4 / 28
3. カナメ
しおりを挟む
「それで、あなたも分解しに来たのでしょう?」
「こいつを?」
僕がマヨラナを指さすと、彼女は小さく頷いた。
「ええ。本当は独り占めするつもりだったけど、まあいいでしょう。半分こ、ということにしましょう。それでも、十分な稼ぎにはなると思います」
彼女はそう言って、担いでいたピッケルのような工具を両手で握りしめ、大きく振りかぶった。
「ち、ちょっと待ってくれ。こいつを壊されるのは困る!」
僕は思わず両手を広げて彼女の前に立ちはだかった。彼女は怪訝そうな表情で僕の目を見つめた。
「どうしたの?……大丈夫、真っ二つにする自信があるから!ちょっとの偏りもなく、真っ二つに……」
「待て待て。こいつは隕石じゃない! れっきとした乗り物だ。その上のハッチが見えないのか?」
「でも、そんな乗り物見たことがないわ」
「それでも乗り物なんだ! ちょっと待っていろ……」
僕は開いたハッチに手をかけてヒラリと飛び上がり、暗く狭いコックピットに再び体を差し込んだ。
「確かこの辺りに……」
僕はフロントパネルの横に備え付けられた赤い押しボタンを押した。何か問題が起こった時には、そののボタンを押すと船が再起動するはずだ――例の太った男がそんなことを説明していたように思う。けれども、黒いフロントパネルは沈黙を保ち、あれほど眩く光り輝いていた計器の光ももはや存在しなかった。僕はもう一度、力強くボタンを押した。沈黙。もう一度。沈黙。もう一度。沈黙……。
「どうしたんですかあ?」
ハッチ上部から差し込んでいた光が遮られ、ふと上を見上げると栗毛の彼女がコックピットの内部を覗き込んできた。僕は泣きそうな気分で彼女の顔を見た。
「動かないんです。全く動かないんです。あいつら、絶対に壊れることはありませんって言っていたくせに!」
「……大丈夫ですか?」
流石に彼女も心配そうな表情で、僕の方を見ていた。僕は念のためもう一度だけボタンを押した。反応は無かった。僕は項垂れて、再びコックピットの外に這い出た。
僕はようやく、自分の置かれた状況の深刻さに気が付いた。自分は今、どこだか良く分からない場所に立っている。そして、そのどこだかわからない場所に来るために使った鉄の船は、荒れた大地の上で完全に沈黙していた。
ここは未来なのか?本当にあの研究主任が設定した2220年なのか?――しかし僕の周囲の風景を見渡す限りは、未来というよりも間違いで過去に飛ばされてしまったという方が合点がいくように思われる。しかし、僕が学校で習った歴史の教科書には、こんな時代の存在は書かれていなかった。とすれば、ここはやはり未来……。いや、あるいは全然別の、とんでもない並行世界に流れ着いてしまったのかもしれない。しかしそれならば、目の前の彼女と日本語を用いて、何不自由なく意思疎通出来てしまうのは不自然なような気もしてくる……。加えてもっと質の悪いことに、この未来だか過去高分からないような場所から、元居た世界へと帰投するための切符を無くしてしまっていた。――あなたが目指すのは2220年ですが、大丈夫! 3000年でも4000年でも、このマヨラナはびくともしませんよ! 安心してください――あの連中の得意げな顔! あんな胡散臭い奴らの言葉を軽々しく信じた僕が間抜けだったのだ。おお、神よ。愚かな私をお助け下さい!
頭の中で様々な思考が生まれては消えていき、沸騰した湯のようにグツグツと煮立った。不快感や怒りや絶望をみんな罵詈雑言に変換して、目の前の彼女に全部ぶちまけてやりたい衝動に駆られた。暴言が舌の付け根辺りまで登ってきたところで、しかし冷静にならなくてはならない、という声が胸の奥から響いてきた。そうだ、冷静にならなければならない。絶望的な時こそ冷静に、不安な時こそ狡猾に、だ。
「……こいつは、非常に価値のあるものなんだ。そんなもので解体して、売りに出すよりもよっぽど価値のある使い方が出来るものなんだ。少しだけ調子が悪いようだが……」
「はあ」
彼女はきょとんとした表情で僕の方を見ながら、呆けたような声を上げた。
「ともかく、こいつを壊すのは一旦止めてくれ。それと、厚かましいお願いで申し訳ないが、君が住んでいる街とやらに連れて行ってくれないか?こいつを治すのは色々なものが必要だろうし、なにより疲れてしまった。どこか宿でも紹介してくれないかな。もちろん、お礼は後でするからさ……」
僕は縋るような思いで声を絞り出した。
「構いませんけれど……」
彼女はそう言って振りかざしていたピッケルを地面に下ろしたが、その名残惜しそうな視線をマヨラナの方に向けていた。
「よかった。ありがとう」
僕は思わず彼女の手を握って、強引に上下に振った。
「僕は、邦実遼一といいます。どうか、よろしく!」
「……私は、浮羽カナメ……」
彼女は小さく笑ってそう言ったが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「こいつを?」
