わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

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8. 流れ星

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 僕が置かれたこの絶望的な状況の中では、路地裏でうずくまって無事に朝を迎えることが出来たことは奇跡のように幸運なことであるように思われた。

 朝焼けで空が朱色に染まる時間帯に、僕は目を覚ました。朝の空気はひんやりとしており、スーツに隠されていない生肌は鳥肌が立っていたが、しかし我慢できないほどではない。むしろ、僕が元居た時代よりも気候に関しては快適であるようにも思われた。道中通った森の風景と吹きゆく風の爽やかさから察するに、今は多分遅めの春、あるいは初夏であるだろう。最悪一か月間くらいなら野宿していても大丈夫そうだ――見てくれを一切気にしなければ、だが。

 人通りも疎らな早朝の風景をぼんやりと眺めながら、僕はこれからのことを考えていた。

 僕は鉄の船マヨラナをどうにかして修理し、現世に帰らなくてはならない。こんな、本当の時間も分からない、本当に日本なのかも断言できないような異世界で暮らしていく気は毛頭ないのだ。では一体、どうやって? 僕は改めて街の風景を眺め見たが、外見こそ洒落ているけれども、このリーベルという街にマヨラナを治すことの出来る技術が眠っているようには到底思えない。となれば、皆が敬遠する「中央」という場所に期待を持つしかあるまい。僕の次の任務は、中央への行き方を知っている人間を探すことのように思う。どれほど時間がかかるか分からないが、やるしかない。

 加えて幸運なことに食糧に関しては、マヨラナから持ち出してきた簡易食料がかなりの量残されているから、暫くは問題にならない。マッチ箱に似た形状の簡易食糧は、一旦胃に入れてしまえばかなり長いこと体の中で栄養を放出し続けるという優れモノだった。空腹感こそ紛れないが、ちまちま食べていれば餓死することは無い――とはいえ、これもあの白衣の連中の受け売りだから、どれほど信用していいものか怪しいものだが。



 すっかり太陽が昇り、街に行きかう人々も次第にその数を増してきた。僕は路地裏から大通りへと出て、それからカナメの家がある路地の方へと歩き出した。途中、何人かの住民に指をさされたり、あるいはこちらを見ながらひそひそと何か話している中年女性の集いのようなものも見えた。今更ながら、この時空渡航用スーツは余程奇抜に映るらしいことを自覚した――あの僕のことを冷ややかな視線で見ている連中は、あの珈琲店の老人のように、僕のことを「中央」から来た人間だと勘違いしているのだろうか? 少なくともあの反応を見る限り、中央に住んでいる人間というのはリーベリに住む住民からはあまり好ましく思われていないらしい。

 「浮羽工作店」の前に到着してみると、例の老人が家の玄関先に小さな椅子とテーブルを広げ、穏やかな表情で珈琲を嗜んでいた。

「おや、また会いましたな」

 老人は小さいながらも張りのある声を発した。僕は恭しく頭を下げて、

「ええ、昨日ぶりで……」

と返事をした。

「もう少しだけ、カナメさんに用がありまして、また来てしまいました」

「あの鉄の機械とやらの事ですかな」

「ええ。……確か、あなたがカナメさんに隕石だろうって伝えたのでしたっけ? ご覧になっていたのですか?」

 老人は手に持っていた珈琲カップを静かにテーブルの上に置いて立ち上がった。それから大きく伸びをしたり、体を捻ったりしながら、再び話し始めた。

「最近年のせいか、中々夜に寝付けませんでな。その日は布団に包まって目を閉じていたんですが、一時間経っても二時間たっても眠りに落ちない。途中で嫌になって、夜風にでもあたろうと外に出たんですよ。そうしたら丁度その時、東の空に流れ星が見えましてな。こりゃ目出度い、なんて最初は思ったもんですが、そいつがいつになっても光を失わずに、森の向こう側に落っこちていった。きっと流れ星が燃え尽きずに、地表に落っこちてきたんだと思いましたがね。……でもあなたは、あれは隕石じゃなくて、何かの乗り物だと仰っているのだとか」

 ……状況から察するに、その光の正体は僕が乗っていたマヨラナだろう。恐らく位置座標の計算がずれ、空高くに顕現してしまったせいで、僕らは流れ星と化したに違いない。そして、空気抵抗で機体が火を噴くほどに高いところから落とされたことが、「絶対に壊れることがない」時空飛行艇マヨラナが故障した原因だったのだろう。

 さて、このことを老人になんて説明したらよいのだろう。昨日カナメと話した限り、この世界の人々は時空旅行という概念を知ってはいるものの、それが現実に実現しうるものであるとは考えてはいないようだった。思い返してみれば、僕が参加した「マヨラナ・プロジェクト」も、一般人にその存在を公開してはいなかった。時空の操作というのは極めて危険な行為であり、大衆にその存在を知られることは大きな危険を伴う――研究主任は口癖のようにそんなことを言っていた。この時代でも、仮に中央という場所にその技術が残っているにせよ、一般人には公開していないものなのかもしれない。とすれば、僕は未来から来たんですよと馬鹿正直に言うのは、ただでさえ不明瞭な僕の身分により大きな疑念を与えかねないし、精神の異常を疑われかねない。僕は一瞬のうちに色々なことを考えて、

「ええ。僕もあの流れ星を目撃して、遠くからやってきたものなんですけれどもね……」

という無難な身分を名乗ることに決めた。

「……僕はカナメさんに先行して、あの隕石の調査をしました。しかしよくよく調べてみれば、あれはどうやら隕石ではなさそうで、何か古代の乗り物なんじゃないかと僕は思い立ちましてね。実際、人が乗れるような場所が内部に作られていました。あれは間違いなく、人工物ですね。壊れてしまっているようですが」

「しかし、人が乗る機械が空から落ちてくるなんて、聞いたことがありませんがね」

 老人は穏やかな表情ではあるが、言葉の調子に懐疑の念が漏れ出ていた。

「ええ、ええ。全く、おかしなことです。私も気になって、色々内部の機構をいじくってみたんですが、どうにも……。つかぬことをお聞きしますが、この街に機械に詳しい方はいらっしゃいませんかね?」

 そう言うと、老人は突然笑いだした。

「……この街で機械に詳しい人間と言ったら、カナメ君だろうねえ。なんたって、彼女は工作屋、だからねえ」

 そう言って老人は上方を見上げた。僕も釣られて視線を上に持っていくと、錆びついた「浮羽工作店」の看板が、路地の隙間から差し込んだ朝日に照らされて橙色に輝いていた。
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