わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

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3. カナメ

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「それで、あなたも分解しに来たのでしょう?」

「こいつを?」

 僕がマヨラナを指さすと、彼女は小さく頷いた。

「ええ。本当は独り占めするつもりだったけど、まあいいでしょう。半分こ、ということにしましょう。それでも、十分な稼ぎにはなると思います」

 彼女はそう言って、担いでいたピッケルのような工具を両手で握りしめ、大きく振りかぶった。

「ち、ちょっと待ってくれ。こいつを壊されるのは困る!」

 僕は思わず両手を広げて彼女の前に立ちはだかった。彼女は怪訝そうな表情で僕の目を見つめた。

「どうしたの?……大丈夫、真っ二つにする自信があるから!ちょっとの偏りもなく、真っ二つに……」

「待て待て。こいつは隕石じゃない! れっきとした乗り物だ。その上のハッチが見えないのか?」

「でも、そんな乗り物見たことがないわ」

「それでも乗り物なんだ! ちょっと待っていろ……」

 僕は開いたハッチに手をかけてヒラリと飛び上がり、暗く狭いコックピットに再び体を差し込んだ。

「確かこの辺りに……」

 僕はフロントパネルの横に備え付けられた赤い押しボタンを押した。何か問題が起こった時には、そののボタンを押すと船が再起動するはずだ――例の太った男がそんなことを説明していたように思う。けれども、黒いフロントパネルは沈黙を保ち、あれほど眩く光り輝いていた計器の光ももはや存在しなかった。僕はもう一度、力強くボタンを押した。沈黙。もう一度。沈黙。もう一度。沈黙……。

「どうしたんですかあ?」

 ハッチ上部から差し込んでいた光が遮られ、ふと上を見上げると栗毛の彼女がコックピットの内部を覗き込んできた。僕は泣きそうな気分で彼女の顔を見た。

「動かないんです。全く動かないんです。あいつら、絶対に壊れることはありませんって言っていたくせに!」

「……大丈夫ですか?」

 流石に彼女も心配そうな表情で、僕の方を見ていた。僕は念のためもう一度だけボタンを押した。反応は無かった。僕は項垂れて、再びコックピットの外に這い出た。

 僕はようやく、自分の置かれた状況の深刻さに気が付いた。自分は今、どこだか良く分からない場所に立っている。そして、そのどこだかわからない場所に来るために使った鉄の船は、荒れた大地の上で完全に沈黙していた。

 ここは未来なのか?本当にあの研究主任が設定した2220年なのか?――しかし僕の周囲の風景を見渡す限りは、未来というよりも間違いで過去に飛ばされてしまったという方が合点がいくように思われる。しかし、僕が学校で習った歴史の教科書には、こんな時代の存在は書かれていなかった。とすれば、ここはやはり未来……。いや、あるいは全然別の、とんでもない並行世界に流れ着いてしまったのかもしれない。しかしそれならば、目の前の彼女と日本語を用いて、何不自由なく意思疎通出来てしまうのは不自然なような気もしてくる……。加えてもっと質の悪いことに、この未来だか過去高分からないような場所から、元居た世界へと帰投するための切符を無くしてしまっていた。――あなたが目指すのは2220年ですが、大丈夫! 3000年でも4000年でも、このマヨラナはびくともしませんよ! 安心してください――あの連中の得意げな顔! あんな胡散臭い奴らの言葉を軽々しく信じた僕が間抜けだったのだ。おお、神よ。愚かな私をお助け下さい!

 頭の中で様々な思考が生まれては消えていき、沸騰した湯のようにグツグツと煮立った。不快感や怒りや絶望をみんな罵詈雑言に変換して、目の前の彼女に全部ぶちまけてやりたい衝動に駆られた。暴言が舌の付け根辺りまで登ってきたところで、しかし冷静にならなくてはならない、という声が胸の奥から響いてきた。そうだ、冷静にならなければならない。絶望的な時こそ冷静に、不安な時こそ狡猾に、だ。

「……こいつは、非常に価値のあるものなんだ。そんなもので解体して、売りに出すよりもよっぽど価値のある使い方が出来るものなんだ。少しだけ調子が悪いようだが……」

「はあ」

 彼女はきょとんとした表情で僕の方を見ながら、呆けたような声を上げた。

「ともかく、こいつを壊すのは一旦止めてくれ。それと、厚かましいお願いで申し訳ないが、君が住んでいる街とやらに連れて行ってくれないか?こいつを治すのは色々なものが必要だろうし、なにより疲れてしまった。どこか宿でも紹介してくれないかな。もちろん、お礼は後でするからさ……」

 僕は縋るような思いで声を絞り出した。

「構いませんけれど……」

 彼女はそう言って振りかざしていたピッケルを地面に下ろしたが、その名残惜しそうな視線をマヨラナの方に向けていた。

「よかった。ありがとう」

 僕は思わず彼女の手を握って、強引に上下に振った。

「僕は、邦実遼一といいます。どうか、よろしく!」

「……私は、浮羽カナメ……」

 彼女は小さく笑ってそう言ったが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
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