僕がマヨラナを指さすと、彼女は小さく頷いた。
「ええ。本当は独り占めするつもりだったけど、まあいいでしょう。半分こ、ということにしましょう。それでも、十分な稼ぎにはなると思います」
彼女はそう言って、担いでいたピッケルのような工具を両手で握りしめ、大きく振りかぶった。
「ち、ちょっと待ってくれ。こいつを壊されるのは困る!」
僕は思わず両手を広げて彼女の前に立ちはだかった。彼女は怪訝そうな表情で僕の目を見つめた。
「どうしたの?……大丈夫、真っ二つにする自信があるから!ちょっとの偏りもなく、真っ二つに……」
「待て待て。こいつは隕石じゃない! れっきとした乗り物だ。その上のハッチが見えないのか?」
「でも、そんな乗り物見たことがないわ」
「それでも乗り物なんだ! ちょっと待っていろ……」
僕は開いたハッチに手をかけてヒラリと飛び上がり、暗く狭いコックピットに再び体を差し込んだ。
「確かこの辺りに……」
僕はフロントパネルの横に備え付けられた赤い押しボタンを押した。何か問題が起こった時には、そののボタンを押すと船が再起動するはずだ――例の太った男がそんなことを説明していたように思う。けれども、黒いフロントパネルは沈黙を保ち、あれほど眩く光り輝いていた計器の光ももはや存在しなかった。僕はもう一度、力強くボタンを押した。沈黙。もう一度。沈黙。もう一度。沈黙……。
「どうしたんですかあ?」
ハッチ上部から差し込んでいた光が遮られ、ふと上を見上げると栗毛の彼女がコックピットの内部を覗き込んできた。僕は泣きそうな気分で彼女の顔を見た。
「動かないんです。全く動かないんです。あいつら、絶対に壊れることはありませんって言っていたくせに!」
「……大丈夫ですか?」
流石に彼女も心配そうな表情で、僕の方を見ていた。僕は念のためもう一度だけボタンを押した。反応は無かった。僕は項垂れて、再びコックピットの外に這い出た。
僕はようやく、自分の置かれた状況の深刻さに気が付いた。自分は今、どこだか良く分からない場所に立っている。そして、そのどこだかわからない場所に来るために使った鉄の船は、荒れた大地の上で完全に沈黙していた。
ここは未来なのか?本当にあの研究主任が設定した2220年なのか?――しかし僕の周囲の風景を見渡す限りは、未来というよりも間違いで過去に飛ばされてしまったという方が合点がいくように思われる。しかし、僕が学校で習った歴史の教科書には、こんな時代の存在は書かれていなかった。とすれば、ここはやはり未来……。いや、あるいは全然別の、とんでもない並行世界に流れ着いてしまったのかもしれない。しかしそれならば、目の前の彼女と日本語を用いて、何不自由なく意思疎通出来てしまうのは不自然なような気もしてくる……。加えてもっと質の悪いことに、この未来だか過去高分からないような場所から、元居た世界へと帰投するための切符を無くしてしまっていた。――あなたが目指すのは2220年ですが、大丈夫! 3000年でも4000年でも、このマヨラナはびくともしませんよ! 安心してください――あの連中の得意げな顔! あんな胡散臭い奴らの言葉を軽々しく信じた僕が間抜けだったのだ。おお、神よ。愚かな私をお助け下さい!
頭の中で様々な思考が生まれては消えていき、沸騰した湯のようにグツグツと煮立った。不快感や怒りや絶望をみんな罵詈雑言に変換して、目の前の彼女に全部ぶちまけてやりたい衝動に駆られた。暴言が舌の付け根辺りまで登ってきたところで、しかし冷静にならなくてはならない、という声が胸の奥から響いてきた。そうだ、冷静にならなければならない。絶望的な時こそ冷静に、不安な時こそ狡猾に、だ。
「……こいつは、非常に価値のあるものなんだ。そんなもので解体して、売りに出すよりもよっぽど価値のある使い方が出来るものなんだ。少しだけ調子が悪いようだが……」
「はあ」
彼女はきょとんとした表情で僕の方を見ながら、呆けたような声を上げた。
「ともかく、こいつを壊すのは一旦止めてくれ。それと、厚かましいお願いで申し訳ないが、君が住んでいる街とやらに連れて行ってくれないか?こいつを治すのは色々なものが必要だろうし、なにより疲れてしまった。どこか宿でも紹介してくれないかな。もちろん、お礼は後でするからさ……」
僕は縋るような思いで声を絞り出した。
「構いませんけれど……」
彼女はそう言って振りかざしていたピッケルを地面に下ろしたが、その名残惜しそうな視線をマヨラナの方に向けていた。
「よかった。ありがとう」
僕は思わず彼女の手を握って、強引に上下に振った。
「僕は、邦実遼一といいます。どうか、よろしく!」
「……私は、浮羽カナメ……」
彼女は小さく笑ってそう言ったが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる