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2. 荒野
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目を覚ました時、僕は暗闇の中にいた。眩く輝いていた計器類やフロントパネルも黒く沈黙しており、自身の荒っぽい呼吸音だけが暗いコックピットの中で響いていた。
「ううっ……」
自分の意志に反して、瀕死の爬虫類のようなくぐもった声が口から洩れた。溶岩のような不快感が全身の血管の中を胎動している。鈍い吐き気が寄せては返す。気が狂いそうだ……僕は遂にたまりかねて、暗闇の中で緊急脱出用のハッチを探し、周囲の状況を確認することもなくそれを全開に開け放った。
途端、冷たい空気が全身を勢いよく撫でた。その勢いに驚いて思わず体を仰け反らせると、眼前に青空が広がった。雲一つない、済み切った空だった。
……ここは…どこだろう……?
美しい風景への感慨よりも前に、ぼんやりとした不安感が心の中に広がった。ここは一体、どこなのだろう。どこに来てしまったのだろう。研究主任の言ったことが正しければ、僕は今、2220年に立っているはずだ。ところが周囲を見回してみると、茶色の岩肌がむき出しになったごつごつした荒れ地が広がっている。僕の見慣れた風景――四方を巨大な灰色の高層ビルに囲まれ、僅かながらの街路樹によって彩られた殺風景な光景――は完全に失われていた。地平線を隠すように広がっている森を除けば、青空と大地しか存在しない。僕は少なくとも、今立っている地に文明的なものは存在しないだろうと思った。僕が夢の中で考えていた未来の風景とは、まったくもってかけ離れていた。
風が再び吹きぬいて行った。僕はマヨラナから降りて大地へと降り立ち、親とはぐれてしまった子供のような心境で周囲を見渡した。すると遠方に、ぽつりと人影が見えた。風で舞い上がった砂埃のせいで輪郭ははっきりとしないのだが、少なくとも二足歩行の人間であることは確からしい。目を細めて凝視してみると、どうやらその人影は何か大きな荷物を背に抱えながら、こちらの方に向かってゆっくりと歩いてきているようだった。僕は心に蔓延する不安感を払うかのように、大げさな手ぶりで手を振りながら、
「おおーい!」
と大声を張り上げた。
ゆらゆらと歩んでいた人影は、ピタリとその歩みを止めた。しまった、警戒されたか?……しかし人影は、再びゆらゆらと歩き出した。やがて二つの人影の距離が縮まってきて、ようやっとお互いの姿が明瞭になってきた時、僕は初めてその大荷物を背負った人物が女性であることに気が付いた。
全身を鈍色の服で覆い、群青色の帽子の端から美しい栗色の髪が流れている。彼女が背負っている巨大なバッグには、大きなピッケルや先の尖った棒などが無秩序に突き出ており、まるで登山でもしてきたかのような装いである。実際、腰から下げている金属製の入れ物や、帽子の横に取り付けられている小型ライトのような装飾は、自分が抱いている登山家という人種のイメージとぴったり符合していた。彼女は感動とも困惑とも取れるような形容しがたい表情で僕を見つめながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「どうも、こんにちは」
異常な状況に不似合いな、極めて陳腐な挨拶が思わず口からこぼれた。彼女は小さく会釈をして立ち止まり、僕の目をじっと見た。
「何をなさっているんですか、こんなところで。あなたも、この鉄塊が目当てで?」
「鉄塊?……ああ、こいつのことですか」
僕は自分が先ほどまで乗っていた鉄の船の表面をバンバンと叩いた。マヨラナの表面は相変わらず鈍い銀白色を湛えており、自分が乗り込んだ時と殆ど変化はなかった。
「……夜中に火の玉が空から降ってきて、遠くの荒野の方に落ちたって近所の人が言っていたんです。それで朝方様子を見に来たら、巨大な金属の塊がそこにあって……。隣の家の爺さんが言うには、きっと鉄でできた隕石が宇宙から降ってきたんだろう、宇宙にはその全てが丸々鉄でできた星が浮かんでいて、時たまその欠片が私たちの星にも降り注ぐんだって。それで、鉄だったら素材屋の連中に高く売れるだろうなと思って、解体道具を背負って戻ってきたんです」
彼女は背負っていた荷物を地面に下ろしながら、そんなことを言った。
「なるほど、分かりました。ところで、一つ質問をしてもいいですかね。一体ここは、どこなんでしょう?……いや、それよりも先に聞くべきことがありました。今は、西暦何年ですか?あ、いや、ちょっと度忘れしただけですけども……」
「西暦ってなんですか?」
「え?」
僕が思わず聞き返すと、彼女は唐突にもの悲し気な顔をして、
「すみません。私、あんまり頭がよくないもので」
「いや、いやいや、今の年を聞いているだけですよ。何も難しい質問では……」
「年? ああ、なあんだ、年ですか。ええと今は、98年ですよ。……どうしたんですか?そんな驚いた顔をして」
「いや、それは、ええと……」
僕の困惑にスパイスを振りかけるかのように、彼女は微笑しながら言葉を足した。
「それにしても、いきなり年を聞くなんておかしな人ですね。時間旅行でもしてきたんですか?」
「ううっ……」
自分の意志に反して、瀕死の爬虫類のようなくぐもった声が口から洩れた。溶岩のような不快感が全身の血管の中を胎動している。鈍い吐き気が寄せては返す。気が狂いそうだ……僕は遂にたまりかねて、暗闇の中で緊急脱出用のハッチを探し、周囲の状況を確認することもなくそれを全開に開け放った。
途端、冷たい空気が全身を勢いよく撫でた。その勢いに驚いて思わず体を仰け反らせると、眼前に青空が広がった。雲一つない、済み切った空だった。
……ここは…どこだろう……?
美しい風景への感慨よりも前に、ぼんやりとした不安感が心の中に広がった。ここは一体、どこなのだろう。どこに来てしまったのだろう。研究主任の言ったことが正しければ、僕は今、2220年に立っているはずだ。ところが周囲を見回してみると、茶色の岩肌がむき出しになったごつごつした荒れ地が広がっている。僕の見慣れた風景――四方を巨大な灰色の高層ビルに囲まれ、僅かながらの街路樹によって彩られた殺風景な光景――は完全に失われていた。地平線を隠すように広がっている森を除けば、青空と大地しか存在しない。僕は少なくとも、今立っている地に文明的なものは存在しないだろうと思った。僕が夢の中で考えていた未来の風景とは、まったくもってかけ離れていた。
風が再び吹きぬいて行った。僕はマヨラナから降りて大地へと降り立ち、親とはぐれてしまった子供のような心境で周囲を見渡した。すると遠方に、ぽつりと人影が見えた。風で舞い上がった砂埃のせいで輪郭ははっきりとしないのだが、少なくとも二足歩行の人間であることは確からしい。目を細めて凝視してみると、どうやらその人影は何か大きな荷物を背に抱えながら、こちらの方に向かってゆっくりと歩いてきているようだった。僕は心に蔓延する不安感を払うかのように、大げさな手ぶりで手を振りながら、
「おおーい!」
と大声を張り上げた。
ゆらゆらと歩んでいた人影は、ピタリとその歩みを止めた。しまった、警戒されたか?……しかし人影は、再びゆらゆらと歩き出した。やがて二つの人影の距離が縮まってきて、ようやっとお互いの姿が明瞭になってきた時、僕は初めてその大荷物を背負った人物が女性であることに気が付いた。
全身を鈍色の服で覆い、群青色の帽子の端から美しい栗色の髪が流れている。彼女が背負っている巨大なバッグには、大きなピッケルや先の尖った棒などが無秩序に突き出ており、まるで登山でもしてきたかのような装いである。実際、腰から下げている金属製の入れ物や、帽子の横に取り付けられている小型ライトのような装飾は、自分が抱いている登山家という人種のイメージとぴったり符合していた。彼女は感動とも困惑とも取れるような形容しがたい表情で僕を見つめながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「どうも、こんにちは」
異常な状況に不似合いな、極めて陳腐な挨拶が思わず口からこぼれた。彼女は小さく会釈をして立ち止まり、僕の目をじっと見た。
「何をなさっているんですか、こんなところで。あなたも、この鉄塊が目当てで?」
「鉄塊?……ああ、こいつのことですか」
僕は自分が先ほどまで乗っていた鉄の船の表面をバンバンと叩いた。マヨラナの表面は相変わらず鈍い銀白色を湛えており、自分が乗り込んだ時と殆ど変化はなかった。
「……夜中に火の玉が空から降ってきて、遠くの荒野の方に落ちたって近所の人が言っていたんです。それで朝方様子を見に来たら、巨大な金属の塊がそこにあって……。隣の家の爺さんが言うには、きっと鉄でできた隕石が宇宙から降ってきたんだろう、宇宙にはその全てが丸々鉄でできた星が浮かんでいて、時たまその欠片が私たちの星にも降り注ぐんだって。それで、鉄だったら素材屋の連中に高く売れるだろうなと思って、解体道具を背負って戻ってきたんです」
彼女は背負っていた荷物を地面に下ろしながら、そんなことを言った。
「なるほど、分かりました。ところで、一つ質問をしてもいいですかね。一体ここは、どこなんでしょう?……いや、それよりも先に聞くべきことがありました。今は、西暦何年ですか?あ、いや、ちょっと度忘れしただけですけども……」
「西暦ってなんですか?」
「え?」
僕が思わず聞き返すと、彼女は唐突にもの悲し気な顔をして、
「すみません。私、あんまり頭がよくないもので」
「いや、いやいや、今の年を聞いているだけですよ。何も難しい質問では……」
「年? ああ、なあんだ、年ですか。ええと今は、98年ですよ。……どうしたんですか?そんな驚いた顔をして」
「いや、それは、ええと……」
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