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5. リーベルへの道
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それから暫く経ってから、僕はカナメと共に荒漠な茶色の大地を歩き出した。
カナメは街まで二時間ほどと言っていたものの、実際はもっとかかるだろうと思われた。というのも、彼女は腰を悪くしそうな大荷物を背負っているにも関わらず非常に歩くのが早く、うかうか歩いているとすぐに距離を離されてしまうのだ。今の自分のペースでは、二倍くらいかかるんじゃないか? 実際、彼女が指で示した遠方の森は、歩けど歩けど近づいている様子がなかった。
そのうちにカナメも歩くペースを緩めてくれて、僕とカナメは横並びに歩き出した。
「重くないんですか、それ」
僕は尋ねてみた。
「大丈夫です。これくらいなら、毎日運んでいますから」
「毎日? 一体どんな生活をしてるんだ……」
感嘆を込めてそう言うと、カナメは小さく笑った。
「私、父の手伝いで解体屋をやっています。最近は発掘屋、みたいなことばっかりですけども」
「なんだそりゃ」
「平たく言えば、国中に埋まっている鉱石とか、あるいは古い機械なんかを掘り起こして、バラバラにして、素材屋さんに売るんです。大変ですけど、結構儲かるんですよ? 最近は金属の値段もものすごく値上がりしてしまいましたからね」
ここが2220年であるとすれば、極めて未来に似つかわしくない労働内容だ。僕は胸の奥に何か突っかかるものを感じたが、表情には出さずに黙っていた。
「君は、年はいくつなんだ? 学校とかは?」
「今年で16になりました。学校は……私の住んでいる街では殆ど機能していないので、行ったことがありません。私の友達も、みんなそうですね。中央に住んでいる方々は、きっと違うのでしょうけれども……」
「なるほど……」
薄々感じていたが、自分が立っているこの「未来」では、私が元居た場所よりもかなり文化的な後退が起こっているようだ。しかし、何故なのだろう? 未来というのは空飛ぶ車が走り、人は皆細い管の中を高速で移動しているのではなかったのか。勿論、そんな未来空想図を本心から信じていたわけでもなかったが、文化的な逆行は考えてもみなかった。
そして、マヨラナを作り上げた元の時代の科学技術がこの場所に継承されていないのだとすれば、自体はより深刻だ。あの鉄の船がどうやって動いているのか、僕はその原理を知らないし、おそらく聞かされていたとしても理解できないし、当然再現なんて不可能だろう。――大丈夫、未来に行くんですから。何か問題があったとしても、未来の人たちなら簡単に問題を解決してくれますよ――調査以来の時に、太った白衣の男がそんなことを言っていたことを思い出す。その時は、確かにそうだと納得してしまったが、今になって思えば軽率だった。自分のいた現世こそが人間の文化の極みであって、その後は知的に単調減少し、最終的には原初の世界、弱肉強食の世界へと立ち戻っていく可能性だってあるのだ。
「2220年問題」――あの紙に書かれていた文言が、ぼんやりとした不安感となって背中にのしかかってくるような感覚を覚えた。けれどもしかし、絶望するにはまだまだ情報不足だ。幸福な情報もないが、不安材料もない。ただ今は、カナメの暮らす街へと進むだけだ。僕は生唾を一つのみ込んでから、再び歩き始めた。
それから、一時間ほど歩いただろうか。ふと振り返ってみると、マヨラナはもう点のような大きさになっていた。その代わりに、はるか彼方に見えていた森が、それを構成する木々の一本一本が辛うじて視認できるくらいには接近していた。
「あの小さい森を抜けると、すぐそこですから」
カナメは相変わらず軽快な歩みで前進していたが、僕の足は段々と重くなっているように思われた。一歩歩くごとに、重りのついた足かせを嵌められていくような……これは日ごろの運動不足のせいでもあったし、時空渡航明けであることも関係している気がした。連中は時空渡航に際しての副作用には言及しなかったが(今にして思えば意図的だったのかもしれない)、マヨラナを下りてから全身に軽い倦怠感を覚えていた。早く横になって休みたいという願望が入道雲のように立ち上ってきて、それが今の僕を支える駆動力となっていた。
やがて僕とカナメは森の入口にたどり着いた。黒っぽい木で舗装された一本の道をカナメは進んでいき、僕もその後に続いた。森の中は鬱蒼としており、荒野に流れていた冷たく爽やかな空気とはうって変わり、真夏の脱衣場のような淀んだ空気が蔓延していた。僕は元々田舎の出身で、こういう薄暗い森の類には慣れている性質だった。荒漠な荒れ地よりも見慣れた風景に少し不安感が薄れてくるけれども、しかし何所となく違和感があった。歩いているうちに、僕はその違和感の正体に気が付いた――こういった雰囲気の場所でよく出会うような煩わしい羽虫や蠅の類、あるいは八方から聞こえてくる虫の声が存在しないのだ。耳を澄ませてみても、自分とカナメが木で出来た道を踏みしめる音と、森の中を風が走り、葉っぱが擦れ合うざわざわとした音以外には、何も聞こえてこないのだ。普段はうっとおしく思うだけの、あの生命に由来する騒々しさがこの森には欠如していた。
「ほら、もうすぐ見えてきますよ」
カナメがそう言った数分の後、二人は森を抜けた。ふと見まわすと森の出口は崖になっているようで、崖から見下ろした先には白い建物が建物が散発的に立ち並んだ集落が見えた。
「あれが私の住んでいる街です。リーベルっていうんですよ」
カナメはそう言って、白い建物の方を指さした。彼女の指さした先には、無数の人影がうごめいていた。ああ、確かに街が存在し、人が歩き回っており、文化が存在している。そう考えると、前進に突き刺さっていた緊張感のようなものが少しほぐれたような気がして、僕は全く無意識の内に、その場にへたり込んでしまったのだった。
カナメは街まで二時間ほどと言っていたものの、実際はもっとかかるだろうと思われた。というのも、彼女は腰を悪くしそうな大荷物を背負っているにも関わらず非常に歩くのが早く、うかうか歩いているとすぐに距離を離されてしまうのだ。今の自分のペースでは、二倍くらいかかるんじゃないか? 実際、彼女が指で示した遠方の森は、歩けど歩けど近づいている様子がなかった。
そのうちにカナメも歩くペースを緩めてくれて、僕とカナメは横並びに歩き出した。
「重くないんですか、それ」
僕は尋ねてみた。
「大丈夫です。これくらいなら、毎日運んでいますから」
「毎日? 一体どんな生活をしてるんだ……」
感嘆を込めてそう言うと、カナメは小さく笑った。
「私、父の手伝いで解体屋をやっています。最近は発掘屋、みたいなことばっかりですけども」
「なんだそりゃ」
「平たく言えば、国中に埋まっている鉱石とか、あるいは古い機械なんかを掘り起こして、バラバラにして、素材屋さんに売るんです。大変ですけど、結構儲かるんですよ? 最近は金属の値段もものすごく値上がりしてしまいましたからね」
ここが2220年であるとすれば、極めて未来に似つかわしくない労働内容だ。僕は胸の奥に何か突っかかるものを感じたが、表情には出さずに黙っていた。
「君は、年はいくつなんだ? 学校とかは?」
「今年で16になりました。学校は……私の住んでいる街では殆ど機能していないので、行ったことがありません。私の友達も、みんなそうですね。中央に住んでいる方々は、きっと違うのでしょうけれども……」
「なるほど……」
薄々感じていたが、自分が立っているこの「未来」では、私が元居た場所よりもかなり文化的な後退が起こっているようだ。しかし、何故なのだろう? 未来というのは空飛ぶ車が走り、人は皆細い管の中を高速で移動しているのではなかったのか。勿論、そんな未来空想図を本心から信じていたわけでもなかったが、文化的な逆行は考えてもみなかった。
