わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

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4. 指示書

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「案内するのは構いませんけれども、ここから歩いて二時間は掛かりますよ?」

「そんなに? だって、そんな荷物……」

 僕は彼女が担いできた大荷物を指さしながらそう言うと、

「まあ、わたし、普段から鍛えてますからね……」

と、へらへら笑いながらカナメは答えた。――まあ確かに、よくよく周囲を見渡してみれば延々と荒野が広がっていて、彼女の言う街とやらはぼんやりとも見えない。彼女がいうには、かなり遠方に見えている森の向こう側に、彼女が暮らしている小さな街があるというのだが……。

 少しだけ横になって、時空旅行のせいで全身に蓄積した倦怠感を払いたいと思っただけなのだが、想定よりも長い旅路になりそうだ。そうとなれば、マヨラナをここにおいて立ち去る前に、僕には優先的にやるべきことがあった。

「封筒……」

 僕は再びマヨラナのコックピットに顔を突っ込み、足元の空間に収めていた例の封筒を取り出した。丁寧に糊付けされている開封口を乱暴に破ると、中には数枚の紙が収められていた。その一枚を取り出し、黒字で書かれた文字の上に視線を滑らせた。





邦実遼一 様



この度は、マヨラナ・プロジェクトへの協力大変感謝しております。この文章を読んでいるということは、おそらく時空渡航は成功しています。おめでとうございます。あなたは今、未来の世界へと降り立っているのでしょう。いかがお過ごしでしょうか?

 邦実遼一 様には、別紙に記載してある任務を実施し、元の世界へと帰投するという任務が課せられております。任務の全行程を達成した暁には、巨額の報酬金をお約束しております。安全に十分留意して任務におのぞみ下さい。再び元気で相まみえることを、我々一同祈願しております。太宰府天満宮で祈祷してもらった交通安全のお守りを同封しております。道中、お役立てください。

 実際の任務に関しては別紙をご確認ください。以上、よろしくお願いいたします。

(なお、任務中に発生した損害、怪我等につきましては、我々は一切責任を持ちませんのでご留意頂くようお願いいたします)



中央学術院 光・時空間研究室 特別研究課題「マヨラナ・プロジェクト」

プロジェクト副主任 八尾 蕗子

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 僕は紙を破り捨てたくなる衝動を抑えながら、静かにその紙を封筒に仕舞い込み、「別紙」と書かれた紙をとりだして恐る恐る眺めた。





別紙1 未来空間での調査任務について(邦実遼一 様)



想定時期 2220年(時間誤差±2年)

調査目的

 本調査の目的は、2220年近傍における地球環境の実地調査を目的とする。過去実施された動物を用いた時間渡航実験では、帰還時の生存率が2200年近傍から急激に低下するという傾向が観測されてきた。「2200年問題」と呼ばれるこの現象の起源は、地殻変動による害環境の変化、未知のウイルスの蔓延による影響、時空間の歪み説など様々な理論があるが、未だ直接的な証拠は得られていないというのが現状である。そこで本調査では、この「2200年問題」の原因を直接的に調べるため、時空渡航船マヨラナを用いて調査員を直接派遣し、情報を収集することを目的としている。2150年から2250年まで十年間隔で調査員を派遣し、情報収集にあたってもらう予定である。



調査方法

 三日ごとにマヨラナの文字入力システムを通じて現地の様子について観測した結果を報告すること。期間は全30日間。十回目の入力が終了し、プロジェクトメンバーが送信された情報を確認次第、マヨラナは自動的に帰投フェイズに移行する。調査内容は、気候、大気組成、地形情報、生態系に関する情報(現地の動植物など)、人間の存在や社会形態に関する情報などである。その他にも気が付いた点があれば、積極的に記述すること。

報告書が不十分である場合、調査員が報告書の再提出を課す場合がある。その場合、期間は30日を超過する場合もあるので注意すること。また、明らかに虚偽の報告がみられる場合、報奨金の支払いが無効になる可能性があるので注意すること。



備考

 非常事態の場合は、マヨラナ内の自動マニュアルを参照すること。また、別紙の「緊急時対応マニュアル」を参照のこと。



文責 須藤 晃 (中央学術院 光・時空間研究室 特別研究課題「マヨラナ・プロジェクト」プロジェクト主任)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



別紙2 緊急時対応マニュアル (邦実遼一 様)



 別の時空においては、私たちの想像を超える事態が起こる可能性があり、時には危険が伴う可能性もあります。緊急時には、現地の人たちと仲良く協力し、危機を乗り切ってください。



文責 八尾 蕗子 (中央学術院 光・時空間研究室 特別研究課題「マヨラナ・プロジェクト」プロジェクト副主任)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ふざけるな!」

 僕は封筒の中に最後に残された紫色のお守りを地面に叩きつけて叫んだ。

「何が向こうに言ってからの指示だ。こんなもの、何も言ってないも同じじゃないか。何がお守りを同封しました、だ。こんなもの買う暇があったら、もう少し真面目に整備をやって欲しかったね!」

 僕は大空に向かって叫んだ。カナメが困惑した表情を浮かべているのが横目に見えたが、そんなことを気にするほど冷静ではいられなかった。マヨラナの側面を蹴り飛ばしたり、上を向いて言葉未満の何かを叫んだり、項垂れたり……半ば狂人じみた動きを数分間演じた後、それから深く息を吐いて地面を見つめた。

 特に有効な解決方法はなさそうだ。鉄の船は沈黙しているし、マニュアルはあてにならない。要するに、自分の力で何とかするしかないのだ。

「何が書いてあったのですか?」

 流石に心配になってきたのか、カナメが声を掛けてきた。

「……いや、とてもいいことが書いてあったよ。人と仲良くしましょうってね。まったく大した連中だ……。しかしまあ、行動を変える必要はなさそうだ。君の住んでいる街へ連れて行ってくれないか?」

 現地の人と仲良く協力し――連中の言う通りの行動を取らざるを得ない状況に、腹が立ってしょうがない。今に見ていろ。無事元の世界に帰ったら、徹底的に復讐してやるからな! 僕は地面に落ちたお守りを拾い上げ、腕にかぶりをつけてマヨラナの側面に叩きつけた。
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