言葉に、リッカもシンクも、そしてパルマも驚くことはしなかった。むしろ、クルムならば言葉通りにするだろうと、予測していた。
 十分に休息を取り、且つ、パルマから新しい武器をもらった今、旅の目的が困っている人の助けから悪魔に苦しめられている人を救うことに変わったクルム達にとって、あまり同じ場所に長く留まることは得策ではなかった。

 優雅に飲み物を飲んでいたパルマは、口元からカップを離すと、

「そっか。この一週間で、ゆっくりと休めたのかい?」
「はい。十分に」
「なら良かった。三人のおかげで、ボクも久し振りに普通の生活を過ごせたよ。アッハッハッ」

 自嘲交じりに笑うパルマだったが、実際に言葉通りだった。

 不健康だったパルマの見た目は、この一週間で見違えるほどに良くなっていた。衣食住に関心がなく、研究にしか興味のないパルマは、一人では身の回りのことは最低限しかしていなかった。
 その不規則な生活が、クルムとリッカにより、大幅に矯正されたのだ。

 この夕食だって、クルムが栄養をしっかりと考えて作ったもので、見た目的にも拘りが籠っていた。

「で、クルムくん。キミ達は、今後どこに向かうんだい?」
「このままヴァンを放っておくわけにはいきません。なので、ヴァンの拠点があるというイダに向かおうと思います」

 クルムの言葉に、リッカもシンクも同意するように頷いた。パルマはふっと笑うと、「クルムくんらしいね」と、自らを納得させるように呟く。

 一週間ほど前、パルマを襲ったノスチェス・ラーバスが「ヴァン」という組織の名を残していった。
 ノスチェス曰く、悪魔の力を用いてダオレイスに一矢報いる組織で、多くの悪魔人が所属している、ということだ。
 正直、ヴァンについて聞いたこともなかったが、悪魔人が集まってダオレイスに悪事を働こうとしているのなら、止めないという選択肢はない。放っておけば、多くの人が悪魔人に苦しめられることは、自明の理だった。

 ヴァンを解体させるまでクルム達の当面の目的地は、広大なイダの土地のどこかにあるヴァンの拠点だ。

 そのイダに向かうためには――。

「なら、まずはグリーネ大国の隣に位置するマーヴィに訪れないとね。リッカちゃん、エインセルを貸してもらってもいいかい?」
「あ、はい」

 リッカはパルマに言われるがまま、世界政府の証明でもあるエインセルを手渡した。

 本来は、世界政府しか触れてはいけないエインセルであるが、対悪魔人用にパルマに改造してもらった経歴がある。そのような規則を問い詰めるのは、今更というものだろう。

 まるで自分のもののように、パルマはエインセルを操作していくと、ダオレイスの地図を天井に投影させた。元来のエインセルには画面を投影させる機能は備わっていないため、この機能もパルマに改造を任せた時に追加されたものだ。

「この国とあっちの国の境となる町は、確かクリシスと言ったかな。明日の朝一にここを出れば、陽が落ちる前には辿り着けるはずだよ」
「へぇ、思ったよりも近いんだな」

 今までオリエンスから旅をして来た中で、一番目的地に着くのが早いかもしれない。オーヴからダイバースに辿り着いた時も、半日ほどは経過しなかったが、それは寄り道したからで本来の目的地とは異なっていた。

 一日も掛からずに次の町に辿り着けるなら、一週間ほどパルマの研究所で休んだ今、散歩みたいなものだろう。

 そう高を括るシンクに、「――シンク」と真面目な声音が響いた。声の方へ顔を向ければ、神妙な顔つきをしたクルムがいた。

「君に一つ確認しておきたいことがあります」
「おう、なんだ?」
「この先、ヴァンに挑むにあたって、悪魔人との戦いは益々熾烈が増すと思われます。なので、シンクはどうしますか?」
「……どうするって?」

 クルムらしくない曖昧な物言いに、思わずシンクの声も固くなる。嫌な予感がシンクの胸中に走るも、お茶を濁すようでは、いつまで経っても消えてくれない。

 クルムは一度瞼を閉じ、ゆっくりと開くと、

「僕達と旅をするのはここまでにして、この場所でパルマ博士と一緒に過ごすかどうかということです」

 先ほどの曖昧な言い方が嘘のように、ハッキリと言った。

「――なッ」

 あまりにも予想外の言葉に、シンクは思わず声を漏らしてしまった。

 クルムの言葉が信じられなくて、シンクは視線を反らす。助けを求めるように紅い双眸が捉えたのは、言葉を挟まずにいるリッカとパルマだ。しかし、リッカとパルマも真剣な表情を貫いていて、今交わされようとしている議論が、冗談ではないことをシンクは悟った。

 クルムの声が続く。

「悪魔人の実力が高まっている今、最善は尽くすものの、シンクを絶対に守るという保証は出来ません。だけど、この研究所でパルマ博士と一緒にいれば、僕達と一緒に行くよりも遥かに安全だと僕は考えます」

 パルマは「自分の家のように安心して暮らしていいんだよ」と言う。しかし、その時間を置かずに言われたことが、逆にシンクの心を傷つける。シンクが知らないところで、シンクの今後が話されていた証拠だからだ。

「もちろん、ここで今生の別れという訳ではありません。ヴァンの暴挙を止めてダオレイスから悪魔人がいなくなったら、また僕達はここに戻って来ます。そしたら、平和な世界で、今度こそ色々なものを一緒に見に行きましょう」
「――」

 シンクは何も言わなかった。突然の事態に、自分の頭を納得させようと必死だ。

「決めるのは、シンクです。だけど、僕個人の望みとしては――」
「――聞きたくねぇっ!」

 今まで黙り切りだったシンクが、席を立つと共に声を張り上げた。クルムの言葉を最後まで聞いてしまったら、この関係が終わってしまうような予感がしていた。

 立ち上がったシンクの顔は真っ赤に染まっていて、その荒い息遣いも、耳を立てずともハッキリと聞こえるほどだ。

 今まで言葉を挟むこともしなかったリッカも、心配のあまり「……シンク」と誰にも聞こえない声量で呟いていた。

「シンク、一旦落ち着いてください」

 クルムはシンクのことを宥めようと、一歩近寄ろうとした。その瞬間――、

「――俺は絶対についていくからな!」

 シンクはキッとクルムを睨み付けるや否や、走り出した。クルムの手を搔い潜るように、僅かな隙間を通っていく。

「待っ――」

 クルムはシンクの腕を掴もうと振り返るが、シンクの背中は既に遠く離れていて、丁度扉を開けて廊下へと足を踏み入れているところだった。そして、追いかけて来ることを拒むように、バタンと大きな音を立てて扉が閉ざされた。
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