わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

文字の大きさ
7 / 28

6. 珈琲店の老人

しおりを挟む
 リーベルという街は、写真や絵画でしか見たことのない西洋の街並みのような雰囲気を帯びていた。遠くから街の全景を眺めた時には、背高の白い建築物がやたらと目立っていたが、街の中に入ってみると、様々な色の建物がそこにはあった。みなカラフルな煉瓦造りで、雨風に晒されたかのかどれもが少し寂れている様相で、それがかえって街中の風景を美しくしているように思われた。けれども、街の中に存在している看板や広告、掲示板などにははっきりと日本語が記されていて、なんともちぐはぐだ。街の風景こそ僕の知っている日本ではないが、そこに住む住民が日本語を話しているのは確からしい。



 やがてカナメは狭い路地へと進み、とある建物の目の前で立ち止まった。ふと見上げると、「浮羽工作店」という錆びついた看板がかかっていた。

「ちょっと荷物を置いてくるから……」

 そう言って、カナメは僕を玄関先に残して家の中に入っていった。僕は周囲を見渡した。よくよく見てみれば路地に面した方向に、様々な看板が掲げられていた。「佐田電子機械店」や「井上野菜店」、「鈴木煙草店」などはまあ何の店か理解できるのだが、「上田針金店」だの「三嶋コンタクトレンズ店」といったやたらマニアックな店の名前もある。「楠本ボーリング用グローブ店」だの、「金城梅酒作成用ガラス瓶店」などは、もはや意味が分からない。商売が成り立っているのだろうか……。そもそも、「浮羽工作店」も冷静に考えたら不思議な名前だ。カナメの話を聞いた限りでは、彼女は廃材回収のリサイクルのような仕事をしているようにも聞こえたが、そう言う商売をする店をこの時世では「工作店」と呼称するのだろうか。謎は深まるばかりだ……。



 周囲を取り囲む店の店名から様々なことを妄想していると、「浮羽工作店」の隣、「有川珈琲店」から一人の老人が外に出てきた。老人は僕の方を見るとぎょっとして目を見開いた。

「……何用ですかな?」

 警戒心を込めた声色で老人が話しかけてきた。

「ここは<中央>の方々がわざわざ来られるような上等な場所ではございませんが……」

「いや、僕は怪しいものじゃありませんよ。ただの旅の人間で、カナメさんに宿を紹介してもらおうと思って……」

「ほう?……それでは中央の方々では無いのですね」

 老人の緊張感に満ちた顔が途端にほぐれて、優しそうな表情へと変わった。

「ええ、そうです。僕とは何の関係もありませんね」

 僕ははっきりとそう言った。実際関係がないのだから堂々としていた。ただそれに続けて、自分の本当の身分――自分は百年ほど前の過去からやってきたタイム・トラベラーです――というのは流石に言い淀んで、喉の奥に引っ込めた。

「そうですか。とんだ勘違いを……お許しください。何せ、この辺りでは見かけない服装をしていたものですから……」

 僕は自分の服装に視線を落とした。自分の全身を覆っているこの黒い服は、未来でも過去でも違和感なく活動できるようにデザインされた機能性抜群の時空渡航用のスーツです、という説明を八尾副主任から受けたのを思い出した。デザインは八尾本人が手腕を振るったのだと自慢げに言っていた――確かに黒字に緑の蛍光色による装飾は近未来的感あふれるものだったが、どんなにオブラートに包んでも違和感の塊としか言いようがなかった。もっとも、そのデザインセンスに口出しできるほど立場は強くなかったし、当時は未来での調査任務というのを軽く考えていたから、あまり気にも留めなかったのだが。

「しかし何か、僕はあんまり知りませんけれども、その中央という場所にはこんな格好をした人がうろついているのですか?」

 老人はやや目を伏せ気味にして、

「……実は私も行ったことがないので分かりませんが、変わった風貌をした人がかなりの数いると風の噂で聞いたことがあります」

「そうですか。それはそれは、なんとも恐ろしい場所ですね」

 僕は自虐的にそう言いながら、やや希望のある発想を生み出していた。もしかしたら、その中央という場所には、僕や白衣連中のような人間がたくさん残っており、従ってマヨラナを修理できるような技術を持った研究者がいるのかもしれない。そう考えると、僕はその老人のいう中央という場所に俄然興味がわいてきた。

「その中央というのは、一体どこにあるんですか?」

 僕が何の気なしにそう聞くと、老人は酷く狼狽して言った。

「あなたが中央と何の関係もないのであれば、興味を持たないのが身のためですな」

「ええ? それはどうして……」

「……なあに、単に、ろくでもないところだということです」



 僕と老人の間に一瞬の沈黙が流れた瞬間、それを見計らっていたかのように「浮羽工作店」の玄関が開き、カナメが姿を現した。

「あら、おじいちゃん。こんにちは」

 カナメは老人の姿を見つけると、軽く頭を下げて会釈した。先ほどまで来ていた鈍色の作業服を脱ぎ、薄い緑色のシャツとジーパン姿に着替えていた。

「何の話をしていたの?」

「いやいや、ただの世間話だよ。……それより、例の隕石はどうなったんだい」

 老人は苦笑いを浮かべながらカナメの方を見た。カナメは僕の方を控えめに指さして、

「私も良く分からないけど、どうやら隕石じゃなかったみたい。何かの機械なんだって。まだ直せば使えるんだってこの人がいうから、直す道具を探しに一旦戻ってきたんだけど……」

「ああ、そのつもりだ。あいつが動くようになれば、きっと鉄の原料として売るよりも大きな価値を生み出すさ。しかしその前に、宿の場所を教えてくれないかな? ちょっとだけ休みたいんだ」

 路地の間に差し込む光は、すでに青から橙色に変わりかけていた。こういう自然現象は、この世界でも共通であるらしい。このまま待っていれば、橙色はそのうちに群青色へと変わり、やがて夜になるのだろう。こういう何気ない共通項が、僕の心に安心感を与えてくれるのだ。

「そうだったね。じゃあまた後で、おじいちゃん。私この人に宿の場所を教えてくるから。隕石の話は、その後でね」

 そう言ってカナメは路地の出口に向かって歩き始めた。弱弱しく彼女の背に手を振る老人を後目に見ながら、僕はカナメの後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...