そして、マヨラナを作り上げた元の時代の科学技術がこの場所に継承されていないのだとすれば、自体はより深刻だ。あの鉄の船がどうやって動いているのか、僕はその原理を知らないし、おそらく聞かされていたとしても理解できないし、当然再現なんて不可能だろう。――大丈夫、未来に行くんですから。何か問題があったとしても、未来の人たちなら簡単に問題を解決してくれますよ――調査以来の時に、太った白衣の男がそんなことを言っていたことを思い出す。その時は、確かにそうだと納得してしまったが、今になって思えば軽率だった。自分のいた現世こそが人間の文化の極みであって、その後は知的に単調減少し、最終的には原初の世界、弱肉強食の世界へと立ち戻っていく可能性だってあるのだ。
「2220年問題」――あの紙に書かれていた文言が、ぼんやりとした不安感となって背中にのしかかってくるような感覚を覚えた。けれどもしかし、絶望するにはまだまだ情報不足だ。幸福な情報もないが、不安材料もない。ただ今は、カナメの暮らす街へと進むだけだ。僕は生唾を一つのみ込んでから、再び歩き始めた。
それから、一時間ほど歩いただろうか。ふと振り返ってみると、マヨラナはもう点のような大きさになっていた。その代わりに、はるか彼方に見えていた森が、それを構成する木々の一本一本が辛うじて視認できるくらいには接近していた。
「あの小さい森を抜けると、すぐそこですから」
カナメは相変わらず軽快な歩みで前進していたが、僕の足は段々と重くなっているように思われた。一歩歩くごとに、重りのついた足かせを嵌められていくような……これは日ごろの運動不足のせいでもあったし、時空渡航明けであることも関係している気がした。連中は時空渡航に際しての副作用には言及しなかったが(今にして思えば意図的だったのかもしれない)、マヨラナを下りてから全身に軽い倦怠感を覚えていた。早く横になって休みたいという願望が入道雲のように立ち上ってきて、それが今の僕を支える駆動力となっていた。
やがて僕とカナメは森の入口にたどり着いた。黒っぽい木で舗装された一本の道をカナメは進んでいき、僕もその後に続いた。森の中は鬱蒼としており、荒野に流れていた冷たく爽やかな空気とはうって変わり、真夏の脱衣場のような淀んだ空気が蔓延していた。僕は元々田舎の出身で、こういう薄暗い森の類には慣れている性質だった。荒漠な荒れ地よりも見慣れた風景に少し不安感が薄れてくるけれども、しかし何所となく違和感があった。歩いているうちに、僕はその違和感の正体に気が付いた――こういった雰囲気の場所でよく出会うような煩わしい羽虫や蠅の類、あるいは八方から聞こえてくる虫の声が存在しないのだ。耳を澄ませてみても、自分とカナメが木で出来た道を踏みしめる音と、森の中を風が走り、葉っぱが擦れ合うざわざわとした音以外には、何も聞こえてこないのだ。普段はうっとおしく思うだけの、あの生命に由来する騒々しさがこの森には欠如していた。
「ほら、もうすぐ見えてきますよ」
カナメがそう言った数分の後、二人は森を抜けた。ふと見まわすと森の出口は崖になっているようで、崖から見下ろした先には白い建物が建物が散発的に立ち並んだ集落が見えた。
「あれが私の住んでいる街です。リーベルっていうんですよ」
カナメはそう言って、白い建物の方を指さした。彼女の指さした先には、無数の人影がうごめいていた。ああ、確かに街が存在し、人が歩き回っており、文化が存在している。そう考えると、前進に突き刺さっていた緊張感のようなものが少しほぐれたような気がして、僕は全く無意識の内に、その場にへたり込んでしまったのだった。
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